作品タイトル不明
迷子の白石さん。
当然の帰結ではあるが、怒られた。
それも、かなりしっかりめに。
「大体な。勝手に中に立ち入って、怪しげなものに触れて、一体何を考えているんだ君は。なぜそうも迂闊なことをする」
「すみません……」
「謝って済む話ではないだろう。そこは迷宮で、危険地帯で、かかっているのは命なんだぞ」
:あ、あの、真堂さん?
:真堂さん、その辺でどうか……
:お嬢も悪気があってやったわけではないので……
:危険な罠を見つけたから、誰かが触れないように解除しようとしたんだよね? お嬢、そうだよね?
:いーやあれは何も考えてなかったね
:ばっかお前いいからそういうことにしとけって!
真堂さんは配信越しに私の状況を見ているから、リスナーのコメントも見えているはずだ。しかし、リスナーたちの懸命のフォローに効果があるかは怪しいところだった。
……でも、真堂さん、最近全然怒ってくれなかったし。これはこれで、ちょっといいかも……。
「で、でも、真堂さん」
「なんだ」
「遺跡の中、見放題、ですよ? しかも、一番乗り」
「こいつ……」
:こいつが出るか
:お、お嬢? 今のは冗談だよな……?
:変なこと言うな! いいから謝っとけって!
:さてはお嬢、あんまり反省してないな?
真堂さんは深く、これ以上ないほど深くため息をついて、たぶん多くの言葉を飲み込んだ。
「……まあいい。とにかく、そこから脱出するぞ」
「えと……。中の、調査は?」
「後だ後。安全確保が最優先だ。いいから、まずは地上に戻ってこい」
「はーい……」
さすがの真堂さんも、探索は許してくれないらしい。そりゃそうか。
「それで、白石くん。遭難した時の対処方法、覚えてるか?」
「えっと。まずは落ち着いて、救助要請、です」
「正しいが、君の場合は間違ってる。そんな場所に救助に行けるやつなんて、君以外に誰がいるんだ」
「そうでした……」
:ふふ
:そりゃね、さすがに無理だよね
:こういう救助はお嬢の担当だから……
:そのお嬢がこうなっちまったらおしまいよ
ウーバーヒール……じゃなくて、CUREシステムは浅く広く助けるための仕組みだ。救助者の数は多いけれど、迷宮深部での救助に対応できる人員はそうはいない。
エース級の救助者でも、対応できるのは四層の中ほどくらいまで。それよりも難しい救助に対応するのは私の仕事だった。
「まずは状況確認だ。体調に異変は。周囲に危険はないか」
「体調は、大丈夫です。怪我してません。周囲の様子は」
ドローンカメラ備え付けのライトで、周りをぐるっと照らしてみる。
闇へと続く果てのない廊下。その奥で、何対もの赤い瞳がこちらを注意深く見つめている。
狭い空間に低い唸り声が響き渡り、あちらこちらから獰猛な魔物の気配が漂っていた。
「良好です。とても、わくわくします」
「……無事ならそれでいい」
:この余裕はさすがっすわ
:そりゃお嬢なら大丈夫だろうけどさぁ!
:思いっきり危険地帯なんだよね
:相変わらず自由だなこの子
:ぼくだったら泣いちゃうこんなの
「そちらの座標を計測したが、深いな。遺跡内でもかなりの下層だ」
「とりあえず、上、目指します」
「それしかないな。慎重に進め」
大丈夫大丈夫。慎重にやるって。
剣を抜いて歩き出す。数十メートルも進んだところで、背後から高速で気配が近づいてきた。
壁面をぺたぺたと這い回る気配。おもむろに飛びかかってきたそれは、鋭い鈎爪を私の首めがけて振り下ろす。
「ん」
とりあえず避けてみる。
攻撃を外したそれは、音もなくしなやかに着地すると、再び壁を這ってぺたぺたとどこかへ走り去っていった。
今のは、えっと。
「……ナマケモノ?」
:え、そう?
:暗くてよく見えなかったけど
:ちょっと待って、映像確認してみる
:ガンマ値補正ぶっぱしたらそれっぽい影が
:確かになんか、猿っぽい?
カメラにうまく映らなかったのか、リスナーたちは頭を捻っていた。
しょうがないな。たまには配信者っぽいこと、してみるか。
その場でじっとしていると、さっきの魔物が背後から迫ってくる。気配を消しているつもりなんだろうけど、動くたびに空気が揺れるので丸わかりだ。
案の定、後ろから首筋めがけて飛びかかってきたので。
「えい」
振り向いて、捕まえてみた。
手首を掴み、キイキイと暴れる魔物を宙吊りにする。
体躯は人間の半分くらい。ひょろりと長い手足と小さな頭、鋭い鈎爪を持つ、黒いナマケモノ型の魔物だ。
ナマケモノらしからぬ俊敏さは、まあ、そういうものなんだろう。
「見える?」
そのままドローンに突き出してみる。これでわかるかな。
:見える? じゃないんだよね
:わかったから、わかったから早く倒しなさい
:またそんな危ないことして
:ちゃうねん、そういうのはファンサービスとは言わんねん
:あんま変なことしてると真堂さんに怒られるよ
え、これダメなの……?
やっぱり難しいな、配信って。ちょっとは慣れてきたつもりなんだけど、相変わらず私には向いてないのかもしれない。
まあいっか。リスナーも心配してることだし、さっさと倒しちゃう。
一瞬だけ魔物から手を離し、蹴り飛ばして壁に縫い付ける。頭蓋がくしゃっと潰れて、それで討伐完了だ。
:まあでも、貴重映像っちゃ貴重映像だった
:闇に乗じて奇襲してくるタイプの魔物かぁ
:動きは速いし体も黒いし、その上こんな暗い場所で襲ってくるのか
:お嬢は瞬殺したけど、実は相当厄介だぞこいつ
:探索隊に被害が出る前にこの情報を得られたのはでかい
:お手柄だけど、お手柄なんだけどさぁ
なんだよ、何が悪いんだよ。お手柄ならいいじゃんか。
「……まあ、特に問題なさそうだな」
映像を見ていた真堂さんは、苦笑交じりにそう呟く。
「俺は少し席を外す。救助計画を立ててくるから、君はそのまま進んでくれ」
「え。誰か、要救助者が、出たんですか?」
「君のことだが」
……救助計画って、私の? 誰かがここに助けに来るってこと?
「えと……。救助、できるんですか?」
「難しいが、やりようはあるはずだ。遺跡の上層まで来てくれたら、救助隊を派遣できるかもしれない」
「ほっといても、大丈夫、ですよ?」
「そういうわけにはいかないだろう。ただし、状況が状況だ。期待はするなよ」
そう言って、真堂さんは通話を切る。
一応、助けに来てはくれるらしい。そんなの別に、必要ないんだけどな。
だけど。
「……へへ」
静かになった闇の中で、私は一人歩き始める。
ちょっとだけ、足取りが軽いような気がした。
「助けてくれるん、だってさ」
:なんか喜んでない?
:普段助ける側だからなぁ
:たまには助けられてもみたいか
:お嬢、初めての要救助者体験
:お前のような要救助者がいるか
そんなわけで、正式に要救助者となったらしい。
そこそこ長い探索歴でも、初めてのことだった。