軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05話 stand by her

ホテルに戻ってから大導師サンジェルマンの様子を念力式千里眼で視てみると、部屋をカサカサ四つん這いで這いまわり、ピンセットでカーペットをつついて落ちている毛を採取していた。

なんだこいつ気持ち悪ッ! 動きが完全に変態のそれだ。

サンジェルマンは元・生命工学教授。超能力者が落とした毛を手がかりに何か研究をしようとしているに違いない。マッドサイエンティストめ。

しかしこれはちょっとヤバいのでは? 超能力者の血はPSIドライブの燃料になるし、俺の骨は半永久的エンチャントアイテムに使える。俺が調べた限りでは超能力者の毛には何のチカラも無いはずだが、学会トップクラスのプロフェッサーが莫大な資金と人材をつぎ込んで研究すれば何かが見つかる、見つかってしまう可能性がある。

俺がそわっとしはじめると、栞が備え付けの冷蔵庫を開けワインボトルとビール瓶の間で指をさまよわせながら言った。

「もしかして今千里眼してる?」

「ああ、まあ……もう読心能力要らないじゃん」

「杵光さんだから読めるの。大丈夫よ、次亜塩素酸ナトリウムを散布してきたから」

「なんて?」

「これよ」

そう言って栞はスカートを捲り、ガーターベルトに挟んだ小型の霧吹きを取り出し振って見せた。そういや去り際にシュッシュしてたな。

「あー、なんだっけ、次亜、次亜塩素……ClO……ナトリウム……NaClO? 学生時代になんか生物か化学の授業で聞いたような」

「簡単に言えばサンプルを劣化させて遺伝子解析を不可能にする薬品ね」

「え、すげえ!」

「プールの消毒剤にも使われているわ」

「なんだアレか……」

「効果は確実よ。毛の採取に成功しても使い物にならない。つまりサンジェルマンは私達のDNAを入手できない」

栞の予測&対処能力が頼もし過ぎる。俺一人だったら絶対にサンジェルマンに裏かかれてたな。

俺だけでは知能が足りない。

栞だけでは力が足りない。

しかし二人合わせれば向かうところ敵なしだ。

サンジェルマンの心を折り、危険なボスから危険に見えるだけで安全なボスに変える策は成功した。心が折れている感じはしないが、こちらの言う事は聞く。従順にはなった。

次はポーラ・ポートの超能力覚醒イベントだ。

アメリカ人は色々なキッカケでスーパーパワーに目覚める事で有名だ。蜘蛛に噛まれたり血清を打たれたりぶっとんだ発明に成功したり。すごい。

そういう非実在系の先例に倣い、俺もポーラに覚醒イベントをやった。

複雑な事はしない。ちょうどいい感じに降ってきた大雨の日にポーラの自室の窓を小石でぶち破り、腰を抜かすポーラの目の前に転がり、七色の点滅と共に圧壊して塵になって消えておしまい。

小石が何だったのかは分からない。重要なのは何か不思議な事が起きたという事実だけだ。

これが超能力に目覚めた時「あっ、あの時の事が原因だったのか!」という閃きと納得を得るための伏線となる。やっぱり導入はスムーズにしていきたい。

さて。

移植から四日後、ポーラに超能力原基が定着した。

もういつでも超能力を使おうと思えば使える状態だが、当然身に宿った力にポーラは気付かない。頻繁に超能力を使おうと試すヤベー奴は滅多にいない。

ポーラが目覚めた能力だが、超能力原基を触診した感触ではどうやらかなりのレアタイプらしい。感触からして体内の何かを体外に出す系なのだけは間違いないが、シゲじいを見つける時に三万人耐久移植調査した時に蓄積したデータと一致するものがない。空間能力よりもレアかも知れない。

この日もポーラは登校し、一度も口を開かず、ぎこちない愛想笑いを二、三回するだけの灰色の学生生活を送り、帰宅前にベンジャミン叔父さんの病院に見舞いに寄った。

ベンジャミンは病室のベッドで酷く痩せこけ骨と皮の目立つ正しく病的な姿を晒していたが、姪の見舞いに柔らかく微笑んだ。

『私の城へようこそ、ポーラ』

『ベンジャミンの城はここじゃない』

ポーラはむっすり答え、椅子を引き寄せてどっしり座った。安っぽい椅子は危険な音を立て軋んだが、潰れはしなかった。そのまま鞄から揚げバターの包みを出して貪り食いはじめる。

ダイエットする気ゼロなんだよなあ。痩せたいという意志が見えない。

ベンジャミンは特に咎めもせず、ここ数日弱っていく握力と震える手でゆっくりと仕上げた通学鞄を顎で指した。

『鞄を欲しがっていただろう。作っておいた。コイツは高級品でな、店で買えば10000ドルはする』

『まさか』

『本当だ。私が10000ドルで店に卸すからな』

ポーラは小さく笑った。

『ありがとう。来年も作ってよ』

『いや、私はもう死ぬ。来年は自分でなんとかしなさい』

『やだ。ベンジャミンが死ぬって嘘でしょ?』

『本当だ』

『死にそうで死ななそうなんだけど』

ポーラは揚げバターをもっちゃもっちゃ食べながら疑り深くベンジャミンの腕から伸びた点滴の袋を見た。

確かに余命三日とは思えないぐらいしっかり喋っている。しぶとい叔父さんだ。普通はもう意識が朦朧としてるとか昏睡してるとかそうなっている頃ではないのだろうか。

ただ、四日前の時点で余命一週間だったのは医者の見立てであって、数日前後するのはあり得る。時間をかけて奇跡の回復を遂げるかも知れないし、三秒後に心停止で急逝する可能性だってある。

『まあ聞きなさい。私の遺言だ。聞いて、心に刻むんだ』

ベンジャミンのいつにもまして真剣な声音に、ポーラも背筋をただした。

病床のヒーローになれなかった男は、ポーラの手を弱々しく力いっぱい握って言う。

『ポーラにはポーラにしかない力が眠っている。それを大切にしなさい』

『うん……?』

『そして、迷った時は自分の心に従うんだ』

『何それ? 絶対コミックの言葉でしょ』

ポーラはベンジャミンの訓戒に失笑した。

それな。

いや、ありがちだけど本当に深い言葉なんだぞポーラ。

幼い頃は素直に受け取る言葉なんだ。そっかー、迷った時は心に従えばいいんだなと思うんだ。

思春期ぐらいになるとややこしく考え始めるんだ。悪人が心に従ったら殺人強盗犯罪のオンパレートじゃんとか、心に従っても成績上がらねーんだよとか、くせぇ言葉だなとか思うんだ。

大人になると言葉の重みを噛み締めるんだ。義務、仕事、人間関係、将来への不安、色々な事にがんじがらめに縛られて頭がおかしくなってワケが分からなくなる時がある。そんな時に自分は何をしたいのか、どう思っているのかを見つめなおし、心に従うのは本当に大切だなとしみじみ思うんだ。

使い古されありふれた言葉には、一時の流行で消えず使い込まれ使い古されるに値するだけの真理が含まれているのだ。

マジでそう。間違いない。だって俺が自分の心に従ってなかったら秘密結社計画スタートしなかったもんな。なんだったら念力を腐らせたままブラック企業で精神すり減らして今頃過労死か自殺してた。

言いたい事を言うだけ言って眠ってしまったベンジャミンにそっと布団をかけ、ポーラは病院を後にした。ニューヨークの雑踏を道の端に寄って俯いて背を丸め歩くポーラは何か考え込んでいるようだった。

自宅に戻ったポーラは、メイジー叔母さんにベンジャミン叔父さんから貰った鞄を見せてから自室に上がり、ドアに鍵をかけ、板を打ち付け応急修理された窓をじっと見た。

窓を見つめた後、今度はほんの数日前の雨の日に窓をぶちやぶった小石が飛び込んできたあたりの床を触り、触った手をかざしてひっそり呟く。

『私にしかないチカラ……』

あら~!

いってぇ! 古傷が痛い!

俺も中学の頃に校舎の屋上で自分の右手見つめて「目醒めよ……」とか言ったわ。実際俺には念力があったから本当に目覚めたんだけどそれはそれとして治ったと思っていた傷を抉られたようだいててててててて!

でもそれでいいんだ。

それでいい。

自分だけの特別な力を信じていけ。迷わなくていい。

ベンジャミンは ポーラ(お前) を信じた。後は自分で自分を信じるだけだ。

自分を信じる根拠がなければ俺が捏造してやる。

捏造して本物にしてやる。

力が無いなら俺がくれてやる。

俺は、俺達はそのために秘密結社をやってるんだ。

自分の力を信じてたのに、自分に力が無い事を思い知るなんて悲し過ぎるだろ?

ポーラ・ポート。

お前には、お前だけの 超能力(チカラ) がある!

ポーラは目を閉じ、何かを念じた。

すると、ポーラの体から漠然としたふわふわしたモノがにじみ出て、すぐ隣に肌色のぐんにゃりした人形のようなものを形作った。

そいつはポーラによく似ていた。ポーラのように太っていて、ポーラぐらいの身長だ。目や鼻などは無く、滲んだ絵具のように全体がボヤけている。

俺はそれを見て、それが何か直感的に理解する。

絶句した。

ぐんにゃり肌色人形の足がふわりと床に接触した途端、ポーラが豚のような悲鳴を上げた。白目を剥いて泡を吹き気絶する。

床に巨体が倒れるすごい音がする。階下からメイジー叔母さんの心配する声がする。

俺も心配ではあるが些事だった。

信じられない、こんな事が有り得るのか?

こいつ!

こいつ!!

超能力原基を(、、、、、、) 実体化(、、、) させやがった!!!