軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

285 私の勇者

「あれが……〝勇者〟?」

あの男が消えた方角を見つめてアリアがポツリと漏らす。

アリアだけでなくて私も目をつけられたようね。……まぁいいわ。

とりあえずアリアのほうへ歩こうとした私の足がわずかにもつれて、咄嗟にアリアが支えてくれる。

「スノー……だいぶ良くはなっているけど、無理はダメ」

「ええ……そうね」

心臓を圧迫していた魔石が小さくなって、魔術師として動く分にはほとんど問題はなくなったけど、それでも四属性の魔術師より圧迫感はある。

「後で薬を作っておくから」

「……飲まなきゃダメ?」

身体は随分と良くなった。それでも十年以上無理をしていた身体はボロボロで、本来なら何年も投薬をしながら静養しないといけないみたい。

まぁ、さすがにそれを私がするのはアリアも無理だと思ってくれたのか、その結果としてあの凄く苦くて臭い薬を飲まされている。……おばあちゃんの健康法でどこまで身体を治せるのかしら。

……昔の私だったら、死ぬことを前提として動いていたから無理が利いたのだけど、今だとそこまで無理はできない。

死の痛みは苦しいだけだけど、生の苦しみは痛いから厄介ね。

あの頃の私なら……。

あの勇者でさえも殺せたかもしれないのに。

「――おーいっ、アリア! スノーッ!」

「無事かっ!?」

そのときそんな声が聞こえて、馬車から降りたジェーシャとフェルドの戦士二人が、抜き身の武器を担いで駆け寄ってくる姿が見えた。

戦闘が激しくなって出てきてくれたのはアリアだけではなかったのね……お年寄り組は待機だけど。

「とりあえず、戻ろう」

「ええ、そうね……」

ジェーシャの付き添いで馬車に戻った私がお茶を飲みながら身体を休めていると、戦闘跡を調べていたアリアとフェルドが遅れて戻り、腕を組んで眉間に皺を寄せていたドルトンが口を開く。

「お前ら、見たことを話せ」

〝虹色の剣〟のリーダーとして低い声で命じる声。まずは私から話すのが筋かしら?

「ある人物が襲撃を受けていたわ。たぶん暗殺者ね」

まったく同じ装備でいながら特徴を消していたので、暗殺者ギルドではなく貴族か資産家の暗殺部隊だと感じたことを伝える。

「うん。暗殺者ギルドの構成員は基本的に身勝手だから、同じ装備はしないと思う」

「貴族の暗殺部隊ならその特徴でもおかしくないな。普段は顔を変えている可能性もあるので、死んでいる以上は何も分からなかった」

戦闘跡を確認したアリアが元暗殺者ギルドの視点から。フェルドが元貴族の視点からそれを肯定してくれた。

あの勇者は何人か生かして連れ帰りたかったのかもしれないけど、死んじゃったら仕方ないわね。

「その男は、暗殺者をおびき出したと言っていたわ」

「貴族の手勢に襲われる高ランク……そして、行きがかりで戦いになってしまったが、私たちのことを『英雄級』と呼んだことから、私とスノーは、その人物を『勇者』だと考えている」

「それに、私たちよりも強かったわね」

私がお茶を飲みながらアリアの言葉に続けると、一瞬凍り付いたように馬車の中が静まりかえる。

「嘘だろ……」

ジェーシャがそういう気持ちも分かるわ。私とアリアの戦いで王都が半壊していたものね。

技量的にはランク6の私とほぼ互角。それで剣でもアリアと互角なことから、最低でもその人物の技量は、魔術がレベル6で近接がレベル5となる。

それもあくまで最低レベルでだけど。

「スノーは あれ(・・) の戦闘力は視えた?」

「……いいえ。私も見えなかったわ」

〝人物〟でも〝男〟でもなく、もうすっかり〝アレ〟扱いね。

じっくりと鑑定する暇もなかったけど、私やアリアのレベルなら肌や魔力で感じることで大まかな鑑定はできるはずなのに、 視えなかった(・・・・・・) 。

あれが勇者だとしたら、精霊の加護を受けている? だから分からなかった?

ううん、違うな。

たぶん、強さの性質が私たちの〝想定外〟なんだわ。

アリアの〝鉄の薔薇〟や私の〝魂の茨〟のような特殊な力があるのかもしれない。

……あれを殺すにはどうするか?

同時に同じことを考えたのか、私とアリアの視線が互いへ向けられる。

「アリアはあれに効きそうな毒を知っていて?」

「もし伝承通り、勇者が精霊の加護を貰っているのなら、普通の毒は効かない」

「毒耐性ではなく毒無効? そんなのあり?」

「毒は体内に吸収されることで物理的に作用する。桃色髪のメルローズの女性は、精霊の恩恵で病気にかかりにくい。でもそれは病気という毒を無効化するのではなく、単純に小さな毒に耐えられる身体になった」

「つまりは、それ以上の毒を使えばいいってことね」

「腐食毒なら効くとは思うけど、あれが死ぬほどの量だと、撒いた人が死ぬ」

「それなら酸のほうが手軽ね。でも、守りを突破できるのなら、直接毒を打ち込んだほうが早いと思うの」

「それならガルバスに頼んで特殊な矢を作ってもらうか。でも」

「そうよね。それならアリアが直接斬るほうが確実になるわ」

「確実を期すなら弱体化を狙う?」

「そのときは周囲の人間を一人ずつ始末して、孤立させてから……」

「待て待て、お前ら! どうして勇者を殺すことになっている!? 今回の件は、こちらにも非があるし、明確に敵対もされずに攻撃すれば聖教会とも敵対するぞっ」

「「あぁ……」」

思わず本気で勇者を亡き者にしようと算段を立てていたところで、ドルトンのツッコみをうけて我に返る。

それはそうね。戦闘にはなってしまったけど、相手は無法者でもなく名も地位もある勇者さまですものね。暗殺計画を考えるのがあまりにも楽しくて忘れていたわ。

ちなみに他の人たちは、最年少の女の子二人が、嬉々として暗殺計画を立ててたところで唖然としていたみたい。

とりあえず勇者が本当に敵となるか、それとも穏便に済むか、聖教会の本殿に着いてからでないと判断はできないと保留になった。

そこで問題になるのが、聖教会内での〝勇者〟の立ち位置となる。

勇者は襲撃を受けていた。彼にはある程度の地位がある明確な敵がいる。しかも彼はそれを誘い出して殲滅しようしていた。つまりは、これまでも何度か命を狙われていることを意味している。

端から聞けば勇者の名声が邪魔になった権力者という、善と悪という絵物語のような図が成り立つのだけど、政治に勧善懲悪は存在しない。

あるのは自分の思想と偏った正義だけ。それが悪いとは言わないし、それで救われる人もいるけど、それを恨む人もいる。

その思想が、人間種族の幸福のみを求める聖教会と勇者の思想が合わないのか、それとも、どちらかに致命的な問題を抱えているのか……それは再会してからの楽しみということかしら。

でも……。

(……気にくわない)

アリアを見たあの男の目が気にくわない。

アリアを見下すようなあの男の笑みが気にくわない。

私にとって『勇者』も『英雄』も……〝アリア〟一人だけだから。