軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10話 法律で マウントとって タコ殴り

ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェくんは有名な言葉『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』を残した。しかし実はこれにはセットになっている言葉がある。つまり、

『怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない』

カッコイイ。格好いいだけでなく的を射ている。

どうやらポーラはこの言葉を知らなかったか、甘く見ていたらしい。

ポーラは八面六臂の活躍をしていた。急速に伸びていくドッペルゲンガーの射程と基礎能力に物を言わせ学校内だけではなく学区全体に人助けの手を伸ばした。困っている人はいくらでもいた。男に無理やり迫られている女性、女に金をだまし取られている男性、迷子の子供、道端で凍えるホームレスなどなど。

ポーラは自分の使える時間を全て使い、救える限りの全てを救った。ベンジャミン氏の死去に沈んでいた近隣住民は、代わりに現れた新しいヒーロー、 ピンクの髪の魔法少女(ピンキーバウンサー) の存在を知り、支持した。

彼女は華々しく巨悪を打倒する事こそしなかったが、いつでも親切で、明るく、可愛らしく、凛々しく、親愛なる隣人として人々を助けていた。好かれないはずがない。魔法のように現れては消えるピンキーはSNS上でも知名度を獲得しつつあった。

ポーラ本体が出向いて助ける時もあるため、ベンジャミンの姪もそこそこ認知されている。

何も問題などなく順風満帆に見えたが、問題が無いのが問題だったのかも知れない。

ポーラは非常によく頑張っていたが、もしかしたら頑張り過ぎていた。

逃げ足の速い麻薬の売人を殴り倒して金をとり上げたらそれは強盗だ。取り上げた金を全額貧乏なシングルマザーに渡したとしても。

黒人を逮捕しようとしている警官を突き飛ばし、容疑者の逃走を助けたら公務執行妨害だ。例え誤認逮捕だったとしても。

正義の定義は難しい。悪を倒す者は時に悪の誹りを受けなければならない。

結果としてポーラは人助けの最中に警察に捕まった。自転車を盗んだ少年を取り押さえボディプレスをかましているところを逆に警察に取り押さえられたのだ。盗人少年は哀れっぽく泣いて助けを求めていて、現場を切り抜けばポーラが少年を痛めつけて自転車を奪おうとしているようにも見えた。

その警察官はポーラの弁明に耳を貸さなかった。犯罪者は悪事の現場を取り押さえられても大抵何とかして言い繕おうとする。警察官はそういった不届き者を山のように相手にしてうんざりしているのだ。表面上は優しくしかしまともに取り合わず、ポーラの巨体を警察車両に押し込んでしまった。

とはいえ誤解は誤解だ。未成年でもある。すぐに解放されるだろと思って呑気に念力式千里眼で覗き見をしていたら、あれよあれよという間に警察署の留置所にぶち込まれて叔母が呼ばれる事態に発展していた。

悲報、超能力者捕まるッ! 何やってんだポーラァ!

秘密結社(?)初の逮捕者がポーラになるとは。しかも超能力あんま関係ないし。

姪が警察に捕まったと聞いてすっ飛んできたメイジーは顔面蒼白で対応に出た刑事と問答する。

「姪が子供を痛めつけて自転車を奪おうとしたなんて信じられません」

「はい、ですからそれは誤解だとわかったんですが。ポーラ・ポートは複数の事件への関与が疑われていましてね。余罪というやつです」

刑事は厚い書類の束を捲りながらポーラが関わった事件の名を列挙していった。

全部俺も聞き覚えがあるものだった。綺麗にポーラが人助けの過程で法を犯してしまった事件が切り抜かれている。俺も見てた。

この刑事め、無駄に有能だな。余計な事を。

……いやでもちょっと有能過ぎないか?

何か変だ。

これだけポーラの意図しない犯罪の数々を分厚い書類にキッチリまとめるほどに把握していながら何故今まで動かなかったのだろう。

とっくの昔に、もっと罪状が少ない時に接触があってしかるべきだ。

「――――と、まあ、彼女はこれだけの事件に関わっているわけです。事実関係をはっきりさせるまではこちらとしてもすぐ解放という訳には。メイジーさんは姪のこういった過激な活動について何かご存知ではないですか?」

メイジーは刑事の言葉にますます顔色を悪くした。

「あの子は最近何か忙しそうで。私にも秘密で何かを……でも、何か理由があるんです。絶対に」

「ええ。だから我々もその理由を知りたいと思っているのですよ」

「でも刑事さん、あの子はまだ未成年です。家に帰してやれないんですか? これではあんまりです。警察に捕まって授業を休んだなんて噂が立ったらあの子の学校生活はどうなってしまう事か!」

「しかしメイジーさん。彼女は刑事手続きにおいては成人と同様に扱われる年齢です。一つ二つの軽犯罪にちょっとした関与をした程度ならば厳重注意で済ませる事もできますがね、何せこの量ですよ? 同年代の不良の資料と比べて十倍も厚さがあります」

刑事は他のクリップでまとめた書類とポーラの書類の束をこれ見よがしに比べて見せた。

メイジーはショックを受け、言葉に詰まる。

やはり何かが変だった。

刑事は厄介な子供に手を焼いているというより、追いかけていた獲物を捉え勝ち誇ったような態度がにじみ出ていた。まるで余罪が十分に増えるまで見逃していたかのようだ、と思ってしまうのは深読みが過ぎるだろうか?

書類を盗み見るがアメリカの警察の書式なんて分からないし、法制度もよく分からない。日本の法律すら正確に把握していないのにアメリカの法律なんて分かるわけがない。不備があるのかどうかは判別不能だ。

一人で悩んでも分からないため俺は隣に座る嫁にヘルプを頼んだ。

栞とはニューヨーク市内のホテルのツインルームを点々としていて、大抵は隣に座ってタブレット端末で何かやっている。

俺の話を聞いた栞は少しタブレット端末を触って考え、キッパリ言い切った。

「サンジェルマンの罠ね」

「いやそんな何でもかんでもサンジェルマンのせいってのは」

「その刑事は月の智慧派の幹部よ。ポーラ・ポートの罪状についてまとめた書類の中で一番新しい物の日付は前回の月の智慧派定例会の翌日。長期拘束の大義名分として十分な罪状を重ねるまで待ってから逮捕するよう指示があったのでしょうね」

「サンジェルマンのせいじゃねーか!」

こわい! こわいよ!

あの野郎どこにでも手を伸ばしてやがる。警察にシンパがいるのは知っていたが使い方がスマートだ。超能力者を権力と人脈で殴るのはズルいぞ! 俺並に極まってるとか、栞並に頭が良いとか、ルー殿下並の立場があるか。それぐらいは無いと普通に効く。

一応正攻法というのがまた厄介だ。

法を犯したのはポーラであり、逮捕も拘留も全く正当な手続きを踏んで行われている。

どうするんだよこれ。未来の秘密結社幹部がブタ箱にぶち込まれているんですが。

「ここは見守りましょう。これも二人の戦いに含まれるわ。大事になる直前まで介入はしない」

「警察に捕まるのは十分大事では……?」

「武勇伝にできるか傷跡になるのかはポーラちゃん次第ね」

栞は困り顔で微笑み、タブレット操作に戻った。

ちょっと分かる。シゲじいのウソっぽい留置所脱出武勇伝とか面白いしな。

拘束されたポーラは最初こそ真面目に弁明し誠実に事実関係の解明に協力する姿勢を見せていたが、レインコート社の弁護士が出てきて示談の話を持ち出したあたりから喋らなくなった。

レインコート社の弁護士はこう言った。

ポーラの行き過ぎた正義感で不幸にも損害を被った者の中にはレインコート社の社員が複数人含まれている。重要なデータが入ったUSBの紛失被害すら出ているため、損失の大きさを鑑みると残念ながらお咎めなしでは済まない。裁判を起こし、損失を穴埋めできるだけの金額(数百万ドル)を弁償して貰う事になる。

しかし心ある重役の一人から待ったがかかった。ポーラ・ポートとは知り合いだ。ニューヨーク市、ひいてはアメリカのために長年貢献した高名な篤志家の姪である。彼女にとってもこのような事態は本意ではないだろうし、まだ未成年の少女に重い賠償金を背負わせ未来の芽を摘む行為は神に誓って正しいと言えるだろうか。云々。

そこでレインコート社は情状酌量する事にした。

医療研究開発の臨床実験に協力してくれればポーラへの訴えを取り下げようではないか。

ポーラは同意書を読み、サインを拒否した。

難解な英単語が多すぎて俺には全て読めなかったが、読まなくても分かる。

サンジェルマンは合法的に人体実験に同意させようとしているのだ。

恐ろしい奴だ。超能力? そんなん関係ねぇ! 警察と法律の力を喰らえ! って感じだ。つよい。

俺達は秘密裡にサンジェルマンに接触し、「ポーラを撃退しろ。ただし殺害及び精神的・肉体的後遺症が残る方法は禁じる」と命令してある。

ポーラ本人が合意の上で自発的に臨床試験に協力するなら、それは撃退ではないし、後遺症が残っても本人が受け入れて同意しているのだから、と主張できる。

無論、どう考えても建前に過ぎない。罠にハメて殺してポーラから全てを吸い上げ絞り尽くそうとしているだけだ。

でも全部一応合法なんだよな。

ポーラが地獄の契約書にサインをしたらゲームセット。一度も直接対決すらせずサンジェルマンVSポーラはポーラの完全敗北で決着する。

まあサインしちゃったら合法だろうがなんだろうが即座に念力で契約書を塵にしてサンジェルマンに圧をかけて全部無かった事にするんだが、悪に膝を折ったポーラは秘密結社天照ニューヨーク支部長として相応しくないという評価をせざるを得ない。

別の奴を探し出してそいつを支部長に置き、ポーラは一般構成員に格下げする事になる。

ポーラが全く喋らなくなってから二、三日すると、弁護士は別の話を持ってきた。

レインコート社にハッキングを仕掛け、通信傍受禁止法に違反した罪でハンク・スナートが逮捕されたというのだ。

友人の事件のあらましを聞いたポーラは蒼白になった。

現在、ハンク・スナートは警察官の立ち合いの下、レインコート社本社ビルで泊りがけの示談交渉を進めているという。

弁護士は言った。

意図的な産業スパイ行為を行ったハンク・スナートにレインコート社は大変厳しい要求をしている。ハンクが罪を全面的に否定しているため、レインコート社側も態度を硬化させている。具体的な話はできないが、確実に彼の将来に暗い過去を落とす事になるだろう。

しかしポーラが臨床試験の話さえ受ければ、御友人の訴えを取り下げる用意がある……

ポーラは炭火で遠赤外線を当てられた豚のように脂汗をだらだら流したが、サインだけはせず、口をつぐんだ。

代わりにドッペルゲンガーを警察署の外に出したが、ようやく100mに達した射程では合法的どころか違法に誘拐して助け出す事すらできなかった。

間違いなく意図されての事だろう。ポーラが拘留されている留置所は実家とも学校ともレインコート社本社ビルともかなり距離があった。助けようとしても助けられない。

サンジェルマンは収集した情報を使い完璧な罠を組み立ててのけたのだ。

なんかもうポーラに申し訳なくなってきた。

知能・権力・人望・行動力を併せ持つ老練な天才に一介の女子高生が未熟な超能力と正義感だけで立ち向かえってのは最初から無理があったかも知れない。

こんなの青春バトルじゃねーよ。ただの大人げないマウントポジションからのタコ殴りだ。

意志の固いポーラに弁護士は無理強いせず引いたが、また二、三日すると別の話を持ってきた。

ポート家が、放火で焼け落ちた。

その一言だけで椅子から転げ落ちて過呼吸の豚のように喘いだポーラに弁護士は言った。

ポート家は焼け落ちたが、幸い君の叔母のメイジーは外出中だった。叔父の故・ベンジャミン氏はレインコート社の重役と懇意にしていたから、今はその縁でレインコート社が手配したビルに保護される。上級役員用のセキュリティの高いビルである。放火犯がメイジーの身を狙っているかも知れないので、安全策を取る事に越した事はない。

叔母の事が心配だろうし、その気持ちを汲んで面会を取り付けたいが、会社の意向と法がそれを許さない。ポーラが臨床試験の契約書にサインすれば、弁護士事務所の総力を上げ事態の解決に協力できる……

ポーラは辛うじて、考えさせて欲しい、という言葉を絞り出した。

ポーラは追い詰められていた。

合法的に監禁し、親しい友人と家族を人質に取り、脅し、逃げ道を用意して追い込む。

ポーラに頑丈な牢を破壊するのは難しい。時間をかければできるかも知れないが、看守に勘付かれる。合法的に拘留されている以上脱走して罪に問われるのはポーラだ。

流石にポーラも黒幕がレインコート社だと気付いているだろう。サンジェルマンだというところにも思い立っているかも知れない。気付いてもどうしようもない。

その夜、ポーラは牢屋のベッドに腰かけ膝を抱え、鉄格子付の高い窓からニューヨークの街並みを見上げていた。

思い悩む段階はとうに超え、思いつめていた。

ついに巧妙な悪の罠に屈するのか? そう思われたところに救世主がやってきた。

夜の喧騒にかき消される微かな駆動音と共に窓の外にふわりとドローンが降下してきた。

訝しんで立ち上がったポーラは、小型スピーカーから聞こえてきた声に驚く。

『ポーラ、ハンクだ。急いでくれ、さあ鍵を!』

ドローンの機体には、牢の鍵がぶら下がっていた。