軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

198 再会

「アリアが……見つかった?」

「はい、良うございましたね……エレーナ様」

西方の大国、カルファーン帝国。その王宮敷地内にある迎賓館にて、帝国から派遣された探索隊から、王女の側近であり、その身を挺して王女を護った少女が発見され、冒険者『虹色の剣』共々、カルファーン帝国へ向かっているとの報告が、遠話魔導具により届けられた。

「アリア……」

生きていると信じていた。それだけを信じて帝国に働きかけ、持てる智を使って帝国を動かし、彼女の仲間である虹色の剣を送り出した。

それでも不安はあった。アリアのことは、母よりも国王である父よりも信じている。たとえそれでも、この世界でただ一人、自分を『友達』と呼んでくれた少女の身を、エレーナは案じずにはいられなかった。

「本当に良かったですね……エレーナ殿下」

その知らせを、文官に任せるのではなく自らの足で運んできた青年は、涙ぐむ彼女にそっと自分のハンカチを差し出した。

「ありがとうございます……ロレンス殿下」

ロレンス・カルファーン第三王子。ロンと名乗り、エレーナたちと共に砂漠を脱出してきた彼は、本来なら現皇帝の第一子であり皇太子となるはずの人物だった。

帝国内の情勢と政治的な理由で、皇帝は歳の離れた異母弟たち二人を養子にして、高い継承権を与えることになった。

ロレンスと二人の兄との仲は悪くない。とりわけ仲が良すぎることもないが、二人とも野心的な人物ではなく、ロレンスとしては自分が皇帝にならなくても、問題のない統治ができるとさえ考えていた。

だが、国内にはいまだに、現皇帝と皇妃の子であるロレンスを、次の皇帝に望む声があり、そのことを重く見た兄の親族である上級貴族は、まだ幼かったロレンスの命を脅かすようになった。

その件に関しては父である皇帝を当てにできなかった。国内の情勢を纏めるために、異母弟たちの親族を頼った形になる皇帝は、異母弟の一人を皇太子とすることでしか、ロレンスを護れなかったのだ。

それを情けないとは思わない。人の上に立ち、王となるのは、情さえも切り捨てる覚悟がいると今では理解している。

それを教えてくれたのは、目の前にいる少女だ。

自分より年下の十三歳でありながら、彼女は〝王〟としての資質を備えていた。

ロレンスは今までただ逃げて、生きるための後ろ盾になる分かりやすい功績を求めていたが、自分も皇族の一人として、ただ生き延びるだけの人生ではなく、自分の人生を誰かのために使えるのではないかと考えるようになった。

エレーナはあの時、気球を飛び降りてあの少女と共にいる選択肢もあった。

そうすれば、あの少女は魔族軍に一人で立ち向かうことなく、飛び降りたエレーナを救い、二人だけでも時間さえかければ、砂漠を渡ることもできただろう。

けれど、エレーナはそれをして確実に命を落とすロレンスたちのために残った。

そして、国家安寧のために早く戻ることを選んで、〝友〟を切り捨てた。

それが〝二人〟の望みだった。そう決めて、そうすることを選んでも、それでも友を想うエレーナのために、ロレンスは何かをしたかった。

(……誤魔化しだな)

違う……と、ロレンスは心の中でそう呟く。

自分は、エレーナだからこそ、彼女のためだけに何かをしたかったのだ。

「ロレンス殿下、あの砂漠の町に向けて、兵を送ると聞きました」

「……その予定です」

思わずその細い肩に手を伸ばしかけていたロレンスが、一瞬身体を震わせる。

探索隊には、魔族軍とぶつかる可能性と移動時間を考慮し、砂漠に精通した精鋭中隊、百名を派遣した。だが、虹色の剣と探索隊がカトラスに到着した時には、すでに魔族軍は誰も残っていなかった。

町を調べた探索隊は、魔族軍の攻撃により町の損傷が激しく、住民のほとんどが怪我人か貧窮していたことから、その地の治安維持に動くことになった。

その報を受け取った帝国は、この機にあの町を帝国の支配地にするべく、第二陣として一個大隊と食料を送ることになっている。

でも、その情報をどうやって得たのか? 王女の斜め後ろで穏やかに微笑んでいる、セラという侍女に薄ら寒いものを感じて、ロレンスはエレーナに頷いてから、そっと自分の手を後ろに回した。

闇雲に功績を求めていたロレンスだが、奇しくもエレーナの味方をしたことで、大国クレイデールに恩を売る形となった。結果的にだが、魔族国への砦となるカトラスを手に入れたことで、ロレンスの味方をする人間も増えている。

エレーナが何を考えてその話題を振ったのか、なんとなく察しもつくが、今の彼なら余程のことでもない限り、大抵の望みは叶えられるだろう。

そう考え頷いたロレンスに、エレーナはその望みを口にする。

「お願いがあります。わたくしを――」

***

カトラスには百名近い騎士や傭兵と、三十名の輜重兵がいた。

その部隊は魔族軍との戦闘を考慮した手練れ揃いだったが、現在は荒廃したカトラスの治安維持に奔走している。

部隊の指揮官である人物に会うため、町外れに建てられた大きなテントに、ドルトンやジェーシャと共に向かうと、その辺りにいた兵士や傭兵が、道を空けるように引いていった。

最初は『虹色の剣』の威名がここでも効いているのかと思ったが、その表情にはどこか脅えのようなものが感じられた。

「お前が怖がられてんじゃねぇの?」

「…………」

ジェーシャの呟きに思わず口元を引き締める。ランク5になって私の戦闘力はドルトンを超えている。これまで誰も気にしたように見えなかったから、私もあまり気にはしなかったが、鑑定ができる一般人からしたら、私は相当に奇異に見えるのだろう。

【探知】スキルが高い人間なら、外套で姿を隠してもある程度の実力が分かってしまうが、クレイデールに戻ったら、鑑定を誤魔化せる方法を考えたほうがいいのかも。

手練れが多い。つまりは、生き延びる術に長けている者は、【鑑定】を覚えている確率が高くなる。テントの入り口を警備していた若い兵士が、私を見て若干顔を引きつらせながらも中に声をかけると、低い男性の声が聞こえてきた。

「入ってもらえ」

中で出迎えてくれたのは、ランク4ほどの実力を感じる壮年のクルス人だった。彼はドルトンに貴族らしい挨拶をすると、歴戦の戦士らしい傷の残る隻眼で私を見て、少しだけ頬を緩めた。

「スレイマン男爵だ。君が噂に聞いた〝灰かぶり姫〟か。噂半分に聞いていたが、殿下が話してくださったよりも、遙かに見目麗しい方ですな、レイトーン嬢」

「……アリア・レイトーンと申します」

噂と聞いて、挨拶をしながらドルトンを軽く睨むが、ドルトンは首を振りながら微かに肩を竦めていた。

ムンザ会の獣人たちが、旅商人から〝噂〟を聞いていたように、妙なところで私の威名が広がっているらしい。確かに恐れられることを目指しはしたが、なんとなく厄介ごとのほうが増えそうな予感がした。

彼に話をしたという〝殿下〟とはロンのことだった。カミールから聞いた話だと、ロンはカルファーン帝国の第三王子らしく、スレイマン男爵の話しぶりからすると、彼は第三王子の味方で、ロンからの依頼で、帝国軍人である男爵が部隊を率いて私の捜索に赴いたそうだ。

事情の説明は口下手の私よりも、当事者の一人で、元冒険者ギルド長のジェーシャのほうが向いている。

あまり敬語もできていない多少粗めの説明だったが、ドルトンの補佐もあり、大体の事情を理解したスレイマン男爵は、こちらでも足りなくなっている食料を分けてくれただけでなく、帝国への道案内に人員を割いてくれると言ってくれた。

案内役は帝国への事情説明と顔つなぎのために、男爵の側近である騎士爵二人と、傭兵ギルドの一部隊、十五名が名乗りをあげた。

戦闘を考慮して傭兵ギルドからも手練れを用意したが、傭兵は冒険者に負けず劣らず荒くれ者が多いので、治安維持には向かない。雇っているだけでも金がかかるので、そのうちの半分を帰すことになったが、その傭兵たちは進んで私たちの道案内に同行すると、手を挙げたそうだ。

傭兵や冒険者は、食うに困って山賊などに身を落とす場合がある。

彼らもそうだとは言わないが、金と命が大事なはずの彼らが、進んでこの任務に参加した理由は、カルファーン帝国へ出発して二日後の野営時に知ることになった。

「冒険者の実力を教えちゃくれないか?」

冒険者と傭兵は特にいがみ合ってはいない。冒険者ギルドは傭兵ギルドから派生した機関で、役割そのものが違うこともあるが、冒険者から傭兵ギルドに誘われることもあれば、解散した傭兵部隊の一部が冒険者になることもあるからだ。

話しかけてきたのは、その部隊の隊長である三十代の男だった。

名は確か……サンジェだったか。戦闘力は450。ランク3の上位で長槍を使うクルス人だ。確かに彼からすれば、クレイデール王国でも指折りのランク5パーティー相手に、腕試しをしたいという気持ちは理解できる。

他国の冒険者が国家から優遇され、大きな顔をしているのも、気に入らないのかもしれない。

だけど、さっぱり理解できないのは、彼が視線を向けたのが、重戦士であるドルトンでもなく、同じ人族の戦士であるフェルドでもなく……

「あんただ、〝灰かぶり姫〟っ」

「…………」

また私か……。

どこまで噂が広がっているのか、私は溜息を吐いて読んでいた羊皮紙を【 影収納(ストレージ) 】に仕舞い込む。

この羊皮紙には、旅の間に師匠が記してくれた【闇魔術】と【光魔術】のレベル5の呪文が書かれていた。

光魔術【 範囲回復(オールヒール) 】。これは、レベル3の【 高回復(ハイヒール) 】の回復効果だけを周囲に展開する回復魔術だ。使用魔力は【 高回復(ハイヒール) 】の数倍だが、範囲内の全員を回復できる。

光魔術【 再生(リジェネ) 】。これは同じくレベル3の【 高回復(ハイヒール) 】にある【 治癒(キュア) 】効果をさらに高めたもので、指程度の欠損なら四半刻で再生する。

闇魔術【 腐食(コロージョン) 】。これは珍しい闇の攻撃魔術で、範囲攻撃でもある。その闇の範囲で影響を受けたものに、数十秒間、一秒間に1ずつ体力値を減少させるダメージを与える。発生速度が遅いのは難点だが、その代わり 抵抗(レジスト) はできない。

闇魔術【 浮遊(レビテイト) 】。これは数分間、術者の力量に応じて浮遊を可能にする。自由に飛び回ることはできないが、風魔術の併用や、壁を蹴ることである程度自在に動ける。

……たぶん、カルラが偶に宙に浮かんでいたのがこの魔術だ。

これのうちどれかを、クレイデール王国に戻るまでに会得するのが、師匠に出された課題で、正直、腕試しに関わる暇はないのだが、そうも行かないだろうな……と、再び溜息を吐く。

「……本当にやるの?」

「おおっ、本気にさせてみせるから覚悟しろよ」

そう言って槍を構えたサンジェを見て、ランクこそ3だが、かなり研鑽を積んだ正統派の槍術だと察して、私も甘く見るのを止めた。

「ハァアアアアアアアアアッ!」

槍の切っ先が私の肩口を襲う。それを歩法で滑るように横に躱すと、サンジェの槍が即座に私の足下を薙ぎ払う。

「なっ!?」

私は薙ぎ払った穂先の上に乗っていた。サンジェが私の重みに気づく前に、槍の柄を駆けるように飛び出して蹴りを放つと、一瞬硬直した彼の顎に決まって、あっさりと気絶してしまった。

……なんだったの?

やけに簡単に終わったと思ったら、目を覚ましたサンジェと何故かフェルドに、若い娘がスカートで蹴りを放つなとか、そんな小言を言われた。

「……お父さんみたい」

「「!?」」

私の呟いた一言に何故か二人が絶句する。その日から、傭兵の人たちが私の世話を率先してするようになったのは、よく分からないけど、どうやら彼らは全員、噂の〝灰かぶり姫〟に会うために、今回の探索隊に参加したのだと話してくれた。

……何故に?

かなり強行軍だったが、私たちは軍用馬車を使えたこともあり、予定よりかなり早い十日ほどで、カルファーン帝国の領内に辿り着いた。

もうすぐだ……。もうすぐエレーナと会える。馬車の外で周囲を警戒していた私の足も、自然と気が急くように速くなる。そんな中、前方を警戒していたヴィーロが何事か声をあげた。

「なんか見えるぞっ」

「ん……帝国の軍隊?」

警戒するヴィーロの声に、馬車の上から周囲を見渡していた【遠視】スキル持ちのミラが、目を細めながらその正体を教えてくれた。

「軍隊か……騎士殿、何か聞いているか?」

「確か、カトラスを治めるための大隊が出ているはずですが、こちらのルートから来るとは聞いていません」

馬車から出てきたドルトンの問いに、スレイマン男爵から借りた騎士爵の一人が、そう言って首を傾げる。

このルートは比較的早く到着できるが、道が狭い部分もあり、魔物などの襲撃に弱くなる。私たちなら問題ないが、一個大隊千名近い人間が通るルートとして無いとは言わないが、選ぶ理由もないだろう。

「念のため、警戒しろ」

ドルトンの指示に、虹色の剣と、一瞬困惑しながらもサンジェたち傭兵が動き出し、不自然ではない程度に戦闘準備を整えた。

ロン……第三王子には命を狙う敵がいる。エレーナがいることでロンの地盤も安定したようだが、その足を掬うために〝私〟を狙う可能性はあった。

そのために大隊規模とは大げさすぎるが、指揮官が高位貴族なら、ルートを変えて、間諜疑惑などをでっち上げ、騙し討ちをする程度ならできるはずだ。

「…………」

少しずつ近づき、大隊の全体が見えた頃、向こうから数名の騎馬が走ってくると、私たちの前で声を張り上げた。

「虹色の剣のドルトン殿と、そのお仲間で間違いないでしょうかっ」

「そうだっ、そちらは?」

「カトラス駐在軍の支援大隊です。指揮官のタラール子爵から、ドルトン殿と発見されたご令嬢を、お招きするように申しつかりましたっ」

「……分かった。すぐに向かうと伝えてくれ」

「はっ」

伝令の騎馬が大隊に戻ると、ドルトンの視線を受けた騎士爵が「中立貴族です」と答えた。判断材料が足りないな。でも、彼らから感じる気配には、こちらを騙し討ちにしようとするある種の緊張感を覚えない。

「とりあえず行ってみようか」

「まあ、そうだな」

私の言葉にドルトンが軽く頷く。ミスリルで固めた重戦士のドルトンと、今の私を簡単に殺せる人間はまずいない。最悪でもドルトンが兵を引きつけている間に、指揮官を上から順に殺していけばなんとかなるかと、私たちは足を踏み出した。

私たちが足を止めた大隊に到着すると、道を空けてくれた兵士たちから好奇の視線が向けられる。偶に押し殺したような小さな悲鳴があがるのは、私たちを鑑定した者がいたのだろう。

途中から先ほどの騎士が戻って、徒歩で案内してくれると、軍には似つかわしくない豪奢な馬車の扉が開いて……あれは、ロン? 印象にある汚れを取り払って、豪奢な衣装を着たロンが私に気づいて微かに微笑むと、その次に現れた人物の手を取って、静かに〝彼女〟を馬車から降ろした。

ロンに劣らず豪奢なドレスを纏った少女の姿に、周囲の兵や騎士たちから声にならない感嘆の溜息が漏れる。

その微かなざわめきの中で私が思わず足を止めると、それに気づいた彼女が、私を映した碧い瞳に涙を溜めて、ロンの手を振り払うように私の胸に飛び込んだ。

「おかえりなさい……アリア」

「ただいま……エレーナ」