軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

04話 もう片翼

「やあ、見舞に来てくれてありがとう。みっともない姿を見せてすまないね」

太田総合医療病院に燈華ちゃんを連れ、ポケットにイグを入れて見舞に行くと、シゲじいは足を包帯で吊ってベッドに寝ていた。喋り方もはっきりしていて顔色も良く、思ったより元気そうだ。

一般病棟とは離れた特別病棟の個室で、白いカバーをかけられた清潔なベッドは広めで、テレビは大きい。窓際の小机に置かれたアンティークなレコードプレイヤーからは静かにクラシックが流れていた。

担ぎ込まれて手術を受けた直後は一般病棟に入るはずだったのだが、連絡を受けた俺がより快適で看護が手厚く人の出入りが少ない特別病棟に移してもらうよう手配したのだ。

入院費はルー殿下が融資してくれている秘密結社活動資金から出している。ホワイト秘密結社天照の福利厚生は手厚いぞ。

「具合は」

「全治六ヶ月。二ヵ月は入院せねばならんとの事だ。もう三十も若ければ余裕を持って避けられたのだがね。まったく、歳は取りたくないものだな?」

シゲじいはキザに笑った。車に撥ねられても全然変わらんな。元気なじーさんだ。

電話で頼まれて買ってきた暇つぶし用の新聞、英語版のニューヨークタイムズとウォールストリートジャーナル(たぶん読めない)と本を渡すと、俺の後ろで蒼褪めて震えていた燈華ちゃんが恐る恐る前に出て言った。

「あっ、あの! ご、ごめんなさい、私のせいで、私があんな事言ったから。ごめんなさい。軽率でした」

深々と頭を下げる燈華ちゃんに、シゲじいは不思議そうに首を傾げた。

「あんな事?」

「えっと、口先ばかりだろうって……打ちどころが悪かったら、悪かったら、もしかしたら、しっ、死んでたかも」

「ああ、そんな事か」

滅茶苦茶気まずそうな燈華ちゃんと反比例するように、シゲじいは鷹揚に笑った。本当に全く気にしていないようだ。

「気にする事はない。老人はな、よりよく生きるのではなく、よりよく死ぬ事を考えるようになるものなのだよ。若者には理解しがたいかも知れんが、そういうものだ。儂はもう十分生きた。老い先短いこの命を使って命を救えるならそれは本望だ」

「狭間さん……!」

シゲじいは優しく言い、燈華ちゃんの頭にシワの寄った手を乗せ撫でながら、俺が渡した本――――『新版・長生きの秘訣~百歳を元気に迎えるために~』をもぞもぞ尻の下に隠して見えないようにした。

めっちゃ生きたいんじゃねーか無理すんな。そもそもそれ買ってきたの俺だぞ。隠しても遅い。

シゲじいの老い先短い命を長持ちさせるために、俺は渋るイグを宥めすかして少しだけ治癒をかけさせた。思いっきり骨折していた患者が見舞客が来た直後に全快していたら流石に怪しまれる。イグの回復は少しずつだ。それでも驚異的な奇跡の回復に見えるだろうが、常人の五、六倍の回復力を持つ人は稀だが実在するらしいので誤魔化せるだろう。

それから、燈華ちゃんは毎日せっせとシゲじいのお見舞いに通った。夏休みで時間があるのも確かだが、罪悪感に苛まれそうせずには居られないようだった。

燈華ちゃんなりの最大限の誠意として手作りの数珠や仏像を小まめに贈るため、病室がどんどん葬式会場じみた御仏空間になっていき、不謹慎ながら少し笑った。

初対面で雰囲気最悪だった二人は仲が良いとはいかずともそこそこの関係性に落ち着いていった。

燈華ちゃんは相変わらずシゲじいの嘘つきぶりが心底気に入らないようだったが、自分の言葉でシゲじいを命の危険に晒してしまった、という負い目と、また同じような事になったらどうしよう、という恐怖がそれを表に出すのを控えさせた。

シゲじいもシゲじいで鈍感系ではないから、そんな燈華ちゃんの複雑な心境を汲み取り、燈華ちゃんの前ではあまり嘘を吐かないようにしたようだ。

それでも嘘にならないような見栄っ張り、つまり自分の高級時計やオーダーメイドのスーツについて長々と蘊蓄を垂れる老人の長話は辞めないので根本的には何も変わっていない。

さて。

入院から一週間後、驚異的な回復力で担当医を驚嘆させ退院日程を何度も繰り上げさせているシゲじいの元へ、俺はサマーキャンプから戻り日焼けした翔太くんを連れて見舞に行った。

病室では丁度入れ違いになったようで、燈華ちゃんの姿は無く、代わりに真新しい手作りの香炉が増えていた。部屋に薄っすら線香の匂いが漂っている。燈華ちゃんは本当に悪気は無いんだよな……?

そして何やら見覚えの無い顔色の悪い少女がシゲじいのベッドに浅く腰掛け、足をぶらぶらさせていた。

「やあ、見舞をありがとう。お初にお目にかかる、君が高橋翔太くんかな?」

「おお? そうだけどなんで分かったんだ」

「これでも人を見る目はあると自負しているものでね」

シゲじいがフッと笑い、翔太くんは軽い尊敬の目を向けている。名前と特徴は教えてあるんだから初対面でも一発で分かるだろ。髪を赤く染めてライターやチャッカマンぶら下げてる男子高校生が他にいてたまるか。

「……こんにちは」

シゲじいに続き、青白い顔の少女も少し警戒した様子で赤髪不良と俺を見ながらぼそぼそ挨拶をしてくれた。

身長と体格から察するに小学生の高学年ぐらいだろうか。セミロングの黒髪に髪留めをつけ、色素の薄い肌をしている。顔は陰気に沈んで見えるが作りは悪くない。笑えば可愛らしいだろう。ピンク色の病院着のポケットから戦闘服姿の BG(バーニングガール) のフィギュアが覗いているのが見え、翔太くんの顔が引き攣った。超能力者のファンらしい。FKのフィギュアじゃないだけマシだろう。

「こちらは日之影くん。隣室で長期入院している子だ。ほら」

「…… 日之影(ひのかげ) 三景(みきょう) です。中一です」

好々爺然としたシゲじいに優しく促され、三景ちゃんはもそもそ名乗った。中一だったか。

部外者がいると超能力関係の話ができないからできればどこかへ行って欲しいなー、と思っていたのだが、三景ちゃんはがっつり居座って超能力の話を始めた。ただし、一般に知られている範囲で、だ。

「それで話の続きだけど、私の考えだとやっぱり血統だと思う。超能力者の血統みたいなのがあって、それが隠されてるの。陰陽師の子孫じゃないかな。昔の日本に陰陽寮っていう組織があったの知ってる? そういうのがあったんだけど、その陰陽寮っていうのが妖怪から国を守る、えーと、今の防衛省みたいなところで――――」

挨拶を済ませた三景ちゃんは急に饒舌になってシゲじいに喋り出した。シゲじいは孫娘を相手するようにニコニコ話を聞いている。翔太くんは見当外れの内容に笑いを堪えている。俺は半笑いだ。

今の中学生はひと昔前は痛々しい妄想以外の何物でもなかったこういう話を堂々とできるのか。現実とフィクションの境界線がかなり曖昧になっている。良い時代になった……いや、良い時代に変えたものだ。

「――――それでね、これ自信あるんだけど、超能力が使えない旧人類は超能力を使う新人類に滅ぼされると思う」

ん?

「超能力を使えないより使える方が優れてるよね。それは分かるよね? 自然淘汰って言ってね、世界は弱い生き物は滅びて強い生き物が繁栄するようにできてるの。ていうかそうなるべき。BGもFKもTLもITも、二回も東京救ったんだよ? 羽毛茶便事件で超能力者来てくれなかったら何百人死んだと思う? 警察は無能過ぎて全然対応できてなかったよね。東京だけじゃなくてマリンランドも救ってる。それなのに正体隠してコソコソしないといけないのはおかしいよね。もっと褒め称えて感謝しないといけないんだよ。それなのにさ、もうさ、諜報員の暗躍とか外国の工作員とか秘密実験部隊とか変な言いがかりつけて悪口ばっかり言ってさ、はーもうほんと邪悪っていうか弱い生き物の嫉妬って醜いよ。旧人類なんてさっさと滅びた方がいいよね」

三景ちゃんは早口で言い終わった。

嘘だよ、とか、冗談だよ、という続きの言葉を待ったが、話は終わっていた。

大真面目だった。

やべえよ、やべえよ……なんだこの子、滅亡論者か。超能力者好きをこじらせまくってやがる。

「その理論だとお前も死んだ方がいい事になるぞ」

我慢できなくなったのか、翔太くんは見舞品の超水球饅頭の箱をシゲじいに渡しながら突っ込んだ。

三景ちゃんは陰気な顔で頷いた。

「別にいいよ。一生病院に閉じ込められるぐらいならBGとかFKに滅ぼしてもらいたい」

「FKはそんな事望んでないんじゃねーかな」

「あんたなんかにFKの何が分かるの? 髪染めちゃってさ、それカッコイイと思ってるの? きっも!」

三景ちゃんは辛辣に吐き捨てた。

妙な状況になってきましたねこれは。今馬鹿にしたそいつがFKだぞ。

中一相手に本気で怒って言い返そうとする翔太くんを手で制し、シゲじいが超水球饅頭の箱を開けて三景ちゃんに差し出した。

「まあまあ、これでも食べて落ち着くと良い。レディ・ファーストだ、日之影くん。一番大きいのを取りなさい」

「大きさなんて全部一緒でしょ。シゲじいボケた?」

「いやいや、儂のIQは180ある」

なんだかんだ言いながら三景ちゃんは超水球饅頭を一つ取り、顔を出した看護師さんに呼ばれて検診のために部屋を出て行った。去り際に看護師さんに見えない角度で舌を出して馬鹿にされ、翔太くんは額に青筋を浮かべていた。

足音が完全に遠ざかって聞こえなくなるまで待ち、翔太くんは超水球饅頭を二つまとめて口に放り込みながら憮然として聞いた。

「なんだよあのクソガキはよぉ、親はちゃんと火ぃ見せてんのか?」

「火? いや、それは分からんが、許してやりなさい。あの子はな、」

そう前置きして、シゲじいは三景ちゃんから聞いた彼女の過去を語った。

日之影三景は太田総合医療病院の院長の娘で、物心ついた時からずっと病院暮らしらしい。草斑病とかいう先天性疾患を抱え、何もしなければ全身から草のようなデキモノが生えてきて文字通りの植物状態になる。服薬で症状を抑えているものの副作用で筋力と体力が落ち、とても学校に通える状態ではないとか。

テレビや本、インターネットを友達代わりに閉鎖的な病棟で育ち、会話相手はいつも看護師や医師。必然的に大人びた、というか、大人になろうとしてなりきれない小賢しい性格になった訳だ。あと悲観的。

「イグくんの能力で治してやりたいところだが、何とかしてやれないか」

「いや、先天性疾患は無理だ」

シゲじいの提案に、俺は首を横に振った。

イグの治癒は原理が未だによく分かっていないが、基本的には「通常状態に戻す」ものであるため、生まれつきの病である先天性疾患には効かない。死者蘇生と先天性疾患は、癌すら治すイグの万能治癒が通用しない数少ない例外だ。

「ううむ、しかしな。あの歳で人生に悲観するには早過ぎる。病が治り良き友を得れば考えも変わると思うのだがね」

「シゲじいはなんであんなガキんちょに拘るんだよ。聞いた感じじゃほっといても死ぬ訳じゃねーんだろ? ほっとけよ」

「そういう訳にもいかん。あの子は儂の若い頃によう似とる。捨て置けん」

ほんとかよ。

しかしまあ、三景ちゃんの陰気で後ろ向きな様子には俺も心当たりがないわけではない。

秘密結社に入る前の燈華ちゃんがそうだった。虐められ、誰にも助けて貰えず、苦しんで、苦しみ過ぎて、変な方向に吹っ切れてしまった。秘密結社に入ってからは明るくなったが、それまでは今にも消えてしまいそうな儚く暗い雰囲気だった。

昔の燈華ちゃんを思い出していると、シゲじいは手を叩いて言った。

「おお、そうだ。日之影くんを天照に誘う、というのはどうかな。あれほど超能力が好きなのだ、誘えば喜ぶだろう。儂の見立てではかなりの潜在能力があるようだが?」

「無い」

即答した。

経歴には同情するが、あんな思想の子に超能力渡すのは危険過ぎるだろ。人類滅ぼしにかかるぞ。

「いや、分かりにくいが隠された能力が――――」

「無い」

「しかし今は無くとも後天的に目覚める事が――――」

「無い」

「そ、そうか……」

シゲじいはしょんぼりしてしまった。

俺としても、今まで会った中で一番悲しい青春を送っている三景ちゃんをなんとかしてやりたい気持ちはある。あるが、流石に思想がまず過ぎる。

目覚める能力の種類や成長率次第では本当に人類を滅ぼしかねない。闇堕ちした秘密結社構成員を念力で始末する、なんてダーク展開はまっぴらごめんだ。

シゲじいが考え込みはじめてしまったので、俺と翔太くんは見舞品だけ置いて病室を辞した。

そして翌日。

俺はシゲじいに呼び出され、一緒に区民プールに行く予定だった翔太くんに断りを入れ、再び太田総合医療病院を訪ねた。

病室に入ると、シゲじいはドアをしっかり閉めるように言い、ベッドから手だけ伸ばし窓を閉めてから切り出した。

「日之影くんの事だが。儂もあれからよく考えた」

「ああ」

「思うに、日之影くんはもっと現実を知る必要があるのではないか。人との交流然り、社会を維持する意義であったり、内容は様々だがね。病棟の中に囚われ接する者も限られ、挑戦の経験も達成の経験もロクに無ければ人格形成に悪影響が出ようというものだ」

「……おお」

珍しくシゲじいがマトモな事を言っている。

また変な事を言い出すと思って斜めに構えていた俺は姿勢を正した。

「必要なのは充実した成功体験である、と儂は結論した。世界は、現実は悲しい事ばかりではないと身をもって体験すべきなのだ。辛い現実に負けてはならん、生きていれば良い事もあるのだ、前向きに生きていくべきなのだ、と知らなければならん」

「もっともだ」

「うむ、賛意に感謝する。そこで儂は考えた。具体的にどうすれば良いのかをな。日之影くんには破滅願望があるが、根底には超能力者への非常に強い憧れがあるようだ。さもなければあれほど超能力者を賛美したりはせんだろう」

「確かに」

「しかし日之影くんに超能力の素質はない。超能力者になる見込みは無い。この現実を打破したい。そのためのとっておきの案があるのだが、協力して貰えるかな?」

案の内容を言う前に協力の可否を問うのはやめろ。まためちゃくちゃな事言い出すなら却下するぞ。

俺は慎重に答えた。

「内容による」

シゲじいは頷き、とっておきの案を語った。

「ああ、それはもっとも。いやなに、難しい話ではないよ。高橋くんや蓮見くんの正体を告げ引き合わせる方法も考えたが、それは最善ではない。いいかな、日之影くんは超能力を持たない。だが、超能力を持つ事ができたならそれは大きな、人生を変えるほど大きな自信になるだろう。そして我々は超能力者だ。多様な能力を持ち、できる事も多い。PSIドライブなるシロモノやアーティファクトもあると言うではないか? ならばその多くの手段でもって、日之影くんに、自身が超能力に目覚めたかのように錯覚させる事も可能であろうよ。真実超能力が無くとも、本人があると思えばあるものと同じ。そして目覚めた超能力でもって分かりやすい敵を倒させ、達成感を得させる。

一言で言うなら――――日之影くんにマッチポンプを仕掛けるのだ」

嘘だろシゲじい!