軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127 桃色髪の少女の日常 その3

「さあ、どうしましたっ、私と勝負なさいっ!」

護身術の実技授業の途中、乗馬服のような騎士服を纏った一人の女生徒が、毎回実技の授業を見学している制服のままの少女に木剣の切っ先を向けた。

剣を向けた少女は、マルス子爵家のサンドラという。

マルス家自体は王家派でも貴族派でもない中立派で、数十年前の魔族との戦争時、戦働きで子爵となった武門の貴族家だ。

サンドラはこの桃色髪の少女、アリアが気に入らなかった。

ある方から聞いた話によれば彼女は元平民で、下級貴族家の養女となったことで王女殿下の侍女となり、何の苦労もなく王女の側にいることを許されているらしい。

有能な平民を下級貴族の養子として従者にするのはよくあることだ。だが、このアリアが王女の付き人になったのは、その容姿のせいだとサンドラは考えた。

輝くような桃色がかった金の髪。蒼い血が流れるような白い肌……。平民の出身でありながら思わず目を惹かれるようなその独特な雰囲気は、王女でなくても誰かが貴族にして側に置きたいと願った結果だろう。

サンドラはそれが気に入らなかった。

中立派と言っても結局は日和見した結果で、対外的にはどっちつかずの重用はされない立場にある。前回の戦以来、目立った手柄も功績もないマルス家は次第に時代の主流から外れつつあった。

それが、容姿と雰囲気だけで王女のお気に入りとなり、恥知らずにもその恩恵で自分と同じ中級貴族にまで登ってきたアリアを、サンドラは許すことができなかった。

中立派であるマルス家が味方になると分かれば、王女はこんな見た目だけの女よりも自分のことを重用するに違いない。そう信じてサンドラはある人物の後押しを得て、アリアという少女の排除に乗り出した。

「ま、待ちなさいっ!」

騒ぎが起きたのに気づいて担当の教師が駆けつけてくる。

だが、教師と言っても元騎士でしかない下級貴族で、高位貴族の後押しを得ているサンドラに口を出せるはずがない。

「サンドラ・マルス嬢、何をやっているっ、授業で私闘まがいのことをするとはっ」

「いいえ、先生。これは貴族としての誇りと生き方です。同じ貴族である先生が分からないはずがないでしょう?」

「しかしだなっ」

何故か下級貴族の教師は子爵令嬢のサンドラに食い下がり、必死に止めようとする。その必死さはまるで生死が懸かった戦場のような気迫さえ感じられ、それがサンドラを余計に苛立たせた。

「良いではありませんか。それでこそ我が王国の貴族、武門のマルス家のご令嬢です。サンドラ嬢は私が推薦したのだ。構わないな、エレーナ」

その途中で割り込んできた人物は、勝手に話を纏めると整った顔立ちを笑みに変えて王女とサンドラに向ける。

「王弟殿下っ」

「アモル様っ」

教師がその場で膝をつき、サンドラが乙女のような顔になって喜色に染める。

王弟アモル――学園の要職に就いたという噂があったが、今回の件で王女の側に下賤な者がいることを快く思わず、気高いサンドラのほうが王女の側近に相応しいと推薦してくれた人物だ。

麗しい王弟殿下の薦めなら王女も快く頷くに違いない。そう考えて王女エレーナに視線を向けると、彼女は穏やかに微笑んで静かに頷いた。

「はい、叔父上」

王女殿下の美しい笑顔。だが、その笑顔にゾッとするような寒気を感じたのは気のせいだろうか……

「ただし、その者が、わたくしが選んだ者より優れていたら…の話ですわ」

「それでいいよ、エレーナ。戦って勝ったほうがエレーナの側近だ。サンドラ嬢もそこのお前も構わないな?」

「はい、アモル様っ」

カツン……

その瞬間、あの桃色髪の少女、アリアが動き出した。

「や、やる気になりましたかっ」

いよいよ自分の実力が示せると思いながらも、サンドラは手の平に汗が滲むのを感じていた。

サンドラの持つ木剣は、アモルが確実に勝てるようにと用意してくれた魔鉄の鉄芯入りで、見た目は木剣だがその威力は鋼の剣に準じる。

こんな物は必要ないと思ったが、それもアモルの自分への信頼だと考え、サンドラは木剣を握りしめてアリアに向かっていった。だが――

「邪魔だ」

「ひっ、」

突然アリアから冷たい衝撃が感じられて、その正体が威圧と殺気とさえ気付けず、崩れ落ちるように腰を抜かしたサンドラの横をアリアは悠然と通り過ぎて、主である王女殿下の後ろに立つ。

「叔父上……残念ですが、主の前で粗相をするような護衛は必要ありませんわ」

「……わかった」

エレーナの言葉にアモルが苦虫を噛み潰したように頷いた。

***

「あれぇ? 殺さなかったんだぁ……」

そんな鍛錬場を遠くの陰から見ていた一人の少女は、想像と違った展開に愛らしく首を傾げた。

計画では、アリアは得意でない長剣で戦い、苦戦することで本気になり、公衆の面前でサンドラを殺して学園にいられなくなるはずだった。

最低でも令嬢を無惨に痛めつければ、学園内で動きにくくなると考えたが、結果的には戦いにすらならなかった。

「ま、いっかぁ」

少女は赤みがかった暗い金髪を揺らすようにクルリと回る。

少女には知恵も奸計もない。そんなことができる教育を受けてこなかったからだ。けれど、彼女が持つ半分欠けた“魔石”には、別の世界線で命を懸けた悪役令嬢たちと、異世界の“悪意”が記憶されていた。

今回の件も、無邪気を装いアモルに近づき、彼の心の闇を歪に払った彼女の“悪意”の欠片だった。

「次はどんなことができるかなぁ」

***

「なんなの……あいつ」

サンドラは学園寮にある自室に閉じこもって、外に出られなくなっていた。

多くの貴族子女の憧れである王弟アモルに声を掛けてもらい、王女殿下の護衛にも推薦してもらった。

アモルが言う王女に相応しくない平民出身の側近を排除し、王女の護衛となることができれば、前回の戦争より手柄を立ててないマルス家も王家の覚えが良くなり、サンドラも上級貴族家に嫁ぐことができたはずだ。それだけではなくサンドラは、上手く行けば今の王妃殿下のように、子爵令嬢の自分でもアモルの正妻になれると本気で信じていた。

剣の技術には自信があった。血統による恵まれた体格によって同年代の男にも負けたことはなかった。

自分の容姿には自信があった。女性らしさは足りないが、騎士たちのいる鍛錬場では花のように扱われ、年下の少女たちからは憧れの視線を向けられていた。

学園に入学して同じクラスではないものの、合同授業では王女と一緒になる機会があり、自分の実力を示す良い機会に恵まれたと感じていた。

でも、王女の隣にはいつも、あの“桃色髪の少女”がいた。

元平民という話だが、その立ち居振る舞いにはある種の凄みが感じられ、その気品と美しさは王女と並んでも見劣りはしなかった。同学年の者たちの視線が自分を通り越して彼女たちに向かうのも無理はない。

だが、サンドラ自身もそう思ってしまったことが、彼女のプライドをひどく傷つける結果となり、その思いは憎しみとなってアリアに向かっていった。

護衛の真似事くらいはすると思っていたが、あんな細い身体で筋力鍛錬を集中して行なっていたサンドラに勝てるはずがない。外見からそう判断し、アモルから戴いた魔鋼の鉄芯入り木剣を使わなくても、負けるはずのない相手だった。

だが結果を見れば、戦うまでもなく放たれた威圧と殺気だけで腰を抜かし、粗相までしてしまった。

もうアモルに合わせる顔がない。自分の醜態を見たクラスメイトの顔が見られない。どうしてあんな事が出来るのか信じられない。

「…………」

食事も摂らずに何時間蹲っていたのだろうか。サンドラはふと視線を向けた部屋の扉の下に、1枚の紙が落ちていることに気がついた。

ノロノロと、それでも負に染まった精神が希望を求めてその紙を拾い上げると、サンドラの表情が輝いた。

「アモル様……」

その紙には、サンドラに期待をしているという内容が示してあり、アモルの頭文字だけが記してあった。

期待しているということは、アモルはサンドラが王女の護衛を排除することができると信じているということだ。

「アモル様は、こんな私でもまだ信じてくれる……」

だが、どうして王弟がこんな紙切れ一枚だけの連絡をするのか? 男子どころか部外者禁制の女子寮にどうやって紙を送ってきたのか?

病んだ精神がただの“悪意”を自分に都合の良いように信じ込ませ、あの時感じた恐怖よりも、サンドラは自分に恥をかかせた桃色髪の少女に恨みを晴らして、アモルの役に立つために再び動き出した。

この学園にもマルス子爵領の下級貴族は何人か在籍している。その中でも比較的騎士道精神を持ち合わせていない者を選んで侍女を使って呼び出し、あの少女が一人になる夕方以降の時間を狙って多人数で襲撃することにした。

人通りのない学園の道で、伴もつけずに一人歩く桃色髪の少女に、上級生の騎士科の少年たちが木剣を持って襲いかかる。

すぐに決着がつくはずだった。四人の見習い騎士に襲われて無事でいられるはずがない。

だが、アリアは緩やかに攻撃を避けながら静かに黒い手袋を両手に嵌めると、霞むような速さで襲撃者の胸骨を掌底で打ち砕き、流れるような動作で次々と少年たちを地に沈めていった。

「……なっ」

初めてアリアが戦う姿を見て、殺気だけでは実感できなかったその実力を垣間見て、サンドラが顔色を白く変える。

(こ、こんなに強いなんて聞いてないっ!)

体術だけでも武器を持った1ランク下の武芸者を倒せると聞いたことがある。だとすればアリアはどれほどの実力を持っているのか?

サンドラは慌てて木剣を捨て、鋼の剣を引き抜いて顔を上げた。だが、その時に彼女が見て聴いたものは、自分の顔面に迫る黒手袋の手の平と、自分の顎を砕かれる歪な音だった。

***

「例の連中は捕らえた。でも主犯の影も王弟殿下の関与した証拠もなかった」

エレーナの屋敷に戻って、依頼主である彼女に今回の報告をする。

襲ってきた生徒たちを捕縛して暗部の騎士と確認したが、訓練場で感じた異様な視線の正体はつかめなかった。ただ……

「奇妙なメモを持っていた。一見すると王弟殿下が書いたような内容だけど……」

「何の証拠にもならないわね。それにこの文字って……女性?」

「それに微かにだけど薔薇の香りがした」

証拠にはならないけど手掛かりにはなるかもしれない。でも、エレーナが求めていた王弟アモルを大人しくさせる決め手にはならなかった。

私と同じことを思ったのか、エレーナは微かに苦笑してお茶で唇を湿らせた。

「せっかく囮になってもらったのに、ごめんなさいね、アリア。本当に上手く行きませんわね……でも、あなたが出ている間に面白い情報が届きましたわ」

エレーナがそう言うと、執事さんが封の開いた一つの封書を銀のトレーに載せて持ってくる。彼女はその中身を取ると広げるように私に見せつけた。

「グレイブ……あの怪人の潜伏する貴族が判明しましたわ」