軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

08話 将来は大きくて立派な猫になりたいです!

巨大化能力というのは科学的には自滅能力だ。

たとえば身長が10倍になるとしよう。縦に10倍だ。

これに対して体重は縦×横×奥行き=10×10×10=1000倍。

筋肉の強さは断面積、つまり横×奥行きで決まるから10×10=100倍。

体重が1000倍になったのに筋肉は100倍。体重が10倍になったのに元のままのパワーしか発揮できないのと同じだ。

身長170cm、体重650kgの成人男性を想像すればわかりやすい。肥満なんてレベルじゃない。だるんだるんの贅肉が重すぎて歩くどころか立ち上がる事すらできない。自分の体を持ち上げる脚力が無いから。

更には何もしていなくても自重負荷で心臓や呼吸器系を患い、やがて死に至る。

ネズミの足が細く、ゾウの足が太いのはそういう理由だ。

ネズミは小さいから細い足でも体重を支えられる。ゾウは大きいからずんぐりした太い足じゃないと体重を支えられないのだ。

ネズミをゾウのサイズに巨大化させたら巨大化と同時に足が複雑骨折して潰れるだろう。

ゆえに巨大化能力は自滅能力と言える。巨大化するだけで勝手に動けなくなって死ぬ。巨大化は強そうな言葉の響きに反して大きくなればなるほど弱くなる能力なのだ。

……科学的には。

ここで 黄虎(ファンフー) を考えてみよう。

黄虎(ファンフー) は巨大化能力者。能力を使うとシンプルにでっかくなる。

初期スペックは身長1.5倍、発動持続時間20秒。20秒だけ二回り大きな猫になれる能力だ。大きくなっても猫は猫。別におかしくない。

一日の成長痛を挟んで二日後、 黄虎(ファンフー) は身長2.3倍、発動持続時間20秒の巨大化能力を発揮してみせた。成長率1.5倍。能力を使っている間はドーベルマン並の巨躯になる。

でかい。猫としては規格外だ。目の錯覚を疑うぐらいにでかい。

調べてみたらこの時点で既にギネス記録を僅かに上回る史上最大の巨大猫になっていた。ここまではギリギリ猫だった。見た瞬間に「猫!? でっか!」とびっくりする大きさだが、まだ猫だった。

しかし更に二日後。3.4倍になるといよいよ猫では説明がつかないサイズになった。

もう猫のサイズではない。犬サイズでもない。例えるなら熊だ。

黄虎(ファンフー) は檻の鉄柵を挟んでいないと対峙して不安を覚えるレベルの大型生物と化した。

というか実際に人間に目撃されて騒ぎになった。巨大化してレストランの裏のゴミ箱の重い鉄製の蓋を開けて中身を漁っているところをゴミを捨てに来た従業員に見られたのだ。

幸か不幸か事件が起きたのは夜で、薄暗い裏道だったから、はっきりとは視認されなかった。猫ではなく人里に降りてきた熊だと誤認され、翌朝のニュースで報道され、猟友会に出動要請がかかる事態になった。

ところが懸命な捜索にもかかわらず熊は姿どころか痕跡すら見つからなかった。街のあちこちに設置されている監視カメラにも映っていない。レストラン裏の監視カメラには大型の毛皮と尻尾を持つ生物の姿が捉えられていたから誤報ではない。熊は忽然と姿を消していた。

近隣住民を不安に陥れた熊事件は発見後一週間後に捜索を打ち切られ、当局の「熊は山に帰った。今後熊が街に迷い込まないよう対策を強化する」という発表をもってひとまずの収束をみた。

まさか謎の熊の真相が超能力で巨大化した猫だとは誰も思うまい。従業員に悲鳴を上げられ慌てて逃走する 黄虎(ファンフー) の姿は監視カメラにばっちり映っていたのだが、巨大化解除の瞬間に不思議な突発的強風で飛んできたビニール袋で監視カメラが遮られ映らなかったため、誰も熊=猫を結び付けられなかった。

黄虎(ファンフー) は熊並に巨大化しても巨大化前と変わらない敏捷性を発揮できる。思考能力も耐久力も変わらない。ただ、でかくなり、見た目相応のパワーになる。自重で自滅して然るべきなのに自滅せず、体調に異常は見られない。

現実的に考えてありえないのに有り得てしまっている――――それこそが物理法則を無視する超能力の「超」能力たる由縁だ。

俺は猟友会の出動を鑑みて、 黄虎(ファンフー) に能力使用をこっそり行うように強く警告した。特に人間を敵に回さないように。

黄虎(ファンフー) は巨大化しても強靭になるわけではない。毛皮はハサミで切れる。ナイフで突き刺せるだろうし、血も出るだろう。

もちろん皮下脂肪や筋肉は分厚くなるから軽い攻撃が重要な臓器や血管に届く事はなく、耐久力は増していると言えるが、猟銃で撃たれたら重症だ。ベアトラップを踏めば脱出は困難。

これからどんどん巨大化倍率が上がっていき、ビル並に大きくなったとしても、人間はビルを破壊する手段を持っている。山のように大きくなっても、人間は山を焼き払う手段を持っている。

巨大化能力は隠密と正反対の目立つチカラだ。人間に存在を知られ危険な生物だと思われたら始末されるか捕獲され実験材料にされるか。

いかに驚異的な能力でも人間と敵対するのはリスクが大きすぎる。星をぶっ壊せるぐらいまで成長すればまた話は違ってくるが。

熊並にまで巨大化できるようになった 黄虎(ファンフー) は 七条河(シーチャオフー) 市の野良猫社会で急速に勢力を拡大していった。

大きい、というのは非常に分かりやすい強さだ。一目見ただけで強いと分かる。

黄虎(ファンフー) が巨大化して見せるだけで、出会った野良猫は例外なく戦わずして屈服した。

万能翻訳能力を使い巧みな交渉術で鴉を仲間に引き入れ野良猫勢力を取り込みにかかっている飼い猫勢力= 黛訳(タイイー) を快く思わない野良猫が自発的に 黄虎(ファンフー) の軍門に下る事もあった。

熊誤認事件から更に数日が経つと、 黄虎(ファンフー) は小型象サイズにまで巨大化できるようになった。小型象サイズの巨大猫が普通の野良猫と変わらないスピードで俊敏に動き回るのだから生物兵器の域に達したといっても過言ではない。もはや体当たりするだけで車がひしゃげる。

黄虎(ファンフー) は 黛訳(タイイー) と違い、配下の猫を積極的に統率しなかった。ただ、自分を慕ってやってきた猫が飢えていれば餌を分けてやり、傷ついてか細く鳴く猫に助けを求められれば首筋を咥えて安全な寝床まで運んでやったりした。

デカく、強く、餌をくれ、安全を守ってくれる――――頼れるボス猫だ。

黄虎(ファンフー) は 黛訳(タイイー) のような交渉術は持たないが、代わりに巨大化能力を使って戦う天性の才能があった。劣悪な環境、痩せこけ傷ついた身体では発揮できなかった力を存分に発揮した。

七条河(シーチャオフー) 市に世界の闇がいるという設定上、 黄虎(ファンフー) に世界の闇を一度ぶつけてみたのだが、小回りの利くデフォルトの体躯で攪乱し攻撃の瞬間だけ巨大化して猫パンチする初見殺し技で瞬殺された。

マジで強い。猫スピード+象サイズの威力は半端ではない。世界の闇くんが一撃で吹き飛ばされ中身の水をぶちまけたぐらいだ。デフォルトの強さ設定の世界の闇では相手にならない。

俺も 黄虎(ファンフー) から抽出した血液をババァに精製してもらった巨大化血清を一度使ってみたのだが、視点の高さが変わり手足の長さも変わり違和感だらけ。数秒歩くだけで何度も転びそうになった。

それを 黄虎(ファンフー) は平然と使いこなしている。にゃんて奴だ。

黄虎(ファンフー) の成長は素晴らしく早く、十二分に実戦圏内になったため、早々に暴走能力者を協力してやっつけるイベントに入る事にした。

黛訳(タイイー) は能力の成長が止まり配下をせっせと増やしていて、 浩然(ハオラン) くんも基礎訓練を一度中断して応用に入っている。遊園地に遊びに行き回るコーヒーカップをババァと一緒に全力でぶん回し遠心力感覚を重力感覚に読み替え学習した 浩然(ハオラン) くんは自分にかかる重力の方向を操作できるようになっている。

つまり真上に落ちたり横に落ちたりできるのだが、細かい制御はまだ難しく、咄嗟の発動や重力の加重調節はできない。それができるようになったらできる事が増え手がつけられなくなってくるので、今のうちにイベントに入っておくのがよろしかろうというのがババァの見解だった。

ババァと打ち合わせ、内に秘めた邪悪な力の暴走を三日後に決定した俺はイベント前の最後の仕込みをする事にした。

夕暮れ時に室外機に腰かけて、膝の上で丸くなっている 黄虎(ファンフー) に切り出す。周りには野良猫が十数匹もたむろしていた。彼らは入れ代わり立ち代わりここにやってきて、仲間同士でコミュニケーションを取ったり餌をねだったり、単純にのんびりしたりしていく。時間帯によって顔ぶれが代わるため総数は把握できていないが、100匹近いと思われる。

「 黄虎(ファンフー) 」

「 に(ん) ?」

顎を撫でながら声をかけると、ゴロゴロ喉を鳴らしていた 黄虎(ファンフー) は気の抜けた声で答えた。

「最近、仲間が増えてきたよな」

「 にゃ(ああ) 」

「やらないといけない事ができた。 黄虎(ファンフー) 、これは苦しく辛い試練だ。痛い思いをしないといけない。しかし受け入れる必要がある事なんだ。俺達の幸せな未来のためには絶対に耐え抜かなければならない。やってくれるか? 耐えられそうか?」

「 にゃー(よくわからんが) …… にゃーん(耐えてみせよう) 。 にゃおん(何をすればいい) ?」

黄虎(ファンフー) は全幅の信頼と決意、覚悟を込めて勇ましく頷いた。

そこには自負があった。辛く厳しい冬の時代を孤独に生き抜いてきた自信があった。

かっこいい。こいつは覚悟を問うのも野暮だったか? 忍耐に関して 黄虎(ファンフー) の右に出る猫は中国広しといえどいないだろう。

俺は安心して言った。

「予防接種をしよう」

「 なぁーお(よぼうせっしゅ) ……?」

うむ。

猫ウィルス性鼻気管炎、猫カリシウイルス感染症、猫汎白血球減少症、猫クラミジア感染症、猫白血病ウィルス感染症、猫免疫不全ウイルス感染症、狂犬病。合計七種の伝染病に対する予防接種は必ず必要になる。

大多数が予防接種を受けていて健康な飼い猫連合はいざ知らず、衛生状態も栄養状態も悪い野良猫が徒党を組んだらあっという間に病気が広がりパンデミックが起きてしまう。

予防接種は必須だ。

「つまりお注射だな。針を肌にチクッと刺してお薬を……アッこら逃げるな! めっ! 待て! 待てだ 黄虎(ファンフー) ! こらっ!」

黄虎(ファンフー) は尻尾を巻いて逃げ出した。注射が何なのか理解できていない様子だった他の野良猫達も、勇猛果敢なボス猫が恐怖に駆られ逃走するのを見て慌ててバラバラに逃げていく。

俺は次の日の朝までの時間を猫捕獲と予防接種に費やし、報酬に無理やりチクっとされてショックを受けた野良猫達の恨みを買った。

悲しいけど必要な事だから。ゆるして。