軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「知らないでいることは幸福で、知った先には不幸がある。それでも手を伸ばさずにはいられない衝動に、僕たちは欲望と名をつけた」

と言っても、今のところただの仮説だ。

天使が迷い込んだのはただの偶然で、彼女の足取りに確信があったのはそういう性格で。自殺志願と思えるほどに軽装だったのは、アクシデントがあって装備を失ったから。

そんな風に考えることだって、できなくはない。

それでも探索者の直感が言っている。これから起こり得ることは、そんなに優しいことではないぞ、と。

迷宮で長い時を過ごした探索者は、この場所に渦巻く運命の流れを非合理的に知覚することがある。

それが、探索者の直感だ。

「えと、真堂さん」

インカムに呼びかける。私が直感したものを、説明しようとして。

「ああ、どうかしたか」

「えと……」

だけど、どう説明したものか、少し迷って。

「……なんでも、ないです」

やっぱり、土壇場で引っ込めてしまった。

直感は直感であって根拠はない。説明が難しいし、そんなことを言われたって真堂さんも困ってしまうだろう。

それに……。その。

この人に説明したところで、たぶん、どうにもならない。ただ、心配させてしまうだけだから。

「そうか。その場にいる君にしか気付けないこともあるだろう。なにかわかったら教えてくれ」

「……はい」

また一つ嘘をつく。少しの罪悪感と引き換えに。

私はうまくやれているだろうか。うまく、嘘をつけているだろうか。

私は今、人にどう見られているのだろう。そんなことが気になった。

:え、お嬢、今

:言うな

:見守れ

:俺らはただの文字だ

それから少しして、天使は祈るのをやめて立ち上がる。

彼女の目は赤かった。やはり、泣いていたらしい。

「もういいの?」

「……******」

うつむきながら天使は答える。しおらしく翼をたたむ姿は、いつもより小さく見えた。

「見て」

壁にかけられた絵を指し示す。

そこに描かれているのは図形だ。全体的なフォルムは、円筒と三角フラスコの間のようなもの。中にはいくつかの横線が引かれていて、中央部には縦の楕円が書かれている。

天使が祈っている間に、部屋を探索して見つけたものだ。

おそらくこれは遺跡の地図だ。それも、内部構造が詳細に記された。

「私たちがいるのが、ここ」

レーザーポインターを使って地図の一点を示し、もう片方の手でこの部屋の床を示す。

遺跡全体の中でも中心部に近い部屋だ。ここまでのマッピングと照らし合わしても、ここが現在地だと推測できる。

「****」

天使は頷く。肯定を示す表現だ。

ちなみにこれは、天使語ではなく地球の表現だ。私が何度か頷いていたら、彼女の方から同じ仕草を使うようになっていた。

「****。********」

それから彼女は、二本の指と片翼で遺跡の中心部を示した。

縦の楕円に囲まれた、非常に広大な区画だ。この遺跡の四割くらいを占めている。

「ここに、行きたいの?」

「******」

天使はもう一度、指と翼で区画を示す。それで彼女の意思は伝わった。

けれど……。

「遺跡の中心、か」

真堂さんは呟く。

「これだけ広大な区画だ。なんの意味もないとは思えない。ともすれば、この遺跡が作られた意味そのものかもしれない」

「ここに、何が、あるんですか?」

「わからない。だが……」

少し考え込んでから、彼は続けた。

「気になるのはそのブロックを形成する楕円だ。見ろ、階層や部屋を区切る線に比べて、楕円はより濃く描かれている」

:ふーん?

:まあたしかに、そう言われると

:真堂さん、これには一体どういう意味があるんですか

「つまりここは、壁が厚い」

:お、おう……

:え、それだけ?

:真堂さんってボケたりとかするんだ

「……えと」

「だからな。これはただの壁じゃなくて、隔壁なんじゃないかってことだ」

真堂さんは噛んで含めるように言った。

私、なにも言ってないのに。変なこと言ったのリスナーなのに……。

「この遺跡の中心には、分厚い壁で囲わなければならないようなものがあるのかもしれない。そう考えられるだろう」

「え、と。それだけ大事なもの、ってことですか?」

「あるいは、それだけ危険なものかだ」

:ああ、なるほどね

:やっぱそうっすよね真堂さん

:ぼくは最初から真堂さんのこと信じてましたよ

:真堂さんにおとぼけキャラなんて似合わないんだから

:でもさ、この遺跡と隔壁の形って、なんか

三角フラスコと円筒の間の子のような遺跡全体のフォルムに、中心部に作られた縦長楕円形の隔壁。

なんとなく、似たようなものをどこかで見たことがあるような……。

「それがなにかはわからんが……。白石くん。この遺跡の発見経緯を覚えているか」

「……あ、えと。そういえば……?」

言われて思い出す。たしか、迷宮四層で急速に広がっている砂漠化の中心にあったのがこの遺跡、という話だった。

「ともすれば、本当に」

「あるかも、しれませんね」

もしかしたら、隔壁の中にあるのかもしれない。

迷宮四層の砂漠化の原因が。

「それと、もう一つ確認したいことがある。白石くん、ドローンを借りてもいいか」

「あ、はい」

彼は遠隔操作でドローンを操って、レーザーポインターを表示する。遺跡の地図上に表示された赤い点は、まず最初に私たちのいる場所を指し示して、そこから遺跡の中をぐねぐねと動き始めた。

行き着く先は、私が罠で飛ばされた場所。それから点は少し飛んで、遺跡の入り口を指し示した。

:ふーん?

:お嬢が辿ってきたルートの逆順か

:あー、なるほど?

続けて真堂さんはドローンをプロジェクターモードに切り替える。

遺跡の壁に投影されたのは、層状に積み重なった迷宮の地図だ。

:おー、迷宮全土図じゃん

:何度見てもでかい

:なにそれ?

:現在判明している迷宮の世界地図だよ

:これ全部探索してきたんだもんなぁ、すげえよ人類

:先人たちの血と汗で刻まれてきた偉大な地図やぞ

レーザーポインターの点は迷宮全土図に移る。まずは四層の遺跡がある地点を指し示し、そこから四層の入り口へと動いていった。

四層入り口を逆戻りして、三層の地図へ。三層の大海原をまっすぐに突っ切って二層に向かい、樹海を抜けて一層に至る。最後に行き着く先は、地上と迷宮一層を繋ぐポイントだ。

:地上までの行き方?

:あー、これ天使へのメッセージか

:我々はここから来た、ってことね

「……******」

天使はそれを見て、大きく目を見開く。

彼女は迷宮一層にある入り口を指さして、それから私を指さした。

「******?」

:ここから来たの? かな

:伝わったみたい

頷いて、肯定の意を示す。彼女は胸の前で手を組んで、翼をぱたぱたと羽ばたかせた。

この仕草には見覚えがある。えっと……。すごい、とか、そんな感じの意味だったはず。

「白石くん」

「はい」

次にやるべきことはわかっていた。今度は、こっちが質問する番だ。

手持ちのレーザーポインターを天使に渡す。

あなたはどこから来ましたか。質問したいのは、そういうことだ。

「えと……」

「***。******」

説明するまでもなく、天使は私の言わんとすることを察してくれた。

彼女はポインターを操って、まずは私たちがいる四層の遺跡を指し示す。そこからポインターをゆっくりと動かしはじめる。

赤い点は四層の奥深くへと向かっていって、ある一点を指し示した。

そこは四層の出口であり、迷宮五層へのエントリーポイントだ。

:え、五層……!?

:この子、五層から来たの!?

真堂さんは、表示されている地図を五層のものに切り替える。

迷宮五層、霊峰迷宮スカイエッジ。

中心にそびえ立つ大霊峰と、それを取り囲むいくつかの浮遊島で構成された、空に広がる巨大な迷宮だ。

「*****……?」

天使は少し困った様子でポインターを動かしていく。彼女が示した赤い点は空へと進み、すぐに地図に描かれている範囲を振り切った。

やがて赤い点は、何も描かれていない一点を示して、そこで止まる。

指し示した箇所は、未探索領域。

私たち探索者が、まだ誰一人として到達していない領域だ。

:迷宮五層の、未探索領域……

:そんな深いところから来たのか

:五層には翼人が住んでるってこと?

:もし本当だったら大発見だが

:迷宮ってマジでなんなんだ……?

「***」

天使は私にポインターを返す。

それから、彼女は手のひらに光を灯した。

「****。********」

壁を照らす光は、像を結んで絵を描く。

描かれたのは、空を貫く大きな山と、それを取り囲むいくつかの浮遊島だ。

「これは……。迷宮五層の、大霊峰か……?」

投影される絵が切り替わる。次に映し出されたのは、天使たちの集落だ。

霊峰を囲む浮遊島の一つに、石で作られた小さな家がぽつぽつと建っている。

集落にあるのは翼人たちの姿だ。それに加えて、ヤクのような毛深くて大きな牧畜が、近くの草原に群れをなしていた。

再び絵が変わる。

映し出されているのは天使たちの集落だが、その姿は一変していた。

集落全体が凍てつき、氷に閉ざされてしまっている。草原も冷たく凍りついて、牧畜の姿はどこにもなかった。

絵が変わる。翼人たちは、一つの家に集まって火を囲んでいた。

翼人たちは翼を大きく広げて、焚き火から放たれる熱を一欠片も取りこぼさないようにしている。

絵の細部は潰れてしまっている。翼人たちの表情まではわからない。

絵が変わる。

それは空の絵だった。霊峰を見下ろす凍てついた空から、とめどなく雪が降り注ぎ、大霊峰を、迷宮を、等しく白く染め上げる。

分厚い雲の狭間からは、黒い太陽が垣間見えていた。

「……******」

天使の手に灯った光が消える。

彼女はうつむいていた。口元をきゅっと結び、拳を握りしめていた。

「……酷なことをさせてしまったな」

「そう、ですね……」

あれはおそらく、天使の記憶だ。

もしも天使が、死ぬためにここに来たのだとしたら。

今見たのは、天使が別れを済ませてきた故郷の姿であり、そしてそれ以上の意味を持つメッセージだった。

:故郷が凍てついたから、逃げてきたってこと?

:でも、こんな場所に、一人で?

:はぐれて迷い込んだんじゃない?

:いや、迷い込んだにしては足取りに迷いがなさすぎる

:なんか引っかかるな……

「*****」

天使は翼と二本の指で、部屋の出口を指し示す。

ぐずぐずはしていられない。早く行こう。一分一秒でも早く。

そんな強い意志が、彼女の表情に宿っていた。