作品タイトル不明
309 異変
――Side Alia.
「何をしているの?」
「珍しい……みたい?」
森エルフの長からの頼み事。その準備をしている途中、私は身動きができなくなっているミラに声を掛けると、困ったような顔を返された。
「子ども……」
ミラは森エルフの幼子に纏わり付かれていた。長命種であるエルフはあまり子どもを作らないが、それでもまったくいないこともない。
その小さな子は見た目が三歳くらいの幼児で、以前ミラに聞いた話では、エルフ種でも幼少期の成長は他種族とあまり変わりはなく、一歳か二歳だけ小柄に見えるだけみたい。
「――ッ」
ミラの脚にしがみついていた幼児が、近づいた私に気づいてビクッと震えてミラの脚に隠れてしまう。
外の人間が〝エルフの森〟まで来ることは滅多になく、特にエルフ種の子どもはある程度の年齢になるまで大人たちに守られ、森の外に出されることはない。
七歳で家族ごと森の外に出てきたミラの一家が同族から変人と呼ばれるのは、そういうことだ。
「このお姉ちゃんは怖くないよぉ」
「…………」
幼児はミラの脚からチラリと顔を見せ、私と目が合うとすぐに引っ込んでしまった。それでも初めて見る人族から逃げないのは、それだけ好奇心が旺盛なのだろう。
「ドルトンやフェルドだと、泣きそうになっていたけどね」
「なるほど」
私が女だからギリギリ逃げられずに済んでいるということか。チラリと男二人に視線を向けると、彼らは幼く見えるエルフには近寄らず、警備をしていた森エルフ……ティカムたちと何かを話していた。そして……。
「ジェーシャは溶け込むのが上手いね」
「元商人だから、こういうとき逞しいわ」
ジェーシャは森エルフの女性たちに交ざって、持ってきた物資の一部を食料と交換しながら談笑していた。
ジェーシャは新しい街に着くと肉や酒だけでなく、珍しい品物などを買っていた。今回彼女は、エルフの里で造られない強い酒や、宝飾品などを言葉巧みに勧めて、外に出ないエルフ女性たちもその気にさせているようだ。
「……ぼったくってないわよね?」
「さあ?」
そこまで酷いことはしないと思う。たぶん。
「ミラ、アリア、ジェーシャ!」
そのときドルトンの声が響く。いつものより声量が低めなのは、閑静なエルフの里ゆえに控えているのだろうか。それでもあまり大きな声を出す人はいないので、ハッキリと聞こえた私たちは即座に彼の許へ集まった。
「私がお前たちを案内する」
でも最初に口を開いたのは、ドルトンではなくその横にいたティカムだった。
私たちはエルフの森を抜けるための条件として、彼らの抱える問題を解決することになった。
私たちも時間に余裕があるわけではないけど、最低限の案内もなく森を抜けるのはエルフのミラでも簡単ではなく、協力したほうが結果的に早く抜けられるとドルトンは判断した。
(それに……)
私たちの馬車ではこれ以上進めないようだ。ここまで森エルフたちが使っていた隠された街道を使えたことが幸運だったのだ。
それだけではなく森エルフたちは私たちの用が済むまで、報酬の一部として執事さんと馬車を預かってくれると約束してくれた。しかも……。
「問題が解決すれば、森エルフの誇りに懸けて、人族の里へと戻すと誓おう。たとえお前たちが戻らなくてもな」
「戻るわよっ」
ティカムの、まるで全滅でもしかねないような物言いにミラが軽く噛みつく。
でも、排他的な森エルフからすると破格の好条件だ。おそらくは、それだけ問題の根が深いと言うことなのだろう。
「ダァ」
「……あまり離れるな」
そのとき、ミラに付いてきていたエルフの幼児が、そのままティカムの脚にしがみつく。彼はその幼児を抱き上げると無表情だった顔をわずかほころばせた。
ティカムがこの幼児の父親か。そうでなくてもかなり近しい間柄かもしれない。
幼児を見つめるティカムの瞳にわずかに〝陰〟があるのは、この〝仕事〟が命に拘わる可能性があるからだ。
ランク4の森エルフの戦士たちでも解決できないほどの〝何か〟が……。
「では、いってらっしゃいませ」
「後は頼んだ。では行くぞっ」
残る執事さんと挨拶を済ますと、ドルトンの号令で旅支度を棲ませた〝虹色の剣〟の面々が静かに頷き動き出す。
「落ち着いたものだな」
その様子に案内兼見届け人であるティカムは、感心しているのか呆れているのか、無表情のまま感想だけを呟いた。
森エルフの里から出された人員はティカム一人だ。未知の事態に対して、他にも人族やドワーフや信用できないと血気盛んな若者が名乗りを上げたが、私たちの速度に付いてこられる者でなければ足手纏いになる。
他にもエルフ種にしか分からないような理由はあるかもしれないが、結果的にランク4であるティカム一人が現場まで案内をしてくれることになった。
「アリア」
「了解」
森の中を進むにあたって斥候である私が前に出て、案内役のティカムと並ぶ。
「…………」
背の高いティカムが横目で見下ろすように視線を向けて、眉間に皺を刻む。
私が他種族だからじゃない。出会ったときから、ティカムは私を警戒して監視していたように思える。……でも、おそらくその理由は、一般的な他種族に対する不信感ではない。
「……お前なら勝てるか?」
「見てみないと分からない」
エルフの森で起きている問題。それは集落の 消滅(・・) だ。
集落が無くなるのではなく、その集落にいるはずの住民すべてが、痕跡もなく消え失せていた。
しかもそれは、ここ数日で起こったことだった。
〝エルフの森〟という広大な森林地帯に点在する幾つもの集落。森エルフたちは精霊を使って連絡網を作り、交流と情報のやり取りを行ってきた。
その中の一つの集落から連絡が途絶えた。それを不審に思った他の集落が様子を見に行こうとしたところ、また一つの集落と連絡が取れなくなる。
何かが異常な事態が起きていることを察した、とある集落の長が戦士団を派遣したところ、彼らが見たものは人が消えた集落であった。
争った跡はなく、作業途中になった仕事や、食べかけの食事さえあったという。
人だけが消えた。精霊に訊ねても何故か答えてはくれなかった。
精霊は意思を持つが、精神は人間と同じではなく、確実な答えが得られるわけではない。だが、精霊は、まるで 何か(・・) に語ることを止められているかのように、何一つ答えてはくれなかった。
「俺は戦う。精霊に強いることができる〝何か〟かがいるとしてもな」
「そうか」
森エルフの長……五百年以上生きる老齢のエルフは、精霊の気紛れ、妖精の悪戯だとさほど危機感を持っているように見えなかった。
でも、ティカムは戦士としての勘か、幼子を持つ親としての危機感か、彼は精霊に強いることさえできる、 人を超えた存在(・・・・・・・) を脅威に感じている。
だからティカムは私を注視していた。
人の範疇を超えた〝ランク6〟という力を持った〝私〟を。
私たちは口数少なく深い森を進む。森エルフであるミラとティカムがいることで迷うことなく進んでいく。お喋り好きなミラやジェーシャでさえも口数が少ないのは、森を奥へ進むごとに増えていく〝違和感〟のせいだ。
〝何か〟は分からない。でもあきらかに〝何か〟がある。
「……ここだ」
朝早くに出て陽が沈み始めた頃、私たちはティカムの集落の隣にあるという集落に到着した。
「本当に誰もいないな……」
「ああ」
軽く小屋の中を覗き込んだフェルドの言葉に、ジェーシャがわずかに顔を顰めながら相槌を打つ。
二人も違和感に気づいている。それは――
「……精霊がいない?」
「馬鹿な……」
ミラが 慄(おのの) くように呟き、ティカムが愕然と声を漏らした。
違和感の原因はそれか。
光のある場所には光の精霊が、河や湖には水の精霊がいる。一定以上の属性魔素がある所には、必ず精霊が存在する。でもこんな自然の中にある集落で、精霊と親和性の高いエルフ種である二人が精霊の存在を感知できなかった。
言われてみれば分かる。この場所には生き物の気配が感じられない。
「他の集落ではどうだった?」
情報を確認するためドルトンがティカムに声を掛けると、ティカムはわずかに落ち着きを取り戻して辺りを見回した。
「……聞いていない。こんな状況なら調査に行った戦士団の者も気づいたはずだ。ただ精霊が語らないとだけ……」
ここ最近で連絡が取れなくなった集落。そこで、私たちがいるときに新しい現象が見つかったのは、偶然か必然か……。
「……何か居る」
唐突に荷物を地面に投げたフェルドが背から大剣を引き抜き、即座に武器を構える私たちに一呼吸遅れてティカムが腰の剣に手を添えた。
確かに 何か(・・) の気配を微かに感じる。
でも……
「この気配は……なに?」
全員が何事か分からずとも、無言のまま集落に面した森の奥……その暗がりから視線を外せずにいた。するとそこから滲み出るように人影が現れる。
「あれは……」
静まりかえったその場にティカムの微かな呟きと、その 人物(・・) が踏む草の折れる音がやけに耳に響く。
あれは……なに?
よろよろと覚束ない足取りで近づいてくる、森エルフらしき女性。
だが誰も……同族のティカムでさえも彼女を〝生き残り〟だと駆け寄ることなく、睨むように武器を向けていた。
そして……。
『…………アァア』
異様な気配を放つ森エルフ女性が奇妙な声を発し、咽を掻きむしった瞬間、口内から溢れた黒い〝何か〟が胸元に零れ落ち、それが侵食するように彼女の肌を黒く染め上げていった。
その姿はまるで……。
「 闇(ダーク) ……エルフ?」