軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

308 エルフの森

「くそッ……」

巨石、崖、滝、倒木……起伏の激しい深い森を進んでいたナイトハルトが、苛立ちから無自覚にぼやく。

〝魔女〟が居る〝竜の巣〟へ向かう途中、ナイトハルトたちは標的である〝魔女〟に襲撃され、虎の子であった気球を落とされた。

上位の魔物革製の魔術防御が施された気球は貴重ではあったが、無残に破壊された気球を放棄してナイトハルトは先へ進むことを選んだ。

この地に住むという森エルフの集落に寄ることができれば、道案内を頼めるかもしれないが、落ちてから十日間……一度も彼らと遭遇することはなかった。

「おい、まだか、バーニャ!」

苛立ちをぶつけるようにナイトハルトが先を進む女の背に声をかける。

十日間。それだけの日数を森で過ごしたナイトハルトたちは疲弊している。元々冒険者ではなく、貴族であるナイトハルトは馬車もない深い森の移動は、彼の精神と肉体を苛んでいた。

だが彼が苛立っているのはそんな理由ではない。足場のない空という不利な戦場だったとはいえ、勇者クラインの仇である怨敵に複数で後れをとり、むざむざ落とされた自分自身に憤っていた。

そんな理不尽な苛立ちをぶつけられた鉄エルフの女バーニャは、露出度の高い民族衣装から覗く赤銅色の肌を見せつけるようにひるがえしながら軽く振り返り、縫い合わされた両目をナイトハルトへ向ける。

「どうしたの? 疲れちゃったぁ?」

「巫山戯るな、私が――」

思わずカッとなり荒らげそうになったナイトハルトの声を、バーニャが遮るように言葉を被せる。

「ちゃんと〝竜の巣〟って所に向かっているわよ」

「……なに?」

ナイトハルトはエルフ種であるバーニャに道案内を頼んでいたが、それは森エルフの集落と、はぐれてしまった あの男(・・・) と合流するためだった。

「森エルフはどうしたっ!?」

「私に分かるわけないじゃない。それに私に聞こえるのは〝鉄の声〟だけよ」

エルフだからと言って森に親和性があるわけではない。鉄エルフから闇エルフとなった彼らが闇属性に親和性を得たのと同じく、鉄エルフは鉱石とそれを内包する土属性に強い親和性を持っていた。

だから森に隠れ住む森エルフの居場所は分からなくても、岩山である〝竜の巣〟にしか案内できないのも、頭では理解できた。だが、しかし。

「お前とあいつは……」

「双子だから? 別にどうでもいいし、あいつはやる気なさそうだったしねぇ」

気球墜落時にはぐれてしまった双子の片割れ。それをどうでもいいと切り捨てるバーニャに、それでも何か言おうとしたナイトハルトが突然咳き込んだ。

「――ゴホッ、ゴホ」

「ナイトハルト様っ」

神聖騎士の一人が収納鞄から取り出した水筒を差し出すと、それを受け取ったナイトハルトは水で薄めた温い果実酒を口に含み、ジロリとバーニャを睨む。

疲弊はしているが体調を崩すほどではない。大陸でもまだ南方に位置する森は湿度も高く土埃もない。それならばこの突然の咳はなんなのか?

双子の片割れは、やる気がないのなら積極的に捜す必要性は低い。逆にバーニャが積極的なのは、クラインと男女の仲であったという噂があったので、そのせいだろうか。まさかこんな両目を縫い合わされた女と閨を共にするとは思えないが……。

そんなことを考えるナイトハルトをジッと見つめる、見えないはずの縫い合わされた瞼の隙間から〝何か〟が見えたような気がして、彼は思わず視線を逸らした。

「……もういい。さっさと進め」

「りょ~かぁい」

巫山戯た返事をして前を向いて進み出すバーニャ。彼女は唇の端を微かに上げて、誰にも聞こえないような声で小さく笑みを零す。

「ふふ……久方の自由を愉しみなさい。ベリル」

***

――Side Alia.

「この先は〝エルフの森〟! 他種族が簡単に立ち入れる場所ではないと知れっ!」

スノーが待つ〝竜の巣〟へと向かう途中、私たちの前に森エルフの一団が現れた。

木々の枝からこちらを狙う森エルフたち。それだけならいい。勝手に彼らの森に入ったのはこちらで、あちらにはそれを咎める権利がある。でも、彼らからは限界まで引いたその弓をいつ放ってもおかしくない、張り詰めた緊張感と脅えが感じられた。

前にいたフェルドとジェーシャの二人が、彼らを刺激しないようにそっと武器を握り直し、私もいつでも動けるようにわずかに膝をたわめる。

この状況で各員が勝手に話すわけにはいかない。ジェーシャが隣のフェルドに視線を送る。この場合はギルド長の経験もあるジェーシャが適任か。

周囲の虫の音も消えるような緊張感が高まったその瞬間――

「待って待って! モーモー家のミランダです! 弓を下げて!」

武器も持たずに両手を広げて飛び出したミラに、彼らから困惑する空気が伝わってくる。モーモー……ってミラの家名か。ランク4のミラなら撃たれた矢でも避けられるとは思うけど、無茶をする。

「……モーモー? あの変わり者の家か」

誰も居なかった森の暗がりから一人の男……おそらくミラの親世代だと思われるエルフが姿を見せる。

「……そうよ。そのモーモーよ」

変わり者と言われたミランダが友好的な声音で答えながらも、その声は微かに震えていた。エルフの家名の多くは動物の鳴き声から取られていて、他種族の国に出たエルフの多くは、若干羞恥心を抱く……と師匠に聞いたことがある。

それが不満でも敵対するよりマシだろう。この大陸の森エルフは少ないとはいえ、それでもエルフの森に数千人は居るはずだから、ミランダの家のことを知っている者に出会えたことは幸運だった。

男はそんなことには気づかなかったようにミラを見つめて、息を吐くように他のエルフたちの弓を下げさせる。

強いな……隠密と射撃に特化したランク4の弓兵か。彼はニコリともせずに背を向けると、ミラに向けてついてこいとでも言うように指で手招いた。

「厄介なときに帰ってきたものだな、モーモーの娘よ。あまりに体格が良いから人族と見間違えた」

「はっ倒すわよ!?」

やっぱりミラは同族から見ると少しポッチャリして見えるのか。それはともかく、私たちはエルフの森に入国を許された。

先ほどのエルフのリーダー、ティムカはミラの両親と面識があるらしい。数千人いても四百年近く生きた古参のエルフ同士なら、大抵は会ったことがあるそうだが、記憶に残っていたのはやはり変わり者だったかららしい。

エルフの大部分は森から出ることない。そんな中で自分から他種族の里に移住するような者は変わり者だと言うことだ。

「人族とドワーフ。お前たちだけなら精霊に護られたこの森に入ることもできず、偶然辿り着いたとしても排除される。モーモーの娘に感謝するのだな」

「その割にはあっさり入国を認めたじゃない」

先導するティムカの言葉にミランダが若干棘のある口調で訊ねると、彼は背後の私たちをチラリと見る。

「その気になられたら止められないからな」

その視線が一瞬、私で止まる。鑑定されたか。特に隠す理由もないけど、ランク6となった私と〝虹色の剣〟がその気になれば、強引に森を抜けることもできるから。

「みんな、もうすぐ着くけど、驚かないでね」

「俺もエルフの森の集落は初めてだ」

「驚く?」

怪訝な表情でフェルドが二人に訊ねるが、見れば分かると教えてはくれなかった。

百年以上、ミラとパーティーを組んでいるドルトンでも、エルフの森には入ったことがないらしい。でも、驚くとはどういうこと?

「おお……」

「ほぉ」

突然広がる光景に、誰からともなく感嘆の声が漏れる。

ただの深い森に見えていた森林を抜けると、突然現れたのは森エルフの集落だった。

人族の街とはあきらかに違う。森を切り拓くことなく、何千年もかけて枯れた樹木の跡に果樹を植え、他種族ならば家屋を建てる陽の当たる場所には野菜が育てられ、エルフたちは樹木を枯らすことなく巨木そのものを住居へと変えていた。

かなり高い位置にも住居らしきものがあり、三次元的な集落は〝あの女〟の知識にある背の高い街並みを私に思い出させた。

よく見れば果実や野菜だけでなく、川魚や肉らしきものが棚で干されている。こんな場所で家畜を飼っているとは思えないので、すべて狩りによるものだろう。

「この地区の長のところへ連れていく。こっちだ」

「分かったわ」

足を止めていた私たちにティムカがそう言って、ミラが少しだけ怪訝な表情で頷く。

森エルフたちの姿は見えるが友好的な視線はない。どちらかと言うと関心がないか面倒に思っているように感じた。

入り口付近で停めた馬車を執事さんに任せて、私たちはティムカの後に続く。

ここに来るまで聞いたミラの話では、森エルフが一人以上いるのなら人族の商隊でも受け入れているらしいので、心情的に他種族は嫌うほどではないが、長居はしてほしくないのだろう。

「なんの用かしらねぇ」

「あまり良い予感はせんな」

ボソリと呟いたミラの言葉にドルトンが同意する。

森エルフたちが私たちを面倒に思う以上に空気が重いのは、彼らが排他的なだけでなく、何か問題が起きているのか。

ティムカは『厄介なとき』と言っていた。ミラがいるとはいえ、それが戦闘力が高い私たちをこの地区の長に会わせる理由だろうか?

そんなことを考えていると、一際大きな樹木に到着する。巨大な樹木の大きな洞……そこが長の住む場所だった。

「客人を連れてきた」

「ようこそ、お客人……」

すでにティムカの部下が知らせていたのだろう。壮年の森エルフがジロリと一瞥して奥へと招いてくれた。

壮年と言っても人族のように明確に姿が変わるわけではない。祖父世代でも精々人族の四十路くらいだろうか。暗殺者ギルドの賢人や闇エルフのエルグリムのような、明確な老人がいないのは、やはり呪術の影響か。

ドルトンとミラが勧められた敷布に腰を下ろし、私やフェルド、ジェーシャは背後で腰を下ろすことなく立ったまま話を聞く態勢を見せると、長が語り始める。

「お前たちは商人ではあるまい。何をしに来た?」

代表して同族のミラが事情を話す。仲間を捜していること。おそらく〝竜の巣〟にいること。〝竜の巣〟の正確な場所と、そこへ行くためにエルフの森を通してほしいと伝えたが……。

「案内は出せんが、道は教えよう」

「では――」

それを聞いて身を乗り出したミラに、長は「だが」と続ける。

「異種族が森を抜けるには他の長の承認がいる。森を抜けるまでは馬車でも行ける道はあるが、そこから先は我らも立ち入らぬ場所で、徒歩で行くしかないだろう」

馬車を置いて行くにもその地区の長の承認がいる。要するにこの人は……。

「何をさせたい?」

そこに交渉をミラに任せていたドルトンが口を挟むと、長が顔を顰める。

「ドワーフは性急だな……まぁ良かろう」

長はそう言うと香りの強い緑色の茶を口に含み、静かに口を開いた。

「私が口添えをしてやる。その代わり、こちらの問題を解決しろ」

***

『ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああっ』

エルフの森の集落の一つ。その中で全身から血を噴き出すように倒れる男性エルフ。その背後では、大勢のエルフ男女が血を流して倒れ伏し、その死体に腰掛けた赤銅色の肌のエルフ男が口元を血で汚しながら声もなく嗤っていた。