軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46 暗殺者ギルド

「待っていたわよ。闇エルフの弟子」

礼拝堂地下の暗殺者ギルドで私を出迎えたのは、岩を削って作ったようなテーブルの上に腰掛けた、奇妙なドレスの女だった。

年の頃は十五~十六歳くらいだろうか。驚くほど白い肌に整った顔立ち、その黒髪は頭の両側でバネのように整えられ、身に纏う黒いドレスはゴテゴテと飾りがついた、あの女の“知識”にある“ゴスロリ”と呼ばれるものによく似ていた。

「あなたがあの魔族の弟子なんでしょ? 魔術師の弟子だけあってそこそこ魔力はあるみたいだけど、その程度の戦闘力で殺しが出来るのかしら? ナイフ投げの的くらいにはなりそうだけど」

私がジッと観察していると、そのゴスロリ女も私を鑑定したのか、真っ赤な唇で毒を吐く。

「誰?」

「あなたの先輩よ、新入りちゃん。口の利き方に気をつけてね。私って身の程を知らないガキって嫌いだから、うっかり殺しそうになっちゃうの」

「…………」

【ゴスロリ女】【人族♀】

【魔力値:120/120】【体力値:173/177】

【総合戦闘力:242(身体強化中:297)】

見た目に似合わずかなり強いな。この数値だと属性魔術の一つくらい持っていそうだが、戦闘スタイルは【ランク3】の近接戦か投擲だと推測する。

通常、二十歳以下でランク3になることは稀なので、その歳でこれだけの戦闘力を持っているのなら、それなりの手練れなのだろう。

これがギルドの暗殺者……?

「どうしたの? 魔族の弟子はちゃんと“挨拶”も出来ないの? あなた、そこそこ顔はいいから、気に入ったら私のペットにしてあげてもいいのよ?」

ゴスロリ女がニヤリと笑い、テーブルに腰掛けたまま綺麗に磨かれた黒い靴を私のほうへ向ける。

この女の言う“挨拶”とは“舐めろ”ということだろうか? もちろん私にそんなことをする気もないが、そうなればこの女と衝突することになるだろう。……いや、初めからそれが目的で挑発しているのか。

たぶん、真正面から戦っては勝てない。持っている奥の手を全て使えば勝てるかもしれないけど、今は手の内を晒したくない。

さて、どうするか……。こういう輩に下手に出るとつけ上がる。だからといって初日から問題は起こしたくないが……

「キーラ、そこで何をしているのですか」

その時、不意に聞こえたその声にゴスロリ女がわずかに振り返り、私は意識をゴスロリ女に向けたまま視線だけをそちらに向けた。

「ディーノ、私は何もしてないわ」

「それでは、ここで何をしているのですか?」

「暇だったから、新人に色々教えてあげようかと思っただけよ? フフ」

「そうですか」

現れたのは、この暗殺者ギルド北辺境地区の長になったディーノだった。

話の内容からすると、私がここに来ることを知ったこのゴスロリ女……キーラが、気まぐれに私にちょっかいをかけに来た感じか。

どうやら暗殺者ギルドと言っても、全員が寡黙な暗殺者というわけじゃなさそうだ。見ているだけでも表情が気まぐれにコロコロと変わり、キーラはそれまで滲ませていた威圧を消してニコリと微笑んだ。

印象的に、他のギルドと同じようにフリーの人間が集まっているみたいだけど、冒険者なんかより、よっぽどアクが強そうだ。

そんなキーラにディーノが微かに眉を顰め、言っても無駄かと思ったのか言及を避けるようにあらためて私へ向き直る。

「ようこそ、我が兄弟弟子よ。暗殺者ギルドはあなたを歓迎しますよ、アリア」

ディーノが舞台俳優のような大袈裟な仕草で、歓迎の言葉を口にする。

「それで仕事は?」

「……私の兄弟弟子とは思えないほどノリが悪いですね。まぁ、そこら辺は徐々に慣れてもらうとして、まずは私がここを案内しましょう。今なら数人はメンバーがいるはずですよ」

「それなら私がしてあげるのに~」

横からキーラが猫なで声で私に微笑みを向ける。

でもこの女は、ディーノの意識が私に向いたときから、私にだけ分かるような微かな殺気を何度も飛ばしてきた。

暗殺者……というより、快楽系の殺人者か。

なんでこんなのが暗殺者ギルドにいるの? もしかして、まともな訓練を受けた暗殺者よりも、こんな殺人者が多いのかもしれない。……面倒くさい。

「二人とも争いは止めなさい。ギルド内では私闘は禁止しています。もし仲間に武器を抜いて攻撃をしたら罰則もありますので、双方わかりましたか?」

「ハァ~イ」

ディーノはキーラの挑発に気づいていたようだ。それを咎められ、軽い感じで返事をするキーラが、散歩でも行くようにテーブルから飛び降りて――

シュッ!

突然キーラが、飛び降りた勢いのまま、袖から出したナイフで斬りかかってきた。

身体強化さえ使わない遊びのような斬撃を、私は顔を逸らすようにして最低限の動作で躱す。

私はキーラを欠片ほども信用してはいなかった。罰則があるということは、そういうことをする人間がいるということだ。

その行動の何も信じられないような女だが、ある意味、“確信”するように、キーラが何か仕掛けてくると“信じて”いた。

必ず来ると何通りかの予測を立て、キーラのナイフが私の頬に小さな傷を付けると同時に、私も袖から出したナイフでキーラの頬を浅く切り裂いた。

「――ッ!」

予想外の反撃だったのだろう、互いの血飛沫が飛び散る中でキーラが跳び下がるように距離を取り、それを視界に収めて警戒しながら私はディーノに声をかける。

「まさか、私が悪いとか言わないよね?」

「……仕方ありませんね」

さすがに攻撃されて反撃はするなとは言えないのか、ディーノが呆れたように息を吐いた。

「私の……私の顔に傷が……」

キーラが唸るような低い声で呟き、その全身からドロリとした殺気が滲み出る。

「この“灰かぶり”のクソガキが、この私にっ!!」

「キーラッ!!」

そのまままた私に襲いかかろうとしたキーラをディーノの怒鳴り声が止める。

「これ以上するのなら、私が相手をしますよ? あなたは以前から行動に問題がありましたが、まだ問題を起こすつもりなら、あなたが粛正対象になります」

「…………」

激高したように見えても、さすがに暗殺者ギルドに逆らうほど正気は失っていなかったのだろう。それでもキーラはディーノの言葉に答えもせず、無言のまま憎悪に満ちた瞳で私を睨んでいた。

そんなキーラにディーノはまた溜息を吐くと、あらためて私に向き直る。

「アリア、あなたも挑発には乗らないように。それでは、軽くギルド内の案内をしてから仕事の話をいたしましょう」

「わかった」

頬の傷を拭い、案内をするというディーノと連れだって奥へと歩き出すと、その姿が見えなくなるまでキーラがずっと、私に暗い瞳を向けていた。

結局問題を起こしてしまったわけだが……本当に厄介な女だ。そんなに自分の顔が大事なら、誰かに【 治癒(キユア) 】でもかけてもらって傷を消せばいいのに。

そうは思ったが、もしかしたらここには、【 治癒(キユア) 】を使える術者がいないのかもしれない。そう思えるほどにこのギルドには人が少なかったからだ。

「あまり人がいないね」

「初心者でも入れるような、冒険者ギルドや盗賊ギルドと一緒にしないで下さい。我々は偽善者である冒険者の斥候や、欲に走った愚かな盗賊とは違うのです」

……斥候も盗賊も似たようなことを言ってたな。

“暗殺”という仕事柄、暗殺者ギルドの構成員は特殊な訓練を受けた者に限られる。

特殊な技術。特殊な環境。人を殺すことを割り切れる人間のみが、暗殺者ギルドの門に辿り着くことができるとディーノは言った。

このクレイデール王国の冒険者の数は初心者も含めれば数万人。盗賊ギルドにも物乞いやスラムの犯罪者を含めれば同程度はいるだろう。

だが暗殺者ギルドは、その特殊性から国内でも数百人程度しかいないそうだ。各都市に金で雇った監視員はいるが、それはギルドのメンバーとは言えない。

ただ、この数は正確ではない。フリーの殺し屋もいるし、貴族が育てた暗殺者部隊も存在する。だが、その人数が把握できない一番の原因は、仕事が終わっても生き残って身を潜めているのか、本当は死んでいるのか分からないからだ。

師匠の話では、この国の暗殺者ギルドの支部は、両手で数えられる程度しか存在しない。この北辺境地区ではダンドールを含めた辺り一帯の暗殺を請け負っているらしいけど、ディーノによるとこの支部でも構成員は数十人しかいないらしい。

それでも捜せば【 治癒(キユア) 】を使える人はいるかもしれないけど、どっちにしろ、傷ついたのはキーラの“顔”ではなく、彼女の“プライド”では私でも治せない。

人は少ないが、それでも歩いていると暗がりから微かに視線のようなものを感じた。

見られている。私を見定めようとしている。

私が本当に使えるのか。子供に暗殺なんてできるのか。私の武器は何なのか。そして私を“殺すこと”ができるのかを見定めようとする視線を感じた。

「まずは、敬愛する我らが師にお願いするはずだった依頼をお話ししましょう」

一通り見て回り、休憩室のような椅子のある場所に着くと、ディーノが仕事の話を始めた。

暗殺対象は、冒険者崩れの四人パーティー『暁の傭兵』だ。

ランク4のパーティーと聞いていたが、実際はランク4はリーダーの男だけで、残りのメンバーはランク3らしい。そいつらが冒険者崩れと言われるのは、こいつらがまともな冒険者ではなく、横領の常習者だからだと言っていた。

冒険者は依頼されて貴重な素材や物品の回収をすることがある。だがそいつらは、回収した物が依頼料より高額な場合、依頼に失敗したと言ってそのまま持ち逃げすることがあったそうだ。

だが今回は相手が悪かった。今回の依頼主は貴族だ。

こいつらは貴族が依頼した家族の遺品を回収し、そのまま持ち逃げしたらしい。ならば捕まえるか、冒険者ギルドに任せればいいと思うのだけど、どうやら回収自体が貴族にとって不名誉であるらしく、その品を持ち逃げした彼らを、依頼主の貴族は報復を兼ねて暗殺と物品の回収を暗殺者ギルドに依頼した。

「まず最初にお話ししたとおり、君に本当に依頼がこなせるのか、試験をさせていただきます。その連中を暗殺できたらあなたを信じましょう。ですが、もし失敗したり、逃げ出したりしたら、セレジュラに責任を取ってもらうことになりますよ?」

「詳細は?」

感情もなく答える私に、ディーノがわざとらしく肩を竦めた。

「依頼主は引退した元冒険者です。暗殺対象は三人組の冒険者を装っていますが、こちらは本物の冒険者ではなく、盗賊ギルドの者だと判明しております」

その元冒険者はある場所でその盗賊どもに襲われた。

罠に嵌められ、恋人であった幼なじみの女性を殺されたその冒険者は、そいつらを捕まえるべく衛兵に訴えたが、その場所の特殊性から証拠不十分として罪に問われることはなかった。

おそらくは衛兵に賄賂も渡しているのだろう。元冒険者は表の世界に絶望し、多額の借金をしてでも暗殺者ギルドに依頼をして、その盗賊どもの死を望んだ。

その場所は、一般人は近寄らず、誰が死んでもおかしくない場所。

その盗賊たちは“ダンジョン”専門の、初心者狩りの強盗団だった。