作品タイトル不明
281 勇者の在り方
「勇者……」
勇者、勇気ある者。よく〝英雄〟と混同されるけれど、根本が違う。
英雄は最初からそう呼ばれるのではなく、戦い続けた結果、それが人に認められることで英雄となる。
けれど〝勇者〟は違う。敵を殺す必要はない。本人が弱くてもいい。ただ、人々の先頭に立って、後に続く人に勇気を与える人よ。
でも、その言葉の定義はある時を境に変わってしまった。
「聖教会ね」
「ええ、その通りよ」
私の呟きにアリアとドルトンが振り返り、お姫様が静かに肯定する。
「聖教会からの要請と言っていたけど、どうして聖教会が?」
続いてアリアがお姫様に訊ねると、彼女は勇者のことか聖教会のことか、頭痛がしたように眉間を押さえて説明してくれる。
「まず前提として、その存在が〝勇者〟と呼ばれはじめたのは、聖教会がそう定めたからと言われています」
歴史上、人類の危機となる事象が起きると、それを未然に防ぎ、それを退けた存在があった。
人知れず世界を救う存在……。人々はそれを神の使いとして信仰したという。
その誰かも分からなかった『存在』が世に知られるようになったのは、『魔王』が現れたからだ。
このサース大陸ではその存在は確認されていないが、この世界では歴史上〝魔王〟と呼ばれる超常の存在があった。
たとえば、上級悪魔を超える高位悪魔。
たとえば、魔術師が自ら儀式を執り行った高位不死者。
たとえば、人間に恨みを持つ暗黒邪竜……。
人々は国家の枠組みさえ超える天災級の存在を『魔王』と呼び、魔王はその力をもって多くの魔物を従え、幾つもの国を滅ぼしたという。
その絶望の中で一人の若者が人々を苦しめていた巨大な魔物を討ち取り、人々に一筋の希望と〝勇気〟を与えた。
その若者が持つ勇気に導かれるように力ある英雄たちが集まり、若者は仲間たちと共についに魔王を討ち取った。
勇者とは人々に希望と勇気を与える存在。
だが、聖教会がそれを〝英雄〟ではなく『勇者』とした事で、〝勇者〟の在り方が変わってしまった。
「そのとき世界の危機に対して、精霊の力を得た若者が魔王を倒しました。人々に勇気を与える存在だったはずが、聖教会により精霊に力を与えられた存在が『勇者』と呼ばれるようになったのです」
「それは……〝加護〟のこと?」
アリアが疑問を口にすると、話し終えたお姫様が小さく首を振る。
「わたくしも詳しいことは分かりませんが、ダンジョンの【 加護(ギフト) 】とは違うと聞いています。この世界に危機が訪れたとき精霊に選ばれると……」
ある日突然、神にも等しい力を持つ精霊に力を与えられ、勇者となる。
それを勇者と定めたのは聖教会の思惑で、今も勇者を支援することで、その存在は聖教会の関係者となり、その功績と名声をもって聖教会は信者と寄付金を集めているってことかしら?
……ふざけているわ。勇者も聖教会も大概ね。聖教会が昔からそんな事をしていたことに驚きはないけど、勇者は存在自体が反則っぽいわ。
「それなら、その勇者がわざわざこの大陸まで来たのは、世界の危機に相当する災厄が現れたってこと?」
「そうなりますね」
「ふむ……」
アリアがその事実に気づいて言葉にすると、お姫様とドルトンが視線を上げた。
「そこでどうして、私を見るのかしら?」
失礼な人たちね。私なんて精々、王都に住む十数万人を巻き添えで殺そうとしただけじゃない。魔王なんて柄じゃないわ。
「それはさておき」
コホン……と小さく咳払いをしたお姫様はあらためてアリアを瞳に映す。
「アリア……。勇者があなたを仲間に求める理由は分かりますか?」
「……精霊の恩恵」
勇者の仲間は誰でもいいわけではない。
聖教会が、世界の危機に対して、精霊に加護を与えられた者を『勇者』と定めたように、その最初に定められた勇者が仲間とした『英雄』でなければ、勇者の仲間として認められていない。
正直、馬鹿馬鹿しいとは思うわ。勇者が真に力があるのなら、〝仲間〟などという枠を作らずに、何千でも何万でも補佐をする人間を付けてやればいいのよ。
けれど、世間体を気にする人たちにしてみたら、そうはいかないのでしょうね。
私も文献や禁書でしか知らないけど、〝魔王〟は確かに存在した。
その強さは……最低でもランク8。
そのレベルの脅威を相手にするには、一般兵士や騎士程度の戦闘力だと削ることはできてもとどめを刺すことはできない。その削りでさえも、兵士一人の命でかすり傷を付ける程度。
数千の犠牲を払って魔王の体力を削り、隙を作って、温存させた勇者の力でとどめを刺す。
でも、本当に幾つもの国家を滅ぼすような〝本物の魔王〟でもない限り、犠牲者の遺族や信者は納得しないでしょうね。
だからこそ勇者の仲間は、〝英雄級〟に限定されている。
「勇者……聖教会は、精霊の恩恵を得て、国家を救ったアリアを『英雄級』として認めているようです」
お姫様の言うとおり、今のアリアは聖教会が定めた〝英雄級〟の枠に当て嵌まる。
本来なら一軍の将や、活躍して賞賛された者、そして勇者と呼ばれるような活躍をした人間を『英雄』と呼ぶべきなのだけど、これもまた聖教会が歪めてしまった。
今では聖教会が定めた〝英雄級〟で、功績により国家から認められた者が、英雄と呼ばれている。
英雄級とは精霊の恩恵や加護を得た者の中で、戦闘系の能力を得た者よ。
ダンジョンの加護や恩恵を受けたとしても、魔術属性の一つを消して自分の身体を癒したお姫様や、未来を予見するダンドールのお嬢さんは範囲外ね。
精霊の茶目っ気で、悪魔と契約させられた神殿のお坊ちゃんや、全身に蟲を飼う羽目になった王族崩れには笑わせてもらったけど、自分で制御できていない時点で、最初から論外よ。
……ああ、なるほど。
お姫様が私にも来いと言ったのはそういう事なのね。
不意に気づいたその可能性にお姫様を見ると、彼女は人としての罪悪感を抱きながらも、女王としての確固たる意思を秘めた視線を返す。
アリアでは気づかなくても、私なら気づくと確信している。
知られている中で戦闘系の恩恵を受けたのは、アリアと〝私〟の二人だけ。
私は死んだことになっているけど、生きていると知られたらどう転ぶか分からない。
勇者が本当に伝説通りの力を持っているのか知らない。
けれど、その勇者の要望が国家、そして何より〝アリア〟の望みと相容れないとき、最悪の場合は私が命を懸けてでも勇者を〝処理〟することを望んでいる。
少なくとも私を見るお姫様の瞳はそう言っていた。
「ふふ……」
微かに含むような笑い声を漏らす私をアリアが怪訝そうに見る。
いいわよ、お姫様……いいえ、エレーナ。それは私も望むところだから。
覚悟を決めた人間の瞳は好きよ。
あなたと私の望み通り、アリアに内緒で勇者は私が なんとか(・・・・) してあげるわ。