軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

347話

月が天高く昇っている。

風もなく、魔物の気配もない。

砂丘もない砂漠で、唯一目に留まるのは鉛筆のような形の倒れたオベリスクだけ。ドヴァンがオベリスクの側で俺を待っていた。

「夜分にすみません」

「いや、いい。いずれ話さないといけなかったんだ。遅いか早いかの違いだけだ」

ドヴァンに連れられて遺跡の中に入る。ゴーレムの群れが俺を見ていたが、襲ってくる様子はない。

遺跡の通路を通って階段を降ると、そこは夜空が広がるダンジョン。降りてきた階段が宙に浮いている。前にあった倒木はなくなり、畑には小麦が実っていた。成長剤を使ったのかもしれない。

別の畑ではチョクロも伸びてきている。そういえば、この前俺が「チョクロもいいぞ」と話していたのを、ちゃんと実行しているらしい。このダンジョンには魔物がいないから害虫や害獣の被害はないし、いい畑になるだろう。

小屋の前で、セーラが俺が来るのをグーシュたちとともに待っていた。

「アクアパッツァから使いが来たって?」

話しかけ難そうだったので俺から声をかけた。

「ナオキさん、どうすればいいですか?」

テーブルにはチョクロのジュースが用意されていて、テーブルを囲んでいる。俺もセーラの隣の椅子に座った。

「どうするもこうするも、セーラは何がしたいんだ?」

「何ってナオキさんと同じですよ。勇者の駆除です」

「いや、それは俺が神々から請けた依頼だ。セーラがやりたいことじゃないだろ?」

セーラは「そう言われても……」と学友たちに視線を向けた。やはり、セーラの問題はこれか。

「セーラ、俺がどうして奴隷から解放したかわかるか?」

「あの頃は、私は全然力もありませんでしたし、足手まといになるからですよね」

「それもあるけど、自由に生きてほしかったからだ。それまで奴隷として誰かに命令されてきたセーラが自分の意志で行動してほしいと思って、自由に使える金も渡した。そうだったろ?」

「ええ、そのお陰でアリスポートの魔法学院に通えました。感謝してます」

「魔法学院に行かせたのは、いろんな奴がいると思ったからさ。どうだった? 面白かったか?」

「はい、それで皆とも会えたんです。本当にナオキさんには感謝してもしきれないくらいですよ」

「それで、俺に恩返しをしているのか? なら、もう必要ないぞ。俺は何かを返してもらおうとしてお前を奴隷から解放したんじゃない。好きに生きろ」

「でも、セーラは社長のために、魔法学院を首席で卒業して私たちと一緒に自分を鍛えてきたんですよ。そんな言い方って……」

シェイドラが口を挟んだ。

「俺に憧れてくれたのか?」

「そうです! セーラはずっと元主人である社長の話ばかりしていました」

グーシュが魔法学院でのセーラの様子を教えてくれた。

「俺に憧れて強くなって、俺の隣に立つために魔王にまでなった。だから俺に認めてほしいと? 俺は出会った頃からセーラを認めているよ。だから自由に生きてほしいんだ」

「わかりません。ナオキさんが言う自由ってなんですか?」

セーラは真っ直ぐに俺を見て聞いてきた。

「俺たちは誰にも縛られず、なにを言われようと自分で決めた行動ができるだろ? それには責任が伴う。例えば、目の前にある屋台の焼き鳥が食べたいと思う。でも金がないときはどうする?」

「それは諦めて食べられる野草でも探しに行きます」

「社会性があればな。でも、『食い逃げ』しようと思えば、できるだろ? この焼き鳥を食べないと一歩も動けないなら、食べてから捕まるっていう選択肢もある。捕まったりボコボコにされる覚悟をすれば、目の前の焼き鳥をどうしようと自由だ」

「でも、それが私の自由と、どう関係があるんです?」

「社会のルールや他人の意見があったとしても行動を決めるのはいつでも自分だ。つまり自分で考えて、自分で決断して、自ら行動する。これが奴隷ではない人が持つ権利だ」

「それはわかります」

「セーラ、お前はいつもナオキのために? ナオキならどうする? ナオキの隣に立つため? そう考えて行動してなかったか?」

「確かに、ナオキさんのことを考えて行動してました」

「そうやって勝手に俺を人生の指針にするのは構わないが、自分の行動は自分で決めるんだ。なにかやらかした失敗も、なにもしなかった後悔も全部セーラが、その瞬間その瞬間で決めてきたんだ。決断の言い訳に俺を使うなよ」

「言い訳になんか……」

「なら、土の魔王になったセーラに聞こう。アクアパッツァから使者が来た。同盟を結ばないかと持ちかけられたな? なにがしたい? 魔王という役割を演じて、ウェザーロックにゴーレムの軍団を差し向けてもいいし、なにもせずに傍観していてもいい」

「えっと……ナオキさんならどうしますか?」

「セーラ、俺はお前じゃない。決めるのはお前だ」

「そんなこと言ったって……」

そう言って、セーラは学友たちを見た。

「誰もお前の代わりは出来ないんだ。セーラ自身の意思で決めろ。本当に自分がしたいことを」

「急にそんなことを決断しろって言われても……」

セーラは頭を掻いて、考え始めた。

「考えろ。たくさん悩め。若者の特権だ。ただし時間はあと2週間しかないけどな。自分で考えて決めるってことをサボってたツケが回ってきたんだ」

セーラは唸りながら、考え始めた。

その間に俺はテーブルに置かれたチョクロのジュースを飲んでみた。甘すぎるくらい甘い。喉から胃まで焼けるような甘さだ。

「あー!! これは罠か! セーラ、よくもこんな甘い物作ったな?」

「それはナオキさんが言ったんじゃないですか!? 甘いジュースを作って勇者たちを糖尿病にしろって」

「俺が言ったからって、作ったのはセーラだ。推理作家と殺人犯くらい違う」

「そんなの詭弁ですよ! 大人はズルい!」

「当たり前だ。大人なんだからな。だいたい深夜に皆、集まってこんな状況になっているのはセーラが大人になりきってなかったからだぞ。前に俺と『子作りする』って宣言してたけど、俺は大人になりきれない奴と子作りなんてしないからな」

「セーラはそんなこと言ってたんですか?」

グーシュが驚いたように俺に聞いてきた。

「ああ、言ってたよ。な?」

「やめてくださいよ!」

顔を真赤にしたセーラが叫ぶ。

「だいたい自分の奥さんとだって子作りしてないんだから、誰かと子作りなんて出来ないけどな」

「へ~、社長って自分の奥さんには誠実なんですね」

ドヴァンが意外そうに言ってきた。

「バカ、俺なんか誠実が服着て歩いてるようなもんだよ」

「数々の女性を泣かせてきたって聞いてますよ!」

ひどい! うちの社員だな?

「噂話は信じるなよー。でも何人か泣かせた記憶はあるなぁ。なかなか男と女はうまくいかないんだよ。で、セーラはどうなんだ?」

「もーう! 全然考えに集中できない!」

バカ話をしていたらセーラがキレた。

「悪かったよ。ちょっと俺たちは離れておこう。で、魔法学院でセーラは彼氏いたのか?」

俺はドヴァンたちに聞いた。

「ナオキさーん! 皆も変なこと言わないように!」

「いいじゃないか。生きてりゃ恥ずかしいこともあるし、人を傷つけることだってある。セーラ、全部お前自身なんだぞ」

「セーラにはいい感じの男もいたんですが、『自分はナオキさんだけ』とか言って、逃げてたんです」

シェイドラが教えてくれた。グーシュも「そういえばそうだったね」と言っている。

「おい、セーラ、もう皆にバレてるぞ」

「でも、私が気持ち悪い貴族に拐われた時は、セーラが助けてくれたんです」

グーシュが言った。

「俺が助手さんにフラれた時は、セーラはなにも言わずに一緒にダンジョンに連れて行ってくれたなぁ」

ドヴァンが恥ずかしそうに黒歴史を話した。

「私が惚れ薬を開発しようとしてた時、止めてくれたのはセーラだったわね」

シェイドラも恥ずかしい思い出を吐き出した。

この学友たちはセーラのいいところも悪いところも全部知ってんだな。

「セーラ、魔王になろうが、俺の隣に立とうが、この仲間たちだけは裏切っちゃいけないぞ」

「わかってますよ! 皆を心配させたくないので、戦争に加担する気はありません」

セーラは少し吹っ切れたようだ。

「そうか。決断したのなら、悩んだ甲斐があるな」

「でも! 納得いかないんですよ!」

まだなにかに怒っているようだ。

「なにが納得いかないんだ?」

「勇者たちです。あいつら今、南半球がどういう時期なのかまるでわかっていないんです! 『コロシアムの決戦』なんてやらずに、南の草むらを開拓して新しい水源でも探したらいいんですよ。その方が開拓者のためにもなるっていうのに! ああ、だんだん腹が立ってきた」

「お、いいぞ。怒りっていうのは行動のきっかけになりやすい」

「ナオキさん、私、決めました! 『コロシアムの決戦』をぶっ潰してやりますよ!」

「よし、なんでもやってみろ。ただし、あとのことはちゃんと自分で責任取れよ」

「はい! ごめん、皆。やっぱり私、勇者の敵になっちゃう。それでも友達でいてくれる?」

セーラはドヴァンたちに聞いた。

「当たり前だろ。社長、ちょっと2週間ばかり休暇をもらえますか?」

「私も」

「すみませんが、ちょっと魔王の手先になろうかと」

ドヴァンもグーシュもシェイドラも、セーラについていくらしい。こうなると俺は見守るくらいしかできないな。

「いいぞ。好きなことをやれ」

うちの社員たちも好きにしてるから、臨時の傭兵たちがこうなるのも仕方ない。

「じゃあ、俺はもう帰るから。水生成器の実験結果を見ないといけないからな。あー、そうだ。エディバラの魔道具師ギルドにも連絡しないとな」

「ナオキさん、すみません。忙しいのに」

「いいんだ。忙しいのは好きでやってるんだから! 好きで俺もこういう仕事をしてるの! 清掃・駆除業者なのに!」

セーラたちは、疑わしい目で俺を見てきた。

「大人なんだから、こうやって自分を納得させないといけない時もあるんだよ! でも、こういう格好悪い大人になるんじゃないぞ! 自分のやりたいことがどんなに予想外の方向に転がっても、自分で選んだ道なら後悔はしないから」

俺がそう言うと、皆黙って頷いた。

皆に別れを告げて、ダンジョンを出た。

あとほんの数時間もすれば東の空が白み始めるだろう。

「はぁ~、大人やめてぇ~」

スバルに戻ると、すでに水生成器の下に置いてあるバケツは水でいっぱいになっていた。