作品タイトル不明
300話
周囲には数え切れないほどの船。見えているすべての船を取り仕切っているのがセスだという。
「夢でも見ている気分だな」
「僕も夢に会っている気分ですよ」
セスは俺を見て言った。
「大丈夫だ。足は付いてるし、5年は暮らしていたからな」
セスは通信袋を使って「おう、ご苦労さん。もう帰っていいよ」と周囲の船を見送っていた。
「通信袋が普及しているのか?」
「ええ、コムロカンパニーの関連会社や取引先の重要人物なんかには渡してあります」
「世界中ってことか?」
これだけの船団を取り仕切っているのだから、取引先も多いだろう。南半球にもまたがっているはずだから、世界中ということになる。
「そうです。社長、そろそろ全速力で行きたいんですけど、いいですか?」
そう言いながら、セスは空飛ぶ箒を取り出して、聞いてきた。
「よし、いいぞ」
俺は空飛ぶ箒にまたがり、セスにしがみついた。
「では」
風切り音とともに、上空へと飛んだ。
「どこに行く気だ?」
「社長の知らない場所です」
俺も世界一周はしたが、行ったことがない国は多いはずだ。
「あ、そうだ。社長、いくつか達成していない依頼があるんですけど……」
「ああ? なんでだ? レベルが高いお前たちができない依頼なんてあるのか?」
「そりゃ、ありますよ。僕らだって人間なんですから」
「人間か……そりゃそうだ」
「社長ができなければ、うちの会社では請けない事になっている案件なんですが……」
そう言って、セスはアイテム袋から、依頼書の束を取り出した。
「こんなにあるのか?」
「ええ、僕だけじゃなくてアイルさんやベルサさんの分も入っています」
「帰ってきて早々にこれか……とりあえず、ひとつずつ片付けていくか」
「はい。ちょうど近くにいい店があるんですよ」
どうやらセスは初めからそのつもりだったらしい。
5年前よりはるかに速いスピードで空を移動し、俺とセスはある大きな島に降り立った。
「どこだここは?」
「ヴァージニア大陸の東、群島の北に位置するシャングリラと呼ばれる島国です」
「楽園でもありそうな名前だな?」
「ええ、小人族が多く住む土地です。ここにはあらゆる物が集まってきます」
群島からの物資とヴァージニア大陸からの物資が行き交うという。さらに、東には魔法国エディバラがあるため、交易の要の島になっているとか。
「小人族は収集家が多く、数学の教育もしっかりしていますから、いい商人が育つんですよ」
町行く小人族は皆、動きが機敏で、1.5倍速くらいのスピードで生きているような気がした。短気だが、午後のティータイムや休息日を忘れないのだという。
「そうなのか」
「竜に警備をさせている世界最大の保管庫もあるので、ほら、金持ちも多いでしょ?」
セスが指さしたほうを見ると、恰幅のいい貴族のような格好をした中年男性と豪華なドレスを着飾った老婆が空を見上げている。空には亜竜の魔物であるワイバーンが人を乗せて飛んでいた。空飛ぶ乗合馬車だと、セスは言っていた。
「ただ、すごい高いんですよ。空を飛ぶだけでも、他の土地から来た旅行者には、めったにできない経験ですから」
こんな島国があったとは。
「それで、どんな依頼なんだ?」
「飯を食べながら話しましょう」
料理店に案内してくれるのかと思ったら、セスは自分の運送会社の建物に案内してくれた。
シャングリラの支部だというセスの会社はバカでかかった。湿地帯だった場所を整地したため安かったというが、それにしても見える範囲の敷地は野球場くらいある。そこにコンテナがいくつも並んでいて、奥の方に建物が見えた。
「儲かってるなぁ」
「そうでもないです。払うお金も多いですから。僕は社長のように部下と一緒に働くのは向いていないみたいで、苦労しました」
「いや、そっちのほうが稼げると思うけどな」
「お金で買える幸せには限りがありますから」
「うわぁ、成功者の言葉だ」
「そんなんじゃないですよ」
お金は持ってても結婚はできなかったらしい。
「そういうこともある」
コンテナの間を抜けた場所には建物があり、庭に炭や石窯などの準備がされていた。
「部下たちが準備してくれていたようです」
「よくできる部下だなぁ。俺たちだけで食べていいのか?」
「ええ、気を使って建物の中にいるようです」
セスが建物の窓を指すと人影がさっと隠れてしまった。
「まぁ、人見知りな奴らなんで勘弁してやって下さい。それより社長これ知ってます?」
アイテム袋から、ラグビーボールのような形の小さな粒を手のひらにいくつか取り出して、聞いてきた。
「米か! この世界で初めて見たな!」
「知ってるんですね!」
「ああ、前の世界ではこれが主食だった」
「小人族の主食ですよ。鍋で煮るものだそうです」
「いや、炊くんだよ。知らないか? よし、俺が土鍋で食わしてやる」
俺は建物に乗り込んでいって、土鍋を探した。
「土鍋ない?」
と聞くと、運送会社の社員たちは大慌てで、土鍋を探してくれた。皆、俺の青い服が気になるようで、「本物ですか?」などと聞いてきた。
「本物だよ。偽物あるの? それより、土鍋土鍋」
台所から、土鍋を拝借して、玄米を水に浸す。
「セス! 俺の魔法陣帳!」
「はいはい!」
魔法陣帳の時魔法の項目にある『10倍時間を進める』魔法陣を真っ白いきれいな紙に描いた。
「こんないい紙があるのか?」
「これは魔法国エディバラからの輸入品です。あの国は本が多いから、紙とインクの技術が発達してるんですよ」
時魔法の魔法陣を描いた紙の上に洗った玄米を入れた土鍋を置いて、36分待ち。その間に、台所で野菜と肉の用意。結局建物の中で、玄米を炊くことになってしまった。台所の外には運送会社の社員たちがこちらを興味深そうに見ていた。社員たちは老若男女、獣人やダークエルフなど、種族も様々。差別もなさそうなのでよかった。
「強火で一気に炊いて、その後、弱火でじっくり。絶対に鍋の蓋を開けるんじゃないぞ」
そう言いながら、土鍋を石窯へと移し、玄米を炊いた。
野菜はカボチャに似たカラバッサやチョクロ。肉はオックスロードというウシの魔物のヒレ肉。庭でバーベキューセットで焼いて、運送会社の社員たちにも振る舞った。
初めは警戒していた運送会社の社員たちも、「どんどん焼いていくから食ってけ~」と焼いた肉と野菜を皿に盛って渡していくと食べていた。
「セス、こんないい天気なんだから、仕事は終わりにして酒樽でも用意してやれよ~」
「無茶言わないでくださいよ~!」
セスはそう言ったものの、運送会社の社員たちが俺たちの会話に耳を澄ませていた。
「わかりましたよ! 帳簿だけつけ忘れないようにな! 地下にある一番大きい樽を持ってきて!」
セスがそう言うと大歓声が上がり、宴会へとなだれ込んでいった。
「社長には敵わないですね。一声で、社員たちの心をつかむんですから」
「別にそんなんじゃないよ。仕事も休息も大事だ。だけど、それだけじゃ面白くない。時々、こうして馬鹿騒ぎでもしないとな」
米も普通に炊けて、めちゃくちゃ美味かった。醤油や味噌もあるかもしれない。なかったら大豆から作ってみるか。お茶はマルケスさんのダンジョンで作っているはずなので、今度、鯛茶漬けとかしたい。
「それで、依頼っていうのはなんだ?」
周囲の運送会社の社員たちが騒いでいるなか、俺はセスに切り出した。
「社長、飲んでないんですか?」
「依頼があるんだ。飲まねぇよ」
「ハハハ、社長らしいや」
そう言いながら、セスはアイテム袋から一枚の依頼書を取り出して、俺に見せた。
「保管庫にいる謎の魔物の駆除依頼か? ん? セス、お前さっき、この国に世界最大の保管庫があるとか言ってなかったか?」
「その保管庫です」
「謎の魔物っていうのは?」
「どう説明したらいいか、わからないんですが。この国の保管庫はダンジョンのようになってるんです。いや、もしかしたら、ダンジョンかもしれません」
「公にはダンジョンとは言っていないんだな」
「そういうことです。その保管庫に地底湖があるんですが、そこに謎の魔物が生息しているようなんです。保管庫の竜も水の中では対応できないということで、コムロカンパニーに声がかかったんです」
「それで、お前たちも調査はしたんだろ?」
「ええ、姿は見えないのですが、探知スキルでは反応するので、恐らくゴースト系の魔物ではないかと思って回復薬を投入してみたんですが、いかんせん地底湖は広いですから、効果が薄まってしまって駆除できませんでした。結局、未だ依頼は達成されぬままになっています」
「ゴースト系の魔物である根拠は?」
「保管庫ですから、人の思念も多く残ります。盗賊や一代でのし上がった豪商などのほか、代々、宝物を預けている一族なんてのも多いんです」
「なるほどね。まぁ、実際見てみないことにはわからないな。腹ごしらえも済んだ」
「行きますか?」
「うん、行こう」
「了解です」
そういうことになった。
保管庫はシャングリラの首都・タシルンポの中心にあり、警備は厳重だった。高い塀に、獣人の傭兵、甲冑を着た兵士、魔獣を使役している魔物使いの姿などもあり、皆、保管庫の警備に当たっているのだとか。
「一日警備代だけで家が建ちそうだ。金に糸目をつけないのか?」
「安全は、それだけの価値があるってことですよ」
セスはすっかり大人になってしまったようだ。目の前だけ見ているとおかしなことも、視点を変えれば見えてくるものがある。
俺たちが保管庫の前に行くと、警備兵が立ちふさがり要件を聞いてきた。
「コムロカンパニーです。地底湖の謎の魔物の調査及び駆除のため参上しました」
セスが冒険者カードを見せると、すぐにメガネをかけた髭面の小人族が現れた。
「セス殿か。調査に随分長くかかっているようだな」
「ええ、ちょっとダンジョンマスターさんに協力を願わなくてはいけないかもしれません」
セスがカマをかけていたが、小人族は「保管庫にダンジョンマスターがおればな」と躱していた。
「今回はうちの社長が戻ってきたので、駆除はできると思いますよ」
「どうもー!」
笑顔で挨拶したら、
「この若造が、社長だと!?」
と驚かれた。身体が若返っているので、舐められるのもしょうがない。
「本物か?」
「ええ、僕が束になっても勝てません」
セスがそういうと、髭面の小人族は唖然とした顔で見てきた。
「そんなに強くないですよ。レベルもないですしね」
髭面の小人族はおれの言葉を聞いても、よくわからない様子だった。
とにかく保管庫への扉を開けてくれたので、中にはいると、冒険者のような胸当てをした大柄のクマの獣人のおっさんが仁王立ちで待っていた。ここでも、依頼書と冒険者カードを見せる。獣人のおっさんは髭は伸び放題で、胸当ても傷だらけ。汗の匂いもする。まさか、ずっとここで控えているのだろうか。
「トロッコは使うか?」
「いえ、歩いていきます」
獣人のおっさんの質問にセスが答えた。
「地底湖だろう?」
「ええ、警備は厳重なのでしょう? 僕らは仕事をしに来ただけです。中の物を盗む気はありませんよ」
セスがそう言ったが、獣人のおっさんは「自分もついていく」と言いだし、少しピリついた。
「まぁ、別にやましいことはしないんだから、いいんじゃないの?」
俺は勝手に進んでいった。
「社長! ここはダンジョンと同じで、魔物も多いんですから気をつけて下さい!」
「待て待て! どこになにがあるのかわからんだろう? お客の品物を壊されたらかなわん!」
セスと獣人のおっさんが追いかけてきた。
「仲良く、行こうよ。俺たちも仕事。あなたも保管庫を守るのが仕事でしょう?」
獣人のおっさんに笑いかけると、「いや、仕事の邪魔する気はないんだ」と言って、結局、俺たちについてきていた。
「社長は、なんでも巻き込むなぁ」
セスは笑っていた。
トロッコを使うと地底湖まで半日で済むらしいが、トロッコに慣れていない者が操作すると事故が起きる確率は50%だとか。
「トロッコは小人族専用で作られているからな。ほとんどの品物はトロッコで小人族の職員が取り出すのさ」
獣人のおっさんが言っていた。
「保管するのはいいけど、取り出すのに一苦労だな」
「ああ、施錠の魔法陣は小人族の専売特許だ。すべての品物の場所を知る者はいない。他国から来たお客はそれぞれ自分の担当の小人族を雇うのさ」
いろいろ小人族の中だけの利権もあるのかもしれない。
結局、俺たち3人は3日間、保管庫の中を歩き回り、ようやく地底湖にたどり着いた。