軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

300 生きる意味

「スノーっ!!」

勇者クラインにとどめを刺した私にアリアが声をあげた。

もう少しよ、アリア。……すぐに終わるから。

心臓を握りつぶしたのにまだ微かに動いているわ。これが勇者……まるで世界を救うための呪いね。放っておけばここからでも再生するのかしら?

「……〝死ね〟」

殺意と呪いの言葉を発動ワードにした稲妻が心臓を塵になるまで焼き尽くし、手についた血を払うようにクラインの死体を投げ捨てると、クラインの身体から何か光る靄のようなものが立ち上り、どこかへ消えていった。

ああ……あれが光の精霊の〝加護〟なのかしら。ここまでやってようやく死ぬなんて、本当に呪いなんじゃないの?

「…………」

もう魂さえも残っていないと思うけど、念のためと腹いせに死体を完全に破壊しようと私は血塗れの手をクラインへ向ける。

「スノーっ」

その私の手首をアリアが掴む。骨が折れそうに強くて、でもとても優しい力。

「どうして止めるの?」

「もう魔術を使うな」

睨むような、叱るようなあなたの瞳。出会った頃の孤独な獣のような瞳は、とても綺麗で眩しいわ。

ああ、そうだったのね。あの頃からあなたは睨んでいたのではなくて、私を叱っていたのね。今更気づくなんて我ながら滑稽だわ。

「そうね……燃やしたいから火を貸してくださらない?」

「……死んでいないの?」

私が薄く微笑んでそうお願いすると、アリアが警戒するように、瞳だけで胸に穴の開いたクラインの死体を視界に入れる。

「いいえ、死んでいるわ。 ちゃ(・) んと(・・) 殺したから」

勇者に与えられる光の加護。

世界を救うために死ぬことさえ許されない精霊の祝福。

永遠に成長し、永劫に戦い続け、勇者は死しても戦い続ける。

だからこそ、ちゃんと殺した。

「呪いの言葉……」

その言葉にアリアの眉間に微かに皺が寄る。

「ええ、そうよ」

勇者に与えられた恩恵、光の大精霊の加護。それが聖なるものだなんて考えるのは、純朴な聖職者と幼子くらいよ。

けれど、精霊と悪魔が天敵同士であるように、精霊が生命を司る〝正〟の属性を持つと考えると、その加護に抗い、確実に生命活動を止めるには、それとは正反対の属性である〝負〟が必要だった。

魔術は長ったらしい呪文を唱えずに魔法として使うことができるけど、それでも術式を確定させる〝発動ワード〟は必要よ。

無くても使うことはできるけど、魔術がこの世に及ぼす影響が段違いなのだから、最悪叫ぶだけでもいいので発動ワードは使ったほうがいいわ。

例えば、『火矢』や『水球』など、わざわざ正式な魔術名を使うのは、より明確に術者の意識で魔術を確定させるためね。

発動ワードはただの掛け声じゃない。物理法則を無視した魔術という〝奇跡〟を世界に顕現させるための、術者の意志そのものよ。

だから私はそれに〝殺意〟という〝呪い〟の言葉を使い、私の負の感情をたっぷりとくれて、わずかながらに魔素を瘴気に変化させた。

おそらく悪魔が使う〝暗黒魔法〟は、この系統なのではないかしら?

運が良かったわね。私が居て。いいえ、クラインからしてみれば運が悪かったのかしら? これは負の感情で生きてきた私でしか出来ないことで、アリアにはどうしても無理なことだから。

セレジュラなら出来たかもしれないけど、彼女はそれをしないでしょうね。……瘴気を扱うこと自体が術者の身体の負担にもなると識っているでしょうから。

「〝加護〟を解け、スノー」

アリアの瞳がまっすぐに私を睨む。

ええ、分かっているわ、アリア。

魔力を使わなければ大きな負担はないけれど、〝 魂の茨(ソウルソーン) 〟を発動させているだけでも私の生命力は消費されていく。

もうすぐよ……すぐに分かるわ。

「アリア……私のこと、信じる?」

「……何を言っているの?」

あなたはそうよね。でも……。

「私はあなたのことを信じているわ。この世界の何よりも」

「スノー……?」

一瞬の心の隙……。あなたがこんな私に心を預けてくれるという微かな期待。

「――【 睡眠(スリープ) 】――」

その瞬間に黒い茨が魂から膨大な魔力を汲み上げて、刹那の間に抵抗を試みたアリアに襲いかかる。

レベル6の闇魔術、【 睡眠(スリープ) 】……。精神力の強いアリアにはほぼ効かないはずの魔術は、その一瞬の隙を突いて効果を表した。

「スノー……っ!」

片膝をつきながら、それでもアリアは魔術に抗ってみせる。

『ガァアアアアッ!』

それに気づいた血塗れのネコちゃんが私に牙を剥いて唸り声をあげた。

「……あなたも〝休んで〟」

その単語を発動ワードにしてネコちゃんを【 影(シャドウ) 渡り(ウォーカー) 】の〝影〟に閉じ込める。

「何を……スノー……っ」

眠っていていいのよ? でも大丈夫、もう来たわ。

「――クラインっ!!」

そのとき、岩壁に囲まれたこの火竜の巣に声が響き、その人物は目の前に広がる光景に掠れた声を零す。

「……なんだこれはっ」

剣聖ナイトハルト。勇者パーティーの剣士。

その驚愕に彩られた瞳に映るのは、傷つき横たわる火竜。火竜のブレスによって焼け焦げた岩肌。

傷つき、膝をつくアリア。倒れ伏した仲間である戦士ダグラス。

心臓辺りに大穴を開けた、勇者クラインの死体……。

そして……。

「……〝勇者〟を殺したのは貴様かっ!!」

すべてを見下ろすように立つ、死体のような白い肌に深い隈に、光沢のない漆黒の髪を靡かせた、血塗れの真っ赤なドレスを纏う幽鬼のような〝女〟が、剣を抜いたナイトハルトを嘲笑う。

その瞬間、霞むほどの速度でナイトハルトが迫る。

「死ねっ!!」

戦闘力四千近い前衛職の一撃。ランク6の剣閃は空間さえも斬り裂くような速さで、その〝女〟を斬り裂いた。

でもね。

「イヤよ」

その〝女〟は 幻影(・・) のように消えて、その瞬間、黒髪を蛇のように靡かせながらナイトハルトの顔面を鷲掴みにすると、黒い茨を巻き付けた細腕の異様な膂力が、彼の頭部を岩の地面に叩きつけた。

ガゴンッ!!

「ぐがっ」

岩が砕けるほどの衝撃にナイトハルトが呻きをあげる。

あまりの衝撃に跳ね返るのを利用しながら、ナイトハルトは腕を振りほどいて距離を取るが、深いダメージから膝をつく。

「貴様…… 何者(・・) だっ」

その言葉を聞いて私は、全身に茨を巻き付けながらそれを嗤う。

そう、それでいいの。あなたはそのために生かしておいたのだから。人類の希望である〝勇者〟を殺したのは、アリアでも冒険者の〝白い女〟でもないわ。

「逃がす……かっ!」

血塗れの顔面を拭うようにナイトハルトの全身から、魔素を纏った風が巻き起こる。

勇者と共に戦うために精霊の恩恵を得た〝英雄級〟……。そう……それがあなたの奥の手なのね。

鑑定するまでもなくナイトハルトの戦闘力が跳ね上がる。

私も魔術を使えば対抗できる。でも、今はまだその時じゃない。

その瞬間、私は微かな魔力の流れと〝意思〟を感じた。ええ、そうね……。あなたも勇者に与するものに恨みはあるのよね。

いいわ。譲ってあげる。

『――ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

倒れ伏して、生命活動を最低に落としてまで回復に費やしていた火竜が、不意に首をもたげて炎のブレスを吐き出した。

「くっ!」

ナイトハルトが使おうとした〝風〟が、火竜のブレスとぶつかり合い、削り合うように相殺する。

〈――娘――〉

火竜の呟きが私の耳に届く。その瞳と視線が絡み合い、私は傷ついた身体で飛び立とうとする火竜の首に飛び乗った。

竜に乗り、その場から離れようとする私に、まだ意識が残っていたアリアの瞳が私を鋭く射貫く。

痛いわね……本当に。

これでいいの。これが私が生きている理由。

私の命は、あなたのために使うと誓ったのだから。