軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

02話 ボーイミーツババァ

王(ワン) 浩然(ハオラン) くんは地元の公立高校(中国では高級中学と呼ばれる)に通う二年生の男の子だ。

彼は凡庸な顔立ちだが、浮いたニキビの跡と黒髪に入れた白のメッシュが個性を作っている。趣味は夜な夜な父のバイクを勝手に借りて走り出す事。無免許だがヘルメット装着はしっかりしている。

他にも中古のギターを叔父さんから譲り受け、バンド活動を始めるものの半年で飽きて楽器屋に売ってしまったり、学校に禁止されたスマホをこっそり持ち込んでいたり。煙草も吸っていたようだが、吸い始めてすぐに母親に見つかり大泣きされて辞めたらしい。

ざっくり言えばマイルドヤンキーだ。どこにでもいる程度の。日本でも学校に一人か二人はいるし、中国にもいる。例外的ではあるものの珍しくもない男子高生だ。

授業はサボりがちで成績も相応に低く、それが 浩然(ハオラン) くんの両親にとっては悩みの種だった。

中国は日本と比較にならないほど受験戦争が激しい。入る大学で人生が決まると言われ、実際その通り。大学を卒業していなければ一生の汚点になり馬鹿にされ蔑まれ続け、だから親は子供を良い大学に入れるために血道を上げる。小学校から高校まで誰も彼もが勉強漬け。放課後の部活なんて存在しない。部活なんてやる暇あったら勉強しろ、だ。

そんなお国柄だから、 浩然(ハオラン) くんのような勉強をしない不良への風当たりは日本より厳しい。学校では孤立し、煙たがられ、友達もいない。教師には見捨てられ、親も勉強しろとしか言わない。

浩然(ハオラン) くんがバイクに興味があると言えば大人になったら自分で買え。

音楽をやりたいと言えばそんな事より勉強しろ。

子供の将来のためを思っての言葉であっても、 浩然(ハオラン) くんにとっては息苦しく自分を縛る重い鎖にしか感じられなかったに違いない。孤独だ。

鬱屈した灰色の青春。

親には頼れない。

友達もいない。

先生も頼れない。

じわじわ溜まるストレス。ほの暗い感情の捌け口を求めて高まる衝動。

聞いた事がある話だ。こういう場合日本の女子中学生は仏教に走るんだよな知ってる。

しかし 浩然(ハオラン) くんはそんな奇行には走らなかった。雨の日に助けた子猫を 精神安定剤(ペット) にしたのだ。

洪水の川に流されているところを 浩然(ハオラン) くんに救出された雌の黒猫は名前を 黛訳(タイイー) という。助けられた時には毛並みもボロボロでガリガリに痩せていたが、今は栄養と愛情をいっぱいに貰ってスマートな成猫になっている。

浩然(ハオラン) くんは 黛訳(タイイー) をめちゃくちゃ可愛がっている。バイクで夜駆けする時もライダースーツの胸元に入れて一緒に走るぐらいだ。 黛訳(タイイー) も 浩然(ハオラン) くんによく懐いている。

浩然(ハオラン) くんのSNSアカウントは猫画像が九割を占める。

そのほとんどが超能力雑コラで、 黛訳(タイイー) が巨大化して地球を食べていたり、神々しく光り輝いていたり、目からビームを出したり。 浩然(ハオラン) 君くんが念力で 黛訳(タイイー) を浮かべているようなコラも多い。

もし超能力を持っていたら、という想像も頻繁に垂れ流し妄想を逞しくしているようだ。

思春期の少年少女にはよくある妄想だ。

有名Youtuberになっちゃったらどうしようとか。

転校してきた大金持ちの御曹司に惚れられたらどうしようとか。

美少女を助けて告白されたらどうしようとか。

超能力に目覚めたら、魔法に目覚めたらどうしようかな~! と悩むわけだ。

全部有り得ない妄想のはずが超能力の実在が現実味を与えていて、今年の春あたりに「小学生の将来なりたい職業1位が『超能力者』になった」と報道され自称有識者達が日本の将来を危ぶんでいた。あいつらいっつも危ぶんでるよな。

残念ながら流石の超能力プレゼントおじさんでも全世界の夢見る少年少女にプレゼントを配って回るわけにはいかない。

だから抽選になる。そうして今回ババァに選ばれたのが 浩然(ハオラン) くん。

ちょいワルで、性根が良い子っぽくて、月夜見と相性が良さそうで、超能力に興味がある。

うむ。

そういう訳で。

オラッ! 喰らえ 浩然(ハオラン) くん!

これが君が待ち望んでいた非日常青春(偽造)だーッ!!!

王(ワン) 浩然(ハオラン) はその日も夜の街を走っていた。バイクのエンジンを唸らせ、肩で風を切る。秋分節を間近に控えた街の空気は日が落ちると酷く冷え込んで、風が悪戯な魔物のようにライダースーツの隙間から入り込む。

胸元に潜り込んで襟口から顔を出している 黛訳(タイイー) の温もりがありがたかった。

浩然(ハオラン) は相棒と繰り出す夜のツーリングで毎日辛うじて息継ぎをしていて生きていた。

勉強は嫌いで、趣味はゲーム。五月蠅い親。何の特技もなく、やりたい事もないのに必要だから大学に行く。

何者でもなく何もできない凡庸な自分が嫌で苦しかった。

他とは違う何かになろうと髪を染め尖ったファッションをしてみるが何か違う。

父のバイクを無断で借りて無免許運転をしている 浩然(ハオラン) にすれ違う人々は誰も気付かない。咎められない。

夜の束の間、煩わしい縛めとモヤモヤを置き去りにして走っている時だけ 浩然(ハオラン) は 浩然(ハオラン) 自身でいられる気がした。

街はずれまで走り、深夜のガソリンスタンドにバイクを入れる。車庫にバイクを戻す時に燃料が減っていると父に気付かれてしまう。マメな給油が必要だ。

「にー」

「ん、出るか」

バイクのタンクキャップカバーを開けていると、相棒がもぞもぞ動いた。

ライダースーツから出して地上に降ろすと、何やら落ち着かない様子でうろうろ周囲を歩き、しきりに耳を動かした。 黛訳(タイイー) は殊更に耳が良い猫で、音に過敏なところがあった。またどこか遠くの妙な音を聞きつけて警戒しているのだろう。

犬が優れた聴覚を持っているのは有名だが、猫は犬よりも優れた耳を持っている。人間の耳では聞き取れない音を聞き取る事ができ、音の発生源を特定する能力も高い。だから物陰で息を潜めるネズミの些細な鳴き声や足音を鋭敏に感じ取り追い詰める事ができるのだ。

黛訳(タイイー) の耳は主に自室で勉強のフリをしてゲームをしている時に足音を忍ばせてしっかり勉強をしているか確認しにやってくる父の接近を察知する時に活躍している。頼れる相棒だ。

「にー」

「んー」

「に~」

「どうした 黛訳(タイイー) ?」

給油メーターを見ながら生返事をしていると、突然 黛訳(タイイー) がシャー! と鋭い鳴き声を上げた。隣の家の噛み癖のある性格の悪い犬に出会った時と似た鳴き声だ。

一度給油ノズルから手を離して振り返ると、尻尾をピンと立て毛を逆立たせ牙を剥きだし威嚇する 黛訳(タイイー) が睨む先の暗闇が蠢いた。

「な、なんだ……?」

それは 浩然(ハオラン) が今までに見た事のあるどんなものとも違った得体の知れない何かだった。

大きさは学校の机ほど。真っ黒なゴミ袋が意思を持ちずるずると這いずっているようだ。大きさも形も違うが色合いと動き方がゴキブリを想起させ生理的嫌悪で鳥肌が立つ。

「あー、大丈夫、です、か?」

浩然(ハオラン) は黒い袋か何かの中に人が入って抜け出そうともがいているのかと疑ったが、自在に形を変え震え蠢き這いずってくる そ(、) れ(、) はどう考えてもヒトの動きをしていなかった。

生物かどうかも怪しい。しかし意思を持っているように見えた。

黒い何かはにじり寄ってくる。 浩然(ハオラン) に背を向け、何かを威嚇する 黛訳(タイイー) の鳴き声が切羽詰まってくる。

浩然(ハオラン) の中で困惑を恐怖が上回った瞬間、黒い何かは形を変え伸びあがるようにして 浩然(ハオラン) に飛び掛かってきた。

「ぅおおおおおお!?」

「ゥギャーゴ!」

咄嗟に横っ飛びに避けた 浩然(ハオラン) のギリギリを掠め、黒い何かは給油スタンドに激突した。スタンドは体当たりの一撃でひしゃげ、ガソリンが勢いよく漏れだす。

悲鳴を上げて飛び上がった 黛訳(タイイー) が距離を取ってしきりに 浩然(ハオラン) に鳴いている。鳴き声の意味は明白だった。逃げなければ。

普通ではない。ワケが分からない。だが何か恐ろしい事が起きている。それだけは痛いほど分かった。

急いでバイクのスタンドを外し押して動かそうとした 浩然(ハオラン) は、間髪入れず自分の身だけ守るべきだと思い知らされた。黒い怪物が体を鞭のように変形させ薙ぎ払ってきたのだ。

その一発でバイクは十メートルも吹っ飛び、地面に激突して爆発炎上。鞭の端で引っかけられた 浩然(ハオラン) も体験した事のない重い衝撃と共に視界に火花が散り、アッと思う間も無くコンクリートの地面を舐めていた。

分からない。わからないわからないわからない!

全身を軋ませる痛みより恐怖と焦燥、混乱が勝った。

立ち上がって逃げようとする。危険に遭遇した場合まず逃げる。逃亡は全ての生物の本能だ。そうでなければ生き残れないから。

しかし 浩然(ハオラン) の足は神経を抜き取られたかのように動かなかった。

「なんだよ! 今度はなんなんだよ!」

「シャー! にー、ヴルルル!」

「くそっ! 黛訳(タイイー) ! 先に逃げろ!」

浩然(ハオラン) は腰が抜けていた。立てない。給油スタンドから漏れたガソリンが地面を蛇のように這い、燃え盛るバイクに到達する。長く伸びたガソリンに引火し、炎の壁ができる。

その壁に赤く照らされた舞台上の演者のように、黒々とした怪物と地に伏せた 浩然(ハオラン) は対峙した。

「や、やめろ……くるな、くるなっ!」

怯え慄き叫んでも怪物は止まらない。

ずるりずるりと怪物が這い寄る。炎に照らされた体表がぬらぬらと不気味に光る。

叩き潰されるのか? 喰われるのか? 何にせよロクな結末にはならない。

全身の震えが止められない。涙が滲んだ。怪物が迫る。

だが、 浩然(ハオラン) は目を閉じる事だけはしなかった。怪物が振り上げる触手を恐怖と共に見つめて――――

――――そして、横から飛んできた衝撃波が怪物を撃ち抜き四散させるのを見た。

衝撃波は一瞬で駆け抜け、続く爆音が耳を打つ。

耳鳴りがする。何も聞こえない。クラクラして視界が明滅する。

目の前に銀色の髪の幼女が走り込んできて、残骸を蠢かせ再生しようとする黒い怪物に銀色の銃を向け引き金を引く。すると衝撃波が再び怪物を爆散させた。

油断なく銃を構えた幼女が怪物を睨んだまま何事か声をかけてくるが、耳が潰れた 浩然(ハオラン) には何を言っているのか分からない。 浩然(ハオラン) が目を瞬かせていると、銀色の幼女は舌打ちをして(音は聞こえなかったが口の動きからして恐らく)、注射器を 浩然(ハオラン) の太ももに突き刺した。

「い゛!? お、おまっ、お前何すんだ!」

「立てるようにしただけじゃ。力がみなぎるじゃろう? あの世界の闇は成長しておる。分が悪い、ここは逃げねばならぬ。走れ!」

幼女は可愛らしい声で厳しく叱咤した。

手を引かれるまま 浩然(ハオラン) はよろめき走る。

「待て、 黛訳(タイイー) が!」

「猫ならここにおる! よいから走れ!」

よく見れば幼女はベルトポーチに白目を剥いた 黛訳(タイイー) をねじ込んでいた。

つい一瞬前まで腰は抜け耳も潰れめちゃくちゃだったのに、注射された太もものあたりから全身に駆け巡る熱が 浩然(ハオラン) に体が内側から爆散しそうなぐらいの活力を与え回復させていた。

振り返ると炎上するガソリンスタンドで黒い怪物が炎と黒煙に巻かれて見えなくなるところだった。

視線を前に戻せば信じられない速度で走る幼女の銀髪が幻想的に翻っている。

全くワケが分からない。

分からないが。

――――今、何か凄い事が起きている!

浩然(ハオラン) は恐怖や焦燥ではない、ワクワクするような期待感を確かに感じた。