軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

157 戦乱の序章

私とエレーナが砂漠の町カトラスに来てからもうすぐ二ヶ月になる。

獣人の群れであるムンザ会とは『できる限り不干渉』という曖昧な状態になった。できる限りとなっているのは、血の気の多い末端構成員が絡んでくるからで、何かあった場合は、 死体(・・) の 処理(・・) をムンザ会が無償でやってくれる。

ムンザ会との約束で、私たちが作る上級ポーションはホグロス商会へ直接卸すことになり、金銭を集める目処は立ったが、キルリ商会と敵対した形になった私たちが彼らの商隊でカルファーン帝国へ渡る伝手は無くなった。

私は今、カトラスの表通りを一人で歩いていた。

照りつけるような日差しの中、浅黒い肌のクルス人や日に焼けたドワーフや獣人たちが忙しそうに働いている。

活気があるのとただ忙しいことは違う。この砂漠の町で食料は高価であり、安価で手に入れようとすれば組織の傘下に入るしかなく、傘下に入ればみかじめ料を払う必要があり、結果的に高価となる食料を手に入れるために、人々は必死で足掻かなければいけなかった。

こんなスラムのような町だが貧困者や浮浪児がスリや盗みをすることはない。この町で捕まれば問答無用で殺されるとわかっているからだ。

この町で生きるのは〝力〟がいる。力さえあれば盗みをする必要さえなく、すべてを弱者から奪い取れる。

ただ……そんないつも通りの町に仄かな緊張感を覚えるのは気のせいじゃない。

ざり……と、革ブーツの底が石床と砂で音を立て、目的の場所に到着する。

外套のフードを外してあえて素顔を晒した私に、ホグロス商会の冒険者ギルドにいた冒険者たちのざわめきが一瞬大きくなり、波が引くように音が消えていった。

張り詰めるような静寂の中、おそらくはムンザ会との取り決めを知っている獣人たちがわずかな敵意と――それ以上の怯える気配を見せて私から視線を外した。

事情をよく知らないクルス人の冒険者たちは、そんな獣人たちと私を訝しみながらも異様な雰囲気を察して黙り込む。

そしてこの地の冒険者ギルドで最も大きな勢力を誇るドワーフたちは――

「何用だ? メルセニア人の女」

身長は私と同程度でも体重なら三倍はありそうな若いドワーフが、奥へ進もうとした私の前を塞ぐように立つ。

「ポーションの件で話は通っている。確認して」

「知らんなぁ、そんな話は。生っ白い人族の女がここで我が通ると思うなっ!」

甲虫の殻を使ったガントレットの拳が、いきなり唸りをあげて繰り出された。

戦闘力で500ほど……ランク3の上位といったところか。

腕試しか、単に気に入らないのか、いきなりだが本気で振るわれた拳を見るに、ある程度は相手の力量を読めるのだろう。

その太い腕を見るだけでも身体強化をした私よりも筋力は上のはずだ。力量はある。相手が女でも油断しない心構えもある。でも、 それだけ(・・・・) だ。

「がっ!?」

迫り来る拳を躱してカウンター気味に打ち込んだ掌底が、短く刈り込んだ黒髭の顎を打ち、男を仰け反らせた。

魔鉄の鉄板を仕込んだグローブでも頑強なドワーフの顎を砕けず、男は口から血を零しながらもニヤリと笑う。男が再び拳を振り上げる。けれど、私も敏捷値の低いドワーフの攻撃を待つつもりはない。

私はそのまま男の腕に両腕を絡ませながら、仰け反るように身を引きながら男の腕を伸ばし、渾身の膝を肘関節に打ち込んだ。

グギュンッ!

「ぐあぁああああああああああああっ!?」

逆側に腕をへし折られた男が、激痛に腕を抱えて転げ回る。

それを見て傍観していたドワーフたちがいきり立つように立ち上がる。だが、その瞬間、彼らを震わせるような重々しい声がギルド内に響いた。

「貴様ら、何事だ」

ジルガン。ランク4のドワーフの重戦士。ホグロス商会の重鎮でもある彼が、ズシンと地響きを立てるような足音で現れると、ドワーフたちだけでなくすべての冒険者が顔色を青くした。

そのまま近づいてきたジルガンは私を見て、その次に腕を折られた男を見下ろすと、若いドワーフは痛みか恐怖か、顔中に脂汗を流し始めた。

「ま、待ってくれ、ジルガンさんっ、俺はこの女に――」

「儂は言った。桃色髪の人族の女が来たら呼びに来いと」

「ち、違うんだ! 俺はっ」

「同族でも馬鹿はいらん」

グキンッ! とジルガンが倒れた男の頭に足を乗せ、そのまま首を踏み折った。

再び静まりかえるギルド内でジルガンは殺したばかりの男に一瞥することもなく、私に向き直って顎先で奥を指した。

「話は聞いている。〝薔薇〟よ。ついてこい」

「わかった」

誰かが死ぬなどこの町では珍しい光景ではない。それでも、言いつけを破れば仲間でさえ殺すジルガンの所業は異様であり、顔色を悪くしたドワーフたちが死体を片付ける中を、ジルガンに続いて私がギルドの奥へ進む。

無言のまま先を進む男の後を歩いて石造りの階段を上がり、また薄暗い廊下を進むとこの町では珍しい木製の扉の前に着いた。

「ギルド長、例の客人だ」

『――入りな』

扉の向こうから聞こえた声にジルガンが扉を開けて中へ入り、続いて私が入るとそこには一人の人物が待ち構えていた。

ジルガンがその人物の背後に回って立ったまま腕を組み、革張りの応接ソファーで一人の女性ドワーフが口元だけで笑みを作る。

「お前さんが〝薔薇〟か。まぁ座れや」

「…………」

ムンザ会の長老クシュムは、私を〝灰かぶり〟だと知っていた。

けれど、その下の生き残った獣人たちが何を伝えたのか、私は『灰かぶり姫』ではなく『砂漠の薔薇』と呼ばれるようになっていた。

おそらくは『灰かぶり』の威名自体が面倒なものなのだと推測する。他国の話なのであまり重要視はされないと思ったが、普通は手を出さない相手を敵に回し、尚かつ生き残るような高ランク 暗殺者(・・・) など、存在自体が厄介で面倒なのだ。

今はまだ敵対する不利益のほうが大きいので、ムンザ会とホグロス商会では不干渉となっているが、どちらもなんの拍子で敵対するかわからない。

私を見定めるように女性ドワーフから滲み出るような威圧が零れる。

それを無視して彼女の真正面に座って視線を合わせる私に、女性ドワーフはフッと笑うように息を吐く。

「オレはジェーシャ。ジェーシャ・ホグロスだ。お前さんのことはクシュムの爺さんから 聞いていた(・・・・・) 」

「アリアだ。商談ができると聞いた」

「ああ、そうだ。だが、本当にお前さんが上級ポーションを納品できるのか?」

「問題ない」

私が鞄から出す振りをして【 影収納(ストレージ) 】から取り出した上級ポーションをテーブルに置くと、ジェーシャは身を乗り出すようにしてそれを見つめた。

ジェーシャ・ホグロス……ホグロス商会長の縁者か、娘といったところか。

たてがみのような真っ赤な髪に大柄な体格をした女性ドワーフ。

通常のドワーフ女性は小柄で、大人でも骨太な人族の少女のような容姿をしている。ドワーフの男性が顔中に髭を生やしているのは、幼く見える顔立ちを隠すためだと言われているので、種族的にそうなのだろう。

だがジェーシャは通常百五十センチ程度の一般女性と違い、百六十前半の私と同じくらいの背丈だが、私の倍もありそうな横幅で筋肉の鎧を纏う歴戦の戦士を思わせる雰囲気を醸し出していた。

「 爺(じい) 。使ってみろ」

「御意」

ジェーシャの言葉にジルガンが応え、おもむろに短剣で自分の手の甲を突き刺すと、テーブルのポーションを手に取り、毒の可能性を疑いもせずに傷口にかけた。

「……どうだ?」

「良い品質だ。キルリの連中が売りつけてくる時間が経った劣化品と違う。いや、元の品質自体もこちらが上だな」

ジルガンが布で血糊を拭き取り、塞がるどころかほとんど消えかかっている傷口を見せると、ジェーシャが満足そうに頷いた。

「よし。これでキルリ商会の強みを一つ潰せた。おい、アリア。今何本ある? 月に何本納品できる?」

機嫌がいいのか、いきなり気安く名を呼ぶジェーシャに対して、私は表情も変えずにさらに取り出した上級ポーションをテーブルに並べた。

「今あるのは十五本。月に五十本なら可能だ」

「少ねぇな……と言いたいところだが、売り物じゃなくてうちで使うだけなら問題ねぇか。それでいいぜ。おい、爺。色を付けて払ってやりな」

「御意」

ジルガンが懐から革袋を取り出し、そこに幾つかの金貨を入れて私へ投げ渡す。

中にはカルファーン帝国の貨幣でキルリ商会が買い取るより二割ほど多い金貨が入っていた。

冒険者ギルドが上級ポーションを確保したいのは、他組織との抗争のためだけじゃない。古代遺跡レースヴェールの奥には上位の魔物がいる。そのうちの一体……ランク6の 下位地竜(ドラゴン) が奥から出てくることを考えれば、最低でも百本は確保しておきたいところだろう。

「確認した」

そう言って席を立とうとした私をジェーシャが気安く呼び止める。

「おいおい、もう帰るのか。せっかく 美少女(・・・) が二人も揃ったんだ。火酒でも呑み交わしながら 女子会話(ガールズトーク) くらいしても 罰(バチ) は当たらないぜ?」

「面白い冗談だ」

真顔でそう返す私に、ジェーシャは呆れた顔で背後のジルガンを振り返り、彼が瞑想でもするように目を瞑っているのを見て彼女は顔に片手を当てて天を仰いだ。

火酒はドワーフが作る酒精の強い蒸留酒だ。まさに火をつければ燃えるようなものを呑みたいとも思わないが、とりあえず腰をソファーに戻した私を見てジェーシャは少しだけ低くした声を漏らした。

「……アリア。 あの話(・・・) は知っているな?」

「ああ」

彼女の言葉に私も言葉少なく頷く。

「クシュムが死んだ。リーザン組の仕業だ」

ムンザ会とホグロス商会、そして私との間を取り持ったムンザ会の長老クシュムが、リーザン組の襲撃を受けて亡くなった。協定自体は組織同士のことなので今更反故にされることはないが、クシュムと面識があるジルガンは不快そうに顔を顰めた。

町の雰囲気がおかしいのはそのためだ。いつどこで抗争が始まってもおかしくない。

種族もバラバラで色事を取り仕切るリーザン組が、どうして武装組織であるムンザ会に喧嘩を売ったのか。私やロンたちが集めた情報でも理由は定かでなく、すでに犯人はリーザン組が捕らえて十人ほど公開処刑されているが、それをそのままの意味で受け取っている者はいない。

「トカゲの尻尾切りに用はねぇ。あいつらが何を考えているのか……お前さん、気づいたか?」

「ギルドの闇エルフたちはどうした?」

私の言葉にジェーシャがわずかに目を細めた。ドワーフが中心だがすべての種族がいるはずのギルドで、闇エルフの姿だけがいなかった。

「クシュムがやられた数日前からギルドの闇エルフどもが消えた。残っている連中もいるが、この町で生まれた若い奴らだけだ」

「…………」

一定以上の力を持った……この町出身ではない闇エルフたちはどこへ行き、それがどういう意味を持つのか……。

ジェーシャは話は終わったとばかりに手酌で火酒を呑み始め、ジルガンが頷いたのを見て私が席を立つと、部屋を出ようとした私の背中にジェーシャが一言だけ漏らした声が届いた。

――〝魔族〟に気をつけろ――

***

魔族(エビルレース) 。それは 闇(ダーク) エルフに対する蔑称のようなもので、一般人の闇エルフもいるこの町では使われない言葉だった。

ジェーシャが敢えてそう言った意味は何か? 推測はできる。けれどジェーシャが言葉を濁した以上、その推測も確定ではない。

通りに戻った私は再び外套で姿を隠して必要なものを買い求めた。

布類に食料、ここら辺で集めにくい錬金材料などだが、この町の住民が買うような砂が混じった安い麦など買わない。

狙い目はこの町に来る小規模な商隊だ。警戒心の強い彼らと旅慣れない私たちが共に移動することはできないが、まともな食料や素材が手に入ることもある。

高価だが砂の混じらない少量の麦と塩、モロコシを粒のまま大袋で買い込み、外套の下で【 影収納(ストレージ) 】に仕舞い込んでそのまま町を離れた。

私の後をつけてくる幾つかの気配があった。キルリ商会かホグロス商会か……。この稚拙な尾行だと単なる金銭狙いのチンピラか。

私の力を知る連中ならランク3以下の尾行をつけるはずがない。そもそも今の私ならランク4以下の斥候なら気づけるので尾行の意味はない。

それでも念のために走って砂漠を渡り、半刻ほど大回りをしてまた町に近づき、気配を消して町の外れにある朽ちかけた見張り塔へ向かった。

町ができた時からある崩れそうな石造りの塔に近づく者はいない。それでも私は、この塔がまだ崩れないことを知っている。

「おかえりなさい、アリア」

扉代わりのボロ布を潜るようにして塔の中に入ると、彼女の声で気づいた犬獣人の幼児が尻尾を振りながら私の足に縋り付き、ドワーフの幼児と遊んであげていたエレーナが、私を見てふわりと微笑んだ。

「ただいま、〝レナ〟」

この場所が……現時点で私たちがこの町を脱出できる一つの希望となる。