作品タイトル不明
41話
満景が日曜日に占いの館の受付をしていると、営業時間早い時間に、ある客がやってきた。
真新しいリクルートスーツに身を包み、背にリュックを背負った、見るからに新社会人と言った風貌の男性。
しかしその男性の表情は、新社会人として歩み始めたばかりだというのに、梅雨時期の暗雲を思わせるほど、曇に曇っていた。
陰々鬱々とした空気が周囲にまで伝播してきそうな雰囲気の男性に、満景はビジネススマイルを向ける。
「いらっしゃいませ。本日は、どのような占いをお求めでしょうか?」
満景は言葉をかけながら、嗅ぎたくない臭いが鼻に届いた感じを得た。
芯まで錆びた釘のような鉄臭さと、夏場に食肉を室温で放置してしまったような傷んだタンパク質の臭い。
これは実際の臭いではない。
そんな臭いがする物質がないことは、満景自身が開店作業で掃き掃除をした際に確かめている。
、つまり、これは霊障によって感じる臭いだ。
ビジネススマイルのまま固まる満景に、新社会人っぽい男性が小声をかけてきた。
「あの。今の仕事が、僕に合っているかって、占うことはできる?」
満景が年下と見越し、喋る先の相手が格下だと侮る雰囲気が入った口調。
人間的に好きになれそうにない相手に、満景は逆に安堵する。霊障を受けていることに胸を痛めなくていい相手だと感じてだ。
しかし、人を好悪で判断してはいけないと自省する。
「仕事に関する占いですね。そういうことでしたら――」
占い師を案内しようとして、満景は言葉を止める。
普通の場合、幽霊憑きであろうとなかろうと、占い師の元へ送るのが満景の役目。霊障持ちの場合は、占いを行うまでの間は霊障を抑えてあげたいと、黒塗りの箱から札やお守りを渡すことぐらいはしても、それ以上――除霊などはしない。
しかし、この四月五月は霊に憑かれる人が多く占いの館に訪れる。
その憑かれる人の多さ故に、占い師側もうんざりする。自分は占い師であって、悪霊退治屋じゃないと。
だから四月五月の間は、満景に祓えそうな霊障持ちが現れたら、満景が祓うことが推奨されていた。
(臭いは、あまり強くない。この人に憑いている霊は、大して強くない。これなら僕でも祓える)
満景は黒塗りの箱から、パチンコ玉ほどの水晶の玉を一つ取り出す。
これは熊野高等専修学校の実習の課題で作った、浄化の水晶。
天然ではない科学的に作った水晶の小玉を、目の細かいサンドペーパーで艶々に磨き上げ、市販品の日と月の光を当てて作った聖水に一晩漬けて出来上がったもの。
生徒は一人一つずつ作り上げ、満景は実習後に余った素材で余分に作って四つ作った。
その四つの内の一つの小さな水晶玉。
それを満景は指で持つと、水晶の中に呪力を注入してから、目の前の男性に差し出す。
「この水晶に触ってみてください」
「占い師を紹介するのに、必要なのか?」
男性は訝しみながら水晶を受け取ろうとして、なぜがすぐに手を引っ込めてしまう。
引っ込めた男性自身、どうして自分が水晶を受け取ろうとしなかったのかを、不思議そうにしている。
満景は、何もわかっていない顔で、再び水晶を差し出す。
「さあ、触ってください」
「ああ、分かっている」
男性は、ゆっくりと手を伸ばしていく。そして、あと拳一つ分の距離だけ近づけば水晶に触れられるという場所で、その手の動きが止まった。
どうやら、男性に憑いている霊が、水晶に触れたら除霊されてしまうと察して、男性の動きを封じているようだ。
それならと、満景は着ている狩衣――占い師をするときは制服で受付業務のときはこの格好だとソコノ住職に決められた――から紙の人形を三枚取り出すと、呪力を込めて男性へと放った。
手帳の紙ほどの大きさの人形三枚は、放たれると男性が伸ばしている腕に張り付き、その場に呪力でもって固定した。
「な、なにを!?」
「そのまま動かないでください。手に水晶を乗せるだけなので」
言葉通りに、満景は人形によって固定された男性の手の平に浄化の水晶を置いた。
次の瞬間、浄化の力によって消し飛ぶ霊の悲鳴に似た恨み言が、満景の耳に入った。
ゆるさない、に聞こえた声だったが、満景は気にしない。
死んだ者の恨み言など、気にするだけ無駄であることを、満景は犬神家の一族に生まれた境遇と師匠たちからの教えから悟っているから。
すっかり男性から嫌な臭いもしなくなったので、満景は水晶を回収して黒塗りの箱へ仕舞う。水晶が仕舞われると同時に、男性の腕にくっ付いていた人形も独りでに剥がれ落ちた。
満景は、受付の席から立つと、役目を終えた人形三つを回収し、そして手の中で握りつぶして役立たずにした。くしゃくしゃの紙を狩衣の内へと押し込んでから、男性への占いの案内を再開させる。
「仕事についての占いですね。合っているか否かということでしたら、当館の主であるソコノ住職をお勧めいたします。蚊の占い師でしたら、貴方に良き人生の道行きを教授してくださることでしょう」
「そ、そうか。じゃあ、その人にしようかな」
満景がソコノ住職の部屋の場所を伝えると、登場したときより幾分か顔色が良くなった男性がビルのエレベーターに入っていった。