軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

01話 初手ハッピーエンド

イギリスの東、北海に浮かぶ小さな島を領土とする小国マリンランド公国。その元首であるアーマントゥルード・ベーツ殿下は超能力秘密結社天照にマメにメールで連絡をくれる。

内容は大した事がない。花壇の花が綺麗に咲いたとか、数ヵ月かけて餌付けしていた野鳥が最近手のひらから餌を食べてくれるようになったとか、今日の朝ごはんが美味しかったとか、毒にも薬にもならない微笑ましい些細な幸せの御裾分けが大半を占める。

鏑木さんは律儀に小粋な返信をしているらしいが、翔太くんは英文メールへの返信を最初から諦め既読スルーしているし、俺はめんどくさくて気が向いた時にしか返さない。燈華ちゃんは必ず返信してはいるものの、国家元首からのプライベートメールにガチガチに緊張して業務連絡の如き堅い文面でしか返信できていない。

いつものほほんとしていてフレンドリー、緊張感の無いルー殿下だから、時候の挨拶――――つまり、誕生日だとか、建国記念日だとか、新年に送られてくるメールもゆるっゆるだ。

マリンランド公国が遺跡事件を通して天照の支援国家枠に収まってからまだ半年も経っていない。しかしその絆は急速に深まっていて、日本政府が突然古くからの友人のように接してきたマリンランド公国に困惑する程度には国交が急接近している。

もっとも、マリンランド公国の総人口は10万人。日本の地方都市に負けるレベルであり、日本人でマリンランド公国の名前を知っている人は少ない。急激に国交が緊密になってきている、という情報に注目している者はほとんどおらず、マリンランド公国の政策転換は日本では政経新聞の片隅にひっそり載る程度の扱いに過ぎない。

そしてそういう国家の親交を深める数々の政策の一環……という訳ではなさそうなのだが、ルー殿下からの正月のあけおメールには『明日東京に行くね! お夕飯一緒に食べよ☆(意訳)』と書かれていた。

突然にもほどがある。フットワーク軽いってレベルじゃねーぞ! 本人は友達の家に遊びに行くぐらいの感覚なんだろうけど!

小国の女王が来日するという通達は外務省にも送られていて、担当の官僚達に一晩の徹夜残業を強いる事となり。

現在彼らの奔走の甲斐あって俺と鏑木さんは殿下と高級ホテルの最上階展望テラス席でオシャレなディナ~をこうして味わっているわけだ。貸し切りになっていないのは小国だからなのか、話が急過ぎて手配が間に合わなかったからなのか。

このなんかよくわからんオレンジ色のソース? がかかった肉一枚と芸術的にカットされたニンジンで牛丼何杯分の値段なんだろうか。フィンガーボウルなんて生まれて初めて使うぞ。なんだこの金持ち空間……変な汗が出る。

聞いた事あるような無いようなよくわからんクラシックミュージックが上品に店内に流れてるけど、俺はもちろん曲名なんて分からないし、ルー殿下もわからなさそうだ。分かってるのは王族であるルー殿下より洗練された所作でナイフとフォークを使い上品に食事をしている鏑木公爵だけだろう。シックな黒のロングドレスが麗しい。

俺はひたすら肩身が狭い。階段の辺りで周りを見回してる黒服のゴツい男はルー殿下の護衛だよな? 俺にだけスゲーキツい目向けて来てるのは気のせい?

『ねえ、気になってたんだけど』

ルー殿下は付け合わせのパセリを天上の美食でも食べるかのように幸せそうにモシャモシャ食べながら俺と鏑木さんを見比べた。

なんでしょうか、殿下。なんなりとお尋ね下さい。

『サゴとカブラギは結婚しないの?』

「っ!?」

『まだしません』

いきなりぶっこんで来たルー殿下にむせそうになったがなんとか堪えた。間髪入れずサラっと返した鏑木さんはどういう心臓してるんだ。もっとこう、照れるとかモジモジするとか無いのか。

『殿下、あのですね、この話題はデリケートな』

『えーっ? サゴはカブラギを愛してて、カブラギはサゴを愛してるんでしょ? なんで結婚しないの?』

『いや、あの、』

『ねーなんで?』

はわわわわわわわ。

ルー殿下の無垢な口撃が俺の心に突き刺さる!

鏑木さんは意味深な微笑みで俺を見つめてくる。

いや、アレっすよ殿下。

結婚相手は鏑木さんですよ、鏑木さん。古今東西世界最高の女性ですよ。

最高のシチュエーションで最高のプロポーズしたいじゃないですか。

そのために俺はじっくり準備をですね、いやこれ言い訳か? 万一フラれでもしたら魂が砕け散って久遠の彼方に吸い込まれ無に帰す自信がある。

正直今の関係が心地よさ過ぎて、プロポーズを待ってくれているらしい鏑木さんに甘えて、関係の変化を恐れて引き延ばしている感はある。自分でも自覚はある。さっさと結婚しろよっていうね。

いやだから分かってるんですよ殿下。

でも、こう、こう……ね。新しい一歩を踏み出すってのは中々勇気が要る事でね?

なんと説明したものか。

黙り込んでフォークでニンジンを弄りモニョモニョしている俺に、ルー殿下は身を乗り出し、フォークごと手を包み込んで握り、ニッコリ笑って言った。

『カブラギと結婚しないなら私と結婚しようよ!』

『 は あ ? ……あ、いや失礼』

小娘が何をほざいてやがる、という本音がつい口から出てしまった。

空気を読めない殿下は幸い語調の乱れに気付かなかったらしい。俺の手をニギニギしながら言葉を続ける。

『私もね、そろそろ結婚しないとダメだから。年齢がね、王族だし。それで誰がいいかなーって考えたらね、やっぱりサゴがいいかなって思ってね? サゴはカブラギを愛してるからダメかなって思ったんだけど、結婚しないって事は別に愛してないって事なんでしょ? ね、私と結婚しよーよ! 私、サゴの事愛してるよ。サゴも私の事愛してるでしょ?』

ティアラを頂く殿下のブラウンの髪がサラリと揺れて、澄んだ碧眼がまっすぐ俺の目を覗き込む。

香水の良い匂いが鼻をくすぐり、握られた手の柔らかさと温かさがダイレクトに伝わってきた。一年分の愛という言葉を三十秒で聞き尽くした気がする。

……が、びっくりするほどドキドキしない。

ドキドキしない理由を冷静に分析する余裕すらある。

まず、ルー殿下は女王という地位に美貌を兼ね備えた文句無しの美少女だが、隣に鏑木さんがいるとどうあがいても霞む。

もう一つはルー殿下が言っている『 愛(Love) 』という言葉から子供が家族に言うようなニュアンスしか感じない事だ。愛している愛しているとは言っているが、『わたし、大きくなったらおとーさんとけっこんするー!』ぐらいにしか思っていないだろう。 愛(Love) と 好き(Like) の区別がついていない。

試しに手を握り返し、唇を唇に近づけてみたが、殿下は不思議そうにきょとんとしている。

うむ! これはやっぱりお子様ですね!

ルー殿下は頭の出来が小学生なのだ。知ってた。

「佐護さん、そのキスはちょっと待ってくれないかしら」

「ひえっ……いやこれは別にそういうのじゃ」

鏑木さんがゆっくりと優しく、しかし有無を言わせない力を込めて俺と殿下の手を引き剥がし、身を乗り出していた殿下の肩を掴み椅子に座り直させた。

言葉は穏やかだが、目が笑っていない。顔も笑っていない。こわい。

「ねえ、私は確かに佐護さんのプロポーズを待つとは言ったわ。でもそれは他の女に盗られるのを待つという意味ではないのよ?」

「す、すみません」

「ふざけてるの? 私にはキスするフリもしてくれないのに? 私だって嫉妬するのよ? いい加減にして」

や、やべえ。鏑木さんめっちゃ怒ってる。

いつも通りの落ち着いた声なのが怖すぎる。怒鳴ってくれた方がまだマシだ。

『ごめん私日本語わからないからー。二人で何喋ってるの? ナイショのお話みたいでなんだかワクワ』

『殿下』

『何?』

『今すぐ黙って下さい。私は、今、とても、怒っています』

『分かった。お口にチャック!』

ガチ切れーッ!

こんな鏑木さん初めて見るぞ!

「佐護さんが言うつもりがないなら私から言うわ。少し待って頂戴。佐護さんに愛してます結婚して下さいって言う準備をするから」

鏑木さんはワインを飲み干しテーブルに叩きつけ、展望ガラスに映った自分を見て髪型と服を整えはじめた。

いや、あの、準備宣言の時点でほとんどプロポーズ完了してるじゃないですか。怒り過ぎて混乱してるぞ!

ダメだろ。これはダメだろ。散々待たせて焦らした挙句に相手に告白させるなんてクズ過ぎるだろ。ロマンチックとかシチュエーションとか言ってる場合じゃねえ!

「鏑木さん!」

俺は言われる前に言った。

思ったより大きな声が出て展望フロア全域に響き渡り、雑談が消え鎮まり返る。

あああああああああああああしまったああああああああなんだこれ恥ずかしッ!

全部のテーブルの人達が俺の方見てやがる! こっち見んな見世物じゃねーぞ!

え? この状況で? ここで言うのか?

いや言うしかねぇ!

「あっ、あああああああああああ愛、愛しっ、愛してます! 結婚して下さい!」

「はい、喜んでっ!」

鏑木さんは食い気味に答え、一瞬でテーブルを迂回し俺に飛びつくように抱き着いた。

俺は今までで一番強く抱きしめてくる鏑木さんを、同じぐらい強く抱擁した。頭がどうにかなりそうだった。散々気をもんで準備をして考えて。しかし終わってみればあっさり。あっという間の、ほんの数秒のプロポーズだった。

「好きです付き合って下さい」をすっ飛ばしたプロポーズだった。

結婚指輪は用意していない。

考え抜いていたプロポーズの台詞は白紙になって、噛み噛みのクソみたいな言葉しか出てこなかった。

ルー殿下に急かされるような形での、勢い任せ成り行き任せのプロポーズだった。

それでも俺は確かに言った。

鏑木さんは確かに頷いた。

佐護杵光と鏑木栞は、結婚する事になった。