軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

129 死者の森 前編

ヒュンッ!

「何のつもり?」

学園にある森の中、突然現れたカルラの眉間にナイフを突きつけ、もう一度同じ言葉で問う私に、彼女は隈の浮かんだ顔で薄く笑う。

「わたくしもご一緒して良いかしら? 暗部には及びませんが、わたくしにも独自の情報源がありましてよ。アリアなら必ず動くと思っていましたわ」

「…………」

【カルラ・レスター】【種族:人族♀】【ランク4】

【魔力値:425/530】【体力値:27/53】

【総合戦闘力:1030(魔術攻撃力:1648)】

全ての魔力属性を持つカルラの戦闘力は、ランク4でもランク5に迫る力を持ち、近接と魔術の複数のスキルを持つ私と同等の戦力があった。

でも、その全属性を持つ故にカルラの体力値は子ども程度しかなく、その値も常に半分までしか回復していないのは、カルラが得た魔力強化の【加護】が彼女の命を削り続けているからだと感じた。

私の投げたナイフを避けて反撃するほどの動きができて、普通に会話をしていても、カルラの身体は健常とは程遠い。彼女の顔色は紙のように青白く、その身体から発せられる生命力はまるで幽鬼のように希薄だった。

だが、感じられる 生命(いのち) の弱さに反比例するように、その全身から放たれる膨大な魔力は、幻獣クァールさえも超えている。

おそらくは、すでにまともに動けないはずの身体を魔力と魔術で強引に動かしているのだろう。それが彼女の寿命をさらに削る行為だと分かっていても、カルラがその歩みを止めることはない。

「そんなことは聞いてない」

あのダンジョンの最奥で、カルラが延命ではなくこの国を滅ぼす力を願ったことで、私たちの道は分かれた。

カルラの歩む道はいつかこの国を愁うエレーナとぶつかり合う。そしてその道は私と正面から殺し合い、どちらかが倒れる血塗れの道だった。

カルラはその想いを絶対に変えることはない。私も自分の信念を歪めることはない。だから私たちはいつか互いに殺し合うことを知っている。

おそらく彼女は、私がグレイブと決着を付けに行くことを知って、私が動くのを待ち構えていたのだろう。カルラがそこに行って何をするつもりなのか私は知らないし、その理由に興味はない。

私が知りたいのは、いつか殺し合う運命にある私の前に、よく顔を出せたものだと、その理由を知りたかっただけだ。

「ここで死にたくなった?」

「それも素敵ね……でも、今回だけはわたくしがいないと、あなたのお姫様が困ることになるわよ?」

カルラがそう言いながら一歩前に踏みだし、ナイフの切っ先が彼女の眉間に触れて、赤黒い血が線のように青白い顔に流れると、真っ赤な舌がそれをチロリと舐め取る。

今なら殺せる。静かに減り始めるカルラの体力値を視ながら私たちは数秒ほど睨み合うと、彼女の唇が言葉を紡ぐ。

「私がまだ弱かった頃に引き込んだ者の後始末ですわ。もう必要なくなったので邪魔をされると困りますもの」

「そいつが私の敵と一緒に居るとでも?」

「たとえ捨てたものでも、愚か者に勝手に使われると良い気分ではありませんわ」

「勝手にしろ」

そう言ってナイフを引くとカルラはニコリと微笑み、彼女と前回殺し合ったネロが不満そうに唸りをあげた。私はネロの首を指で撫でながらそっと息を吐く。

「乗せてやれ、ネロ。こいつを放置すると私たちの獲物まで喰われるぞ」

『グルルゥ……』

「あなたの獲物を横取りするほど飢えてはおりませんわ」

「嘘つき」

私はネロの背に飛び乗り、そっと近づいてくるカルラに手を差し出した。

「カルラ、お前の敵は?」

そう尋ねた私の手を取って嫌がるネロの背に乗りながら、カルラは残忍で歪な笑みを浮かべて話の方向を微妙にずらす。

「そういえばアリアは聞いたことがあるかしら? ここ数ヶ月ほど、西側の地図にも載っていないような小さな村の幾つかが、突然消えているそうよ。ふふ」

***

いつか殺し合うと分かっていながら、私はカルラの同行を認めた。

どうせこいつは、放っておいても勝手に殺しに行く。それでこいつが死のうと問題はないが、それでグレイブに撤退されるのも面倒な話だ。

面倒というのならここでこいつを殺したほうがいいのだが、あいにくエレーナに雇われている今の私は、王太子の婚約者であるカルラを殺すには“理由”が必要になる。カルラが明確に敵対するか雇い主の命令を待つしかない。

カルラも自分の獲物が私に喰われると考えたようだが、それよりも単純に馬車よりも速い『 脚(ネロ) 』が欲しかったように思える。ネロと再び殺し合う可能性もあったと思うが、そこら辺は『カルラだから』としか言いようがない。

だが、出発してから数日が過ぎ、貴族の馬車ならともかく、一般人なら乗っているだけで死に掛けるようなネロの背に乗って、どうしてカルラがまだ死なないのか、それが不思議だった。

目的地であるケンドラス侯爵領までネロの脚なら一週間。当然街には寄らずに、森や山を突っ切っていくことになるので、夜は森の中で野営になる。

「ここで野営にする」

私がそう決めると、ネロは勝手に獲物を狩りに行って猪や熊を獲ってくる。血抜きもされていないその脚を一本貰って、そこらで採った山菜と一緒に火で炙りながら食事をはじめると、カルラも勝手にナイフで焼けた肉を削りながら、血生臭い肉を文句も言わずに口に運んでいた。

食事など単なる栄養摂取だ。単独で迷宮探索をしていたカルラも同様だと思う。でもそんなことよりも、カルラが人間のように食事をしている光景に何故か違和感を覚えるのは、彼女の人間性の問題だろうか。

そんな強行軍を続けるとカルラの体力が偶に一桁になることもあったが、それでも私には、カルラが殺される以外で死ぬようなイメージはまるでなかった。

「わたくしだって人間なのですけれど?」

「そう思っているのはお前だけだ」

「では、わたくしたちは同類ですわね」

予定通りなら、このままあと三日もすればケンドラス侯爵領に着くはずだ。真夜中になって焚き火の側で外套に包まって目を瞑っていた私が不意に瞼を開き、ネロの触角がピクリと震え、カルラが顔を上げて森に目を向ける。

「悲鳴が聞こえた」

「確か……この向こうにある渓谷の先は、ダンス侯爵の寄子である子爵領がありましたわね。村でもあるかもしれませんわ。……行きますの?」

「確認するだけだ」

外套を落とすように立ち上がった私を、腰を下ろしたままのカルラが見上げる。

ただの村人か冒険者同士の諍いなら気にしないが、山賊や魔物に襲われているなら、聞こえてしまったら放置するわけにもいかない。

出発前にカルラが、村が消えているという話をしたことを思いだして彼女に視線を向けると、顔の半分を炎の灯りに照らされたカルラがふんわりと笑う。

「そろそろ人の血が恋しくなりまして?」

「お前と一緒にするな」

「あら、いやですわ」

私と同様に外套を脱ぎ捨てて立ち上がったカルラが、私に向けていた笑みを嬉しそうに深くした。

「わたくしは、 生の肉(レア) よりも 黒焦げ(ウェルダン) が好みでしてよ」

「……先に行く」

カルラも行く気になったらしいが、ネロはそのまま寝ることにしたようなので、私は一人で先行することにした。

悲鳴が聞こえてきた方向から大まかな方角を決めて、私は真っ暗な森の中へ飛び込んでいく。レベル2の暗視があり魔素を色で視える私なら、暗闇の森でも昼間とさほど変わらない。

深い森は音を吸収する。でも夜の森なら、人の悲鳴は意外と遠くまで響く。

おそらくは1㎞ほどの距離だろう。その程度の距離なら森の中でも数分程度で走破できる。

『――――――』

また聞こえた。方角は合っている。そのまま全力の速さで森の中を駆けていると、木々の隙間から地図で記憶していた渓谷と、その向こう側に女性らしき人影を追い詰めていた男の影が見えた。

男が手に持っていた鉈のような武器を振り上げ、女性が頭を抱えるように悲鳴をあげた。

「――【 鉄の薔薇(アイアンローズ) 】――」

風に靡く桃色の髪が燃えあがるように灼けた鉄のような灰鉄色に変わり、飛び散る光の残滓を帚星のように引きながら、常人の三倍の速度を使って十数メートルもある渓谷の崖を一足で飛び越えた。

ビュゥウウッ!!

「死ね」

「ぐぎゃっ!」

飛び越えた勢いのまま、血塗れの鉈を振り下ろそうとしていた“嫌な気配がする”男の首筋に黒いダガーを突き立て、減速代わりに蹴り飛ばして吹き飛ばす。

「……大丈夫?」

大地に着地して、【鉄の薔薇】を解除しながら頭を抱えていた女性に声を掛けると、その女性はカチカチと歯を震え鳴らしながら、わずかな月明かりでも分かるような血の気を失った青白い顔を上げた。

「た、助けて……」

「何があった?」

「む、村が……襲われて…」

ガサッ――

「あぁあ……ッ!!」

背後から音と声が聞こえ、先ほど殺したはずの男が首から血を噴き上げながら、藪をかき分けるように立ち上がって、黄色く濁った瞳と長く伸びた牙を私へ向けた。

溢れ漏れる嫌な気配と嫌な臭い……。

“人間”じゃない……こいつは、

「…… 吸血鬼(ヴァンパイア) か」

吸血鬼(ヴァンパイア) は有名ではあるが滅多に見ることがない魔物だ。

よく知られているのは、陽の光を浴びると消滅して、人の血を吸って仲間を増やし、ねずみ算式に被害者を増やしていくことだが、その認識は正確ではない。

血を吸われたら全員が吸血鬼になるわけではない。師匠の授業によれば、人が吸血鬼化するのは血液に含まれる魂の力を失うことで、失った魂を取り戻すために魔物化するそうだ。

血を吸われた被害者の大部分はそのまま死亡し、吸血鬼となるのは極一部で、日光に弱いなど弱点もあるが、だからといって油断のできる相手ではない。

肉体の再生力が高く並大抵の傷では死なない。その再生力で筋肉が壊れることも構わず最大筋力で行動できる為、高い身体機能を持つ最悪の 不死者(アンデツド) 種の一つだった。

「うおおおおおっ!!」

その吸血鬼が鉈を振りかぶって襲いかかってくる。でも――

「がっ!?」

吸血鬼の強さは元になった人間の資質よりも存在した年月に左右される。

その鉈が振るわれる前に飛び出した私は、滑り込むように吸血鬼の足を払い、倒れた瞬間、その心臓にダガーを根元まで突き立てた。

吸血鬼を滅ぼすには、白木の杭を心臓に打ち込むのが良いと言われているが、これは単純に 不死者(アンデツド) の弱点である魔石を砕くことが吸血鬼にも有効だからだ。

魔石は、血に溶けた魂の残滓と魔素が徐々に凝固して石の形となる。血液の無いスケルトンや血が流れないゾンビが発生するのも、魔石持ちの人間が 不死者(アンデツド) 化するからだと師匠から教わった。

吸血鬼化する一部の者も元から魔石持ちの人間なのだろう。だから吸血鬼の大部分は魔術を使うそうだが、この吸血鬼はどう見ても“村人”だった。

村人でも魔術を使える者はいるはずだが、状況から察するに、それはこの村人を吸血鬼にした別の吸血鬼が存在することを意味していた。

「……ぼ、冒険者さん?」

心臓の魔石を砕いて吸血鬼を倒した私に、村人の女性が近づいてくる。でも――

ヒュンッ!

「ひっ!?」

「あなたは魔術を使えるか?」

右手のナイフを近づこうとしていた女性に向けると、怯えた顔で悲鳴をあげた彼女はカチカチと打ち鳴らしていた歯を突然長い牙に変えた。

「ぼーけんしゃさぁーんっ!!!」

爪を伸ばして掴みかかってくる女吸血鬼の腕を躱してその背後に回り込んだ私は、横手から黒いダガーを突き刺して首の骨を砕き、そのダガーの刃にナイフの刃を滑らせるようにして、女吸血鬼の首を斬り飛ばした。

吸血鬼を確実に滅ぼすには、日光で灼いて灰にするか、心臓の魔石を砕くか、首を斬り飛ばすしかない。先ほどの男もこの女も、吸血鬼化して間もなかったので容易く倒せたが……

「…………」

この女は、最初から吸血鬼だったのか、それともたった今、吸血鬼となってしまったのか?

後者ならまだ村に生存者がいるかもしれない。早急に手を打つ必要があると感じた私は、目を凝らして枝の折れ具合で村の方角を調べて、その方角へと駆け出した。