作品タイトル不明
264話
俺が戻ると、ベルサとシオセさんが隊長の家の前で待ち構えていた。アイルとマルケスさんはまだ戻ってきてないらしい。
「ナオキ。師匠が捕まっているから助けに行くよ」
ベルサは問答無用だった。
「なんで俺? ちょっと飯だけ食わせてくれない?」
「夕飯前の運動!」
「頼む。リッサのために」
シオセさんに言われると断れない。
「あ、ベルサちゃん、パンツの替えよろしくね」
「ああ、そうですね」
なにを言っているのかわからないが、ベルサの師匠であるリッサを助けるにはパンツが必要なようで、ベルサはメルモから洗ったパンツを奪っていた。
「社長、なんか言ってください!」
メルモが横暴な先輩社員を告発してきた。
「可愛いパンツ穿いてんな」
ボゴッ!
殴られました。
「よし、行くか」
シオセさん主導で守護者の里から出て北に向かった。
すでに夜。
意外にも大森林は夜は明るい。発光植物や発光キノコが多く、大きな道には魔石灯が並んでいる。俺たちは道を外れて、しばらく丘と崖を上ったり下りたりして進んだ。シオセさんの頭の中には地図があるらしい。
前の2人が急に立ち止まって、俺を見た。探知スキルを展開している前方に砦があるのがわかる。この砦も石造りだが色は白ではなく灰色。
「あそこか?」
「うん。シオセさんが眠り薬の粉塵を見張りに打つから、ナオキが探知スキルで指示を出して」
俺は探知スキルで見張りの居場所を確認。
「前方の見張り台の上、左よりに1人。反対側の見張り台、中央にも1人。それから中庭の奥に3人固まっています。あとは砦の中ですね」
俺がそう言うと、シオセさんが小袋に眠り薬が詰まった矢を指示した場所へ向けて打った。正確無比に放たれた矢は5人のエルフを眠らせた。
「お見事。全員状態異常になりました。シオセさんがいればだいたいの戦争が終わるんじゃないですか?」
「戦争も起きないよ」
俺とベルサが褒めたが、シオセさんは「行こう」とリッサさんしか見えていないようだ。
眠ったエルフの野盗を縛ってから砦に入る。
「こいつらはナチュラリスト? それとも王国軍側?」
「どちらからも金をせしめようとしている欲の深い奴らじゃない?」
ベルサが言った通り、砦には旗が二種類あった。タイミングよく替えているのだろう。
中で寝ていた野盗たちは、さらに深い眠りについてもらった。
「丸一日は動けないはず」
眠っている野盗たちの枕元で、麻痺薬の瓶を持ったベルサが言った。
「リッサは?」
シオセさんが聞いてきた。緊張しているのか汗が多い。
「地下ですね。大蜘蛛の魔物がいるようです。注意してください」
俺たちは地下へと続く階段を下り、牢屋に空いた穴からさらに下の洞窟に入った。
洞窟はそこらじゅう蜘蛛の巣だらけ。松明で燃やしながら進んでいくと、大蜘蛛の魔物がこちらに向かってきた。
大蜘蛛の魔物が毒液を吐くと同時に、シオセさんが3本の矢を魔物の目に射た。空中の毒液をベルサが魔力の壁で覆い回収。
「被害は?」
「なし」
そう言っている間にベルサは毒液を瓶に詰めていた。
「やっぱり中でも蠢動しているわね。ドロドロに溶けた後、魔石を中心に形作られていくのは昆虫の魔物の蛹のようね。でも蜘蛛の魔物だから蛹にはならないはずでしょ? どういうつもりであなたたちは魔物やっているの?」
蜘蛛の巣だらけの洞窟の奥から女性の声がしてきた。
「あらいやだ。ひどい色の匂い。それが毒液の元ね。ん? この色の匂いはどこから来ているの? 芳醇で豊かな色の香りね。色男だわ! あなた、確実に色男になれるわよ!」
リッサ師匠は蜘蛛の巣に絡まりながら魔物の蛹に話しかけていた。匂いを色で嗅ぎ分けられる世界って面白そうだな。
「師匠、助けに来ました」
ベルサがリッサ師匠に声をかけた。
「あら? ベルサ! どうしてあなたがここに!? あら男連れ? そ、そんな……まさか」
「助けに来たぞ」
ジョ、ジョワ~。シオセさんとの再会が嬉しすぎたのか、リッサ師匠は失禁。
「シオセ!」
そのままシオセさんに抱きついた。シオセさんは嫌がりもせずに、リッサ師匠の身体についている蜘蛛の巣を払ってあげている。
魔石灯で2人を照らすと、リッサ師匠のグラマラスなナイスボディーが顕になった。黒いピッタリとした革のスカートに上は胸元までざっくりと開いたニット。赤髪を後ろで束ねて、うなじを隠さず、丸い眼鏡をしているが目は大きく、口元のホクロが色気を爆発させている。男が思う理想の女家庭教師ランキングがあったら殿堂入りしているだろう。
「なるほど、そりゃ、シオセさんが惚れるわけだ」
俺がそういうと、ベルサが「師匠は、『男も魔物も一緒だから身だしなみにはフェロモンを感じさせなさい』が口癖だから」と教えてくれた。確かに、フェロモン受信中。
「ほら、濡れたパンツを穿いていると病気になるから……」
キスの嵐を浴びているシオセさんは甲斐甲斐しくリッサ師匠の世話を焼き、メルモの洗ったパンツに穿き替えさせていた。
「シオセ、あなた一度太ってから鍛えたわね?」
リッサ師匠はシオセさんの匂いを嗅ぎながら言い当てた。
「わかるか? ガガポの保護と繁殖には成功したんだが、食べすぎてしまってな」
シオセさんは濡れたパンツを焼き捨てながら言った。
「うん、ほのかにあの希少なフクロウオウムの魔物の匂いがする」
リッサ師匠はシオセさんの頭を鷲掴みにしながら匂いを嗅いでいる。よほどリッサ師匠にとってはいい匂いなのか、目が変態の目をしていて危ない。
「師匠、とりあえず出ましょう。蜘蛛の魔物の観察はもういいですか?」
「もういいわ。ベルサ、びっくりよ! ポイズンスパイダーは蛹になって、ヒュージスパイダーになるの。それからまたポイズンヒュージスパイダーになるみたい」
「同一種だったってことですか!?」
「そうなのよ! 驚きでしょ!」
リッサ師匠に言われ、ベルサが辺りにある白いバランスボールのような蛹を観察し始めた。
「ベルサ、あなたの隣りにいるのは人間?」
俺のことだ。
「人族ですよ」
俺が答える。
「そう。不憫な化物って感じね。可哀想に……」
初対面で哀れに思われてしまった。
「彼のお陰でガガポの保護もうまくいったんだ。化け物じみてはいるが、根はいい奴だぞ」
シオセさんがフォローしてくれた。
「そうね。そんな感じ。強いのに強さを感じさせないところはシオセに似ている。ただ性欲がアレだわね。ベルサ、日頃ちゃんと視姦させてあげてるの? もっと色っぽい服を着なくちゃダメよ。まったくこの弟子は。あ、ほらお尻つきだしてるから襲っちゃっていいわよ」
「え? なんですか? 師匠なにか言いました?」
ベルサは蜘蛛の魔物の蛹に夢中でまったく話を聞いていなかった。確かに最近はなにもしていないから知らず知らずのうちに溜まっているのかも知れない。
「とりあえず荷物を持って出ましょう。俺たちはフラワーアピスの件で来たんですから」
「ああ! そうね!」
俺たちはリッサ師匠の鞄を取り戻して、砦を出た。
守護者の里に戻ると、エルフの隊長たちから歓待を受けた。野盗を倒したのが良かったようだ。明日まで眠っているはずなので、捕縛することを勧めた。
隊長の家にはアイルたちも帰ってきていたので、ちょうどよかった。
「ベルサの師匠、リッサと申します。うちの弟子がお世話になっているようで」
諸々の事情を説明した後、リッサ師匠がちゃんと頭を下げて社員たちに挨拶をした。
「魔物学者ってのは往々にして頭がおかしい者が多い。リッサは特におかしいし、生理現象も伴っている。なにか迷惑なことがあれば俺に言ってくれ。対処する」
シオセさんが申し訳なさそうに言った。
「ある程度はベルサで慣れているので、問題はないと思いますが、よろしくおねがいします」
「「「「よろしくおねがいします」」」」
「えーっとそれじゃあ、誰から報告する?」
自然と流れで、大森林で見たことを報告する会になる。
「ナチュラリストから、いいか?」
アイルが口火を切った。
「理由がわからないのに、もっとも被害を受けている気がするんだ」
「確かに。KAONASIについては僕が勝手に調査することにして、ちょっと大森林の東部での砂漠化が深刻な状況なんだよ」
マルケスさんが言った。
「そもそもナチュラリストってなんなんだ? 自然崇拝をしているってことか?」
「概ねそうだね。ベジタリアンが多いみたいなんだけど、肉を食べないってこともないみたい。骨が多かった」
「古き良き時代のエルフの里を再現したいんじゃないかなぁ、と僕は思う。ただねぇ……」
「突然、里から精霊が消える事件が多発しているし、天候の影響か地すべりも頻発に起きているみたい。なにが原因かはわからないから、できればこちらの調査員を増やしてほしい」
アイルとマルケスさんが報告した。
「わかった。俺の方でも大森林の砂漠化を止めろってカミーラから言われたから、なるべくそっちに協力するよ」
「会えたのか?」
アイルが聞いてきた。
「会えた。向こうは向こうで、ハイエルフと風の勇者の母親を調査するって。ああ、それから残念ながら世界樹は枯れていたよ」
「そうですか。これでたとえ北半球と南半球がつながったとしても世界樹が実をつけることはなくなりましたね」
セスが言った。
「それだけが救いかな。王国軍の方では風の勇者をどうにか強くさせたいらしい。本人の意思かどうかはわからないけどね」
「本人に会いたいなら、野菜畑にいるわよ」
リッサ師匠が口を出してきた。もっとも長く大森林でエルフたちと関わっている人だ。
「野菜畑の上で、よくふらふら飛んでいるからシオセに打ち落としてもらうといいわよ」
「師匠、私たちは飛べるんです。打ち落とさなくてもいいんですよ」
「あなた方、いつ飛翼を手に入れたの? ちょっと見せてもらえる?」
ベルサはめんどくさそうに、リッサ師匠に空飛ぶ箒を渡していた。
「この柄に描いているのは魔法陣? 魔道具ね」
リッサ師匠は一気に興味を失った。やはり魔物でないと興味ないようだ。
「それで師匠、フラワーアピスについて報告してください」
「ああ、そうだったわね。私の研究した結果、フラワーアピスの集合体、つまりコロニーが崩壊する仮説はいくつか出てきたわ。農薬にダニの魔物、天候不良に呪い。どれなのかはわかっていないの。もしかしたら場所によって違うかも知れないわね」
「一つじゃないんですか?」
ベルサが聞いた。
「事例が多すぎるのよ。そもそもこれがいつ起こり始めた現象なのかすらわからないわ。ただ、崩壊し続けていることは確か」
「被害は?」
俺が聞いた。
「甚大よ。果樹の里にいたエルフたちは、今日も受け入れ先を求めて大森林をさまよっているはず」
果樹の里が崩壊したということか。
「ということは大森林の果物はなくなったんですか?」
「野生のものしか、もう穫れないわね。それも出回るかどうか……」
「野生の果物は穫れないのかい?」
マルケスさんが聞いた。作物を育てるものとしての疑問が湧いたのだろう。
「今のところ果樹の里で育てていた品種は見つかってないことになっているわ。果樹の精霊は消えてしまったし、原種が見つかっても毒がある場合もある。もう一度交配から始めるしかなさそう」
果物の木を種から育てて、さらに交配していくなんて相当な時間がかかるだろう。
「種や木はないんですか?」
「王国軍もナチュラリストも持っているはずなんだけど、なぜかどちらも果樹の里を助けなかったわね。理由は価格を高騰させるためなのか、果樹の里のエルフたちが気に入らなかっただけなのか、本当にないのか。中立の立場のエルフにも違う種族の私にもわからないわ」
調査してみるか。
「どちらにせよ。魔物学者として、フラワーアピスの絶滅だけは避けたいの。エルフの食べ物のためにも原因の究明と保護が必要だわ。ベルサ、協力して頂戴」
「了解です。いいでしょ?」
ベルサが俺に許可を求めてきた。
「いいよ。そのために来たんだ。それにフラワーアピスへの被害はすでにヴァージニア大陸で広がっているしね」
「ということなの。シオセ、待っていてくれる?」
リッサ師匠がシオセさんに聞いた。仕事が終わったら2人でどこかへ旅立つようだ。
「ああ、待つのは慣れている。島で待ちすぎたからな」
シオセさんはそう言って、俺に「手伝うことがあれば言ってくれ。なんでもする」と言ってくれた。
翌日から調査を開始。