作品タイトル不明
白翼
#29 やるぞー!
遺跡って楽しい。
見通しが効かない暗闇の通路。死角から音もなく襲い来る魔物たち。殺意マシマシのトラップ群。
一つの判断ミスが状況を一気に難しくする。命の危機を感じる瞬間も、たまにはある。
とっても楽しい。こんなに楽しいのは久々だ。
:え、なんですかこれ……
:スーパープレイ映像かなにか?
:四方八方から攻撃飛んでくるのに、全部避けるし全部さばくし
:さっきまでやらかしてた子とは思えない
:つかこの遺跡の難易度エグいだろ
:普通に五層レベルはありそう
どうかな。五層よりは簡単だと思うけど。
鼻歌交じりに飛矢の罠を避けて、振り下ろされるナマケモノの爪を切り飛ばす。そのままトドメを刺しながら、背後から迫ってきた魔物にナイフを投げる。
罠との連携や波状攻撃なんて、ここの魔物にとっては当たり前だ。狡猾で周到な魔物たちを相手するのは、普段とは違うやりごたえがあった。
:でもまあ、ほとんどが罠と奇襲だし、知ってたら相当難易度下がりそう
:知ってたらね
:お嬢は初見なんだよなぁ……
:とりあえず罠と奇襲パターンのリスト作ってるわ
:いいね、後続の役に立ちそう
:お嬢の役には?
:いらないでしょ
私は大丈夫。こういうのってやっぱり、初見が一番楽しいから。
溢れる殺意を楽しく切り裂いて、さくさくと先に進む。
通路には時々小部屋に繋がる扉がある。一応扉は開けるけど、上層に続きそうな空気の流れがなかったら、中には入らずそのまま先に進んでいた。
「ゆっくり、見ていっちゃ、だめかなぁ」
:だめです
:だめだよお嬢
:まずは帰っておいで
:探索ならまたできるからね
「むー……」
まあ、しょうがないか。あんまり真堂さんを怒らせるのも悪いし。
そんなこんなで、先に進んでいると。
「……ん?」
遠くの方から、かすかに物音がした。
甲高い金属音に、複数の生き物が動き回る断続的な振動。饐えた遺跡の香りの中に、ほのかに混じる血臭。それから、何かが羽ばたく音。
えっと……。もしかして、何かが戦ってる?
:どした?
:急に立ち止まったけど
:なんかあった?
救助者センサーが言っている。危ない匂いがするぞ、と。
これは行ったほうがよさそうだ。そう判断した瞬間、私は暗い廊下を走り出した。
角を曲がって、角待ちしていた魔物を切って、通路を走ってもう一度角を曲がる。その先の通路に面した部屋の一つから、明かりが漏れていた。
:え
:明かり?
:誰かいるの!?
明かりが漏れた部屋の前にたどり着く。
まるで、神殿のように荘厳な部屋だった。
見上げるほどに大きな部屋だ。床や壁はつるりと磨かれた大理石。いくつもの太い柱が天井を支えていて、壁には魔力灯の燭台が掲げられている。
しかしそんな美しい部屋も、魔物が撒き散らした血で汚れてしまっている。
床に散らばるのは、切り裂かれた十数体のナマケモノ。まだ生きている個体もいて、きいきいと不快な鳴き声を上げていた。
そして、部屋の中央。祭壇めいた台座の前に。
一人の少女が立っていた。
:!?
:え、人間?
:誰だ……?
少女の体は傷だらけだ。美しい銀の髪はところどころ血に汚れ、顔を苦痛に歪めて荒く吐息を吐いている。
それでも彼女は銀の剣をしっかりと握り、取り囲む魔物たちに衰えることなく戦意を放っていた。
しかし、それが人間かどうかはわからない。
少女の背には、白く輝く天使のような翼があった。
:なんか羽生えてない?
:え、ほんとに誰?
:あんな探索者いたっけ……?
考えるのは後。助けるのが先だ。
シリンダー――魔術回路を内蔵した、円筒形の魔道具――に魔力を通して、刃に風を纏う。
風研ぎの魔法。私の十八番だ。
魔力核を宿した後でも、こうしてシリンダーを使うことはよくあった。わざわざ演算するよりも、こっちの方が速いからだ。
同様に風走りのシリンダーにも魔力を通し、両足に風をまとって急加速する。
魔物たちの意識はすべて少女に向いている。背後から高速で迫り、反応させる前に切り捨てれば、戦闘は一瞬で片が付いた。
「大丈、夫?」
脅威を排除し、少女に声をかける。
相変わらずぎこちないけれど、こんな声かけにも多少は慣れてきたつもりだ。
「……っ!」
彼女の返事は、剣だった。
銀の刃を私に向けて、少女は私に敵意を向ける。さっきまで魔物に向けていたものと同じものを。
ぞくりと身震いするような、とめどない殺気。
「え、と。あの、落ち着いて」
呼びかけに応じることなく、彼女は剣を手に飛びかかってきた。
銀髪の少女は躊躇なく剣を振り下ろす。体の中心を切り下ろす一閃。
明確な殺意を籠めた太刀筋に、一切の迷いはない。
一歩下がって攻撃を避け、返す刀で手を狙う。柄を狙って武器を落とすのが狙いだったが、相手は素早く手を引いてそれを躱した。
互いの攻撃が空を裂く。その体勢のまま、私たちは次の一撃を繰り出す。
ほぼ同時に振るわれた追撃は、鏡合わせのような軌道を描いた。
「……っ!」
彼女が持つ銀の剣と、私の愛剣オジョウカリバー四十二世が、正面から激突する。
火花を散らす剣と剣。雷鳴のような気迫が刃越しに伝わる。
気迫がぶつかる一瞬の後、私たちは同時に飛び退る。
拮抗した一撃に驚いたのは、きっと向こうも同じだった。
「…………」
距離を取って睨み合う。
……この子、強い。それもかなりだ。
最低でも五層クラス。もしかすると、それ以上かもしれない。
:お嬢と正面から打ち合った!?
:すごいなこの子、どこの探索者だ
:これだけ強けりゃ知られてそうなものだけど
:実は強さと知名度ってそんなに関係がなくってぇ……
:というか要救助者だよな? なんで襲ってくるんだ?
:さぁ……?
銀髪の少女は苦しそうに息を吐く。
体中に刻まれた傷は、見ているだけでも痛々しい。それでも彼女は、並々ならぬ戦意で刃を向ける。
まるで、手負いの獣のようだ。
「えと。私は、敵じゃ、なくて」
返事の代わりに、少女は剣を手に距離を詰めてきた。
銀の刃がすらりと閃く。高速の一太刀が視界を覆うように閃いて、流れるように連撃が放たれる。それらを避けると、今度は下から上へと勢いよく切り上げてきた。
初手は目潰し。二手目は体勢崩し。それから三手目に本命。
動きのつながりが淀みない。やはりこの子、相当に戦い慣れている。
「……っ!」
初手と二手目をすれすれで見切り、本命の切り上げを剣で撃ち落とす。間髪入れずに反撃を入れると、少女は大きく飛び退ってそれを回避した。
下がった先は空中だ。天使の翼で大きく羽ばたいて、彼女は宙に飛び上がった。
:え
:飛んだ!?
:あの羽、飾りじゃないの!?
「*****!」
少女は何かを叫ぶ。私には聞き取れない不思議な言葉を。
その手に握る銀の剣が魔力の光に包まれる。光り輝くその剣を、彼女は頭上に大きく掲げて。
「********!」
勢いよく振り下ろした。
放たれたのは銀に輝く三日月状の斬撃だ。飛来する斬撃が、空中に美しく弧を描く。
「……っ!」
風研ぎのシリンダーに多めに魔力を通す。
剣を包む風が猛々しさを増し、風の刃を形成する。そのまま剣を振り抜くと、風刃が空に放たれた。
風断ちの魔法。風の刃を形成して投げ放つ、風魔法の大技だ。
:わあ
:すっごい
:魔法戦だああああああああ
銀の斬撃と風の刃が、空中で激しく衝突する。
魔法と魔法の正面衝突。光と風がプリズムのように散らばって、斬撃と刃はきらきらと輝きながら消えていった。
「……***、****」
斬撃が完全に消滅し、少女は驚いたように目を開く。
それからふらふらと地面に降り立って、翼を畳んでその場にへたりこんでしまった。
「**、***、*……!」
彼女は荒く息を吐き、へたりこんだまま私を睨む。
その目の端には、じんわりと涙が浮かんでいたりして。
:あ
:あーあーあー
:泣かせちゃった
いやだって、しょうがないじゃん。そんなこと言われたってさぁ。
「え、と。だから、その、敵じゃなくて」
「****! ******!」
近づこうとしたら、少女はふらふらと剣を向けた。
彼女が何を言っているのかまるでわからない。耳慣れない音の響きが、私の耳を右から左に抜けていった。
:なんて?
:何語だ?
:海外の人かな?
:そんなレベルじゃなかったような
:俺漢検四級だけどたぶん日本語じゃないと思う、確信はない
:ふふ
:そこは確信持っていいぞ
:次は三級目指して頑張ろうね
怯えさせないようにゆっくりと近づく。力なく向けられた剣を取り上げて、片手に握ったシリンダーを彼女に近づけた。
ぎゅっと目をつむって少女は震える。
彼女、明らかに怖がっていた。
「大丈夫」
シリンダーに魔力を通すと、優しい風がふわりと広がる。
この魔法は風祝。応急処置に特化した、風属性の回復魔法だ。
少女の体が癒やしの風に包まれる。体の傷も、血に汚れてしまった翼も、そのすべてがじんわりと癒えていく。
「……******?」
彼女の顔から敵意が消える。代わりに浮かんだのは疑問符だ。
その質問に答えることはできないけれど。
「助けるよ」
呼びかける。たとえ言葉が届かなくとも。
伝わったのかはわからないけれど、銀の少女はふっと気を緩める。そのまま、くずおれるように気を失った。