軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28 邂逅

「はぁ~……」

夜も更けたダンドール城の一角、そのリビングの一つで香り高い紅茶を飲みながら、一人の幼い少女が溜息を吐く。

「どうしたんだい? クララ。溜息なんてついて」

「……お兄様」

リビングに現れた少し年上の少年に、前世の記憶を持つ悪役令嬢クララ・ダンドールは笑みを浮かべて首を振る。

「あと少しでエレーナさまがいらっしゃるので、愉しみにしているだけですわ」

「殿下とクララは仲が良いからな。私も従姉妹殿と久しぶりに会えるのは楽しみだよ」

「はい、お兄様」

クララは朗らかに笑う今世の兄を複雑な気持ちで見つめる。

前世の記憶……それによれば、自分は乙女ゲームの『悪役令嬢』と呼ばれる存在で、この目の前にいる一つ上の兄も『攻略対象者』の一人だった。

ロークウェル・ダンドール。クララと同じ赤い髪に灰色の瞳を持った、驚くほどの美少年だ。性格は誠実で高潔。それでいて優しい性格はクララだけでなくダンドール家のすべてから愛されていた。

だが、彼は『ヒロイン』と出逢ったことで初めての恋に落ち、それ以外のことが見えなくなったロークウェルは、ヒロインが王太子と結ばれても愚直に彼女の幸せだけを想い続け、最後には妹のクララでさえわずかな証拠で断罪するのだ。

他の貴族ならいざ知らず、ダンドール辺境伯家の嫡男である実の兄からの告発なら、正式な証拠と見られかねない。そして断罪された場合、ゲームのクララは北方の他国にある極寒の修道院に送られ、二度と外の世界を見ないまま生涯を終えることになるのだ。

そんなことは嫌だ。若く死んでせっかく生まれ変わったのに、人並みの幸せを求めて何が悪いのか。

ゲームでのクララは“ゲームらしく”嫌な性格だったが、今のクララとロークウェルは良好な関係にあるので、ヒロインが王太子と結ばれてもクララを告発しない可能性もあった。けれど、クララが王太子の正式な婚約者となったら、クララが舞台から降りないかぎりヒロインと王太子は結ばれない。

ヒロインと敵対しない。仲良くするという選択肢もあるが、たとえクララが何もしなくても、もしヒロインに嫉妬した令嬢たちが何かをした場合、『王太子の婚約者であるクララ様のため』という大義名分で、知らないうちに祭りあげられ首謀者にされてしまう可能性が高かった。

婚約者候補から辞退するのも考えたが、叔母が正妃になれなかったことで、その兄でありクララの父である総騎士団長は、娘のクララを次の正妃とするべく躍起になっていたのだ。

そしてクララは、この優しい兄の信念さえ歪めてしまうヒロインの“魅力”を、何よりも恐れた。

ヒロインが他の攻略対象を選ぶのなら問題はない。兄を選んだとしても、クララは他国へ出される程度で済むだろう。

でもここは何度も繰り返せる“ゲーム”ではなく、一度しかない“現実”なのだ。

(失敗は許されない……)

ゲームのヒロインは子爵令嬢だったが、王太子と結ばれる時のみ、その出自がメルローズ家であることが明かされる。祖父から聞いた話では、未確認情報だが行方不明だったメルローズの姫が見つかったらしい。

その真相はどうなのか、クララも極秘裏にダンドールの間諜を使って調べさせたが、その間諜によるとこの国の暗部はメルローズ家が取り仕切っており、これ以上調べるとクレイデール王国の暗部すべてを相手にする覚悟がいると言われた。

そして何より、メルローズ家当主とダンドール家当主である祖父は学生時代からの友人関係にあるので、ダンドールの人間を使ってメルローズ家の姫に先手を打つことはまず不可能だった。

何かの伝手がいる。ダンドール家とは関係なくヒロインを排除できる伝手を、クララはゲーム開始時の魔術学園入学までに探さなければいけなかった。

ゲームの悪役令嬢は三人。

一人は王太子の婚約者であるクララで、もう一人は筆頭宮廷魔術師の伯爵令嬢で、最後の一人が今こちらに向かっている第一王女のエレーナになる。

だが、エレーナは悪役令嬢に分類されていても、兄である王太子に関わるヒロインに嫉妬して小言を言う程度であり、好感度が高くなると最終的にはヒロインを認めて味方になるので、実質はクララと伯爵令嬢の二人がメインの悪役令嬢になる。

それならば――

「今ならエレーナにヒロインを排除してもらえるかな……」

***

「よろしい。それで最低限の足運びはできるようになりましたね。ですが、まだ初歩にすぎません。鍛錬を怠らないように」

「はい」

朝の鍛錬の時間、セラからやっと合格を貰った。

護衛メイド見習いの修行を始めてから九日目、私は監視対象者が来るギリギリになって『護衛メイド』の足運びの基礎をようやく体得できた。とはいっても集中してようやく数歩使える状態なので、まだ戦闘に使うには難しい。

けど、セラが言うには10歳以下でこの足運びをわずかでも使えるようになった者は、セラの組織でも数人ぐらいしか記憶にないそうだ。

「ちなみに私も、七つの頃には使えました」

「僕もできるよっ」

「……セオは私と似たようなものでしょ」

セオとは朝だけだが一緒に鍛錬を続けている。一つ年下のセオが私より高度な技術を持っていたので、これが普通かと思っていたけど、セオは才能があっても今まで飽きっぽい感じだったが、私と鍛錬をするようになってから真剣に取り組むようになったそうで、セラにこっそりお礼を言われた。……私は何もしてないけど。

その他に会得できたのは、闇魔術のもう一つのレベル1呪文である【 重過(ウエイト) 】だ。

【 重過(ウエイト) 】は、抱えられるほどの物体の重量を一割程度増減できる魔術で、その呪文は『モバサオーイアーニデレクレス』――“その物の重さを変えろ” という意味になる。

これも呪文の単語を探すところから始めたので大変だったが、【闇魔法】を会得したことでわずかな発動兆候も分かるようになって、数日で覚えることができた。

短縮された呪文を展開すると、『 任意(イアーニ) 』と『 方角(ディレクレス) 』という二つの単語が見つかり、この呪文が『物体の重さを変える』魔術ではなく『物体を動かす』魔術だと判明した。

そこからこの呪文の中に『重さ』の単語はないと分かって、ようやく【 重過(ウエイト) 】の呪文を発動することができたのだ。

……誰だよ、こんな適当な意訳をしたのは。

見て分かるとおり、これも使い勝手の悪い魔術だけど、手元を離れてもわずかな効果が残っていることに【闇魔法】の感覚で気づいてから、意識して使うことで遠隔武器の飛距離と命中率を上げることができるようになった。

【闇魔法】を使った『触覚』の幻惑も少しは形になってきた。今はまだわずかな効果しかないけど、初見なら一瞬の気を引く程度はできるだろう。

【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク2】

【魔力値:111/115】3Up【体力値:55/64】4Up

【筋力:4(4.4)】【耐久:5(5.5)】【敏捷:7(7.7)】【器用:6】

【短剣術Lv.1】【体術Lv.1】【投擲Lv.1】

【光魔術Lv.1】【闇魔法Lv.1】【無属性魔法Lv.1】

【生活魔法×6】【魔力制御Lv.2】【威圧Lv.2】

【隠密Lv.1】【暗視Lv.1】【探知Lv.1】

【簡易鑑定】

【総合戦闘力:62(身体強化中:66)】4Up

ステータス的にはあまり変わっていないけど、細かな技術面で成長しているので、身体が成長すれば【体術】と【隠密】は上がりそうな感覚はある。

周りが化け物ばかりなので成長が遅いように思えるけど、10歳以下でレベル2のスキルがあるだけで驚異的なのだ。実際に私の戦闘力はセオより高い。それでいて組み手ではセオになかなか勝てないので、基礎になる技術が大事なのだとあらためて理解した。

でもまだ、光魔術の【 治癒(キュア) 】を覚えるに至っていない。

セラに呪文の意味も知っているかぎり教えてもらい、唱えると発動の兆候はあるのに効果を発揮しないのだ。

『 再生(リティース) 』と『 本当(オストーリー) ・ 姿(ステン) 』という単語を見つけたけど、いまだに何かが足りないのかもしれない。

なにか“コツ”がいる。でもその“コツ”が分からない。

魔術の考察と研究をジックリしたいところだけど、もう“お客様”がいつ到着してもよい頃なので、メイドたちは見習いである私も含めてかなり忙しくなっている。

私も礼儀作法を最低限とはいえ覚えさせられたので、屋敷ではなく城のほうで仕事を与えられていた。

けれどセラから言わせると本当に最低限らしいので、貴族から直接声をかけられないかぎりは、基本的には無言のまま立っているだけでいいと言われ、仕事は裏方だけをすることになっている。

ただこちらの城には、執事たちを取り纏め、セラの同僚でもある怖い上級執事がいるとセオが言っていた。

一度だけ遠目に見る機会があったけど、四十代ほどの黒髪の執事で、見ただけで鑑定するために近づくのも危険に思えるほど、“ヤバい”雰囲気を感じた。

「…………」

夜も遅くまで自主鍛錬しているので大人しくしていると眠くなる。

今私は、一人リネン室でほつれた布製品の裁縫仕事をしている。“知識”で縫い方は知っているけど、実際に裁縫をするのは初めてなので、ミーナに教わってもかなりの時間がかかった。

「……っ」

一瞬眠気を感じて、針で指を刺してしまった。

少し深く刺したようで少し大きめの血の玉が滲む。【 回復(ヒール) 】で血を止めるか、修行のために【 治癒(キュア) 】が使えるか試そうか悩んでいると、血が垂れはじめて生成りの糸を赤く汚してしまう。

「はぁ……」

気が抜けている。どこで何があるのか分からないのだから、私には油断する余裕なんてない。仕方なく生成りの糸の血で汚れた部分を切り、後で捨てようとポケットにしまおうとしたとき、不意に糸が動いた気がした。

「……これって」

私の髪と同じように、血で糸に魔力が通っているの?

その翌日、ついに監視対象である貴族の子供が、数台の馬車で訪れた。

ずらりと並んで出迎える執事と侍女達の一番端で、私は他のメイドたちと同じように頭を下げながら、瞳を身体強化しながら横目でチラリと様子を窺う。

例の上級執事に馬車の扉が開かれ、中から赤い髪の綺麗な少女が降りてくる。年の頃は10歳ほど……でも貴族の子なので私とそう変わらないだろう。

この子が監視対象か……と思っていると、彼女の次に同じ年頃の、流れるような美しい金髪の少女が現れた。

理由はないけどこの子が私の“監視対象者”であると理解する。その金髪の少女が前を歩き、赤い髪の少女が後に続く。

そのまま城の中に入っていくと思われたが、唐突に一番端で頭を下げていた私の前で立ち止まると、ゆるりと辺りを見回してから鈴を転がすような声をあげた。

「この子、キレイね。わたくしに下さらない?」