軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

303 雪と炎

聖山キュリオスの向こう、サース大陸の中央。

複数の国家を収められる広さを持つ肥沃な草原でありながら、人を寄せ付けない未踏の地、竜の狩り場。

そこに暮らす長い毛を持った巨大な草食獣。それを脚の速い小型亜竜が狙ったそのとき、巨大な影が差して生き物たちは畏れるように逃げ惑う。

大空を舞う真っ赤な翼……。この大陸の覇者、竜の狩り場の主である火竜は、悠然と空を舞い、大陸の中心部にある巨大な岩山に向かって飛んでいく。

その背に、黒髪を靡かせる一人の少女を乗せて……。

***

《――もうじきだ、人の娘よ――》

「……ええ」

竜の背に乗って大空を飛ぶ……得がたい経験だと思うのだけど、息苦しいし、凍えるし、やはり人間は地に住む生き物だと実感したわ。

これでも〝竜魔法〟で随分軽減されてはいるらしいけどね。

竜魔法。簡単に言えば竜の使う戦技。

竜が火を吐くのは、咽に火を吹く器官があるのではなく、この〝戦技〟を使って火を吹くそうよ。

理論上は、竜魔法を使えば火でも吹雪でも雷でも吐けるけど、人間の戦技と違って無属性の魔素を使うのではなくて、火竜なら純粋な火の魔素を使うから、最大火力にするには〝 火の息(ファイアブレス) 〟になってしまう。

火竜は私が凍えないように暖かな息で全身を覆い、速度も緩めてくれたわ。

翼を持つ竜はその気になれば音よりも速く飛べるらしいけど、逆を言えば、遅すぎると高度を保てず失墜してしまう。

そこでも竜は、竜魔法を使って空に浮かび、落ちないようにしている。

よく滞空している竜が吠えているような絵を見たり、物語を聞いたりするけど、あれって落ちないように咆哮で竜魔法を使っているのですって。

《――見えたぞ――》

「あれが……〝火竜の巣〟……」

サース大陸の中心部。魔物生息域と古代エルフが呪いをかけた不帰の森に囲まれた、人類の未踏地。この大陸最大のロスト山脈を望む場所、火竜の巣。

私たちが勇者と戦った、火竜の餌場の一つも大きな岩山だったけど、此処に比べたら砂で出来たお城のようなものね。正に小さな城くらいもある巨岩が無数に積み重なって形作られたそれは、あまりにも壮大だった。

古代エルフ以外で、人の身でここまで来たのは私が初めてではないかしら。

「凄いわね……」

ここからでも強い火の魔素……いえ、火の精霊力が感じられた。

その懐かしい魔素を感じて目を瞑る私を背に、火竜がゆっくりとその中心地に舞い降りる。

「……っ」

その背から降りようとして滑り落ちた私を火竜の翼が受け止め、私がそれに礼を……

「ごほっ、こほっ」

激しく咳き込み、内臓でも傷つけたのか血が口元を汚していた。

《……人の娘よ……》

「…………問題ないわ」

私は声をかけてきた火竜に首を振り、ハンカチで口元を拭いながら、そっと魔術で黒く染めた髪色を白に戻した。

あの後……私たちが勇者を倒してアリアたちの前から飛び立った後、私と火竜は傷を癒すために、火竜のもう一つの餌場である大草原の窪地へと身を潜めた。

ただ傷を癒すだけなら、この〝火竜の巣〟に来たほうが火竜の傷も早く癒えたと思うけど、それをしなかったのは、火竜が傷を癒すのに魔素だけでなく大量の肉を欲したことと、そのときの私の身体が濃い魔素に耐えられなかったから。

火竜も私も勝ちはしたがほぼ瀕死の状態で、多くの眠りを必要としたわ。

それでも私は【 影収納(ストレージ) 】に仕舞っていたアリアのお薬がなければ、本当に死んでいたかもしれないわね。

でも私は、無理をしてでもすぐに行動をしなければいけなかった。

聖教会に怒りを抱く火竜もそれに協力してくれたわ。

それはすなわち、聖教会への襲撃。

おそらく抵抗することなく捕らえられているでしょう、アリアが行動できる大義名分を与えて、〝私〟を〝悪役〟にすること。

それでも無理をしすぎたわね……。

〝竜の巣〟に来られるくらいには回復したけど、いまだに生命力に痼りのようなものが残り続けて、私を蝕んでいる。

まぁ、心当たりはあるのだけど……。

一つは私の命を削る【 加護(ギフト) 】である、〝 魂の茨(ソウルソーン) 〟を使用したこと。それと――

《……人の娘よ。其方、〝瘴気〟を使ったな?……》

火竜の射貫くような金色の瞳に、私は誇らしげに笑う。

「ええ、そうよ」

瘴気。精霊が生み出した魔素が、生物の負の感情に汚染されたモノ。

悪魔は自らそれを生み出し、死体からアンデッドを創り出す。当然、生物にとっては毒であり、光魔術の【 浄化(クリーン) 】でないと消すことはできない。

それでも、光の精霊の加護で不死身となった〝勇者〟にトドメを刺すには、それを使うしかなかった。

でも、後悔なんて欠片もしてないわ。

私の命はアリアのために使うと誓ったのだから。

そんな想いで笑う私に、火竜は金色の瞳をわずかに細めた。

《――その瘴気は、通常の手段で消えることはないだろう――》

「……でしょうね」

瘴気に侵されても【 浄化(クリーン) 】で消すことはできる。でも私は勇者を確実に殺すために、魔術と併用して使ったわ。

そのせいで、瘴気に身体だけでなく、生命の核までも侵食されたのでしょうね。

そして魂を削る 魂の茨(ソウルソーン) を使ったことで、以前よりも身体の負荷が増えているように感じられた。

《――人の娘よ。そのまま力を使い続ければ、其方の命は更に削られていく――》

「……ええ」

分かっているわそんなこと。でも私にはしなくてはいけないことがあるの。

聖教会の襲撃もその一つ。それを手伝ってくれたことに感謝はしているけど、お説教は聞く気はないと睨みつけると、火竜が次の言葉を放った。

《――我の命も、もう長くはない――》

「……火竜?」

唐突にそんなことを話し始めた火竜に、私はあらためてその瞳と向き直る。

「勇者に与えられた傷が?」

《――それもある――》

確かに勇者の放った一撃……光の大精霊の加護とレベル6の戦技は、火竜に致命傷に近い傷を与えていた。

実際、死んでいてもおかしくなかった。私も死んだと思っていたから。

首を半ばまで断ち切られてまだ命を繋ぎ、反撃の機会を狙っていたことに驚いたわ。

同じレベル6の戦技を身に着けたアリアだって、属性竜を一撃で殺すことなんてできないから、それを出来た勇者の力と、それでも生きていた火竜が異常なのだけど……。

「あなたは生きているじゃない」

それでも私とは違う。寿命は削られたかもしれないけど、数千年は生きるとされている属性竜は、脆弱な人間とは違うもの。

でも私の言葉を火竜は否定するように目を細めた。

《――我は其方と同じく〝瘴気〟に侵されている――》

「瘴気……なぜ?」

なぜそんなものが? 勇者の攻撃に瘴気が乗せられていたというの? 殺した私が言うこともではないけど、あれでも光の大精霊に守護された世界の救世主なのよ?

私が放った瘴気が影響したというのなら分かるけども……。

《――人の娘よ。其方が殺したことは関係ない。其方の放った瘴気により、アレは生物として死んだ――》

「なら……どうして?」

《――おそらくはアレの〝魂〟の問題だ。アレの魂は歪んでいた――》

魂? 歪み? 瘴気とは負の感情……まさか。

「あいつの歪み……生まれ持った〝負の感情〟が瘴気を生み出したと言うの?」

私は魔術的な呪い、呪言を用いて瘴気を生み出した。でもそれは本当にわずかなもので、たったそれだけでも私は大きなダメージを受けている。

それが負の感情……邪念だけで竜を殺せるほどの瘴気を生み出せるなんて、本当にあり得るの?

《――通常では無理だろう。だからこそ、我はアレを危険視している。我が其方と共に向かったのは、アレの遺骸を焼き尽くすためだ――》

私はその言葉を自分の眉間に皺が寄るのを感じた。

それってまさか……。

「勇者が生きているとでも言うつもり?」

《――それこそ、〝まさか〟だ。アレが死んだことは間違いない。だが、光の大精霊がアレを選んだ理由は何か分からぬなら 念のために焼いておく――》

「そうね……」

世界に仇なすモノ……魔王を倒すために選ばれる存在、勇者。

アレは、アリアたちが倒した闇竜がそうではないかと言っていたけれど、もしかしたらそうではない可能性もある。

あんな歪んだ人物が〝勇者〟に選ばれた理由は何……?

もし、アレでなくては倒せないような存在がいるのなら……それを火竜は気にしている。まぁ、気にしても何も分からないのだけどね。

「力を貸しなさい、火竜。あなたの命を使ってあげる」

《――良かろう、人の娘よ。我が命が尽きるまで、其方のために牙を振るおう。我を呼べ。我が名は――》

火竜、ラディウス。光る炎。

人に初めて名を告げた竜と、名前を捨てた私が、共に戦うことを誓う。

火竜は、危険視する勇者の遺骸を燃やし尽くすために。

私は私の目的を果たすために。

勇者を殺したこの世界の〝魔王〟として、アリアに討たれるために。

ようやくよ……。

今度こそ、あなたのために死んであげられるわ。