作品タイトル不明
313話
赤道近くの地域の住人たちは、嵐と津波に備えるため非常に忙しかった。
ルージニア連合国の港町は非常事態につき、一時立入禁止。町人たちの大移動は南部漁業組合連合が取り仕切り、順次避難している。高速道路があるおかげで、交通の便もよく異例の事態でも対処しているとのこと。
東の群島では、毎年、台風が来る地域で避難所も用意されており、一番大きなサーズデイという島に避難している島民たちが多いという。ただ、全員を受け入れられるわけではなく、群島に近いルージニア連合国のロックソルトイースト王国が避難民を受け入れている。
マルケスさんの島はダンジョンに巨大な魔物たちを追い込み、一時的にダンジョンの入口を閉めた。
『落ち着いたら、報せてくれると助かる』
「わっかりましたぁ!」
マルケスさんは、籠もっている間に冷蔵庫と呼ばれる寒冷地帯の掃除をするのだとか。
アリスフェイ王国はベルベが、沿岸部に松のような植物を置いて対処しようとしていたが、ベルサに「そんなんで守れると思ってんのか!? アホ!」と怒られ、レッドドラゴンがいた火山付近に避難所を作ったらしい。
アリスフェイ王国の西の海を渡ったところにある宗教国・アペニールは相変わらず鎖国状態だが、こちらの警告が届いたのか沿岸部から船が消えた。
俺たちが雇った傭兵たちは、火の国で商人ギルドの長をしているサムエルさんが「我々が責任を持ってグレートプレーンズまで届けます」と言ってくれた。この前、ちゃんと会えず、しかも俺の乗った馬車が盗賊に襲われた件を気にしているらしい。
グレートプレーンズからは軍が動くという。南の崖まで来たら、セスが運ぶことになった。
「いや、それはいいんだけどさ。どうしてこうなった?」
傭兵の国でアイルが試験をして選抜した傭兵たちを前に俺は目を疑った。俺としては魔体術を修めた傭兵30人と数人だと思っていたのだが、見知った顔が何人もめっちゃいる。
「チオーネよ。お前、将軍になるんじゃなかったの?」
チオーネが自分の部下3人とともに傭兵として並んでいる。
「この試験に向けて訓練をしていたまでです!」
あっさり言ってのけやがった。
「ん~っと、ゴーゴン族の姉者、ステンノだっけ? 妹たちとスーフもいるようだけど?」
未だ俺の奴隷と名乗っている魔族の連中も並んでいた。
「試験には合格した。問題はないはず」
ステンノが怖い目で見てきた。怖すぎて石化しそうだ。
「ボウには許可を貰ってきたんだろうな?」
「もちろん、『少し揉まれてこい、フハ』と言われている」
困った大統領だ。
「ほんで、ドヴァンは普通にいるのな?」
「いますよ。そりゃ! セーラは連絡が取れなかったんですが、魔法学院の学友たちです!」
そう言って、ドヴァンにグーシュという獣人とシェイドラというダークエルフを紹介された。両方女性で、セーラとも面識があるらしい。
「はい、よろしくね」
「どうだ?」
アイルが聞いてきた。
「いや、正直、俺が予測できた範囲もここくらいまでよ。あとの連中はなんだ?」
俺はヤバいオーラの連中を見た。
「なぁによ、水臭いじゃない? 南半球には見たことない魔物がいるんでしょう? 行くに決まってるじゃない!」
「すまんな、しばらく厄介になる」
リッサ師匠とシオセさんの夫婦だ。どこから聞きつけてきたのか、地面に茣蓙を敷いてお茶を飲んでいる。「魔物学者と弓の名手がいると何かと便利だろ?」とアイルが耳打ちしてきた。
「厄介すぎますよ。まぁ、しょうがないか。そんで、エルフの種苗屋はなにやってんだ?」
元風の勇者であるブロウが緊張して立っていた。
「いえ、父さんに行ってこいって言われて。南半球の野菜は北半球とは違うから、種苗屋としては絶対手に入れないとって……それで……」
背負っているリュックには野菜の種をたくさん持ってきたという。南半球でも育てられるのか実験するつもりらしい。「種苗屋がいると畑を作れるかなぁ、と思って。私たちは苦労したから」と再びアイルが耳打ちしてきた。その通りなんだけどさ。
「この試験はなんで知ったんだ?」
「風に聞いたんです。エルフは皆知ってますよ。カミーラさんと警備隊の隊長たちも来る予定だったらしいんですが、船が間に合わなかったらしくて……」
大勢来ると面倒だ。
「頑張ってくれ。で、ヨハンとドワーフの姉妹はなんでここにいるんだ?」
「僕はフェリルの見送りのつもりで来たんだけど……ちょっと、それよりも、なんというか」
ヨハンは一緒に並んでいる女性の傭兵たちが気になるらしい。魔体術のウーピーたちはそれに気づいて迷惑そう。
「だって、南半球にはドワーフがいるんでしょ! 私たちが行かなくちゃしょうがないよ。ほら、医療班として」
フェリルはドワーフの姉の方で、北極大陸の基地で血液検査をしてくれた人だ。
「久しぶりに会った姉に連れられて。先生、南半球に行けばドワーフに会えるんですか?」
天才魔道具屋のアーリムが聞いてきた。フェリルとアーリムの姉妹は南半球のドワーフに会いたいらしい。いずれ会ってほしいと思ってたけど、今か? 「医療班と魔道具を修理する奴は便利だろ?」とアイルは笑っている。
「ドワーフには会える。それから、ヨハン、これは一応仕事だから、素敵なサムシングは待ってないぞ」
「えっ? そうなの?」
俺はヨハンに近づいた。
「いいか、西へずっと行くと火の国の砂漠がある。そこのオアシスにはいい娼館があるから、お前はそっちのほうがいいかもしれないぞ」
俺は他に聞こえないよう小声で教えてあげた。
「あ~そうですかぁ。それなら、そっちのほうがいいかもしれませんよねぇ。わかりました! じゃあ、フェリル、いってらっしゃい!」
そう言って、ヨハンは西へ向けて走っていってしまった。すっかりただの風俗野郎になってしまったようだ。魔物学者は足りているのでいいだろう。
とりあえず、これで南半球に行く傭兵全員が揃ったようだ。
「なんだかオールスターだなぁ」
このメンバーを見ると、盗賊に襲われても組織ごと壊滅させそうなので問題はないだろう。むしろ、誰がまとめるのかが問題だ。
「ウーピー、非常識な連中が集まっちゃったかもしれないけど、うまくまとめてくれ」
「了解です」
まとめ役は坊主頭のウーピーに頼んだ。
「皆、木刀忘れないようにね。魔力込めると重くなるから毎日振るように」
アイルがそう言って、重力魔法の魔法陣が描かれた木刀を傭兵全員に渡していた。
「作ったのか?」
「作った。すでに私の特訓は始まっているのだよ。フフフ」
アイルは悪い笑みを浮かべていた。
「まとめるのに少しくらい嘘はついてよろしいですよね?」
ウーピーが聞いてきた。
「まぁ、ボーナスとかは俺たちが払える範囲にしてくれよ」
「ありがとうございます!」
ウーピーは振り返って、大きな足音を立てた。
ドンッ!
「いいか、世界中から集まってきた傭兵ども! どんなことをしようとも、コムロカンパニーの依頼は結果が全てだ! ただし、結果次第では、社長が婿に来る可能性だってある! どうせ、それ目当ての者も何人かいるのだろ?」
ウーピーが全員を見回した。
「死に物狂いで結果を出し、可能性を掴み取れ! 此度の依頼、完遂するぞ!」
「「「「おおおおっ!!!!」」」」
陶器が割れんばかりの声が周囲に響いた。
「待て待て、別に俺は結婚しないぞ」
「皆のやる気のためです。今だけ、フリでもしておいてください」
ウーピーは俺を諭すように言って、馬車に乗り込んだ。
「ナオキ、結婚すんの? ウケるんだけど」
アイルはめっちゃ笑っている。
「結婚式は空から登場した方がいいよな?」
「衣装のコテカどういうデザインにします?」
今まで黙っていたベルサとメルモもフザけ始めた。
「皆さん、人に迷惑をかけないように準備して移動を開始してください!」
とりあえず、雇い主の社長として全員に声をかけ、馬車を見送った。
総勢46名。6台の馬車が、南を目指す。
「俺たちも仕事するぞ。時間ないんだから、セスばっかりに仕事させておくわけにも行かない」
セスは魔石と食糧を運んでいるところ。
「と言っても、私たちがやることは瓦礫の撤去とかでしょ。あとは赤道の壁がなくなるのを待つだけじゃない?」
ベルサが聞いてきた。
「どこか適当な場所で待機して、すぐに動けるようにしておこう」
「じゃあ、ガガポ島がいいな。赤道に近いし、誰もいないだろう?」
ルシオという元王子が住んでいるはずなんだけど、たぶん避難している。
「よーし、社長乗ってください! 飛ばしますよ~!」
メルモは俺を空飛ぶ箒の後ろに乗せ、南へ向かって飛んだ。
その後、5日間。俺たちはガガポ島で待機。
途中、ベルサとメルモが、アリスフェイ王国にベルベの尻拭いに行ったが、あとはほとんど予定通りに進んだ。マーガレットさんから何度か連絡が来たが、壁がなくなったかどうかの確認だけ。風が強くなるたびに、心配する気持ちもわかる。
俺とアイルは昼夜交代で海の様子を見ていた。
6日目の朝、黒い雲が空を覆うなか、それは始まった。
「ナオキ! 起きて! 波が高くなってる!」
眠い目をこすりながら海を見ると、今までよりも明らかに波が高くなっていた。雲が移動するスピードもどんどん速くなっている。
「来た! あいつら、やったんだ!」
自然と口に出た。俺は海水で顔を洗い、自分の顔を張った。
「アイル、わがまま言っていいか?」
「なに?」
「光の玉が出る杖あったろ?」
「うん、あるよ」
アイルは自分のアイテム袋から光の玉が出る杖を取り出した。
「よし、悪いけど、バルニバービ島に飛んでくれ!」
「お安い御用だ。社長!」
アイルもなにかを察してくれたらしい。
俺は光の玉が出る杖を手に、アイルの腰を掴んだ。
「行くよ!」
アイルの掛け声とともに砂浜から足が離れ、一気に南の空へ飛んだ。
空の雲は厚くなり雨が降ってくる。痛いくらいの雨が当たるが、魔力の壁は展開しない。
「風が強いし、風向きもどんどん変わるから、魔力の壁を使わないほうが真っ直ぐ飛べる」
アイルは自分の肌で風を感じ空飛ぶ箒を操縦している。
2時間ほどでバルニバービ島の島影が見えてきた。
すでに嵐の中。海はうねり、大時化になっている。
「一度、壁を確認しに行くよ!」
アイルが背中越しに言ってきた。
「了解!」
島を通り過ぎ南へと向かう。海はどこまでも荒れていて、どこにも途切れているような場所はない。上空を飛び、前方に南半球の大陸の影が見えたところで、アイルが通信袋を取り出した。
「こちらアイル! 壁がなくなった! 繰り返す、赤道の壁が消えた! 全員、備えろ!」
『『『了解!!』』』
社員たちの声が通信袋から聞こえてきた。
「戻ろう! 報せなきゃ!」
アイルは空飛ぶ箒の先を北に向け、速度を上げた。
空間魔法の魔法陣に守られたバルニバービ島は、すでに海の上に浮いており、徐々に高度を上げている。
「できるだけ島に近づいてくれ!」
「わかった!」
強風に煽られながら俺たちはバルニバービ島の周囲を飛んだ。
俺は渾身の魔力を込めて、光の玉を空に向けて放つ。
「トキオリー!! シャルロッテー!! お前らはやったぞー!! 1000年あった壁を壊したぞー!!」
光の玉を放ちながら島を周回する。
暗い空と荒れ狂う海の中にいてなにも見えないままだったら、トキオリとシャルロッテは壁が壊れたのかどうかすらわからない。それを報せるために俺は光の玉を放ち続ける。
この偉業は歴史とともに全世界から讃えられるだろう。誰よりも先に5年間、ともに過ごした俺が2人を讃えたい。それが俺のわがまま。
「トキオリとシャルロッテが世界の呪縛を解き放ったんだ」
「わかってる」
魔力切れを起こしそうになってアイルに支えられた。どうか2人に届いていてほしい。
俺から杖を受け取ったアイルは特大の光の玉を空に向けて放った。
暗い嵐の中、島の周囲だけが明るくなった。荒れ狂う波の形がはっきりと見える。
空に放った大きな光の玉が弧を描いてゆっくり海に落ちていく。
俺は、トキオリとシャルロッテと3人で初めて見た7日目の夕日を思い出していた。
「届いてるかな?」
「届いてるよ」
俺とアイルはガガポ島へと飛んだ。