作品タイトル不明
『魔法学院のウラ卒業式』
アリスポートにある魔法学院は強さが正義だった。
どんなに魔法に詳しくても、あらゆる種類の魔法を扱えても、立ち会った時に勝てなければ意味がない。
「先生が最後です」
私はベルベ先生に向かって言った。
「最後ってなんの?」
「入学する前、校長に『この魔法学院にいる全員を倒せば卒業』と言われました。ベルベ先生以外の学生と教師は倒しました。残るは先生だけです」
「ああ、そういや苦情がきていたなぁ。そうかぁ、ここ数年、ウラ卒業式に挑戦するような学生はいなかったからねぇ。忘れてしまっていたよ」
ベルベ先生は本を片手にお茶を飲みながらこちらを見た。
「どうやって、私まで来たんだい?」
「まず人気がある上級生を狙いました。カピアラの棘と眠り薬があれば問題なく倒せました」
カピアラというのは幻覚を見せるサボテンで、ドヴァンという傭兵の国出身の上級生が教えてくれた武器だ。
「ふむ、それで?」
「上級生を倒したことを宣伝すれば、勝手に敵の方から仕掛けてきますから、あとは倒していくだけです。私たち先生の依頼でほとんどダンジョンに籠もっていたので、逃げて隠れていると思われていたようですが、戻ってきた時に徹底的に身体を痺れさせたので、校門に吊るしてやりました」
上級生張り付け事件は、私の世代が『最悪の世代』と呼ばれるきっかけにもなった。
「ああ、あれは君がやったのか。貴族のご子息だったようだな。アリスフェイ王国の財務を担当している者としては、貴族を挑発する材料ができたので良かったよ」
ベルベ先生は魔法学院の教師の他に、王国の財務大臣も兼任している。貴族を挑発して無駄金を使っていることを喋らせ、国からの援助を取り下げたのだそうだ。「息子の家庭教師を雇う金があるなら、農園に回せ」と言ったらしい。
「教師陣についてはどうしたんだい?」
ベルベ先生がお茶を淹れながら聞いてきた。
「大人は欲望が多いので簡単でしたよ。お金、性、食事、睡眠のうちどれかを攻めていけば、油断します」
「もう少し具体的に教えてくれるかい?」
「例えば、『ダンジョンで金鉱石を見つけてしまった』とか『学生が単位目的で売春を始めた』とかですね。自分の欲望を満たそうとする教師も取り締まろうとする教師も、学生の話を信用してしまうという点では油断しているんです。食事と睡眠は、させないことで消耗させていきました」
「ふむ、なるほどね。ただ、それだと自分の魔法を研究している教師たちは油断しないのでは? 彼らはそもそも食事も睡眠も忘れているような連中だからね」
「彼らは研究のしすぎで、日常生活が油断の塊ですから。ゆっくり眠ってもらいましたよ」
私がそう言うと、ベルベ先生は「それは違いない」と笑っていた。
「何年かかったんだい?」
「そこまでは最初の二年で」
「証明できるかい?」
私は準備していた、倒した学生と教師のレベルや強さが書かれたステータス表と手形の束をベルベ先生に見せた。
「ステータス表が二枚用意されているようだけど?」
「私は鑑定スキル持ちですから、鑑定したものと冒険者ギルドにある魔道具で鑑定したものと両方取っておいているんです」
「そうか、君は鑑定スキルも持っていて天井も歩けるんだったな。軍の諜報科にはピッタリだ」
「奴隷時代は暗殺者をやらされてましたけどね」
ベルベ先生は「そうだったね」と言って、頭を掻いていた。
「校長とベルベ先生だけがどうしても倒せなかったんですが……」
「七年目にして、校長を倒したかい?」
「ええ、校長は守るものがある男の強さを教えてくれました」
「どうやって油断させたんだい?」
「油断はしてくれませんでした。私には正面突破しかなかった」
「そうか……あらゆる魔法を使いこなす校長と力比べをしたと?」
「そうです。少なくとも一〇〇回以上は挑戦し、九十九回は負けです」
「たった一回でも勝てたと?」
「はい。仲間があらぬ疑いをかけられ、卒業できないかもしれないと言われました。時間がありませんでした。私は自分の魔力操作のみに集中し、一撃だけ校長に攻撃を与えることができました」
「大きな一撃だよ。それは」
「はい。自分以外のために力を使ったほうが、威力が上がるタイプだと校長には言われました」
「そうか。いい仲間を持ったな」
「ベルベ先生の授業で出会った仲間たちは生涯の誇りです」
私は胸を張って言った。共にダンジョンを攻略した仲間たちだ。
「そうだったか……。校長が急に方針を変えたから気味が悪いと思っていたが、君が倒していたのか……」
ベルベ先生は大きく息を吸って、私の方を向いた。
「最後に倒す相手は僕ということだな」
「そうです」
「でも、すでに君はそこから動けないだろ?」
ベルベ先生の部屋に入った時点で、罠にかけられていることはわかっていた。今、私はどうやっても足を動かすことができない。カーペットの下には私の元主人であるナオキさんが使っていたベタベタ罠が仕掛けられていた。ベルベ先生はどこかでナオキさんか、ナオキさんの会社の人と接触したらしい。
「君を国の諜報部に推薦しておいた。ウラ卒業式は残念だったけど、表では首席卒業という肩書だ。君なら、すぐに筆頭諜報員になれる」
「先生、まだウラ卒業式は終わってませんよ。先生も動けないでしょ?」
そう言うと、ベルベ先生はトロンとした目で私を見てきた。
「麻酔薬です。自分が罠をかけている側だと思うと、油断するものです」
ベルベ先生は机に突っ伏して眠ってしまった。私は靴を脱いで、裸足で天井を移動。勝った証拠として、敗者の手形を取ることに。
私がベルベ先生の手にインクを塗っていると、腕を掴まれた。
「残念だったね。毒草の研究をしていると、毒が効かない体になってしまうんだよ」
そう言いながら、私に針を指してきた。先端には毒が塗られているだろう。私は咄嗟に魔力操作によって先生との間に壁を作り出し、針を防いだ。
壁に張り付くと、部屋の窓や天井にある通気口から植物の蔓が伸び始め、どんどん部屋の中がジャングルと化していく。
「僕は植物に愛されているようでね。勝手に守ってくれるんだよ」
「仕方がありませんね」
「負けを認めるかい?」
自分の腕に蔓を絡ませたベルベ先生が聞いてきた。プランターの草花も成長し始め、先生の周囲に壁を作ろうとしている。
負けを認めるはずがない。私はあの人の隣に立たなくてはならないんだから。
「南半球にある多肉植物をご存知ですか?」
「南半球だって? 君はコムロカンパニーと繋がりがあるんだったな」
「ええ、社長であるナオキ・コムロは私の元主人です。ですが、これは先生の娘さんから頂いた物ですよ」
コムロカンパニーの会計係であるベルサという女性が、この学校にナオキさんを探しに来たことがあった。精霊か神々に連れ去られて行方不明になっているとか。ナオキさんらしい。ベルサさんが去り際に、「親父が手に負えなくなったら、これを使って」と言って渡してくれた石ころのような植物がある。
南半球に生えているそれは北半球のものとは成長速度が明らかに異なり、まるで爆発するように大きくなるのだとか。あまりに危険なため、使ってこなかったが、今が使いどきだろう。
「南半球の吸魔草だそうです」
私は全力で魔力を込めて、吸魔草をベルベ先生に投げつけた。
ボンッ!
一瞬で石のような吸魔草が部屋を埋め尽くすほど大きくなり、私は窓から裏庭へとふっとばされた。懐に入れていた回復薬の瓶が割れて、大した怪我はなかった。
裏庭から先生の部屋を見上げると、巨大な岩が墜落したように見えた。すぐに壁を上り、部屋の中を確認しにいくと、ベルベ先生は吸魔草に魔力を吸われ、魔力切れを起こしていた。先生を守っていた植物も魔力を吸われ、枯れている。
私は改めてベルベ先生の手形を取って、勝利を手にした。
「すべて終わった」
あとはあの人の隣に帰るだけ。