軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

重たい雨空に行く手を阻まれたとしても、

:ルリリスううううううううううううう

:お前マジかあああああああああああああああ

:最高最高最高のタイミングでくるじゃん

:好き……

:このツンデレ魔物ほんと大好き愛してる

:すみません、ルリリス・ノワールちゃんの配信チャンネルはどこですか?

:ないんだよなぁ

:#ルリリス配信しろ

二度まばたきをすると、かすんでいた視界がクリアになる。

うちのリスナーたちは、コメント欄で盛大に沸いていた。

当事者でもないくせに、相変わらず騒がしい人たちだ。一体何がそんなに楽しいのか、私には今でもよくわからない。

だけど、彼らが応援してくれていることは、知ってるから。

期待には応えよう。そんな柄じゃないけれど。

というわけで。

私はポーチから、二本目のシリンジを取り出した。

:あ、あの、お嬢……?

:またマナアンプル打つ気かよ

:二本目ですけどそれ

:絵面的にヤバい薬打ってるみたいでかなりアウトなんだけど

:みたいも何も、正真正銘ヤバい薬だよ

:ちょっとは躊躇え

コメント欄がざわつくが、制止の声は聞こえてこなかった。

さっき吹き飛ばされた時にインカムが外れたらしい。そのせいで、真堂さんからの指示は一切飛んでこない。

……いいや。せっかくだし、制止命令は聞こえなかったことにしちゃおう。お説教が短くなるかもしれない。

まあ。

それも、生きて帰ったらの話だ。

「……よし」

薬の作用で、加熱した頭が急速に冷えていく。

深呼吸を一つ。集中を研ぎ澄ます。

回復魔法も、魔力の充填も、呪禍だけの特権じゃない。

体は動く。魔力もある。心だって折れてない。

私はまだ、戦える。

:反撃開始だ

:いくぞいくぞいくぞ

:いやでも、これ勝てるんか……?

:さすがに逃げたほうがいいんじゃ

:大丈夫だよ

:お嬢は負けない

:でも相手、あの呪禍だぞ?

:舐めんな、こっちはお嬢だぞ

こうして呪禍と刃を向けあうのも、もう何度目だろう。

挨拶程度に終わった初戦。互いの手札を探りあった二戦目。力の限りをぶつけあった三戦目。

そして今、死の淵から舞い戻った呪禍と、限界を越えた私がいる。

短いようで長い因縁になってしまった。だけどもう、それも終わりだ。

お前と私。どっちが強いか、そろそろ決めよう。

剣を構える。それに呼応して、呪禍も低く構える。

いざ、尋常に。

「隙ありぃっ!」

……果たし合おうとしたら、空からビームが降ってきた。

光線状の蒼い炎が降り注ぐ。それは呪禍の甲殻に激突し、爆炎を吹き上げた。

だけど、ダメージは大してなさそうだ。呪禍はうっとおしそうに爆炎を払って、それだけだった。

「ちっ。やっぱ効かねぇか。あいつ、対魔法装甲かなんか持ってやがる」

そう言いながら、ルリリスは箒の高度を下げる。

彼女は飛びながら戦っていた。地上に降りてくるつもりはないらしい。

まあ、接近戦を苦手とするこの子が、わざわざ呪禍の射程に入る道理もないだろう。

そんなことより。

「あの、ルリリス」

「見ての通りだ、楓。私の魔法は相性がクソ悪い。サポートに徹するから、お前が叩け」

「ルリリス。邪魔しないで」

「はあ!?」

:お嬢???

:いやいやいやいや

:お嬢こいつ……

:そうだった、この子ソロ専なんだった

:チームプレイダメかもです

これはプライドの戦いだ。

奇しくも似たような戦術の使い手として、私たちはどっちが強いか決めなくてはいけない。魔法使いの出る幕なんてこれっぽっちもないのだ。

というか私、連携とか共闘とか、そういうのよくわかんないし……。サポートなんて言われてもちょっと困る。

「いや、邪魔すんなって、お前なぁ……」

ルリリスのぼやきを聞き流して、私は呪禍に向かって駆け出した。

そして始まる、超神速の激突。最速と最速のぶつけあい。

完全体となった呪禍は確かに速かったけど、風走りを全開にすれば、対応できないってほどじゃない。

まあ、純粋な速度ならこいつの方がちょっとだけ、ほんのちょーっとだけ私より速いのかもしれないけれど、だからって私が遅いわけじゃない。私だって十分速いし、戦術面では私が上手だ。

だから、私のほうが速い。私の勝ちってことで。

「よっと」

回し蹴りと尾の薙ぎ払いが激突する。その反動を利用して、くるんと大きく飛び退った。

「ねえ、ルリリス」

「お、おう」

「私のほうが、速い、よね?」

「お前真面目にやってる?」

やってる。

:ルリリスにツッコまれてる……

:お嬢ってあれで意地っ張りだから

:お嬢のこういうとこ久々に見たなー

:実力一本でここまで来た人間にプライドがないはずもなく

:わかったわかった、お嬢の方が速いから

なんとでも言え。迷宮最速の称号は私のものだ。こんなどこから来たともわからない、よそ者なんかに奪われてたまるか。

体勢を立て直し、もう一度。ただ速く、何よりも速くあるために、剣を振るう。

「はぁ……。ったく、遊んでる場合じゃねえだろ」

ルリリスは空を舞いながら指を振る。

指先から放たれる蒼炎の光線。呪禍を狙って放たれたそれは、しかし私たちの速度に狙いが合わず、明後日の方向に飛んでいく。

その光線に、神速で追いついて。

「やー」

斬った。

斬り飛ばされた蒼炎は角度を変え、呪禍の頭に直撃する。蒼い炎が激しく吹き上がり、呪禍は軽くよろめいた。

ダメージ自体はたいしたことない。ただ、衝撃を与えただけだ。

だけど。

「どや」

お前にこれができるか、のろま。

ただ足が速いだけのかけっこ小僧が。その程度で私に追いつけると思うなよ。

「ね、ね。ルリリス。私のほうが、速いよね?」

「そろそろ真面目にやらんと怒るぞ」

「じゃあ、私のほうが、速いって、言って?」

「はいはい、速い速い。お前が一番だよ」

「やったー」

:この子ほんまに……

:やったー、ではないが

:面倒くさい彼女か?

:かわいいけど今じゃない

:戦い自体は凄まじくハイレベルなんだけどなぁ

:急にゆるくなるじゃん

:緊張感どこいった?

真面目にやってるって。これ以上なく私は真面目だ。

軽く息を整えて、もう一度呪禍に挑む。

斬って、斬られて、また斬って。何度も交わしてきた攻防を、何度だって繰り返す。

相手の手札は全部見た。私の手札も全部見せた。互いに手の内を晒しきった末にあるのは、血なまぐさいじゃんけんだ。

速攻にはカウンターを。カウンターには奇策を。奇策には速攻を。

基本は速攻と速攻のぶつかりあい。隙を見て視界を振り切り、背後から奇襲。奇襲にはカウンターを返し、カウンターにはカウンター読みのトリックプレイで返す。全方位攻撃で読み合いを拒否し、速攻で全方位攻撃をすり抜けて読み合いに持ち込む。

そんな複雑な攻防も、やがては泥臭い戦いに収束していく。

限界を超えているのはきっと向こうも同じなのだろう。カウンターも奇策も精細を欠き、いつしか速攻と速攻の正面衝突ばかりが繰り返されるようになっていく。

地力と根性のぶつけあい。己が持つ最強と最強の、真正面からの殴り合い。

こうなることもわかっていた。だから必要だったんだ。

私が最速だっていう、絶対に譲れないプライドが。

「ま、け、る、か……っ!」

ほとんど本能の世界だった。わけもわからず体が動いた。

戦いの中で加速する。超高速で繰り広げられる死闘に、体が適応していく。

そうしなければ生き残れない。

:急にガチになるじゃん……

:ゆるいのどこいった?

:最初からガチなんだよなぁ

:限界ファイトだ……

:見てて心臓痛くなってくる

:がんばれ……がんばれお嬢……!

「おい楓、あんま無茶すんな! やばくなったら退けよ!」

空から蒼い炎が降り注ぐ。呪禍めがけて降り注ぐ炎を利用して、更に苛烈に攻め続ける。

防御だとか回避だとか、そんな上品なことをする余裕なんてほとんどない。

これは、自分が死ぬよりも先に、相手を殺すための戦いだ。

やがて、長いようで短い戦いに終わりが訪れる。

無我夢中で、何をどうしたのか、自分でもよくわかっていないけれど。

最後に立っていたのは、私だった。

:勝ったのか……?

:さすがにやったよな!?

:頼む、これで終わってくれ

:もう立ち上がるな!

「マジかよこいつ……。完全体の呪禍を、真正面から押し切りやがった……」

「ま、だ」

まだだ。

まだ終わってない。まだ、呪禍には最後の切り札が残っている。

倒れ伏した呪禍は、よろよろと起き上がって地を踏みしめる。そしてまた、あの呪わしい咆哮をはじめた。

もう一度、魔力を吸って回復するつもりなのだろう。あの叫びを止めなければ、勝機はない。

「ま、よくやったよ楓。後は任せとけ」

ルリリスは片手を空に掲げる。

「お前らみたいなスピードバカじゃねえけど、私だって六層だ。そろそろ混ぜてくれたっていいんじゃねえの?」

桜の花びらが、ひらりと舞った。

尋常じゃない熱量を放つ花びらが、何百枚、何千枚と空に舞う。曇天に閉ざされた空を、桜色に染め上げるように。

あの魔法は知っている。前に一度だけ見たことがある。

ルリリスが――忘れられた魔女・リリスが、最後の最後で見せた火属性最上位魔法。

無数の火桜を喚び出す、彼女の切り札だ。

「見せてやるよ、本物の魔法を。咲き誇れ、千代火桜――!」

「もらうね、それ」

「あ、おい、楓てめえ!」

風起こしの魔法を発動して、桜の花びらをかすめ取った。

逆巻く風に巻き取られた花びらは、風の中をくるくると旋回する。世界樹の頂上を取り巻くように風はめぐり、桜がひらりひらりと舞い踊る。

それはまるで、桜吹雪のように美しく。

:あ

:まーた制御奪ってら

:やると思った

:やったれお嬢!

「ふっとべ」

桜色の風を、呪禍に向けて吹き付けた。

:いっけええええええええええええええええええええええ

:うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

:焼き尽くせえええええええええええええええええ!!!

:っぱこれだよなあ!!!!!!!!!

:消し飛べクソ虫があああああああああああああああああああ

花びらがやつの体に触れるたび、吹き上がる爆炎が呪禍を焼く。

巣の様相が一変するほどの凄まじい炎。呪いを焼き尽くす桜の業火。

束の間、激しい炎に視界が染まる。風が吹きすさんで炎が散ると、のきなみ吹き飛んでしまった壁の向こうに、開けた灰色の空が見えた。

その一方で、地上に降りてきたルリリスは、頭を抑えてぷるぷると震えていた。

「……? ルリリス、どうしたの?」

「い、いや、その……。ちょっと、トラウマが……」

「?」

:あー

:ルリリスちゃん今日もかわいそう

:悲報ルリリス、またもや大魔法の制御を奪われる。数カ月ぶり二回目。

:ま、まあ、今回は味方だから……

:ついでだし撲殺もやっとく?

:そんなことしたら泣いちゃうよ

まあ、なんにせよこれで終わりだ。

いくら魔法の効きが悪いと言っても、ルリリス渾身の大魔法だ。これを真正面から叩きつけたら、さすがにあいつも――。

:え

:は?

:え、ちょっと

:おい嘘だろ

叫びが聞こえた。

おぞましい叫びが。憎悪の叫びが。心を侵し、精神を削る叫びが。

焼き尽くされた神鳥の巣で、黒焦げになった塊が動く。

それはまだ、生きていた。

全身余す所なく傷だらけで、背中の羽は焼け落ちて、自慢の鎌は半ばからへし折れて、黒い甲殻もあちこち溶けていて。

それでもまだ、生きていた。

「こいつ、まだ……!」

「ルリリス。備えて」

それは鬼か、あるいは悪魔か。

降りしきる黒い雨の中、煉獄の獣は叫び続けた。