軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12話 裏切りの味

安井康夫は男の誕生日パーティーを喜んで祝う趣味は持っていない。しかしそれが名誉と金に繋がるなら話は別だった。

天岩戸からほど近い喫茶店の、窓から離れた隅の席で、安井はリンゴジュースを啜っている共犯者に報告する。

「指示通りクマさんには仕事押し付けてきた。今夜はデスクに缶詰さ。邪魔は入らねぇ」

「こちらもイグをお見合いの名目で埼玉のコモンマーモセットブリーダーに預けさせた。しかし鏑木の排除には失敗した。奴は聡い。無理は禁物じゃ」

突然超能力について明かされ、全ての黒幕である佐護杵光の逮捕に協力して欲しいと頼まれた時は驚いた。見た目が幼女であったし、何の脈絡も無かったからだ。しかし現金を握らせられ、ひとまずは簡単な手伝いを了承。その後も指示通りに動くたびに気前の良い報酬を口座に振り込まれ、今では良いビジネスパートナーとして信用している。

「店内にいるのはワシと、鏑木栞、高橋翔太、蓮見燈華、そして佐護杵光の五人」

「手錠は?」

安井が促すと、ババァニャンは懐から出した手錠をテーブルを滑らせて寄越した。

「効果は説明した通りじゃ。その手錠型PSIドライブをかければ超能力を封じる事ができる。かけるまで油断するでないぞ? 佐護の力は常軌を逸しておる。パーティー中の気の緩みを突くとは言え――――」

「分かってる、分かってる。 IT(インビジブルタイタン) とやり合おうなんて思わねぇよ」

星を破壊するという信じ難い「超」能力を持っている割に、佐護は普通の感性をしている。ゲームのガチャで爆死しふて寝したり、セールを狙って嬉々としてトイレットペーパーを買い込んだ挙句置き場所に困り配り始めたり。とにかく庶民的なのだ。

だから、警察に弱い。

警察どころか世界中の軍隊を相手取り圧勝できるはずの佐護は、庶民らしく警察を前に萎縮する。そこにつけ込み佐護に手錠をかけるのが安井の仕事だ。

安井は名誉を夢想し意地汚い笑い声を漏らした。警察を脅し取り入っている秘密結社の親玉にして超水球事件の主犯、そして世界の闇の裏にいる者を逮捕する名誉だ。昇進、賞賛は目も眩むばかり。自然、それを活かして手に入る金も跳ね上がる。ヤクザとのケチな取引で得られるものとは桁が違う。

「ほんとにアンタは分け前いらないんだな?」

「不要じゃ。復讐で儲けようなどとは思わぬ」

念押しを肯定するババァニャンは憎々しげに表情を歪める。なぜそこまで憎んでいるのかまでは聞いていないが、安井は憎悪は下手な愛や友情より遥かに信用できる事を知っている。復讐心を満たしている限りは扱い易い。

「んじゃ、一時間後に」

「うむ」

別れを告げ立ち去る安井を見送るババァニャンの目は、冷たかった。

安井が時間を見計らって天岩戸に踏み込むと、仏頂面のまま鼻眼鏡をかけ飾り付き帽子を頭に乗せケーキを切り分けていた佐護がまず目を向けてきた。宴もたけなわであり、鏑木はババァニャンからワインを酌され頰を赤くしていて、高橋は誕生日ケーキについていたローソクを束ねて火をつけようとしていて、蓮見は切り分けられたケーキを口に運ぼうとしているところだった。

「どーも、こんばんは。パーティー中にすみませんね。警察の安井です」

安井が警察手帳を出し改めて名乗ると、場の空気に困惑の色が濃くなった。

安井は熊野の相方であるが、熊野とは違い秘密結社の面々と誕生日パーティーに飛び入り参加するほど親しくはない。さりとて全く知らない仲でもない。

安井は靴音を響かせ、パーティーグッズを外している佐護の前に行き、偽造逮捕令状を掲げた。

「佐護杵光。超水球事件における騒乱罪及び黒色不明生物による暴行の疑いで逮捕する」

「はっ?」

令状の偽造は重罪であるが、ババァが数度に渡り採取・提出した世界の闇の残骸の水からは必ず佐護のDNA検出結果が出ている。残骸の水が本物にせよ巧妙な偽造にせよ、疑惑を抱かせるには充分であり、令状は鏑木の警察への圧力が無ければ正式に発行されていただろう。

物証はあるがより効果的に騙すために一週間かけて本物同然の完成度の偽令状を作成していた。本物を参照できる立場であるため、偽造の難度は低かった。

「両手を出せ」

「はぁ……?」

事態を飲み込めていない様子で言われるがまま両手を差し出す佐護に手錠をかけようとすると、鏑木が顔色を変え立ち上がった 。そしてすぐに驚いた顔になり、両手を見て、なんで、と呟く。

「時間を止めようとしても無駄じゃ。特殊なプラチナ化合物をワインに混ぜた。代謝排出されるまで三時間は超能力に深刻な不調を来たす。鏑木程度の練度ならば封殺も同然じゃろう」

ババァニャンは不気味なほど静かに言った。

高校生二人は慌てる。

「ちょっババァ、刑事さんの前で超能力とかそういう事言うな」

「刑事さん、待って下さい。何かの勘違いです」

安井は二人の言葉を無視した。そしてようやく身の危険を感じたらしく引っ込みかけた手を掴み、手錠をかける。手錠は間違いなく音を立て、佐護の両手に嵌った。佐護は慌てて手を動かすが、手錠はビクともしない。

すると佐護は深呼吸して目を細め、手錠を見つめた。安井の心臓が跳ね上がる。まさか?

しかし危惧は杞憂であった。手錠は壊れる事なく沈黙を保ち、佐護の表情が驚愕に変わる。

「んな馬鹿な……! たかが手錠で!?」

「キャラ作りはどうした、佐護杵光。いや、魔王よ」

ワインボトルを置き、ババァニャンが進み出る。それを止めようとした鏑木の前に安井は割り込んだ。時間停止が使えなければ、鏑木はただの女性に過ぎない。

「おいおいおいおい、魔王? マスターが? どういう事だ?」

「翔太、そなたには真実を知る権利がある。燈華もじゃ。聞くが良い」

「ババァさん? ……もしかしてまた寄生されて」

「そんなはずは無いわ。あり得ない」

蓮見の呟きは鏑木によって即座に否定された。鏑木は自然な動作で髪を留めていた妙に大きな金属製のバレッタを外して手に取る。

しかし、ババァニャンから知らされていた安井は、素早くそのバレッタに擬装された折り畳み式改造ベレッタを奪い取った。バレッタ・ベレッタは用心深い鏑木が超能力を何らかの原因で封じられた時の為に携行している小型火器である。擬装は完璧で、知らなければ不意を突かれ撃たれるか、銃撃戦に発展していたに違いない。

初見では絶対に分からないはずのバレッタ・ベレッタを容易く見抜かれ奪われた鏑木は歯噛みし、確信的にババァニャンを睨んだ。

「彼女は自分の意思で私達を裏切ったのよ」

「裏切る? 裏切ったのは、裏切っているのは貴様らだろう」

高橋と蓮見は「鏑木と佐護」対「ババァニャンと安井」で対立しているらしいというところまでは理解したが、和やかな誕生日パーティーからの急激な変容を飲み込むので精一杯だった。

鏑木はババァニャンを裏切り者だと言う。

ババァニャンは鏑木と佐護こそ裏切っていると言う。

ババァニャンは混乱して動けずにいる高橋と蓮見に訥々と語り始めた。

「マスター、佐護はな。無能力者のフリをしているが、その実超能力者なのじゃ。それも最古最強の」

「おいババァ」

佐護がシンクの蛇口に手錠の鎖を引っ掛けて引っ張り、引き千切ろうとしながら言う。その常に無い焦り声を安井は薄ら笑いを浮かべ心地良く聞いた。

「そして天照のボスでもある。不思議に思った事は無いかの? ボスはどこにいて、何をしているのか。何故我々の行動や好みを把握しているのか。何のことはない、すぐ側に居ただけの事なのじゃ」

「やめろ。ぶち壊しにするつもりか」

止めようとするその言葉が、逆にババァニャンの言葉に信憑性を持たせていく。

「世界の闇の出現も、世界の闇が人を襲うのも。翔太、燈華。そなた達が超能力に目覚め、数々の苦難に直面した事さえも」

「くそっ、黙れ!」

鏑木が安井を押しのけてババァニャンに掴みかかろうとする。安井は熊野仕込みの体術で鏑木を取り押さえ、床に押し付けた。

「全ては佐護の身勝手が起こした事なのじゃ」

「黙れぇええええ!」

佐護が絶叫すると、手錠が不自然に振動し始めた。壊れはしないものの金属音を立て軋みを上げる手錠に安井は腰が引けた。

「お、おい! 封じ切れてないぞ!」

「どうやらそのようじゃな。故に」

足で強く床を踏みつけると、床板が回転して壮麗にして剛健な造りの剣が飛び出す。ババァニャンはそれを掴み佐護に向けて構えた。

「ここで殺す。この魔王殺しの剣で、確実に。安心するが良い、これは貴様が耐え切れる威力ではない」

「……はっ? 待て待て待て待て待て、それは話が違うぞ」

安井はババァニャンから佐護を逮捕すると聞かされていた。超水球を単独で倒す超能力者を捕縛し、働かせるなり研究材料にするなりしてこそ価値がある。死体を逮捕しても意味はない。それどころか殺人幇助の嫌疑で安井の身が危ない。

「ワシをこのようなクソッタレの世界に呼び寄せた恨み、忘れておらんぞ。忘れるものか。勇者が籠絡されておるなら、最早ワシがやるしかあるまい? ああ、この復讐の時をどれほど待ちわびた事か!」

ババァニャンは剣を低く構え、腰を落とし佐護に斬りかかる。佐護は手錠をかけたられたまま無様に転がって避け、距離を取ろうとするが、背後は壁。部屋の隅に追い詰められた。次に斬りかかられれば避けられない事は明白である。

安井は咄嗟に拳銃を抜き、ババァの足元に威嚇射撃をした。乾いた銃声が空気を緊迫させる。

「その剣を捨てろ、ロナリア・リナリア・ババァニャン」

ババァニャンは横目で安井を見て、小馬鹿にしたように笑った。カチンと来た安井は引き金に指をかけたまま脅しをかける。

「本気だぞ。殺人未遂の罪で現行犯逮捕する。剣を捨てなければ撃つ」

言いながら、安井は素早く計算した。ここでババァニャンを止められれば、一度に二人を逮捕できる。佐護一人を捕まえるより大手柄だ。ババァニャンは安井の悪事を知っているが、安井もババァニャンが見た目通りの年齢、存在ではない事を知っている。

上手く捌けばまだ巻き返しは効く。

「マスター、落ち着いてくれ。ババァも、みんなも。それとも頭冷やしてやろうか?」

「一度ちゃんと話し合おう? 結論を出すのはそれからでもきっと遅くないから」

高橋が手から白い冷気を発しながら仲裁に入り、蓮見がそれを受けて続ける。

しかし、ババァニャンは聞く耳を持たず床を蹴り、再度佐護に飛びかかった。

それは世界がスローモーションになったかのような、長い一瞬だった。

安井は自分の指が運命に導かれるように引き金を引いたのを、どこか他人事のように感じた。

鏑木が泣き喚いて暴れ、炎熱と冷気が佐護とババァニャンの間を遮るように吹き荒れる。

その超常の力の奔流を貫いて、ババァニャンは跳び、一振りの槍の如く突貫した。

手錠が極度の振動で粉砕されるのと同時に、剣が佐護の胸、丁度心臓の位置に突き立つ。

佐護は目を見開き、獣のように咆哮し、不可視の力でババァニャンを吹き飛ばした。

ババァニャンは壁に叩きつけられ、口から血を吐き出し無力に床に落ちる。頭は半回転して背中を向き、手足もあり得ない方向に曲がり凄惨さを生々しく物語る。

そして佐護もまた、震えながら剣を抑え、血の泡を吹きながら倒れ伏した。

足下の鏑木の世界の終わりを叫ぶような凄絶な悲鳴を聞きながら、硝煙が上がる拳銃を震える手で下ろし、安井は恐怖した。

撃つつもりはなかった。しかし撃ってしまった。弾は当たったのか? 当たっていないのか?

ババァニャンは子供に弄ばれたボロ人形のよう。一縷の奇跡にかけて脈を取るも、鼓動は感じられない。

「死、死んで……!」

安井はよろよろと後ずさった。ババァニャンの胸を汚す鮮血は吐血したものか? 銃撃によるものではないのか? 確認するのも恐ろしかった。

ぐにゃりと身体を横たわらせる佐護に鏑木が縋り付き、取り乱しきって泣いている。

そこに高橋と蓮見が駆け寄り、高橋が手首で脈を取っていた。

「駄目だ、脈が無い! イグを、いや、今いないんだ! クソっ、こんな時に!」

「どいて翔太、まだ分からない。手首は誤診がある」

高橋を押しのけた蓮見が佐護の首に手を当てる。が、すぐに顔を伏せた。

「ダメ、止まってる。そ、そうだ、イグがいなくても治癒ドライブを使えば!」

「無理だ。治癒系のヤツはババァが流出させちまってまだ戻ってきてない」

「なら救急車を呼んで!」

「あ、ああ。でも、もう……」

高橋はフロアを染めるおびただしい鮮血に歯噛みした。大動脈どころか心臓を破られでもしなければこうはならないという、素人目にも分かる致死的な量だった。

鏑木はなおも何か出来ないかとオロオロする蓮見を泣き腫らした赤い目で剣呑に追い払った。

「触らないで! これ以上佐護さんに何をするの? 佐護さんが一体どれだけ……! ねぇ、出て行って! 出てってよ! みんな! みんな!

人殺し!

人殺し!!

人殺し!!!」

「お、おい。そっとしてやろう。ここにいるべきじゃない」

後退りして逃げようとしていた安井は、これ幸いにと二人の手を掴んで出口へ引いた。

救急車を呼ばれたらいよいよ事が表沙汰になる。

秘密結社というからには時間を置いて冷静になりさえすればこの事件も秘密にするだろう、という希望に安井は全てを賭けた。さもなくば、発砲、殺人が明るみに出て安井は破滅だ。芋づる式に余罪まで発覚しかねない。差し当たりは二人に救急車を呼ばせないよう言いくるめ落ち着かせる事だ。

「何するの離して!」

「燈華、落ち着け。今はみんなきっと冷静じゃないんだ。冷静にならないと。冷静に。ああくそっ、頭が回らねぇ」

安井は二人を連れ、なんとか収拾をつけようと混乱した頭を働かせながら逃げ出した。

三人が去った天岩戸には、胸を抉る慟哭だけが満ちた。

血溜まりと惨劇の中で。

いつまでも、いつまでも――――

――――三分ぐらいは。

倒れていたババァニャンは耳を忙しなく動かし、キャストの退場を確認。曲げていた手足を動かし通常状態に復帰してから、フクロウのように首を180度回して調子を確かめ、起き上がった。

「行ったぞ」

口から喰い破った輸血パックの残骸を吐き出しながらババァニャンが言うと、鏑木は嘘泣きをやめ、時間を止めて染みにならない内に床に飛び散った血糊を拭き取った。

「お掃除完了。佐護さん?」

「何? もう動いてOK?」

佐護が起き上がり、胸に食い込んだオモチャドライブを抜くと、バネで押し込まれていたプラスチックの刃が戻った。

「いやぁヤバかった。首で心拍確認された時は死ぬかと思った。よく手首じゃ怪しいなんてとこまで頭回ったよな」

「そうよね。アレどうやって切り抜けたの? 終わったと思ったのに」

レコードプレイヤーに円盤を置き、『ジ・エンターテイナー』を流しながら首を傾げる鏑木に、佐護は胸に仕込んだ輸血パックの大袋をシンクに投げ捨てつつ事もなげに答えた。

「念力で心臓止めた。確認終わってからすぐまた動かしたんだが割と臨死体験だったな」

「そんな事してたの!?」

「ババァだって止めてただろ」

「アルヴは元々自力で心臓を止める身体機能があるからのう。関節可動域もじゃが、人類とは体のつくりが違う。それはさておき、ほれ。誕生日プレゼントじゃ」

そう言ってババァニャンはオモチャドライブを取り出した床下の二重底から本命の「魔王殺し」を取り出し、佐護に渡す。それは見た目だけ取り繕ったプラスチック製の偽物と違い、細部に至るまで華麗な芸術性をもって繊細に作り込まれ、それでいてずっしりとした重量感と威圧感があった。

佐護は喜び、鏑木は驚いた。

「うぉお……! こいつはすげぇ。いや、ほんとすげぇ。おおおー……! サンキューババァ!」

「へぇ……いつの間にこんな凄いの用意したのかしら。気付かなかったわ」

「ふふふ、そこは年の功じゃ。サプライズプレゼントがバレてしまっては興醒めじゃろう? 気付いたサプライズに気付いていないフリをするのも、気付かれている事に気付かないのも滑稽極まりないからのう。ああ、佐護よ。柄のダイヤルを回せば伝染攻撃の威力を調整できるようになっておる。訓練に役立てると良い」

「マジかよババァ最高だな! 魔王と勇者の武器が合わさり最強に見えるわこんなん」

「私には? 私には無いのかしら。素敵でかわいい魔法の杖は?」

「急かすな、急かすな。誕生日にな」

剣を振り回してはしゃいでいた佐護だが、ふと冷静になって言った。

「なぁ、これ作るの大変だったろ。良かったのか? ババァ、まだ俺の事怒ってるだろ」

「……気付いておったか」

「たまーに俺見て苦しそうにしてたからなぁ」

ババァニャンは苦笑した。

「怒りはある。憎しみも確かにある。だが、感謝と敬意も間違い無くある。敬意は憎悪を打ち消さぬ。相反する感情は両立するものじゃ。しかし敬意と感謝をこうして形にする事で良き心に水をやり、悪しき心が枯れるのを待つ事をワシは知っておる」

そう言うババァニャンの目は途方も無い年月を経て育まれた大きな慈愛に満ちていた。

「ま、何にせよ、今は宴じゃ。翔太と燈華はワシの二度目の裏切りを見抜けなんだが、それもまた良し」

ババァニャンは鏑木によって二次会の準備がなされたテーブルに着き、リンゴジュースの缶を持った。鏑木も席に座り、とっておきのワインボトルを開ける。二人に目で促され、佐護は発泡酒を開けて咳払いした。

「えー、まだ俺達の復活イベントを残しておりますが。ひとまずは裏切り者イベント、終了という事で。お疲れ! 乾杯!」

「「乾杯!」」