軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

279話

「大丈夫か、なぁ~?」

セイウチさんが声をかけてくれるまで、意識が彼方に飛んでいたかもしれない。

「ああ、いや、ちょっとショックが大きかったので……」

俺は神様に報告する気にもなれずセイウチさんの部屋を片付けると、神様の青年像も見ずに部屋を出てしまった。

「俺はいったい何に惑わされ続けていたんだ?」

神々とはいったい俺にとって何だったのか? 依頼主? 俺を拾ってくれた恩人? この世界に来た頃にはほとんど関わっていなかったが、突然、俺の目の前に現れた神々。レベルが上ったことで都合のいい人間になっただけなのか? 俺が勝手に使命だと思っていたものはなんだったのか?

「こんなことなら、メリッサと結婚しておけばよかったか。チオーネやアイリーンと付き合っていたかもしれない。セーラとは……どうなっていただろうか」

俺は廊下の真ん中で立ち止まり、大きく息を吐いた。

「神々の声なんて無視して好きに生きればよかったんだ……。人がいいというより、これじゃ、ただのバカだな」

自分の人生は自分のものだ。拾って貰ったとか、加護を貰ったとか関係ない。自分の足でこの世界に立っているのだから、責任は俺にある。ほとほと自分のバカさ加減に呆れた。

「流されるままに流され、自分の意志などない。よくこんなんで、社長なんてやっていたものだ」

溜息を吐く度に、自分のバカさ加減に呆れ、呆れる度に溜息を吐く。泣きたいのに涙なんか流したら余計に惨めになる。

「なんの意志も持たずに世界の果てまで来てしまったな」

なにもかもバカらしくなっていたら、遠くの方から足音が近づいてきた。

「ナオキさん! なにやってるんですか?」

アシカ顔のオタリーだ。この前望遠鏡の掃除を手伝ってやった。

「ちょっと人生の斜陽を感じていたところ」

「へぇ~……じゃあ、ちょっと祭りの準備手伝ってもらえませんか?」

なにが『じゃあ』なのか、さっぱりわからないが、うじうじしている俺を見て声をかけてくれたのかもしれない。俺は若さに押される形でオタリーについていった。

「なんの祭りなんだ?」

「夏至ですよ。成人式でもあるんですけどね。このポーラー族は『クーシン祭』と呼んでますけど」

「夏至に成人式って変わってるな」

「白夜で日が落ちないですから、いくらでもお酒が飲めるようにだと思います」

終わりのない宴会ほど怖いものはないような気がするけどな。歌ってはいけない歌とか、言ってはいけない言葉とかあったらどうしよう。急に前の世界の短編小説を思い出してしまった。急に疑心暗鬼になって、悪い想像ばかりしてしまう。

「まぁ、見ればわかりますよ」

オタリーは笑って、基地の外に出た。

基地の外、背の低い草花が生えている場所では、すでに毛皮を着たポーラー族の若者たちが準備を始めていた。皆、時々空を見上げながら作業している。

「空からなにか来るのか?」

俺がオタリーに聞いた。

「逆です。空に向けるんです。皆、風と雲の様子を見てるんですよ」

ポーラー族の若者たちは地面になにか建てるのか、紐で距離を測りながら印の石を置いている。

「あれはなにをやってるんだ?」

「魔法陣を地面に描いてるんですよ。だから、ナオキさんに手伝ってもらいたくて」

「ああ、そういうことか」

俺の姿を見たポーラー族の若者たちは「心強い!」と言って、魔法陣の設計図を見せてきた。設計図は何度も使われているらしく、端の方はボロボロで、『とにかく協力してきれいに弧を描け!』など先輩たちのアドバイスも書かれていた。魔法陣の効果としては、衝撃が魔法陣の外に向かわないようにするためのもののようだ。

「特殊な魔法陣だな」

「魔法陣を見ただけでわかるんですか?」

オタリーと若者たちは魔法陣の効果を言い当てた俺に驚いていた。

「そういうスキルを持ってるだけだよ。これをどのくらいの範囲で描こうとしてるんだ?」

「ほら、あの角が生えたモノセラって娘が長い棒を建てているのがわかります?」

オタリーが指さしたほうを見ると、20メートルほど先に一本角が生えたイッカクの獣人の娘が棒を地面に突き刺していた。

「ああ。あそこまでか?」

「あそこが中心で、僕らが立っているのが端です」

直径40メートルの魔法陣なんて、かなり大きいな。

「そりゃあ、人数が必要だ。しかもこんな複雑な魔法陣なんだから時間かかるだろ?」

「白夜なので、ずっと作業ができてしまうんです」

残業し放題ということか。大変だなぁ。

「地面に描けばいいんだな。ちょっと均したほうがいいぞ。魔法陣を起動するなら草むしりも必要なんじゃないか?」

俺がそう言うと、若者たちは「草むしりってしていいのか?」「地面を平らにするってどうやる?」などと相談し始めた。

「魔法陣でやれば……」

という言葉を飲み込んで、俺は若者たちに任せることにした。もしかしたら、この場所に大きな魔法陣を描くこと自体が大人への通過儀礼かもしれないからだ。たぶん、地面を均すには仲間と協力する必要がいるし、北極大陸は有機物への価値観が違うので、草むしりによる有機物の使用方法や、有限な資源の有効活用などを考えるきっかけにもなるかもしれない。

北極大陸のこの基地で生きていくための社会性を考えて祭りが行われるようだ。

「ナオキさん、なにから始めればいいですかね?」

オタリーに聞かれた。

「たぶん、それを考えることも含めて『クーシン祭』、だろ? 皆で協力して大人にならなくちゃな。俺も手伝いはするけど、口出しはしないことにするよ」

「そう、ですよね。大人になるのは僕らですもんね」

オタリーは頷いて、成人になる仲間たちと相談を始めた。

「俺は、言われたことだけ手伝うよ」

そう言って俺は、ひとりつまらなそうに棒を持っているモノセラという娘のところで指示を待つことに。

「おつかれさん。棒を持つのは大変?」

「いんや、大変じゃないんですよ。朝からなんで眠いんです。あと、動かないんで寒いんです」

モノセラは独特のしゃべり方をする娘だった。

「でも、中心は重要だからね。倒れたら、また最初からだし。作業も手伝えなければ、動けない。やっぱり大変じゃないか?」

「そう言われるとそうかもしんないですね。突き刺してるんで、風で倒れないように持ってるだけなんですけど。責任重大な気がしてきたんですが、どうしてくれるんですか?」

モノセラは自分の角を触って、不安そうに聞いてきた。

「初めから責任重大だよ。今それに気づいただけだろ? モノセラはなんの研究をしているの?」

ポーラー族はなにかしらの研究者が多いので聞いてみた。

「世界中のまじない、とか、呪いを研究してるんです」

「へぇ~、魔法とは違うのかい、それは?」

俺の質問にモノセラは大きく頷いて「違います」と言った。

「まじないや呪いには意味や人の思いみたいなものが付随しているんです。結果だけが現れる魔法とはちょっと違うんです」

そう言われるとそうかもしれない。

「成人の儀式も、まじないの一種なんですけどね」

「『クーシン祭』もまじないだと?」

「そうなんです。世界の成人式について冒険者の手記なんかを読むと、だいたい一度死ぬ体験をさせるみたいなんです」

臨死体験ということか。そういえば、前の世界でもバンジージャンプをして成人の儀式をする部族がいたような。宗教でも川の中で頭まで浸かってから周りの人に助けてもらうという通過儀礼もあったな。

「死を体験させて、周りにいる他者とともに生きているとか、意識させやすいんでしょうね」

「モノセラは難しいこと研究してんだな」

「それほどでもないんです。簡単でわかりやすいものばかり追いかけてもしょうがないんです。もうすぐ大人なんですから」

そう思えた時点で、もう大人だろう。こちらとしては大人として恥ずかしいよ。

「それで、俺はよくわかってないんだけど、『クーシン祭』では空に向けてなにかするのかい?」

「知らずに手伝ってくれようとしてたんですか?」

俺が頷くと「人がいいんですね」とモノセラは言っていた。

「空に向けて、自分たちの研究成果を発表するんです」

「研究成果って、それぞれの?」

「そうなんです。たとえそれが無謀なことや他の人には認められないことでも、自分の意志と責任の上で研究し続けるという意思表示でもあるんです。時々、研究成果を爆発させてしまう人がいるらしくて、こうして魔法陣が必要なんです」

なるほど、魔法陣は周囲の安全のためだったか。

「僕は、自分の研究と戦うためって聞いたけど」

いつの間にか近づいてきていたオタリーが話してきた。

「え? なにが?」

「いや、『クーシン祭』の意味ですよ。それまで積み上げてきたもので戦っても前には進めない時があるから、積み上げてきたものと戦うための区切りだってセイウチさんに聞いたことがあるんです」

「へぇ~いろんな願いが込められてるんだな。こりゃあ、2人ともちゃんとした大人にならないと、俺みたいになっちゃうぞ」

2人とも「それはそれで……」などと言っていたが、2人は俺のことをあまり知らないからだろう。結局、俺は神々の手のひらの上で右往左往しているだけだ。自分の足で立とうとしている2人のほうがよほど大人と言える。

「じゃあ、草むしりからやりますので手伝ってください!」

「了解!」

俺はオタリーの指示を受けて、草むしりに参加。抜いた草はちゃんと薬学の素材になったり実験や料理に使うので、できるだけ採取してくれ、とのこと。調整役はオタリーがやっているらしい。

作業をしている間はネガティブなことも考えずに無心になれるので助かった。

皆で草花をむしり、全員で地面を均し、魔法陣を描いていく。

途中で、コマさんが「もう遅いから明日にしなさい」と呼びに来てくれた。どうやら、外は明るいが深夜を回っていたようだ。

うちの会社の面々は、ダンジョンの掃除か、それぞれの興味の赴くままに行動しているのか、出払っていた。俺は割り当てられた基地内の部屋でひとり眠った。

翌日も俺は『クーシン祭』の準備に向かった。

あんまりひとりでいるとどうしようもない事を考えてしまうので、なにも考えずオタリーの指示を聞いているだけの作業は楽しかったのだ。

魔法陣も描き終わると、それぞれ空に打ち上げたりするものの試験を始める。残った者たちは当日の会場作りだ。基地の人たちに見せて、晴れて大人となるらしい。

「不思議だな。誰のためでもなく自分の研究をするという意思表示の祭りなのに、見る人の席を用意するなんて」

「外の人もやっぱりそう思うんですか?」

モノセラも同じ疑問を持ったようだ。

「まぁ、研究を見せることによって『あいつには今後なにを言っても、無駄だ』ということを知らしめる意味もあると思うんですけどね」

祭りの矛盾について自分を納得させることができるモノセラに、ものすごく大人を感じた。

ドシュ~~~!!!

「おおっ!」

若者たちは試験的に空になにかを打ち上げていた。

空に向かってロケットのようなものを打ち上げようとする者や大きな風船のようなもので自分の研究成果をあげようとする者、明らかに濃度の高い成長剤を作り種から一気に植物のつるを伸ばそうとする者、ただ魔法陣を使った空気砲のようなもので空へと打ち上げようとする者など研究成果の発表の仕方は様々。見ているだけで楽しめてしまう。

もちろん、空に向けての発表だが、飛ばない研究だってある。例えば、発酵食品や新しい草花の開発などがそうだ。そういう者たちは凧を作って空に上げるらしい。オタリーも新しい星の図や惑星の運行表などを描いた紙を凧にするという。

一番、すごかったのはモノセラの研究で、シンメモリーという思念を具現化した白い玉を集めて鳥の形を模し、そのまま飛び立たせるという、まじないだった。ちょっとなにを見てるのかわかんないっす、と思った。

皆の発表の後、打ち上げのような飲み会が基地内であり、族長のショーンさんが隠している酒が振る舞われるのだとか。

夏至、『クーシン祭』当日。

祭りはつつがなく催され、基地にいる全員が祭り会場である魔法陣の近くに集まった。

空は快晴で、今年は俺たちコムロカンパニーとヨハンもいるため、いつもより盛り上がっているのだとか。

オタリーたちは誰に言われるでもなく、次々に空に向かって自分の研究成果を発表していく。それを観客が勝手に見るという自由な祭りだ。

発表した研究者には家族がいて、それぞれが応援したり大声で批判をしてみたりしているが、魔法陣の中にいる研究者たちは全無視。何者にも惑わされないという強い意志を感じた。

俺は次々に大人になっていく新成人たちを見ながら、神々というよくわからない存在との関係をどうするか決めかねていた。

「今日僕たちは、北極大陸の研究者として、大人になりました! たとえ、自分たちの研究が否定されたり神々に止められようとも、自分の心の声を信じて、できうる限りの力で邁進していきます!」

全員の発表が終わった後、リーダーのようになったオタリーが空に向かって宣言。開会や閉会の言葉はなかったが、見届けた観客達から拍手と口笛が沸き起こった。

基地のホールで飲み会が始まるなか、俺は祭り会場に残った。

「ここなら衝撃は外にいかない。なにを言っても罰が外にいくことはないだろう」

俺は自分の足を見つめた。

俺も自分の足で立たなくてはいけない。

「おーい! なにやってんだよ!?」

「飲み会始まるぞ~! 裸踊りの出番だよ!」

基地の外にうちの社員たちが出てきた。俺がいなかったのでわざわざ呼びに来てくれたのだろう。古株の2人は、ここ最近の俺の様子を見て心配しているのかもしれない。

「社長! 俺の研究成果の料理も見てくださいよ!」

「エヘヘへ! 私も新しいツナギを開発してみたんですけど、社長にぴったりだと思うんですよね!」

セスとメルモも心配してくれているようだ。

「ちょうどいい! 皆、聞いてくれ!」

俺は大声で社員全員に声をかけた。

「会社、たたもうと思うんだ!」

快晴の空に俺の声が響いた。