軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

139話

俺とレミさんはすぐに荷物をまとめ、モラレスへと帰る準備をした。

宿の外に出るとサッサさんが待ってくれていた。

「お待たせいたしました」

「いえ。王都を出るまでは非常に道が混んでいるため、街道に馬車を待機させています。ご案内いたしますので、ついてきていただいてよろしいですか?」

「ええ、お願い致します」

そう言ったレミさんにサッサさんは「歩くのが速かったら言ってください」と気遣った。

「サッサさんは軍人さんだったんですね?」

王都の出口に向かって歩き始めてから、レミさんが聞いた。

「黙っていてすみません。軍の輸送と糧食などの管理をしております」

サッサさんは料理人になりたかったと言っていたが、軍の輜重部の部隊長だったとは。

「計画書を読ませていただきました。モラレスの東にある避難所に食料庫があると、南部防衛の要になります。さらに一年草の農地開発。水路があれば、雨期に広がったゴミの撤去もしやすくなる。しかも、過去にそのモデルがあるというのに……!」

サッサさんは、苦い顔をした。

「軍の方でも北部貴族と役所の癒着は把握していましたが、これ程とは思っておりませんでした。我々の認識不足でした」

「いえ、伝わって良かったです!」

レミさんの表情はにこやかだ。

「部隊長! 役所の方に申請出しておきました」

巨漢の若い軍人が近づいてきた。坊主頭で首が埋まって見えるほどの猫背だ。

「役所の奴ら来たら、黙らせておけよ。あいつらが絡むと金にならんからな」

サッサさんが部下に言った。

「は! 先、行ってます」

若い軍人はのっしのっしと歩きながら、「すみません、道を開けてください」と道行く王都の人々の中を突っ込んでいった。彼のお陰で、混雑していた朝市が並んでいる道もすんなり進むことが出来た。

「優秀な部下をお持ちですね」

「ああ見えて、インテリなんですけどね。食欲に負けて、うちに来たんです。アプとでも呼んでやってください」

「査察には彼も?」

「ええ。もう1人、女兵長が馬車の方を手配していて、3人で向かわせていただきます」

「まぁ、楽しみ!」

俺はレミさんとサッサさんの会話を聞きながら、後ろをついていった。

思った以上に王都の朝市は賑わっていて、アプがいなければ進めていたかどうか怪しいほどだった。軍人と一緒に歩いているせいか、スリには会わなかった。その代わり、吟遊詩人の一団に絡まれた。

「おやおや、輜重部の部隊長殿がお出かけですかな? 最近は掃除夫の部隊長になっているようですが」

十字路で、待ち伏せしていたように吟遊詩人たちが俺たち3人を四方から取り囲んだ。

「悪いな、リーベルト。急いでいるんだ。通してくれるか」

サッサさんが、吟遊詩人の一人に言った。

「昨夜、お城の方で警報がなったみたいだけど、何かあったのかな? そちらの2人に関係することかい?」

リーベルトと呼ばれた吟遊詩人はやさしい口調で聞いてきたが、目は笑っていない。俺もレミさんも成り行きを見守っている。

「その質問に答える気はない。通してくれるかな? うちの部下は気が短いんだ」

前方でアプがキョロキョロと辺りを見廻している。何かに警戒している様子。リーベルトはそんなアプを見て、鼻で笑った。

「なんだ。子豚の彼じゃないか? 彼なら問題ないさ」

リーベルトの仲間の吟遊詩人が、琵琶のような楽器の鶴首を持ち、構えている。仕込みの刃物かな。

「私の部下はアプだけじゃない」

サッサさんの言葉通り、前方から背の高い軍服姿の女性が人混みをかき分けてやってきた。彼女がもう一人の査察官かな。「失礼、通してくれ。悪いな、ちょっと邪魔だ。すまん、手加減が出来そうにない」などと言いながら、長い腕で朝市の人を脇に押しやりながら、近づいてくる。

「アプ! 後ろの奴に狙われているぞ!」

軍服姿の女性が叫んだ。

「ああ、知ってるよ! だけど、今は君の方が危険だ! チオーネ!」

アプが返す。軍服姿の彼女はチオーネというのか。

「チオーネ、任務中だぞ! リーベルト、君の部下を下がらせてくれ。朝から血を見たくはない」

サッサさんが叫ぶ。剣呑な雰囲気に周囲の朝市の客たちが騒ぎ始めた。

「残念だが、僕も彼を止められなくてね。勝手気ままに楽器を奏でてしまうのさ」

リーベルトの言葉で、構えていた吟遊詩人が仕込みの剣を抜き、チオーネが眉間にしわを寄せ、殺気を放ちながら吟遊詩人に向かって走り始めた。

黙って見守っていた俺とレミさんは顔を見合わせて、「やれやれ」と溜息を吐いた。

俺は、石畳の地面を蹴り、剣を構えている吟遊詩人とリーチの長い蹴りを放つチオーネの間に入った。剣を裏拳で弾き、チオーネの蹴りを片手で払って抱きとめる。役得役得。

弾いた剣はくるくると空中で回転し、リーベルトの足元に突き刺さった。

「あんまり眉間にしわを寄せると、美人が台無しだ」

俺はチオーネを見上げながら言った。チオーネは何が起こったのかわからなかったのか、固まってしまった。

「吟遊詩人の方々、旅に出る者の安全を祈願する歌を歌ってくださらない? 私達これから、南へ旅立つの」

レミさんが、そう言って銀貨を一枚、リーベルトに握らせた。

リーベルトは銀貨とレミさんを交互に見た後、俺を睨んでから笑った。

「かしこまりました。セニョーラ。さあ、皆、友の旅立ちだ。盛大に奏でようではないか!」

四方にいた吟遊詩人たちは、それぞれの楽器を取り出して演奏し始めた。笛や弦楽器の音が朝市で賑わう通りに響き渡った。周囲で騒いでいた朝市の客達も、つかの間の音楽を堪能しているようだ。

俺たちは旅立ちの曲を聞きながら通りを抜けた。

「お恥ずかしい。早速助けて頂きまして、ありがとうございます」

サッサさんが王都の外に出たところで、俺とレミさんにお礼を言った。チオーネもアプも下を向いたまま黙って歩いていた。時々、俺の方をチラチラと見ているようだが、俺が見返すと、すぐに下を向いてしまう。

「いえ、良いんです。王都の吟遊詩人たちの音楽で見送ってもらったんですから」

レミさんが言った。

「軍と吟遊詩人ギルドは、あまり良い関係じゃなくて。何かと衝突することがあるんです」

サッサさんが説明した。

王都を出た街道脇に馬車が停められていた。

アプが御者台に乗り、フィーホースを操って、俺たちの目の前まで馬車を移動させた。

「どうぞ、お乗りください」

チオーネが、馬車の扉を開けてくれた。

俺とレミさんとサッサさんが中に入ると、チオーネはそのまま扉を閉めた。

「彼女は中に乗らないんですか?」

「ええ、先ほどの罰として、走らせます」

レミさんの疑問にサッサさんが答えた。サッサさんが前の壁を叩くと馬車はゆっくりと出発した。チオーネは馬車の後ろを走っている。

「チオーネさんはウロコも耳もないようですが、獣人ですか?」

俺がサッサさんに聞いた。

「そうです。なぜわかったんですか?」

「先程、抱き止めた時に尻尾を触った気がしたんです」

本当は診察スキルで確認したのだ。

「チオーネは元奴隷で、奴隷商に耳を切られてコロシアムに出場させられたんです。人族のほうが賭けの倍率が上がるので」

確かに獣人のほうが一般的には身体能力が高いのだろう。

「向こう見ずなところはありますが、根性だけは軍の中で一番だと思ってます」

田舎のヤンキーみたいだな。

「あの、私からもお二人に質問していいですか?」

「なんですか?」

「箒で空を飛べるというのは本当ですか? いえね、私が使っていた箒に魔法陣のような跡があって、もしかしてと思って」

一応、箒を戻す時に消したつもりだったが、焼き付けたから、跡が残ったのだろう。

「すみません。ちょっと借りました」

「では、やはり! となると、お二人のうちのどちらかが、魔法陣を描けるということですか?」

「たまたま知っているものだけです」

俺が正直に答えた。

「ナオキくんが! 空中に物を浮かせることが出来る魔法陣を知っているとなると、輜重部としては捨て置けないというか……」

軍に教えろということか。確かに物体を浮かせる事ができれば、物を運べる量が変わってくる。

「スキルは人生を豊かにするためにあると考えています。戦争の種になるようなことは俺はしませんよ」

「そうですよね。秘匿しますよね。すみません」

サッサさんは本当に申し訳無さそうに言った。輜重部にとって最も欲しいのは、空飛ぶ箒ではなく、目の前の俺が肩からかけているアイテム袋だろう。

馬車のスピードを考えると、モラレスまで数日かかることが予測できる。その間、俺はアイテム袋を隠し通せるだろうか。自信がない。どうせいつかはバレるなら、言ってしまおうか。いや、そうすると査察どころじゃなくなるかな。それは、マズい。

俺とレミさんが避難所から出発して、今日で5日目。そろそろ、洞窟の民の交代もある。俺の計画では新たな仕事があるので、洞窟の民たちに説明もしたい。先に走って帰って、サッサさん達を待ちつつ、言い訳を考えておくのがいいかもな。

「あの、モラレスまで、どのくらいかかりますか?」

「3、4日、馬車なので2日で行けるかもしれません」

サッサさんが少し自信を持って言った。

「それだと、ちょっと時間がかかりすぎているので、先に俺だけでも先行して良いですか?」

「ダメよ。私も連れてってくれなくちゃ」

レミさんが言う。

「先行するって、空を飛んで行くの?」

サッサさんが敬語を忘れて聞いてきた。俺は年下なので、その方がありがたい。

「いや、走って行きます。王都まで来る時も走ってきたので、そんなにかからないと思うんですよね」

「そんなにかからないって、フィーホースよりも速いってことかい?」

「そりゃそうよ!」

なぜかレミさんが答えた。

「ナオキくんはね。国の南端から今のモラレスまで半日で走破するのよ!」

「……にわかには信じられないけど、本当かい?」

サッサさんが目を丸くして聞いてきた。

「まぁ、本当です。人に頼んでいる仕事もありますし、できるだけ早く戻りたいんですよね。あ、試しに走ってみせましょうか?」

「うん、ちょっと見せてくれるかい」

俺は馬車の扉を開けて、外に飛び出て、走り始める。後ろの異変に御者台のアプが驚いていた。後ろを走るチオーネが遅れているので、迎えに行ってお姫様抱っこで連れてくる。

その間、馬車のスピードは緩めず、むしろ加速させているようだったが、普通に並走。多少、チオーネが暴れているが、軽く腕に力を入れると身体を硬直させていた。

「その状態をどのくらいキープできる?」

「どのくらい? お腹減ったり、眠くなったら止めますよ」

そう言いながら、今度は俺が加速する。フィーホースには追いつけない速さだ。

通り過ぎる商人や旅人が驚いている顔が一瞬見える。なるべく街道に穴を開けないように、街道脇の草むらを走った。

後ろを振り返って、馬車がかなり小さくなったところで、チオーネを地面に下ろし待つ。

「ゴメン。大丈夫だった? 回復薬いる?」

「大丈夫だ。大丈夫です」

息を荒くしたチオーネが答えた。

「あ、敬語じゃなくていいよ」

しばらく待っていると、馬車が目の前に到着。

「なるほど、わかった。先行して構わないよ。後から行くから、3日後にモラレスで待ち合わせよう」

扉を開けて、サッサさんが言った。

「わかりました」

レミさんは馬車から降り、首を回した。

「馬車ってあんまり好きじゃないのよね。どうも堅苦しくって!」

俺は背負子をアイテム袋から取り出し、背に担ぐ。

「その袋、随分大きなものも入るんだね?」

チオーネが目ざとく聞いてきた。確かにアイテム袋のほうが背負子よりちょっとだけ小さいか。いや、背負子は畳んで入れておいたことにすれば、まだ言い訳できるかな。

「冒険者だった爺さんの形見でね。丈夫でちょっと無理矢理に入れてても破けないんだ」

俺は、いつからか平気でウソをつける大人になってしまったようだ。

レミさんを急いで背負子に乗せ、ボロが出る前にとっとと出発する。

「では、3日後に!」

「3日後、モラレスで!」

俺たちと、査察官の3人は街道の途中で別れた。