軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06話 この負けイベはサービスですので御遠慮なく

「まず口頭注意するわ」

負けイベの詳細を詰めるため、平日昼間の天岩戸にやってきた鏑木さんは不細工な犬を描いたカフェラテを吹いて冷ましながら言った。俺としては首を傾げるところだ。

「口で言ってはいそうですねと納得する物分かり良い奴なら最初から調子付いたりしないだろ。昨日なんて学校の池の水凍らせて剣作ってぶん回してたぞ。燈華ちゃんがすぐ溶かしてたが。その燈華ちゃんの注意も右から左だ」

「燈華ちゃんは同級生だもの。真面目に聞かないのも無理は無いわ。大人に言われる、というところに意味があるのよ」

「大人に言われると逆にチッうっせーなって反抗しないか?」

「言われるのは嫌でも、言われないのはもっと嫌なものよ。ねぇ、佐護さん。子供の頃、自分の主張を聞いてくれず頭ごなしに怒鳴りつけてくる嫌な大人にうんざりしなかったかしら」

「うぐっ!」

鏑木さんの口撃! 俺の精神に致命傷!

そうか。俺は自分でも気付かない内に子供の頃にあんなに嫌っていた嫌な大人になってしまっていたのか。そうだ。ダメ元でもまずは翔太くんの主張に耳を傾け、言葉で教え諭さなければならないのだ。

すまない、翔太くん。よく考えもせず殴り倒そうとした俺が悪かった。許してくれ……

まあ口で言ってダメなら遠慮なくズタボロにして天狗っ鼻をへし折ってやる訳だが。そこは鏑木さんも異論ない。

放課後になると、わざわざ呼ぶまでもなく翔太くんは燈華ちゃんと一緒に天岩戸にやってきた。

「翔太くん、ちょっと良いかしら」

「……なんすか」

ちょいちょいと手招きする鏑木さんに敏感に説教の気配を感じたらしい翔太くんは警戒しながらテーブルの対面に座った。置いておいたピッチャーからグラスに水を注ぎ、躊躇いなく冷気を発し半分凍らせる。

こいつ超能力使うのがクセになってやがる。わざわざ凍らせなくても、ピッチャーには氷入れてるからキンキンに冷えてるぞ。

鏑木さんは教師や親でもこんなに優しく丁寧に言わない、というぐらい真摯に分かりやすく諭した。しかし翔太くんは少し気まずそうにしながらも「ごめんなさい」の一言が出ない。代わりに正当化を始めた。

「一般人に超能力見せたらダメってワケ分かんなくないですか? 有名になったっていいじゃないですか。テレビに映れるかも知れないですし。むしろ出演料? ってやつがっぽりですよ。だって超能力ですよ、本物の超能力」

そ ん な ワ ケ あ る か 。

もっとニュース見ろ。

貴様有名税を知らんのか。テメー同級生あたりから漏れた小学生の頃の恥ずかしい思い出を公共の電波で全国配信されても良いのか? 絶対死にたくなるぞ。最低でも不登校になる。

俳優やタレントが煌びやかに映ってるのは下積みがあったり事務所がバックについていたりするからだ。翔太くんがノコノコ出ていったら良い餌だろう。秘密結社天照は翔太くんが有名になるためのバックアップなんぞしない。

鏑木さんは翔太くんの雑な理論武装に口を開きかけたが、翔太くんはさっさと自分好みの話題に切り替えた。

「それより聞いて下さいよ、俺計算したんですけどね。0.2℃から始まって二日に一回1.4倍だから、44日すれば絶対零度になるんですよ。これ凄くないですか? 最強じゃないです?」

これには流石の鏑木さんも苦笑い。俺も笑いそうになった。

最強? 笑わせやがる。そういう事はせめて地球を氷河期にできるようになってから言え。例え絶対零度に到達したとしても、鏑木さんと戦ったら0秒で心臓麻痺だし、俺と戦ったらミンチより酷いぞ。上には上がいるのだ。

それから何度も話を戻そうとするが真面目に聞くつもりがないらしい翔太くんはロクな言い訳もしなかった。これは無駄だと鏑木さんも諦める。

翔太くん、負けイベ回避ならず。

いいだろう、そちらがそのつもりなら。百聞は一見に如かずと昔の中国の人も言っている。ここからは少し暴力的に行かせてもらおうか。

敗北確定イベント、通称負けイベ突入だ。

十月上旬。街路樹が紅葉しはじめた肌寒いある日、燈華ちゃんと翔太くんはいつものように天岩戸にやってきた。最近ますます調子に乗って下級生にカツアゲまがいの蛮行に及びだした翔太くんだが、燈華ちゃんが近くにいると割と大人しい。燈華ちゃんは翔太くんが馬鹿やると耳元で読経し始めるからな。嫌でも徳が高まり頭が冷える。つよい。

二人が入店すると、中には誰もいなかった。俺は近くのホテルに一時退避し、客室のベッドでゴロゴロしながら例によって司会進行中だ。

天照に入って日が浅い翔太くんは誰もいないというのは初めて見る。きょとんとして燈華ちゃんに聞いた。

「誰もいねぇじゃん。マスターは?」

「火災保険の相談で留守だって」

「鏑木さんは?」

「マリンランド公国公爵位叙勲式典に出席するから三日ぐらい留守」

「……は? なんて?」

「マリンランド公国公爵位叙勲式典」

翔太くんは普通に生きていればまず聞かない単語を呑み込むのにたっぷり十秒はかけていた。

「えーと、つまり貴族になりに行ってるって事か?」

「そう」

「えぇ……あの人日本人なんだろ? マジなんなん……」

彼女は子供の頃のお姫様願望を忘れないロマンチックガールだぞ。敬意を払え。帰国したら本物のお姫様だ。

おかしな空気になったがここでイベント導入シーン。二人が棚のワインギミックを動かし地下への入り口を開ける前に、電話をかける。

鳴り出した天岩戸の古めかしい黒電話に、二人は顔を見合わせた。

「これ出た方がいいのかな」

「勝手に? やばくね」

「でも今誰もいないし、緊急かも知れないし……もしもし、天岩戸です」

燈華ちゃんは受話器の上で手を迷わせたが、鳴り止む様子がないため意を決して電話に出た。俺はすかさずタイミングを合わせ予め作っておいた文章を音声ソフトに読み上げさせる。

「世界の闇の出現を感知した。場所は葛飾区、既に超能力の素質を持つ者を喰い殺し力をつけている。葛飾区区役所裏のマンホールから地下下水道へ入れ。その近辺に逃げ込んだ。必ず倒せ。地下は私の力が及びにくい。支援は期待するな。では、健闘を祈る」

謎の合成音は一方的に言って電話を切った。受話器を見て二の句も継げない燈華ちゃんに翔太くんがもどかしげに聞く。

「なんだった?」

「ボス……だったと思う。合成音だったけど。葛飾区に闇が出たから倒せって。支援無しで」

「は? ボスが? 命令するだけして高みの見物かよ」

「小さかったけど話してる時爆発みたいな音が何度か聞こえた。ボスも戦ってるんだと思う」

おっと、流石燈華ちゃん、よく聴いてる。細かい演出を拾ってくれておじさん嬉しいぞ。その音も合成だけどな。

燈華ちゃんは落ち着いて鏑木さんに連絡を取ろうとしたが、鏑木さんは今負けイベを俺に任せウキウキ気分で本当に叙勲式典に向かっている。だから雲の上、飛行機の中だ。携帯の電源は切っていて、繋がらない。

残るはバーのマスターだが、燈華ちゃんも翔太くんも電話番号を知らない。

既に犠牲者が出ている(※出ていない)という恐ろしい情報。時間が過ぎれば更なる犠牲者が出るかも知れない。

燈華ちゃんは不安を滲ませながらも、翔太くんと二人がかりで討伐に向かう事を決めた。翔太くんはまだ基礎訓練中とはいえ、-10℃までは到達していて、何より貴重な事情を知っている人手である。超能力者の卵を喰らい強化されているらしい上位個体を相手にするなら未熟物でもいた方がいいと判断したようだ。

なお翔太くんは瞬殺してやる! と無根拠な自信を滾らせ興奮していた。燈華ちゃんが止めても勝手に行きそうだ。そういうとこだぞ。

二人はタクシーを拾って現場に急行した。運賃を払い区役所の裏に回れば、建物に挟まれ陰になった狭い通路のマンホールが半分ズレている。そしてその中へと点々と続く湿った痕跡も発見できる。

あからさまに世界の闇に続くダンジョンの入口なのだ。分かりやすさは大事。こんなとこで迷われても困るからな。

翔太くんは両手に冷気を纏わせ、半開きのマンホールを蹴り開けて中に飛び降りた。だん、と強い音を立てて着地を決める。ひゅー、勇敢! いや蛮勇か。鏑木さんの「マンホールに入った瞬間モンスターハウス」案が採用されてたら死んでたぞ。今無警戒で飛び込んだろ。

「やっべ思ったより高かった。足いてぇ」

「馬鹿、迂闊に動かないで。奇襲でもされたらどうするの」

燈華ちゃんが低温炎で暗がりを照らしつつ慎重にハシゴを降りてくる。翔太くんは足をプラプラさせて具合を確かめながら不敵に笑った。

「世界の闇ってほとんど水でできてんだろ? 凍らせりゃ一発よ一発。よゆー。俺の氷は炎よりぜってー相性いいから」

「そうやって調子に乗るから鏑木さんに叱られるんだって分からない? 煩悩多過ぎ。今の高橋、徳低いよ」

「うるせーよ念仏女。かわいくねぇな」

水を差された翔太くんが吐き捨てた台詞に俺は思わず回りを見回してしまった。鏑木さんが聞いてなくて良かったなオイ。俺は聞いてたけど。美少女への照れ隠し含めての罵倒かも知れんが、ちょっと弁護できない。燈華ちゃんはうるさくないし可愛いだろうが! 念仏女だけど。

あんまり俺の好感度下げると負けイベのエグさ増しちゃうぞ。

それから離間工作をするまでもなく二手に分かれて下水道の探索を始めた超能力者二人。俺としてはやり易くていいんだが、初実戦の翔太くんを一人にしたのは先輩である燈華ちゃんの失敗だな。自分が初実戦でガッチガチだったのを忘れているらしい。

もっとも、力強く俺に任せろと言った翔太くんも悪い。どんだけ調子乗ってるんだコイツは。思春期特有の万能感と超能力が合わさり最低に見える。早くボコらなきゃ(脳筋)。

スマホのライトで下水道を流れる浅い水を照らしながらずんずん歩く翔太くん。一応鞄に入っていた筆箱からマジックインキを出して壁に十数歩間隔で印をつけ、迷わないようにしているのは評価しよう。完全に頭が茹っている訳でもないらしい。

だが負けイベだ。

程よく燈華ちゃんから離れ、ギリギリ悲鳴が届くあたりで真打ち登場。世界の闇Lv2である。

天井に張り付けていた大人サイズの世界の闇をドゥるんと翔太くんの前に落とす。

うっひは、と変な声を上げた翔太くんだったが、意外にも怯む事なくすぐに殴りかかった。

冷気を纏う拳は世界の闇に命中し、表面の黒い膜を突き破る。そして突き破っただけで止まった。核には届かない。凍りつきもしない。

「あ、あれ? このっ!」

翔太くんは反対の拳も喰らわせるが、同じ結果に終わる。拳を引き抜こうとするが、世界の闇は自分の体に侵入してきた腕を掴まえて離さない。更には触手で侵食を進め正面から抱きしめるように拘束してしまう。

翔太くん、敗北。早い、もう負けたのか!

これは負けイベ補正を抜いても順当な結果だった。

そもそも-10℃の拳を小さな浴槽サイズの水の塊に叩きつけたとして、一瞬で凍りつくだろうか?

そんな訳がない。ちょっと温度が下がって気持ちひんやりした水に変わるだけだろう。

翔太くんはせめて遠距離から冷気を浴びせる訓練をしておくか、核まで届く氷の剣を用意しておくべきだった。

凍りついても氷形態で動き出すとか、核が普通の石より固いとか、強化個体っぽい絶望的能力を用意していたのに出すまでも無かったな。

「くそっ、なら内側から凍らせて……!」

翔太くんはバトル漫画みたいな事を企んでいるようだが、遅い。遅過ぎる。

油断、増長、傲慢。

その報い、身を以て味わって貰おう。

「ぃぎっ、がぁっあっあああああああああ!? 死っ、あ゛、げああああああぉあああああ! む、だずげっ、ああああああああ!」

俺は世界の闇で翔太くんを拘束しつつ、アイステロイドを一部引きちぎった。物凄い悲鳴が地下下水道に反響する。

覚えておくがいい。これが「世界の闇に喰われる」という事だ。魂を食いちぎられ奪われるようなこの感覚を骨身に刻め。

一回ちぎっただけで翔太くんは失禁していたが、まだ終わりじゃないぞ。

俺は知っている。この年頃の少年はちょっと痛い思いをしても「本気じゃなかった」とか「調子悪かった」とか「昨日徹夜したから」とか「実はあの時頭痛かったんだよね」とか言い訳して反省しないんだ。だから言い訳の余地がないぐらい追い詰める。

追い詰め……

………………。

いや無理。

この悲鳴尋常じゃねぇわ。断末魔かっていう。

常人より遥かに精神力高い鏑木さんの演技が剥がれるぐらいの激痛だぞ。これ以上やったら拷問だろ。

計画変更、二度目以上はやめておこう。悲鳴聞いてるこっちが辛い。

朦朧として暴れる力も失せた翔太くんをニュルニュル包む世界の闇は、駆けつけた燈華ちゃんの炎の剣に切り裂かれ、怯んで獲物を吐き出した。そこに火炎放射の追撃が入り、ラストに炎弾で核を撃ち抜くコンボが決まり沈黙する。

「ちょっと高橋! 大丈夫? すごい悲鳴だったけど! 生きてる!?」

世界の闇に半ばまで取り込まれ魂を裂く悲鳴を上げていた翔太くんは燈華ちゃん視点だと死すら覚悟する惨状だっただろう。普段冷静な燈華ちゃんも取り乱し、びしょ濡れの翔太くんを抱き起こし揺さぶる。

肉体的にはノーダメージで後遺症も無い事は俺自身の経験で分かっているが……ショック死してないよな……?

翔太くんはぼんやり目を開け、燈華ちゃんを焦点の定まらない目で見た。良かった、生きてる。

「火、火が、温かい火が」

「何? 寒いの? 温める?」

ぶつぶつ呟く翔太くんがぬくい炎で包まれる。

初秋とはいえ地下下水道、凍結能力を切って冷気耐性も切れている。なるほど寒かろう、と思ったのだが、どうも翔太くんの様子がおかしい。燈華ちゃんの炎を恍惚として触ろうとし、危ない目で見つめている。

「火、火だ。闇を祓う火だ。これが、これこそが」

「高橋? 大丈夫? 正気?」

燈華ちゃんも異変に気付いた。恐々と声をかける。

すると、翔太くんはくわっと瞳孔が見開いた目で言った。

やべえ。

「火だ。これが、これこそが、世界の真理……!」

う、うわああああああ!

変な扉が開いてる!

やり過ぎた!

「 仏説(ぶっせつ) 摩訶(まーかー) 般若(はんにゃー) 波羅蜜多(はーらーみーた) -」

「読経はやめてくれ」

動揺した燈華ちゃんが般若心境を唱え始めると翔太くんは真顔に戻った。これが状態異常回復呪文か。

やっぱ大丈夫そう。