軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07

ネロの告げた言葉に頭が真っ白になる。

「うそ」

咄嗟に出たのは否定の言葉だった。

その瞬間、ネロの表情が歪み、目がすっと細くなる。

「嘘? 君が先に俺の名前を呼んだんだろう」

「っ」

どこか突き放すような冷たい口調に身体が震えた。

(テリウス)

間違いなく前世の夫であるテリウスがそこにいた。

(どうして。どうして)

前世の記憶があるのに、なぜ求婚してきたのだろうか。

二人は政略で結ばれた夫婦で、関係は冷え切っていて、最終的にテリウスはアルルを殺したのだ。記憶があるならば、再び結婚したいなどと思うわけがない。

「アルル姫」

ネロの手がビアンカに伸びてくる。

その瞬間、アルルが最期に見た光景が思い出された。真っ赤に塗れた剣を振り上げるテリウス。白銀の刃がまっすぐに振り下ろされ、そして。

「いやっ!」

信じられないくらい大きな声が出ていた。

身体が恐怖でわななき、立っていられなくなる。

「ビアンカ!」

ふらりと傾いだ身体を抱き留めたのは目の前にいたネロだった。

先ほどまでの冷たい雰囲気が消え、慌てた様子でかるがるとビアンカを抱き上げてしまう。

「大丈夫ですか、ビアンカ」

誰のせいだと叫びたいのに、血の気が引きすぎていてうまく口が動かない。

抵抗する力もないせいでなすがままに抱きしめられてしまう。

「ああ、こんなにも軽いなんて……どこかに飛んで言ってしまいそうだ」

(そんなわけないでしょう!)

うっとりとしたネロの口調に心の中で突っ込んでいれば、屋敷の方から「おーい」という声が聞こえてきた。

視線を向ければ慌てた様子の父と使用人たちか駆け寄ってくる。

「ビアンカ、どうしたんだ」

父の顔色は悪く、ネロとビアンカを交互に見ている。

(お父様の裏切り者!)

勝手にネロの求婚を受け入れたことに対する恨みのこもった視線を向けるが、父は何を勘違いしたのかきっと鋭い視線をネロに向けた。

「ネロ殿下。ビアンカになにをなさったのですか。確かに求婚は受け入れましたが、娘の意志を無視して無体を働くようならば、父親としては見過ごせません」

(お父様……!)

父親らしい言葉に先ほどまで抱いていた不信感が吹き飛ぶ。

深い父の愛にビアンカが感動していると、いまだにビアンカを抱いたままのネロがふふと小さく笑った。

「誤解させたのならお詫びします。実は、ビアンカが急に具合が悪くなったと言ったので、手を貸しただけなんですよ。やましいことは何もありません。ね、ビアンカ?」

父に笑いかけた後、ネロがビアンカに視線を移した。

その瞳には一切光りがなく、ぞわりと肌が粟立つような恐怖を抱いてしまう。

喋れたならば全力で反論できたのに、まだ身体の自由がきかないため首を横に振ることもままならない。

「なんと。そうだったのですか! だというのになんと無礼な振る舞いを……」

「気にしないでください。ご息女を案じる態度、ご立派です」

「いや、いや」

ネロの発言をすぐに信じたらしい父親の手のひら返しっぷりに怒りを覚えていると、ネロが美しく微笑みながら口を開いた。

「アプリコ伯爵、先ほどビアンカに正式に求婚し受け入れていただきました」

「なんと!」

(なんですって!)

父の声とビアンカの心の叫びがきれいに重なる。

(いやいや何言っているの。私、受け入れていないわよ!)

唯一自由になる目でネロを精一杯睨みつけ見るが、ネロは嬉しそうに頬を緩ませるばかりだ。

やばい話にならないと父に視線を向ければ、こっちはこっちで感動と喜びの涙をぬぐっている。

「実はすでに国王陛下から結婚の許可はいただいていたのです。我が国とこのカルポスがよき友になる、いいきっかけになるだろうから、と」

「そうだったのですか。陛下がおっしゃるのであれば間違いないですね。ビアンカ、幸せになるんだぞ」

目元をハンカチで押さえながらビアンカを見る父親の顔はほこらしげだった。

(国王陛下の許可を先に取ってくるなんて卑怯じゃない!)

父が許し国王が認めた結婚を、ビアンカがいやだと言って覆せるだろうか。いや、無理だ。

「よかったねビアンカ」

(よくない!)

結局、言葉を話せないままのビアンカの意識を無視し、そのままネロと父は結婚に向けた準備の話をはじめてしまったのだった。

そしてビアンカが回復するよりも早く、父が用意した婚約承諾書にネロがサインを終えていた。国王陛下から預かった他国に嫁ぐ許可証まで添えられている、完璧な状態だった。

「そ、そんなぁ」

ようやく声が出せるようになった時にはすでに遅し。

ここまで書類が揃ったらもう逃げられない。

「ビアンカ。これで一緒にいけるね」

ネロはずっとビアンカを大切な宝物のように腕に抱いている。

父はそれをうんうんと嬉しそうに眺めるばかりで。

「わ、私は……」

結婚なんてしたくないと叫びかけるが、それを遮るようにネロが耳元に唇を寄せてきた。

「ここまできて結婚しないだなんて話になったら、我が国の面目は丸つぶれ……本当にそれでいいと思う?」

「っ……!」

(そんなこと言われたら断れるわけないじゃない!)

卑怯だと睨みつけたのに、なぜかネロはにこにこと嬉しそうで腹がたつ。

結局、私たちの婚約が覆ることはなく、私はネロの婚約者となった。

普通であれば婚約にも準備期間を設けるものなのに、ネロの帰国までには形を整えたいという意向により、婚約申請はあっというまに受理されてしまったのだった。