軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

204 心の癒し

「アリアちゃん……またボロボロにしてきたのね」

私が相変わらず客がいない店内に足を踏み入れると同時に、店主のゲルフからそんな呆れた声を掛けられた。

「この防具があったから帰ってこられた」

「もぉ! そんなことを言われたら、無茶を叱れないわね! 詳細はミラちゃんから聞いているから知ってるわ。それでそっちの子がジェーシャちゃんね?」

「……うす」

ゲルフは岩ドワーフの防具職人で、自分が着るために、女性用の可愛い防具を作ることを生きがいとしている 男性(・・) だ。

先ほど客はいないと言ったが、それでも王都の女性冒険者や女性騎士には密かに人気があり、けして安くはない防具を特別注文しているみたい。

そんなゲルフの本日の装いは、背中が剥き出しになった朱色のマーメイドドレスで、髪を結い上げて、綺麗に整えられた髭面でバチンッと片目を瞑るゲルフに、あの気の強いジェーシャが私の裾を掴んだまま動けなくなっていた。

「大丈夫。ゲルフの腕は確かだから」

「……そうじゃねぇ」

「初々しい反応ね。初めてミラちゃんが店を訪れた百年前を思い出すわ。あなたは山ドワーフみたいだけど、人族の国なら同族みたいなものよ。特別にゲルフ姉さんと呼ばせてあげるわ」

「良かったな、ジェーシャ」

「……そうじゃねぇ」

今日、ここに来た理由の半分はジェーシャの防具を作るためだ。

彼女は魔族砦にあった防具を手直して着ているが、それでよく大した怪我もなく黒竜戦を生き残れたと感心する。それでも、せっかく報酬が入ったのだから良い防具を作ったほうがいい。

「まずはジェーシャちゃんの希望を聞こうかしら? 武器は両手斧? それなら今までは重装鎧?」

「あ、ああ、そうだ。でも、敵の懐に飛び込んでいくこともあるから、軽い甲虫素材を使ってた」

少し慣れてきたのか、ようやくジェーシャが掴んでいた私の裾を放した。

「甲虫系の素材はないわねぇ……。あれはカルファーン帝国で採れる素材で、こちらでもダンジョンから採れるけど、あなたが着られるほど大きな素材は珍しいわ。……あなた、顔は美少女なのに、肩幅凄いわね」

ドワーフ族は小柄でがたいが良い。女性ドワーフもそうだが、小柄なドワーフ女性は筋肉がそれほどでもなく、人族の子どもと間違われることもあった。だがジェーシャの身体は、大柄なドワーフ男性であるドルトンに近い筋肉と横幅がある。

「砂漠じゃ強くないと舐められるんだから、仕方ねぇだろ、おっさんっ」

「あら?」

「……姉さん」

「素直な子は好きよ。それはともかく、ドルトンのようなミスリルを混ぜた全身鎧なんて、お金がいくらあっても足りないわ。魔物素材をミスリルで補強しましょうか。私と違って上背があるから似合うと思うわ。それで、おへそを出そうかと思うんだけど、どうかしら?」

「勘弁して……」

結局ジェーシャは、飛竜と呼ばれる亜竜の鱗でスケイル鎧を作ることにしたらしい。飛竜もランク4から5にもなる上級素材だが、それでも属性竜の素材やミスリルに比べれば格段に安価だ。

ジェーシャはそれに自分の取り分である十数枚の黒竜の鱗を使って、手甲を作ってもらうそうだ。

「それでアリアちゃんなんだけど……そろそろ外見は大人の身体になってきたから、良い素材を使おうかと思っているの」

「お金はあるから構わないけど……?」

最初、仲間たちは私を救いに来てくれたのだから、報酬は辞退しようかと考えた。でも、それだと助ける助けられるで、仲間内で問題になると諭され、報酬の辞退は許されなかった。

魔力による身体の成長も、身長の伸びはほぼ止まっている。

魔力で外見が成長するのは最大で三歳前後だが、男性の場合は二十歳、女性の場合は十八歳くらいで、成長と老化遅延が逆転する。私の場合は外見が十六まで成長しているので、これからは徐々に年相応になっていくはずだ。

寸法も二十歳くらいになれば身体の厚みも変わってくるのだろうが、その辺りは調整が利くそうだ。

「もちろん、代金もある程度はいただくわ。でも、素材に関してはミラちゃんから預かっているのよ」

「ミラの素材って……黒竜の翼の飛膜?」

ミラは自分の報酬分として黒竜の飛膜を片翼分持ち帰っていた。自分の装備を作ると言っていたが、ゲルフによると過度な装備を好まない小柄なエルフのため、片翼の三分の一程度しか使わなかったそうだ。

残った素材を修理素材とするのもいいが、竜素材の耐久年数と再生能力を考えると、破損する確率も低く、数百年も使用するなら、その時は別の素材で作り直したほうがいいらしい。

ゲルフの話によれば、私が黒竜の素材を、鱗数枚と逆鱗一枚しか取らなかったので、ドルトンとミラが相談の上で、飛膜を装備の素材としてゲルフに渡したらしい。

……気にする必要なんてないのに。今まで酷い大人は数え切れないほどいたが、関わった人たちには本当に恵まれている。

師匠から貰ったブーツや手甲も、すでに百年以上経っているので、この機に私用に作ることとなった。メインの革のドレスも今の私に合わせて、幾分か大人っぽくすると言っていた。

それと――

「アリアちゃん、お金があるのなら、ドレスを作らない? パーティーにも着ていけるちゃんとした奴。ミスリル繊維の加工技術が上がったから試したいのよ。さすがに再生力はないけど、今の装備並みの防御力と、今度作る黒竜皮膜の装備並みの対魔術性能はあるわよ?」

「……考えておく」

突然趣味に走り始めたゲルフを宥めながら採寸をした私とジェーシャは、やっと解放されて疲れた顔で店を後にした。

本日の予定としては、私のランク更新とジェーシャの移籍のために冒険者ギルドに向かうつもりだったけど……

「さすがに今日は止めとく?」

「そうだなぁ……なあ、アリア。ここらで旨いものを食っていかねぇか? 王都暮らしが長いなら何軒か知ってるだろ?」

「そうだね……」

「アリア?」

突然立ち止まり、ここからでも見えるお城のほうへ目を向けた私に、ジェーシャが怪訝そうな顔で振り返る。

今見えた光……この気配は……あいつか。

「ごめん、ジェーシャ。食事はまた今度」

「お、おいっ?」

ジェーシャの呼び止める声を背に、私は王都の中を走り出す。人混みを縫うように抜けて路地に飛び込んだ私は、そのまま建物の壁を駆け上がると、屋根に飛び上がって再び王城へ顔を向けた。

「――【 鉄の薔薇(アイアンローズ) 】……【 拒絶世界(リアルブレイカー) 】――」

***

「……機嫌が良さそうね、カルラ」

並の人間なら気圧されるような異様な空気の中、一歩踏み込んできたエレーナに、カルラの口元が幾分か愉しげにほころんだ。

「あら、お姫さま。ご旅行はいかがでした? 随分と良い旅だったようで……これで少しはまともな会話もできそうで、嬉しいわ」

レスター伯爵家令嬢、カルラ。筆頭宮廷魔術師の末娘で、王太子の第二妃に内定している少女であり、今や誰もが認める危険人物だ。

カルラが聖教会の関係者を皆殺しにして礼拝堂を焼いた事件は、教導隊の裏の顔が知られることを恐れた聖教会が不問としたことで、お咎めなしとなったが、その事実は市井に知られてなくても、多くの貴族が彼女の危険性を知ることとなった。

カルラの罪を問おうとした貴族家もあったが、それらはすべて居なくなった。文字通り、一夜にして消滅したのだ。

そのことは貴族の世界に大きな衝撃をもたらした。

貴族にとって力とは、権力であり財力であり、貴族間の繋がりから生まれた政治力と軍事力だ。カルラの起こしたことはその認識を根本から覆すものであり、貴族たちはカルラの死を望みながら、表立って声をあげることを控えるしかなかった。

王家の思惑として、子を望めないカルラを第二妃としたのは、筆頭宮廷魔術師を取り込むことで、宮廷魔術師団が王家派であることを示すためだ。

そのためにカルラの事件を表沙汰になる前に処理したが、結果的に、宮廷魔術師団を引き込む以上に恐れられることになった。

そんなカルラの在り方は、その場にいた誰もが知っていた、とある少女と似ていた。

少女が敵対する相手を皆殺しにすることで、裏社会から『灰かぶり姫』と恐れられ、カルラは貴族家を滅ぼす『茨の魔女』として関わることさえ忌避されている。

確かに、恐ろしい少女だと以前から認識していた。だが、今のその姿から発せられる気配は、どういうことだろうか?

以前と比べても、見つめるだけで視界が歪むほど禍々しくなっており、ランク4の実力者で多くの実戦経験のあるセラでも、正面に立つには多くの勇気を必要とした。

「……カルラ。もう出歩いてよろしいの?」

「ええ。あなたが戻ったことでようやく軟禁が解かれたわ。お父様は、できることなら死ぬまで引き籠もってほしそうだったけど、せっかくなので、お父様のお仕事でも見学しようと思ったのよ」

「…………」

堂々と親への嫌がらせに来たというカルラに、エレーナも思わず目を閉じて眉間に指をあてた。だが、彼女の機嫌が良い原因は、アリアが戻ってきたからだろう。

相手がアリア以外で、ここまで饒舌なカルラを見るのは珍しいことだが、彼女が『まともな会話』ができると言ったのはおそらく本心なのだ。

逆に言えば……それ以外は〝人〟として見ていない。彼女にとって人以下とは、家畜と同等であるとしか思えてならなかった。

だからこの場でエレーナ以外が突然皆殺しにされても、カルラにとっては当然のことなのだと、納得させられるほどの雰囲気を感じさせた。

「そう言えばエル様がお戻りになるそうよ? 例のアレと一緒に」

「「…………」」

次にカルラが語った言葉に、その情報を得ていたエレーナとクララが違った意味で顔を顰めた。根本的には同じなのだろうが、二人は心配する対象が違うのだ。

「今からエル様に会いに行こうかしら? それでもし、おかしな加護でも得て、おかしな具合に変わっていたら……」

「何をするおつもり?」

カルラの言葉を突然遮ったその声に、周囲に緊張が奔る。

「ふぅ~ん?」

カルラはそこで初めて、その存在に気付いたかのようにクララを紫の瞳に映した。

「あら、ダンドールのお姫さま。わたくしが何をするつもりだと思って?」

「あの娘になら何をしても構いません。ただ、あの方に手を出すおつもりなら、わたくしが止めます」

クララはカルラの視線に顔色を悪くしながらもそう言ってのける。

カルラはクララの言葉に一瞬きょとんとしてから、ニコリと微笑んでクララに一歩踏み出した。

「退きなさい」

ただ一言……それに魔力と威圧を乗せた、ただそれだけで、クララを守ろうとした彼女の侍女たちが膝をついた。

彼女たちは弱くない。元暗殺者である彼女たちは、近衛騎士と同じランク3の実力がある。だがその実力は、直接戦闘ではなく搦め手で戦うための強さであり、この国で最凶と呼ばれるカルラを止めるには足りていなかった。

「私は……退きませんっ」

カルラの圧力に蒼白になりながらも、クララはカルラの威圧に意思の力で耐えきり、その場に留まってみせた。

「クララ……」

エレーナはその姿に思わず息を呑む。クララは八歳の時点で何かに取り憑かれたように性格が変わっていた。根本的な中身はクララのままで、まるで大人の知識に飲み込まれてしまったかのように、エレーナから見て別人にしか見えなかった。

だが、今の彼女の姿は、幼い頃の遊び相手としてエレーナが憧れた、消えてしまったダンドールの姫としての威厳を感じさせた。

「何のご用かしら?」

その姿に思わず一歩踏み出そうとしたエレーナに、カルラが見向きもせずにその手を向けていた。

「心配なさらずとも、別に何もしませんわ。ただ、その覚悟が本物かどうか、確かめようと思っただけよ? ほら、こんなふうに」

その瞬間、カルラの手の平から光が放たれ、弧を描くようにして、立ち上がろうとしていたクララの侍女たちの頭上を掠めて、高価な 玻璃(ガラス) 細工の窓を蒸発させた。

おそらくは、火魔術の【 聖炎(ホーリーフレイム) 】だろう。だが、レベル5の火魔術をここまで制御できる者はほぼいないはずだ。

「さて……お姫さま? あなたに覚悟はおありで?」

まるで戯れる子猫でも目撃したような、優しげな目をして紡ぐ不穏な言葉に、飛び出そうとしたセラをエレーナが腕を横に振って止める。

カルラはエレーナをまだ殺すつもりはない。それでもセラが飛び出せば容赦なく焼き殺すだろう。

「エレーナ様っ」

まるで幼少時に戻ったかのように、ただ彼女を心配する叫びがクララから零れた、その時――

「そこまでにしておけ、カルラ」

消滅した窓の外から現れたその人物は、その一言でカルラのすべての意識を向けさせた。

「あら、アリア。お久しぶりね」

いつの間に現れたのか、声が聞こえるまで誰も彼女が来たことに気づけなかった。

普段城で見る侍女服とは違い、幾多の戦いを潜り抜けた、すり切れたドレスを纏うアリアは、カルラの威圧にも劣らぬ威圧もあって、壮絶な雰囲気を漂わせていた。

その姿の美しさに、感じられる気配の強さに、カルラが恋する少女のような満面の笑みを浮かべた。

「アリア、ここで私を止めてみる?」

「カルラ、お前の舞台とはこんな場所だったの?」

二人の威圧と殺気に、王女の部下である文官や女官たちが、次々と気を失って崩れ落ち――不意にカルラが威圧を止めた。

「確かに、まだ早いわね。私もあなたも、もう少し強くなれるでしょ?」

「そうだな」

朗らかに語るカルラにアリアが冷淡に答え、カルラはその笑みをその場にいる、彼女が認めた者たちへと向けた。

「それでは、 エレーナ様(・・・・・) 、 クララ様(・・・・) 、またお会いいたしましょう? 学園での楽しみがまた増えましたわ」

***

「色々とありましたのよ?」

上機嫌なカルラがどこかへと消えて、残されたクララと気まずそうに別れたあと、自室に戻ったエレーナが愚痴のように今日あったことを私に話した。

今日の出来事は、そこまでエレーナの精神に負担を強いたのか。いつまでも終わらない彼女の話に養母へ視線を向けると、セラは微かに笑みを浮かべたまま、何も言ってはくれなかった。

「でも、陛下がそんなことにならなくて良かった」

「あら、アリアは随分と優しいのね」

エレーナの話が、陛下が廃嫡されたかもしれなかった部分で、そう言葉にした私が意外だったのか、エレーナが微笑みながらも軽く私を睨む。

「そうなったら、エレーナと会えなかったから」

「…………」

何故かそのあと、エレーナは無言のまま顔を逸らして、しばらく私の顔を見ようとはしなかった。