作品タイトル不明
309話
「5年なにをされてたんですか?」
チオーネは俺のコップにワインを注ぎながら聞いてきた。
「ああ、えーっと北極大陸で転生し直したんだよね。そしたら空間の精霊に拉致されて、なんかいろいろ雑用しててさ。そんで、勇者たちを治療したり駆除したりとか、まだ話せないことも多いんだよね」
ワインに口をつけながら話したら、女性の軍人たちには「何を言っているのか分からない」みたいな顔をされた。
「ナオキさん、火の国の話をしてもらえますか?」
見かねたチオーネに話を振られた。
「ああ、それなら話せる。チオーネたちと北部戦線にいたあとから話せばいいかな?」
「お願いします」
「ボウの故郷に向かったんだ」
「ボウって魔族領の大統領ですか?」
女性軍人の一人から質問が飛んできた。
「そうそう。もともとうちの臨時職員だったんだよ。いや、もとはといえば、グレートプレーンズの南部開発と水の精霊駆除のときに働いてくれたんだよね」
「「「「えっ!?」」」」
皆、知らなかったようだ。
「あれ? 南部で毎年冠水が始まった理由とか知らない?」
女性軍人たちに聞くと「知ってます」という者と「知らない」という者が半々くらい。 チオーネは頭を抱えて部下を見た。
「お前らなぁ! 今、こうして何不自由なく南部の野菜やカプー料理を食べられているのは、ナオキさんたちのおかげだ」
吟遊詩人という語り部がいなくなり、昔話も知られていないようだ。
「じゃあ、俺がボリさんと会ったところから話そうか……」
俺は自分が知り得ているグレートプレーンズの歴史を話し始めた。元水の勇者であるボリさんの話はもちろん、初代水の勇者であるマルケスさんの話やリタとボウの馴れ初めなんかも語った。
女性軍人たちには驚きだったようで、料理やワインも飲まずに唖然として聞いてくれていた。チオーネは何度も「すいません」と謝ってくる。
俺がいなくなって5年。その前に2年間、南半球で過ごして旅もしてるし、7年半くらい前の話か。
「意外に時が経っているんだよ。チオーネもその間に将軍の一歩手前まで偉くなったんだろ? ラウタロさんに聞いたぞ」
「私は別に将軍になんかなりたくないですよ。周りからは家庭を持てと言われますが……」
チオーネはそう言って黙ってしまった。
「なんだ? アプじゃダメなのか?」
「アプは貴族出身で、結婚は政略と思ってますから、かなりドライなんですよ。私の場合はナオキさんに出会ってしまったので無理そうです」
「そんなことねぇだろ。俺よりいい男はたくさんいるよ。なぁ?」
俺は隣りにいた女性軍人のコップにワインを注ぎながら聞いた。
「いや、チオーネさんは自分より強い男じゃないと無理みたいで、自分たちも紹介してるんですがなかなか……」
「チオーネまでアイルみたいなこと言うなよ。男なんて女からすれば、皆バカだし弱いぞ。チオーネより強いなんて言ったら、世界でも何人かしかいないんじゃないか? うちのセスなんてどうだ? レベルも高いし、運送会社で大金持ちだぞ。俺なんか金もなければレベルもないからな」
「最近、強さってレベルじゃないんじゃないかって思ってるんです!」
急にチオーネが迫ってきた。
「レベルじゃなかったら、なんだよ?」
「それをナオキさんに聞きたかったんです!」
「そんなの知らねぇよ。自分で考えてくれ」
バンッ!
ちょうどそのタイミングで宿のドアが勢いよく開いた。
「ナオキさん、帰ってきてるって!?」
リタが飛び込んできた。うちの元臨時職員で、ボウの奥さんだ。元水の勇者でもある。
「おう、リタ!」
俺が手を上げて答えると、「アハハハハハハ!」となぜか爆笑された。
「一発でナオキさんだってわかるのすごい!」
リタは俺の仕草ですぐにわかったようだ。
「魔族領の城にも行ったんだけどな」
「ええ、聞きました。うちの子をお母さんに預けてて」
「ああ、ベン爺さんたちに預けたってボウは言ってたけど?」
「初めはそうだったんですけど、強くしすぎてしまったようで、お母さんが『このままだとお父さんみたいにどこかへ行っちゃうかも』って」
「ベン爺さんたちもなにも言えないよなぁ」
リタのお父さんであるボリビアーノさんは水の勇者を自ら辞めて、この国から出ていってしまった。今は世界一自由な干物屋として海で暮らしている。リタとボウの結婚式にも呼んだんだっけ。
「親としては健康ならいいと思ってたんですけど、本人が考古学に興味持ったみたいで」
「へぇ~、小さいうちに好きなものが出来てよかったな」
「はい!」
リタは満面の笑みで返してきた。
「ちょうど、お母さんも新しい遺跡を見つけて、ようやく星読みの民の国名がわかったんです」
「クロノス・ティタネス王国だろ?」
リタは目を丸くして驚いていた。
「知ってたんですか?」
「いや、時の勇者から聞いたんだ」
「ちょっと待ってください! 時の勇者って……?」
「1000年前に獣人の発生や薬草の拡散について本を書いたトキオリって騎士だ。クロノス・ティタネスのな」
「ナオキさん、もしかして本人に会ったんですか?」
「ああ、5年間、一緒に暮らしていた」
そうだった。彼らの意思を汲まないとな。そのために食糧を調達するんだった。あんまり金は無駄にできない、か。娼館行くのに必死で、忘れかけていた。
「それ本当ですか? 本当だとしたらお母さんに直接報告してくれませんか?」
そう言って、リタが空飛ぶ箒を掴んだ。
考古学者に話せば、1000年前の暮らしや都市の跡も見つかるかも知れない。
「そうだな。ここで酒を飲んでいる場合じゃないか。チオーネ、すまん!」
「いいんです! ただ、デートの約束は忘れてませんからね!」
そうだった。忘れてたな。
「ああ、必ず! 次会うときまでにもう少しいい男になっておく」
俺は自分の無精髭を触りながら言った。せっかく転生したんだから人間としてちゃんとしなくちゃな。
「はい! 女らしくしておきます!」
チオーネが大声で言った。
「チオーネ、無理して女らしくなんてしなくていいぞ。チオーネらしい方が好きだ」
「……はい。私も……」
そう言って、チオーネは顔を真っ赤にして固まってしまった。上司の様子を見て、女性軍人たちも固まっている。
「ナオキさん!」
先に外に出ていたリタに呼ばれて、俺は宿を出た。
空には月が浮かんでいる。
「どうかしましたか?」
リタが聞いてきた。
「いや、なんでもない。それより、リタ、俺はレベルがないんだよ」
「あ、聞いてます。後ろ乗ってください」
「悪いな」
俺はリタに掴まり、空飛ぶ箒に乗った。
「行きますよ!」
「おう」
俺たちは上空へと飛んだ。
空の冷たい空気が徐々に俺の酔いを覚ましていく。夜のラパ・スクレの町は以前見た時より明るく、騒がしい。
「また、来よう」
俺の娼館チャレンジは、自分の金で行くことに決めた。
1時間ほど飛んでいたら、暗い地面に明かりがいくつか見えてきた。
近づけば、ドーナツ型の集落が連なっている。真ん中に養魚池があり、盛り上がった周囲に冠水時の避難所がある。冠水が終わった今は南部開発機構の拠点として、他国からの客や行商人などが訪れる場所となっているらしい。
「降りますよ!」
俺たちは広場に降り立った。飛んでいる間にリタがレミさんに連絡をしていたため、レミさんが待っていてくれた。レミさんのスカートの裏に隠れているのが、リタたちの子どもだろう。
「お久しぶりです! レミさん。避難所が随分立派になって驚きました」
「久しぶりね。ナオキくんは変わったって聞いたけど、ちっとも変わらないのね」
そう言って、レミさんは笑っていた。
「ウタ、隠れてないで出ておいで」
リタが子どもを呼んだ。ウタという名前なのか。
ウタは俺の方を気にしながらも、リタに駆け寄った。リタが抱きしめるかと思ったが、ウタを手で止めた。
「ナオキさんに自己紹介しなさい」
リタに言われ、ウタは俺を見上げた。額にはボウと同じように2本角が生えているが、顔はリタにそっくり。まさに2人の子どもだ。
「ウ、ウタです」
そう言って、ウタは手を広げて「5歳です」としっかり自己紹介してくれた。
「ナオキ・コムロです。30半ばだと思う。ごめんな。転生したりして自分の年齢は数えてないんだ。でも、身体はウタと同じ5歳のはずだよ」
俺が目線を同じにしてそう言うと、ウタは混乱したようにリタとレミさんを交互に見た。
「ウフフ、ウタが生まれてきてから一番不思議な人に出会ったね」
「大丈夫よ。お祖母ちゃんにとっても、ナオキくんは人生で一番不思議な人だから」
リタとレミさんは面白がっているが、ウタは戸惑いながら下手くそに笑っていた。その辺はボウに似たらしい。
「イヒ! お父さんの友だちですか?」
「うん。お父さんともお母さんとも友だちだよ。それからお祖母ちゃんとお祖父ちゃんとも……、曾祖母ちゃんと曾祖父ちゃんとも友だちだし、ウタの一族とは結構、友だちだ」
「そですか。うちの人たちがお世話になっております」
ウタは礼儀正しく、頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそお世話になっております。せっかくですから、ウタとも友だちになっていいですか?」
そう言って手を差し出した。
「いいですけど、怖くないですか?」
「ん? なにが?」
「私、角生えてるし、シャドウィックも倒しちゃったりするし……」
同世代の子どもたちに怖がられているのかな。もしかしたら、普通の生活を送ってこれなかったのかもしれない。
「角生えてても尻尾があっても怖くないよ。シャドウィックは俺もよく倒してたし」
「そですか! なら、友だちになりましょう!」
ウタは俺の手を握ってブンブン振った。
「イヒ! ナオキさん、つかぬことを伺いますが眠たくはありませんか?」
しばらく、握手していたらウタが聞いてきた。
「ん? あっ! ウタ、眠いのか。もうこんな夜中だもんな。ごめんごめん、寝ていいよ」
「イヒ! そですか。じゃ、お先に失礼したいと思います。考古学者の朝は早いのですよ」
「ウタ、おいで」
ウタはリタに抱きかかえられながら、建物の中に入っていった。
「いい子ですね」
「うん、うちはちょっと複雑だから、まっすぐは育ってくれないかも知れないけど、元気で優しい子に育ってくれるとお祖母ちゃんとしては嬉しいなぁ」
そう言って、レミさんは広場の中心にある円形のテーブルに俺を誘った。
「聞かせてくれる? クロノス・ティタネスについて」
「ええ、そのために来ました。実は俺、いなくなっていた5年の間、クロノス・ティタネス王国にいたトキオリという時の勇者と、スカイポート王国にいたシャルロッテという空間の勇者と一緒に住んでいたんです……」
俺は知っている限りのことを話した。2人のことを話す際、バルニバービ島の話をしなければならず、結局、北半球と南半球が繋がることも明かすことに。もちろん、オフレコにしてもらう約束はした。
「……だから、星詠みの民はクロノス・ティタネスの民だったわけです」
話し終えたのは、真夜中。
「なるほどぉ。時や季節の流れを見ながら、星を詠んでいたのね。水魔法が得意なのに、星詠みの民っておかしいなって思ってたのよ。じゃあ、大平原に移り住んでから、水魔法を習得したのかしらね?」
「確かに。冠水が起こるっていう環境によって習得せざるを得なかったのかもしれません」
「時魔法も地形が変わって失伝してしまっているし……」
しばらく1000年前のロマンに浸っていたらワインが進んでしまった。
いつの間にか眠っていた。