軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』17話「荒れ地の王」

混乱の鈴。コムロカンパニー創設当初から使っていると言われる魔物を混乱させる魔道具だ。

事実として魔物は方向感覚を失い、四方八方に逃げ出す。

こんな荒野であれば、本当にどこにいくのかわからない。思わず手を叩いて混乱を解除しなければ、俺も顔と地面がぶつかっていただろう。

「さらに魔物が増えるのか?」

森の中から混乱したトレントとアルラウネ、ミズバエ、ベスパホネットが荒野へと飛び出してくる。突如として魔物の大移動が始まっているわけだが、そもそも潜在的に東の森にこれほどの魔物がいれば、野外研修中に気づく。何処かから意図的に輸送されてきた魔物だ。

魔物の大きさを考えると南半球産。だけど、南半球のどこにこれほどの魔物が隠れていたのか。

「世界樹で養殖していれば流石にわかる……。ダンジョンか……」

南半球では勇者連合が復興中のはずだ。魔物を作りすぎるということがあるのか。現象から逆算して考えれば、コムロカンパニーの仕事で間違いないだろう。

何をやっているのかが見えてこない。

混乱しながらも、魔物は濁流のように密度を変えながら、荒野へと流れ込んでいく。俺は、できるだけその密集地点を潰し、風魔法を付与した大鎚で魔物を拡散させていった。

その先では学生たちが魔物に立ち向かっている。

「ここは俺が引き受けた! 魔女たちは北西へ向かってくれ!」

「貴族たち! なんとしても王都には絶対に魔物を入れるなよ!」

「当たり前だ!」

アグリッパとドーゴエが上手く学生たちに指示を出しながら戦力を削るように魔物たちを討伐していた。

『鈴の音が聞こえてきたら、手を叩いて解除するように!』

ラジオからバングルーガー先生の声がした。しっかり混乱の鈴の対処法も拡散していく。

『魔族の学生たちは森から離れ、荒れ地の奥で戦うように! 戦士科ぁあ! 今役に立たないでいつ役に立つんだぁああ!? いけぇええ! 潰せぇえっ!!』

ウインクも学生たちに発破をかけている。

しばらく戦っていると、徐々に学生たちが魔物を倒すコツがわかってきたらしく、作業のように魔物の弱点を突く攻撃をし始めた。マジコの魔道具である炎の杖もどんどん作られている。

「コウジ! これはいつまで続くんだ!?」

ゴーレムを交代させながら戦っているドーゴエが聞いてきた。

「わかりません!」

「だろうな。アグリッパ、どうする!?」

「どうするって、俺が決めていいのか?」

オルトロスのポチにトレントを焼かせながら、アグリッパが小山に登った。

「いいですよ。向こうから何も言ってきませんし。注文があるなら、先に言うでしょう?」

「そうか。なら、俺たちの戦いに付き合ってもらうか。ラジオ局、協力してくれるか?」

「……っ! もちろんです」

俺個人に言われても即答するつもりだったが、最高学年のアグリッパがラジオ局に協力を求められたら、局長として応えないわけにはいかない。おそらくラジオ局員たちも同じ気持ちだろう。

「ミストォ! あれ、トレントやアルラウネでもできるか?」

「え!? ああ、できますよ」

なぜかミストは前線まで来ていた。ダンジョン産の魔物の対応は得意だから、グイルも近くまで来ている。

「じゃあ、頼む。魔物を足止めしてくれればいい」

死霊術で復活させた魔物を壁に使うらしい。

「俺とドーゴエの二人で逆流させるから、グイルは空から魔物を分配してくれ」

「え? ああ、はい。わかりました。乗れるかな?」

空飛ぶ箒をグイルに渡した。

「逆流ってどうするんです?」

「俺たちはこれでも魔物使いだ。使役するんだよ。ウインクはグイルの指示を聞いてラジオで流してくれ」

「了解です!」

ラジオ局の3人が集まっているからか、ウインクは頭上を飛んでいた。アグリッパは駅伝メンバーだったグイルと相性がいい。きっと何ができるのか見えているのだろう。

ドドドドド……。

森から混乱したトレントたちが荒れ地へ押し寄せてくる。

グイルが空飛ぶ箒で上空へと飛んだ。ミストは死んだトレントたちを死霊術で復活させ始めていた。

アグリッパもドーゴエも自分たちがどこに行けばいいのかわかっているらしく、二手に分かれた。

「ちょっと! 先輩、俺は何したらいいんすか?」

「「お前は好きに暴れろ!」」

最高学年2人からステレオで言われると、俺って信用されているのかいないのかよくわからない。

「お前で対処できない魔物は俺達が引き受ける!」

「無理言うな! せめて少し削っておいてくれたら、どうにかしてやるよ!」

ただ、好きに暴れていいというのなら好きに暴れてみようと思う。ハンマーをぶん投げて、トレントの群れの中に突っ込む。

トレントの根本にはアルラウネやインプたちが飛び回っていて、奇声を上げながらこちらに向かってくる。混乱した魔物は意図的な攻撃はしてこない。手当たり次第に攻撃をしているだけだ。

ゴフッ!

トレントがアルラウネを踏み潰し、インプがトレントの口の中に入って舌を引っこ抜こうとしている。いちいち分析なんてしていられない。要は、動く魔力と思えばいい。

魔力を盗んで、そのまま性質変化で粘着力を付与すれば……。

バキバキバキバキ……。

トレント同士が結びついて、小山に突っ込んでいた。魔物たちの進軍が、その小山で分かれていくのが見える。その間にも魔力を吸収しようとするアルラウネの腕を掴んで、飛び回っているインプやベスパホネットの魔力を集めて、大きくなったアルラウネの魔石に火炎魔法を付与したり、水魔法で作った池に雷を落としたり、やりたい放題やってみた。

「属性魔法があると便利だなぁ。もっと早く勉強しておけばよかった」

ズズズズ……。

死んだはずのトレントが魔物の進軍を止め始めた頃、ラジオからウインクの声が聞こえ始めた。

『北方の魔法使いに杖の補充を! 戦士科は体力温存で、倒さなくても戦力を削ることに集中して! 南側は押し返しすぎ! もう少し引き込んでから、倒していいわ! グイル、次の指示!』

『皆! 一箇所に集中させずに、荒れ地に引き込んでいい! 王都は貴族連合が守っているから! ミスト! マフシュさんから毒を受け取ってくれ!』

マフシュの毒を塗ったアルラウネの死体を動かすらしい。野外研修の最後だからといって、学生たちもやりたい放題だ。

「よーし! お前たちの故郷は荒れ地じゃない! 森だろう!」

「同胞を押し返せー!」

荒れ地にアグリッパとドーゴエの声が響いた。使役されたトレントとともに、トレントの死体も動き始める。

この時、俺は明確にこの作戦の結末が見えた。流れをアグリッパとドーゴエが魔物の群れの進軍をコントロールし、グイルが武力を見極めながら配置していく。荒れ地の隅々までトレントが、アルラウネが、ベスパホネットが、インプが、分散して倒されるだろう。

我々、総合学院の学生にはそれができることも、野外研修の終わりとしても、きれいに収まる……、はずだ。

なのに、俺の胸の奥に違和感が縺れた糸のように絡んでいた。

コムロカンパニーがこの程度なはずがない。いつだって予想の斜め上を行き、こんがらがった無理難題を一刀両断してくる。普通に考えてもわからない方法で。

おそらく親父は魔物をこちらに移送している。ベルサさんが魔物を選別して、メルモさんとセスさんで魔物を混乱させているのだろう。だとしたら、世界で最もヤバい剣士が何もしていない。そんな事あるだろうか。

剣聖・アイル。剣技だけで精霊と互角に渡り合い、いくつもの武術スキルを生み出したと言われるコムロカンパニーの副社長だ。

アイルさんが出てきたら、どうにもならない。天地がひっくり返っても、学生たちでは止められない。

本当に? 光の精霊をぶん投げた俺なら、一撃くらいなら防げないだろうか。いや、防ぐのは無理でも、その剣の衝撃をどうにか……、できないだろうか。例えば、魔力を音に変えるように、斬撃の性質を変化させることができないか。

「変化は無理でも引き剥がせないかな……」

目の前の魔物から魔力を盗んで、魔力の剣に変えて後ろを走るトレントに突き刺して動きを止める。何度も動きを確認するように、魔物たちから魔力の性質だけを引き剥がすように試していく。

要は、俺がアイルさんの斬撃のスピードについていけるかどうかだ。

『よーし! まだまだこれからだぞー!』

『倒せる魔物から倒していけぇ! 総合学院の実力を見せてみろ!』

アグリッパとドーゴエの声がラジオから聞こえてきた。

作戦は順調だ。だからこそ、危ない。

不意にトレントたちの動きが速くなった。なに者かから逃げるように……。

昔、親父が言っていたことを思い出した。

「別に予測が当たったわけじゃない。構造を考えると、ないとおかしいものが時々、遅れてやってくるだけなんだ。どうしてそうなっているのかわからなければ、目の前のことだけじゃなく、構造を考えてごらん」

親父は、魔物が放つ魔法のことを言っていたのか、それとも現象を語っていたのか。

「あれ? 学生たちが未だいるのかい?」

森の奥からアイルさんの声が聞こえてきた。

俺は自分の顎から滴り落ちる汗が地面に落ちる音まで聞こえていた。準備はできている。

あとは、俺に実力がついているかどうかだけ。

「まぁ、いいか。止めてみな」

アイルさんの斬撃が、森の木々ごと魔物たちを荒れ地へと押し出すように迫ってきた。巨大な魔力の突風が迫ってくる。木の葉の屑が、目に叩きつけてきても、俺は瞬きもせずに、何もかも断ち切るという性質そのものを魔力から引き剥がそうと手を伸ばす。

恐怖が全身を襲い、身体が泡立ち、現実を拒絶する。

斬撃の性質などない。あるのはただ練り上げられた鋭い魔力の形だけ。

できるのは、魔力操作で鋭い剣にできる限り柔らかさを付与することくらいだ。

「逃げろー!」

俺が叫んだ時には柔らかに斬撃が頭上をかすめて後方に飛んでいく。

「むんッ!」

誰かが斬撃をまともに食らったらしい。

振り返れば、アグリッパが剣を構えたまま笑っていた。一瞬。いや、数秒。アイルさんの斬撃を止めていた。隠れていた剣の才能があったのか、それとも軍人家系で培われてきた運命か。

「これしか……知らん!」

ズパァンッ!

アグリッパの身体を通過した柔らかい魔力の斬撃がそよ風へと変わり、荒れ地全体へと広がっていく。

荒れ地に魔力の風が吹いた。学生も、魔物も、その魔力の風を肌で感じた。

『え?』

『なんだ?』

空から見ていたウインクとグイルが戸惑っている。

学生たちも動きを止めた魔物を警戒していたが、何が起こったかわからないでいる。

ただ、魔族の学生たちだけがアグリッパを見ていた。トレントが動きを止めてアグリッパに向けて枝葉を向ける。アルラウネは片膝を付いて頭を垂れた。インプも飛ぶのを止めて、地面に座った。ベスパホネットは8の字を書いて飛び回っていた。

アグリッパはさながら魔物の王のようだった。

「アグリッパ、お前、何をやったんだ?」

ドーゴエがアグリッパに近づいて聞いていた。

「俺は、コウジみたいに性質変化や魔力操作はできん。使役スキルしか知らんからな。斬撃が柔らかかったから、使役スキルを付与してみただけだ……」

本人が一番戸惑っている。何度も自分の手を確認していた。

「コウジ、何をやった?」

アイルさんがいつの間にか俺の背後に立っていた。

「俺は何も、アイルさんの魔力の剣を柔らかくしてみただけです」

「それだけか?」

「ええ」

「ふ~ん。あのアグリッパがね。共振か……。ありがとよ」

それだけ言って、アイルさんは森へと消えていった。