軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ウチら最強マジ卍

#27-EX Dungeon Summer Festival! 本配信!

どーすんだこれ。

と、蒼灯すずは内心途方にくれていた。

「そりゃあ、サマフェスには“魔物”が出るとは言いますけどね……」

迷宮内でイベントを開く以上、トラブルが起きるのはいつものことだ。

魔物に強襲されるのは当然として、天候の急変、機材トラブル、出演者の負傷などなど、過去のサマフェスで起きてきたトラブルは枚挙にいとまがない。

今年も電波塔の不具合という大きなトラブルがあったが、怪我人が出ないだけまだマシな方。そう安堵していたところに、これである。

「……海竜種は、さすがにやりすぎじゃないですか?」

大海の支配者、海竜種。

わけても特に強大な、大海龍とも称される老練の個体が、イベント会場の沖合で猛り狂っていた。

「ふむ。困ったことになったな」

EXプロダクションの大御所、井口桃子。腕組みをした彼女は、沖合の大海龍を悠然と眺める。

「あれが今年の“魔物”か。毎年毎年、よくもまあこんなに事件が起きるものだ」

「いつも思うんですけど、このイベントって迷宮で開く必要あるんです?」

「それを言ったらおしまいだろう」

普通の探索者ならパニックに陥るような状況だが、井口にはこの状況を楽しむ素振りすらあった。百戦錬磨の彼女にとって、これくらいのトラブルは動じるほどのものでもない。

また、蒼灯は蒼灯でその領域に踏み込みつつあった。リリスや呪禍に比べればまだマシか、なんてことを内心思っていたりもする。

「で。どーするんですか、あれ」

半ば投げやりに蒼灯は聞く。井口は不遜に笑った。

「蒼灯。今年のイベントのキャッチコピー、知ってるか」

「知りませんけど」

「ウチら最強マジ卍、だ」

「……誰ですか、そんな時代遅れなキャッチコピー考えたやつ」

「私だが」

「うっわぁ……」

:マジ卍とかひっさびさに聞いたわ

:何年前だよマジ卍

:井口さん井口さん、その言葉もう誰も使ってないっす

:え、マジ卍ってもしかして死語なの?

:時間の流れは早いンゴねぇ……

:そマ?

:さすがにつらたんでしょ

:やばたにえんの無理茶漬け

:インターネット老人会やめてね

蒼灯のARコンタクトレンズに映っているのは、本配信のコメントだ。

本配信には今、蒼灯と井口の姿が抜かれている。大きなトラブルは起こったが、迷宮配信には記録映像という側面もあるので、そう簡単に配信を止めるわけにもいかなかった。

「む」

「あ」

その時、沖合の大海龍が天を仰ぐ。

口元に灯る魔力の光。それを見た瞬間、蒼灯は即座にシリンダーを抜いた。

「氷結城!」

巨大な氷晶が空中に投影される。間髪入れずに、大海龍は水流のブレスを放った。

ビーチの上空で、氷と水が激突する。氷が砕けて水がはね、焼けた砂浜に散らばった。

「わ、やべ」

氷壁と水流が拮抗していたのも一瞬のこと。大魔法と大魔法の正面衝突は、魔物側に軍配が上がった。

「なんかこの魔法勝率低くないですかー!?」

水流のブレスが氷壁を貫き、ビーチサイドに放たれる。

それを迎え撃ったのは、井口だ。

「いや、上出来だ」

井口は両足に魔力を籠め、空高く飛び上がる。

同じく拳に魔力を貯めて、勢いが弱まった水流のブレスを、真正面からぶん殴った。

「せい」

素手で殴られた水流は、大きく軌道を捻じ曲げて、海面に突き刺さって飛沫を上げた。

:素手でいった!?

:井口さんぱねえっす

:シリンダーすら使ってなかったぞあの人

:なにあれ、どんな魔法?

:強いて言うなら強化魔法やね

:魔力で身体能力を強化するだけの原始的な魔法

:ただのパッシブスキルじゃねーか!

:探索者って行くとこまで行くと武器捨てるんか……?

「シリンダーとかいうのは、よくわからんでな」

三点着地を決めて、井口は立ち上がる。拳には、うっすらと痣がついていた。

「行くぞ蒼灯。ウチら最強マジ卍」

「そのフレーズ嫌だなぁ……」

胡乱なワードが飛び出てきたが、つまりはやるということらしい。

「それで蒼灯、どうやって倒す」

「考えはないのかよ」

「作戦とかいうのは、よくわからんでな」

「まさか井口、それで全部押し通すつもりですか?」

「まあ、とにかく殴ればなんとかなるだろう。行くぞ」

「誰かどうにかしてくださいよ、このボケ老人」

:ふふ

:相変わらずだわこの師弟

:井口さんとあおひーの並び見てると、色々思い出すよなぁ

:井口さんのこういうところ久々に見たわ

:井口さん、普段はこれでしっかり先輩してるから

:あおひーには何してもいいと思ってるぞこの女

:やっぱ井口さんにツッコめるのはあおひーしかいないわ

「……ったく」

文句を言いつつも、蒼灯の口元はほころんでいる。

EXプロダクションを卒業してしばらく。変わったものはあるけれど、変わらないものもあるらしい。

「まずは部隊編成。戦闘用の通話チャンネルを作って、あれとやり合う有志を募りましょう。いくら大海龍と言えど、これだけ探索者が集まればなんとかできるはずです」

「よし来た任せろ」

井口はどこからか持ってきたマイクを、くるんと構えた。

「諸君、状況は見ての通りだ。諸君らの胸に志があるならば、思うことは一つだろう。ならば、多くは語るまい」

井口の声が、朗々とイベント会場に響き渡る。

檄でも飛ばすのだろうか。井口はこれでも大御所だ。彼女の言葉ならば、奮い立つものもいるだろう。

「あの大海龍を仕留めたものには、蒼灯の乳をくれてやる。以上だ」

「井口ーっ!!」

音割れした蒼灯の叫びが、マイクを通じて会場中に響き渡った。

「おまっ……! 何考えてるんですか! 言うに事欠いて、後輩を売る馬鹿がいますかよ!」

「だがしかし、これが一番効果がある」

「ぶっ殺しますよ!? ぶっ殺しますよ!?」

「落ち着け蒼灯、全部マイクにのってるぞ」

蒼灯はマイクを奪い取る。これ以上この女に喋らせたら、何を言われるかわかったものじゃない。

「指揮代わります、蒼灯です! とにかくあれを倒すので、挑まれる方は武装して海辺にお集まりください! 挑まれない方は、単独行動を控えて本部テント周辺に――」

勢いそのまま、蒼灯は指揮を執る。

この手のことはキャンプ場でも経験があるし、EXプロダクション時代にも何度かやったことがある。

この先輩らしき何かは、無駄にカリスマはあるものの、考えってやつはほとんどない。参謀役を担うのは、いつも蒼灯の役回りだった。

そうして、蒼灯が会場にアナウンスを飛ばしていた時。

ごうと、一陣の風が、陸から海へと吹き抜けていった。

「わっ」

「……ほう」

吹き抜けていった風に目をやる。

大海龍がいる沖合に向かって、まっすぐに向かっていったその風を、蒼灯はよく知っていた。

「なるほど、我々の出る幕はないらしい」

「……そうでした。今年はあの子がいるんでした」

特大のトラブルは発生したが、こっちには特大のトラブルバスターがいる。

真っ先に飛び出していった彼女のために、何かできることはあるだろうか。そう考えて、蒼灯は拳を握った。

「皆様、不測の事態に備えてください。戦闘区域にはくれぐれも近づかないように。戦闘の余波がこちらに届く可能性があるので、その際は迎撃にご協力いただけますと助かります」

こうするのが蒼灯にできる精一杯だ。

できることはない。少なくとも、今はまだ。

だけどいつかは、彼女の隣に立てる日が来ることを願って。

「頼みますよ、白石さん」

風魔法で海上に舞い、海竜に相対する小柄な少女。

真紅の腕章を風になびかせ、白石楓は刃を抜いた。