軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

09話 流れよ我が涙、と刑事は言った

気絶した翔太くんを庇い世界の闇と戦闘を行った熊野刑事だったが、攻めきれなかった。というか攻め切らせなかった。

「がぁ!」

野獣のような声を発し掌底を打ち込むが世界の闇には通用しない。一瞬痙攣するも、何事も無かったかのようにワニ顎と化した腕で熊野刑事の首を食い千切ろうとする(フリをする)。熊野刑事はそれを紙一重で見切ってカウンターの頭突きを入れるが、やはり効かない。

受けた感触からしてどうやら内部に衝撃が浸透する内臓破壊系の打撃らしい。が、世界の闇に内臓は無いぞう。

最初の数発は普通の打撃で、そこから異様な斬れ味の足刀手刀、ズボンのベルトやスーツによる拘束、表面破壊系打撃、内臓破壊系打撃、と次々と切り替えているあたりに、未知の相手に怯まず有効な攻撃を探る歴戦の風格を感じさせる。人型世界の闇が本当に人だったら既に三十回は倒されているだろう。強い。クマさん強い。

内臓破壊も効果無しと見た熊野刑事が貫手で世界の闇にボコボコ穴を開ける貫通攻撃を始めたところで、念力で地味に袖を引っ張ったり頰をさわさわした甲斐あり翔太くんが目を覚ました。

遅いぞ翔太くん! お前の目覚めを待ってたんだよ! 時間押してるんだから早く共闘して! そして闘いの中で絆を芽生えさせて!(強制)

翔太くんは目を覚まして世界の闇の姿を捉えた途端に跳ね起き、熊野刑事の前に飛び出して 絶対凍撃(エターナルフォースブリザード) を放った。初手必殺技好きね君。いや大抵の奴はそれで倒せるんだから正解だと思うけど。

が、今回は熊野刑事と共闘して立場と年齢を超えた絆を促成栽培してもらわないといけない。残念ながら倒れません。

という訳ではい分裂。

ガッチガチに凍結静止した世界の闇を念力で破砕し解凍再構築。二体に分裂させ、それぞれ翔太くんと熊野刑事に襲いかからせた。

「おい分裂したぞ!?」

「うっせ、いつもならアレで止まるんだよ! ダメって事はコイツ何人か喰ってやがるッ! 上位個体だ!」

分裂した世界の闇に挟み撃ちにされた二人は、自然と背中合わせになり迎撃した。翔太くんはすぐに落ちていた鞄を蹴り上げペットボトルを掴み出し、中の水をぶちまけ凍らせ槍を創る。

斧顔負けの回し蹴りで世界の闇を鋭く重く蹴りながら、熊野刑事は敵を睨んだまま尋ねた。

「どうやって倒せば良い? 超能力しか効かないのか?」

「いや、体のどこかに核がある。目を凝らせば皮膚を透かして見えるはずだ」

「……あったぞ、あれか!」

「それを潰せれば方法はなんだっていい。こんな風にな!」

翔太くんは世界の闇の下半身を凍結させ、頭部の石の核を槍で貫いた。

その瞬間、熊野刑事が相対していた世界の闇は後ろに下がり、ぶるりと身震いした。

すると何という事だろう!

翔太くんが倒したはずの世界の闇が核を再生させ、起き上がり、再び動き出したではないか!

二体の世界の闇は鏡合わせに同じ構えを取る。熊野刑事は当惑して言った。

「あー、どんな風にだ? 再生したぞ」

「んな馬鹿な。不死身か?」

それこそ、んな馬鹿な、だ。不死身ではない。

ヒントはあるぞ。

分裂。

復活前の片割れの奇妙な挙動。

同じ構え。

ほら! バトル漫画とかゲームでよくあるだろこういうやつ! 考えて!

「こっちの妙な動きをした本体が再生させたんだろう。むんッ!」

熊野刑事の前蹴りが核を正確に捉え、砕く。

瞬間、翔太くんが相対していた世界の闇は後ろに下がり、ぶるりと身震いした。

すると何という事だろう!

熊野刑事が倒したはずの世界の闇が核を再生させ、起き上がり、再び動き出したではないか!

二体の世界の闇は鏡合わせに同じ構えを取る。

焼き直しですまんね。熊野刑事、惜しい。誤答です。

立ち位置が変わっただけで全く同じ復活モーションを行った世界の闇を見た翔太くんは、世界の闇のワニ顎を凍らせ槍の石突で突いて粉砕しながら叫んだ。

「分かった、コイツら同時に倒さないとダメなんだ!」

はい翔太くん正解。

敵の数は二。

自分達も二。

後は分かるな?

「おっさん合わせろ!」

「しくじるなよ。三つ数える」

片や氷槍を構える青年の超能力者。

片や拳を構える壮年の格闘家。

まるで違うはずなのに、多くを語らず二人は通じ合った。背中合わせに同時に腰を落とし呼吸を合わせる。期待通り誘導通りの光景のはずだが、見ていて不覚にも胸が熱くなる。いいなぁ、こういうの。

「壱」

「弐の」

「「参ッ!」」

飛びかかる世界の闇の核を、熊野刑事は鍛え抜かれた拳で、翔太くんは超常の氷槍で、全く同時に粉砕した。

世界の闇は飛び散り、ただの水と割れた石コロになる。二人は残骸を前に油断無く残心を取り、復活や三体目の気配が無い事を確かめた後、ようやく構えを解いた。

「水の怪物。世界の闇、か。超水球と関係が?」

「まあな。あ、話戻すけどチョコシガとライター返せよ。もう一度言うけど駄菓子だから。よく見ろ成分表示とか」

「……ああ、確かに。紛らわしいパッケージだな。すまなかった」

助け合い協力して怪物を倒すという経験を経た二人の間には目論見通り信頼関係が芽生えたらしい。翔太くんの提案で二人は警察署ではなく天岩戸へ行く事になった。ひとまず急場を凌いだが、なんだかんだで二十分をオーバーしてしまった。

安井刑事の乱入は無かったがどうなっているのだろう、とババァの方を確認すると、ちょうど嘘泣きを辞め、遠くを見て「おかあさんだ!」と嬉しそうに叫んで走り出し逃走するところだった。ゲスイ刑事は疲れたため息を吐いてそれを見送っている。上手くやったらしい。ババァは耳がいい。足音や話し声を聞いて状況を読んでくれたのだろう。

鏑木さんはお見合いを切り上げ天岩戸に移動して熊野刑事への説明役をすると言ってくれたが、断った。

今回は翔太くんの牢屋行きを回避するために鏑木さんのお見合いを邪魔した形になる。鏑木さんは元々受けるつもりは無かったから大丈夫と言うが、好意に甘え過ぎるのも良くない。

そりゃ、鏑木さんが結婚したいと言えば津波のように縁談が押し寄せてくるだろう。お見合いの一回や二回見逃してもなんともない……本当にそうだろうか。

その一回、二回の相手が運命の人だったら? 結婚なんていつでもできると油断して、話を先送りにし秘密結社活動に夢中になっているうちに婚期を逃すなんて事にはならないだろうか。

秘密結社五カ条「構成員は日常と非日常との二重生活を送るべし」を忘れてはならない。日常を捨てて得た非日常に何の価値があろうか。非日常に浸りきり日常を忘れると、非日常に慣れ、いつしかそれが日常となってしまう。

だから、駄目なのだ。秘密結社活動は狂おしく楽しい。しかしそのために日常を犠牲にしてはいけない。お見合いを中座するのも良くないが、すっぽかすのは最悪だ。

そういって説得すると、鏑木さんは納得してくれた。お見合い相手に中座した事を詫び、話を断りはするが紹介してくれた両親と見合い相手の顔に泥を塗らないようキッチリ終わらせてくる、と約束した。

うむ。それで良いのだ。俺としてもこれを機に渋いクマさんと仲を深めておきたい。寡黙を装っているとなかなかみんなと絡めなくて寂しいからな。

やがて翔太くんは熊野刑事を天岩戸に連れてきた。翔太くんの頼みでイグの治癒を使い熊野刑事の凍傷と打撲を治す。

翔太くんは神妙に世界の闇と天照について熊野刑事に打ち明けた後、熊野刑事と連絡先を交換し、高橋家の晩ごはんの時間に遅れる前に帰宅。イグも翔太くんと遊びたがったので一緒に外泊に出した。

一人残され、カウンターに座り物思いに耽る熊野刑事は壁掛け時計をちらりと見ると、静かに言った。

「ボウモア、ロックで」

時刻は既に夜。大人の時間だ。

俺は黙って頷き、空の酒瓶が並んだカウンター背面の棚を半回転させる。裏側はラインナップこそ表と同じだが、中身入りだ。一週間かけて設計製作した渾身の日曜大工ギミックである。

眉を上げて面白そうにしている熊野刑事に、ご注文のウイスキーをロックでお出しする。氷は製氷機で作ったものを、専用のアイスモールド(氷を加工する金型)を出し熊野刑事の目の前で加工。球形にする。熊野刑事は金型に挟まれみるみる形を変えていく氷に感嘆の声を漏らした。どやぁ。

鏑木さんは天岩戸に客として来ても基本ワインしか飲まないので128000円も出して買ったアイスモールドは今まで出番が無かったのだが、とうとう出陣である。俺はまだまだ若くバーのマスターとしての雰囲気に欠ける。そこをこういう小道具とパフォーマンスでカバーだ。

ウイスキーを口に含みグラスの氷を見つめる熊野刑事はたまらなく渋い。俺が貫禄負けして対比で浮いている気がする。もうアンタがマスターになってくれよ。そうすりゃ完璧だよ。

「高橋君は手加減をしていた」

熊野刑事はぽつり、ぽつりと語り出した。

「世界の闇を凍らせたあの一撃。あれを使っていれば俺は負けていた。彼は俺を殺さないよう手加減していたんだ」

俺は相槌代わりに古いレコードプレーヤーのスイッチを入れ、円盤を乗せて針を置いた。店内にしんみりしたジャズが流れ始める。

「高橋君は超能力に目覚めてまだ一年半だと言うじゃないか。戦い始めてから数えればもっと短い。分かるか、マスター。俺の四十年の研鑽は彼の一年半に負けたんだ……ウォッカマティーニをシェイクで」

熊野刑事はグラスを空にして次の注文をした。グラスと氷の準備をしている内に、熊野刑事ははっきり腹立たしさを見せて続けた。

「俺はインチキが嫌いでね。魔法だの超能力だの、そういう嘘臭い力を使う野郎を素手で叩きのめしてやるのが子供の頃からの夢だった。証明したかった。人間は人間の力だけでやれるんだってな。それがなんだ、才能の塊とは言え一年半しか訓練していない子供に実質負け、世界の闇にも負けだ。俺の努力はなんだったんだ。卑怯だよ、超能力ってやつは」

酔いはじめたからかストレートに痛い所を突いてくる。それを言われるとグゥの音も出ないんだよなあ。

俺は11年も念力を訓練している訳だが、常人は一生かけて死に物狂いの訓練を積んでも星を壊せるようになったりはしない。熊野刑事のような心技体を長年かけて鍛えた格闘家には殊更理不尽に見えるのだろう。

熊野刑事は出したカクテルをすぐに空にした。今は悪い飲み方をしたいらしい。

まあ、そんな日もある。今夜はとことん付き合おうじゃないか。

「その卑怯な力で彼は世界の闇から人を守っているんだ。そこは評価してやってくれないか」

「そんな事は分かってるッ!」

余計な口を挟むなと言わんばかりに突然熊野刑事は叫んだ。驚いてアホ面を晒す俺からグラスを奪うように受け取り、一気に呷る。既に顔が赤い。立て続けに度数の高いアルコールを飲み干せばそうもなる。

「警察だってなァ! 日本の平和を守ってるんだよ! コツコツコツコツ毎日!世界の敵と戦うなんてありゃしない、人海戦術地道な聞き込み寒さを堪えて徹夜で街を駆けずり回って手掛かりはなしのつぶてなんてザラだ。俺達が動くのはいつだって事件が起きてからだ。遅いんだよ手遅れなんだよ、それしかできないんだよ日本は法治国家だからな。それでもやるんだ、それをやるんだ、誰かがやらなくちゃいけねぇ。だから警察がやるんだ。俺が、俺達がやるんだ」

血を吐くような言葉に気圧された。そこにはごっこ遊びの域を出ない俺では決して得られない、平和を守って来た者の重みがあった。

「あァ、天照は世界の闇から平和を守ってるんだろうさ、立派な事だ。少数精鋭で人知れず怪物と戦う秘密結社? クソっ、格好良いじゃあないかよ。でもなぁ、俺達はもっとずっと昔から守ってるんだ、守り続けてるんだ! えぇ? 分かるか? この違いが分かるか?

警察にやらせろよ。

俺にやらせろよ。

そのための警察だろうが。

そのために警察になったんだぞ!

馬鹿野郎、警察が子供に助けられてどうするんだ。どうしてこんな時に無力なんだ。お巡りさんだぞ。俺は警察なんだ……馬鹿野郎……」

熊野刑事はグラスを見つめ言葉にならない言葉をぶつぶつ漏らす。激発は一転静まり返り、深い哀愁が漂う。心が痛い。

「まあ、飲め。今夜は奢りだ」

ここは酒場だ。傷心を癒す方法は一つ。俺は口当たりの良い度数低めのカクテルを出す。熊野刑事はそれをふらつく手で受け取り、ちびちびと飲み始める。一度吐き出していくらか落ち着いたようだ。

「なあマスター、俺の話を聞いてくれ。聞いてくれよ」

「ああ、聞くとも」

それから俺は積年の想いを酒臭い息と共に吐き出す熊野刑事に朝まで付き合った。

全く酒場らしい、マスター冥利に尽きるよい時間を過ごした。

「そういえば」

お見合いから数日後。鏑木はババァニャンを邸宅の自室に呼び、溜め込んだ厨二妄想論文を見せびらかすついでに異世界の魔法について聞き取り調査をしていた。二人が囲むアンティークのラウンドテーブルには資料の山と書き込みだらけのホワイトボードが置かれ、ババァニャンはオレンジジュースとフルーツポンチでもてなされている。

魔王絶対ぶっ殺す兵器(ババァニャン世界におけるプラチナ兵器)の台頭と魔王衰退のはじまりについての講義がひと段落した所で、ババァニャンは首を傾げた。

「佐護の防御は無敵なのか?」

「……どうしてそんな事を?」

「いや、単なる興味本位じゃ。ワシの世界の魔王より攻撃に関しては優れておるようじゃが、防御に関してはどうなのかと思ってのう」

そう言ってババァニャンはフルーツポンチから白玉とゼリーをのけてサクランボだけ食べ、頰を緩ませる。

「んー、そうねぇ」

会話の流れにおかしな所はなく、ババァニャンは気楽な調子だったが、鏑木の頭の隅で微かに警鐘が鳴った。

鏑木は佐護がババァニャンにマッチポンプを打ち明け、激昂させ、和解した一連の流れを見ていない。話を聞いただけである。

それ故に引っかかっていた。数百年に渡り抱き続けてきた夢を踏みにじられた怒りを、憎悪を、果たしてそう簡単に昇華できるものなのだろうか?

鏑木は自分を見出し理解してくれ、高橋翔太という逸材を見出した佐護の人物眼を信頼している。その佐護がババァニャンは納得したと言うのなら、そうなのだろう。

しかし鏑木の中の疑い深い部分が囁くのだ。どんな人物であっても、勘違いをし、間違う事があると。

ババァニャンが未だ佐護を深く憎み、確実に殺害するために探りを入れている可能性をどうして否定できようか。

能天気にフルーツポンチのフルーツだけを食べているババァニャンは見た目通り童女のようだ。しかし卓越した演技力は本気か擬態か読ませない。

ババァニャンは極めて長寿な種族であり、異世界出身であり、人類とは人生観が異なる。本当に数百年分の怒りを吞み下すほど懐が広かったのか、復讐の機会を伺い改心したフリをしているのか。鏑木には判別できない。

ババァニャンが怒りを本当に収めているのなら、疑ってかかる事で鎮火した怒りを再燃させかねない。天照の仲間でもあり、疑心暗鬼や言い掛かりに近い理由で悪し様に扱うのも気が咎める。かと言って感じた引っかかりを無視もできない。

鏑木はババァニャンの質問に曖昧な言葉を漏らしながら三秒稼ぎそこまで考え、ババァニャンに合わせた気楽な調子でしれっと答えた。

「私が思いつく限り、無敵よ。バリアは無意識に常時自動展開されているし、毒も放射線も効かないわ」

嘘である。

佐護のバリアは睡眠時には切れるし、毒は効く。放射線が効かない事だけが事実だ。

だがババァニャンが佐護の防御性能に探りを入れているのなら、この嘘は大きな抑止力になる。PSIドライブ以外に殺す方法は無いという事になるのだから。

ババァニャンが本当に興味本位で聞いただけならば、悪戯心を出して大袈裟に言っただけ、という理由で片付けられる。

どちらに転んでも問題は無い。

「なるほど、念力というやつは呆れた強力さじゃのう……鏑木よ、非常に美味であったが、白玉とゼリーは好かん。今度からは抜いておくれ。さて話の続きじゃがーーーー」

ババァニャンは軽く話を流し、異世界の魔王失墜の講義に戻る。人の興味を惹きつける絶妙な語り口を聞いている内に鏑木は歴史物語に次第に没入し、やがてババァニャンへの僅かな疑念は忘れていった。