軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

245 思惑 前編

「話は分かりました……」

私の話を聞いたエレーナが沈痛な表情で頷いた。

エレーナも王女として必要なことは何か分かっている。

平時ならエレーナは女王になろうとはしなかった。平和な時代なら国王陛下の決定だけでエルヴァンは平凡でも王になれただろう。たとえ大成はしなくても、そのためにメルローズやダンドールという旧王家の者が側近に就き、古い貴族の姫が正妃として彼を支えるのだから。

だけど、今は〝平時〟じゃない。国内は派閥で分かれ、他国の勢力が入り込み、宗教という無視できない力を持つ民意を背景として、利権を求める貴族が力のない王に知恵のない王妃を付けようとしている。

「あなたの策が上手く嵌まれば、厄介な聖女の求心力を下げることも出来るでしょう。……ですが、正直に言えばまだ困惑もしていますし、あなたを利用することに躊躇いもあります。……アリア」

エレーナは私を真っ直ぐに見つめて、王女ではなく一人の少女として言葉を紡ぐ。

「あなたはそれでいいの?」

私は逃げるために貴族を避けてきた。でも、もう決めている。

「私はもう逃げない。そのための〝力〟だ」

運命から逃げるのではなく、 物語(うんめい) を破壊する。

そのために力を求め、そのために強くなった。

でも、挫けそうになった時、負けそうになった時、エレーナ……あなたを守るという〝約束〟が私を強くしてくれた。

「……うん」

エレーナが無意識に手を伸ばし、私が伸ばした手を握る。

「だから、〝利用〟して、エレーナ」

「うん……アリア」

話は決まり、私たちは目的に向けて動き出す。

まずは今回の件で必要になる各方面の協力要請だ。

「特にメルローズ家とは綿密な打ち合わせが必要になりますね。宰相がすぐに戻られるのならいいのですが、もしミハイルが先に戻るようなら、戻ったばかりで悪いのですがすぐに働いてもらいましょう」

王女の顔に戻ったエレーナが、これまで味方に付けてきた貴族家と面談の準備を始めた。特にアモルの事件で揺れている中立派をこちら側に留めておく必要がある。

エレーナとの話し合いのあと戻ってきたセラが持ってきた情報では、ダンドールとメルローズでは、第一騎士団の到着により無事に不死者の軍を撃退できたという。

無事に……とは言っても、それなりに犠牲者は出ているが、不死者を相手にしたとしては想定よりも低い。あのままアモルを放置していれば、辺境伯家の壊滅だけでなく、休むことのない襲撃でこちらに致命的な被害が出た可能性もあった。

不死者はアモルを倒しても活動を止めることはなかったが、その代わり、まだ意思が残っていた騎士たちも意思を失い、指揮系統を失った軍は不死者といえども倒せない敵ではなくなった。

現地で事後処理はまだあるが、エレーナの見立てではこんな状況だからこそ、ダンドールとメルローズは早急に王城へ戻ると考えている。

「……お兄様のことは彼女に任せましょう」

エレーナの立場としては複雑だ。兄を追い落とすために動いているが、決して家族としての情まで消えたわけじゃない。

だからこそ、彼女……クララが彼を救おうとするのなら、エレーナはそれを認めるつもりでいる。

正妃にならなくてはいけない、という呪縛から解放された今の彼女なら、エレーナと敵対することなく解決する術を模索するだろう。

協力はするが口は出さない。あとはクララが……あの二人が決めることだ。

エレーナとの話し合いを終えた私は、自分の準備をするために城下にあるゲルフの店に向かった。

武器は変える必要はない。時間があればガルバスに手入れをしてもらうのだが、整備だけならゲルフにも出来る。それに 生体金属(アダマンタイト) で強化してある私の黒いナイフとダガーは、これ以上の強化は難しい。

でも、防具は別だ。決戦の〝舞台〟が学園の卒業パーティーなら、それ用の装備が必要だった。

「ゲルフ、いる?」

店は開いているのだから居るはずだが、相変わらず客のいない店内に足を踏み入れると、奥からとピンヒールの音が響き、腰を左右に揺らしながら、歌姫のような衣装を着たゲルフが最後に〝カツンッ〟と床を踏み鳴らしてクルリとターンしてみせた。

「あぁら、アリアちゃん、また綺麗になったわね。私の衣装はどうかしら? アリアちゃんも思わず見惚れちゃうんじゃない?」

「うん」

すね毛って網タイツを突き破るんだね。

「それで今日はお茶をしに来たのかしら? ダンドールで有名になった〝まかろぉん〟とかいう珍しいお菓子があるわよ」

また、ダンドールから奇妙な物が出てきたみたい。あの女の〝知識〟で似たような物を知っているけど、茶を飲みに来たわけじゃない。

「装備が欲しい」

「……相変わらず淡白ね」

ゲルフは私が来るたびに『女の子らしさとは何か?』と色々説いてくれるけど、防具屋に来たら防具が欲しいに決まっている。

「アリアちゃんの装備は、この前に新調したばかりだし、まだ手入れが必要でもないでしょ?」

「うん」

私の革のドレスは属性竜である闇竜の飛膜を使っている。防御面や耐魔性能でも軽装でこれ以上は望めない。それでも私が〝防具〟を欲しい状況を説明すると、それを聞いたゲルフが爛々と目を輝かせた。

「それならいい物があるわっ!」

「なんで?」

何を想定して置いてあるのか? そんな疑問に首を傾げる私をゲルフが腕を掴んで奥に引きずりこんだ。

そこにあったのは……。

「黒いドレス……?」

綺麗な光沢を放つ黒いドレスが木製の人型に仮組みをしてあった。

私の今の装備も形状はドレスだが、激しく動くことを考慮した形状で、裾もそれに合わせて短くしてあったが、これは舞踏会で着るような〝本物のドレス〟だった。

でも、それがただのドレスでないことは、仮組みしてある縫い代の部分にゲルフ秘蔵の魔鋼のまち針が数千本も打ち付けられている事からも分かる。

普通の針では通らず、事前に縫い穴を開けておかなくてはいけない、特殊な素材が使われている。……私の装備と同じように。

「あなたとミラちゃんの装備を作るのに、製作費として同じ素材を貰っていたの。何を作ろうか迷っていたんだけど、趣味で作るとしても、やっぱり私の専属モデルはアリアちゃんよ。あなたが着ることを想定して、この〝夜空のドレス〟を作ったの」

やはりそのドレスは、最上級素材である闇竜の飛膜で作られていた。

なめし方が違うのかビロードのような光沢があって、本当に夜空に星が瞬いているように見える。

一見ただの布のように見えるが、ゲルフが無造作に鋼のナイフで斬りつけても、白い線が微かに残るだけで、指で軽く拭うだけでその跡も消えていた。

「アリアちゃんの今の装備は汎用的な防御力を考慮して、飛膜の厚い部分を使っているのだけど、このドレスは薄い部分を使っているから、着心地は絹のドレスとあまり変わらないわ。耐刃性はあってもそのぶん打撃には弱くなるけど、その代わり、皮膜の使用量が多いから、耐魔術性能は上がっているわ。レベル1程度の攻撃魔術なら裾で払えるわよ」

「凄いね……」

ドレスなので飾りのようにたわめられている部分もあるから重さは増しているけど、高い耐魔術性能は、あの子との〝決戦〟に必要だと感じた。

でも、これほどの装備を私が使ってもいいのだろうか? そんな想いが顔に出ていたのか、それを見たゲルフはニコリと微笑む。

「これは私の〝趣味〟よ! アリアちゃんがこれを着て、晴れの舞台で〝作品〟に命を吹き込んでくれるのなら、それが私の本懐よ!」

「ゲルフは本当に凄い……」

ゲルフの情熱は素直に尊敬する。

「費用に関しても、他のところから大口の仕事が来ているから問題ないわ。白金貨五十枚って、とんでもない大仕事よ。しかも前金で全額支払い。……思わず全額商業ギルドに預けちゃった」

「…… それ(・・) のこと?」

ゲルフの視線の先にそれがあった。

木製の人型に仮組みされたそれは、上半身が肩や背中を露出しながら、下は大量の布地が大輪の薔薇のように絡み合う白銀色のドレスだった。

一般的には流通しない、商業ギルドか国家の報奨でのみ使われる白金貨が五十枚……金貨五千枚分のドレスなんて、王女であるエレーナでも持っていない。

王太子の卒業に合わせて王妃が作らせたのか? でも、エレーナの聞く限りの王妃たちの性格的にそんな浪費をするとは思えない。

そもそも一着のドレスがそんな高額なわけがなく、王族が防具制作者であるゲルフにドレスの依頼をするのか? そんなことはない。

ただのドレスではなく、〝夜空のドレス〟と同様に、これは〝防具〟なのだ。

「 魔銀(ミスリル) のドレス……」

「その通りよ。これはすべて繊維化したミスリルで出来ているわ。防御力も耐魔術性能も、属性竜の皮膜を使ったドレスと遜色なく、人が加工できないと言われている伝説の 魔金(オリハルコン) を除けば、これが〝最強〟のドレスだと思うの」

「…………」

ゲルフの技量もあるけど、どちらも国宝級と言っていい装備だ。

でも、そんな魔銀のドレスを 誰(・) が着るというのか……? ゲルフは守秘義務があるので依頼主のことを語ることはないが、私には一瞬、それを着て炎を纏う、黒髪の少女の姿が浮かんだ。

***

(……どうして、こうなってしまったんだ)

この国の王太子であるエルヴァンは、王子宮にある自室で一人苦悶する。

彼の側には誰もいない。身の回りの世話をする者はいるが、エルヴァンを王太子としか見ていない侍従たちは控えの間に待機して、彼の苦悩に寄り添ってくれる者はいなかった。

かつて仲間だと思い、友だと思っていた二人はもういない。アモルは反乱の罪にて討伐されて王家からも抹消され、ずっと臥せっていたナサニタルの訃報も聖教会の神殿長より届いていた。

かつて仲間だと思い、友だと思って いた(・・) 。だが、二人があのリシアに心酔すると二人との関係に次第に〝ズレ〟が生じた。それ故にナサニタルのために祈るというリシアからの誘いを受けても、彼女に会いに行くことができなかった。

そのズレが生じたのは、とある少女との思い出があったから……。

「――殿下、起きていらっしゃいますでしょうか?」

「な、なんだ?」

突然扉の外から声を掛けられて狼狽するエルヴァンに、侍従も少し落ち着きのない声でその内容を告げる。

「こちらに、クララ・ダンドール様がおいでになりました」