軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

113 偽りのヒロイン

その“少女”は、貴族教育を受けてきた生徒たちから見て、あきらかに“異彩”を放っていた。

ふわりとした赤みがかったダークブロンドの髪は、その言動の落ち着きの無さと相まって、まるでヒヨコのような印象を受ける。

顔立ちは美しいというより、愛らしいと表現したほうがいいだろう。目尻が下がり気味の大きな目はトロンと眠たげで、魔力値が高くないのか、年相応の小柄な体格と相まって、貴族の令嬢ならはしたないと窘められる膝丈のスカートも、彼女なら許されるような不思議な雰囲気を醸し出していた。

「セオ君、見てくださいっ。私、こんな立派な学園に通うんですよっ。素敵っ!」

「お嬢様、落ち着いてくださいっ。それと腕を放して……」

彼女に腕を抱え込まれていたクルス人の少年執事が困ったようにそう呟くと、少女は抜け出そうとする少年の腕をさらに強く抱え込み、一つ年下のセオにお姉さんぶった口調で注意をする。

「ダメですよ、セオ君。私のことは名前で呼んでくださいって、言いましたよねっ。私たちはもう家族みたいなものなんですから、他人行儀はダメですよ」

「……申し訳ありません」

場違い感が漂う微妙な空気に、周囲の生徒たちの注目が集まりはじめた時、一台の黒塗りの馬車が到着して、紺色のドレスに臙脂色のローブを羽織った黒髪の令嬢が馬車から降りる。

“彼女”を知らなくても、その異様な雰囲気と病的な外見に気圧されて生徒たちが道を開き、その先にいるセオと少女の前で優雅に口を開いた。

「邪魔よ」

「っ!?」

その声に、膨大な魔力と“殺意”が込められていることに気づいたセオが、即座に少女を庇うように前に出る。だがその令嬢は、そんなセオの警戒を気にせず、彼と少女に薄い氷のような笑みを向ける。

「お退きなさい。そんなところで道を塞いでいたら、うっかり燃やされてしまうわよ」

「も、申し訳ございませんっ」

物騒なことを言う令嬢にセオが素直に頭を下げたのは、相手が上級貴族の令嬢だと気づいたからではなく、彼の生存本能が強者の気配にそうさせていた。

けれど、それを感じない者もいる。

「ここは、大きな広場ですよっ、通る道ならいっぱいあるじゃないですか」

反論をするのではなく、まるで当たり前のことを言うように満面の笑顔でそう告げた少女に、セオの小麦色の顔が蒼白になり、令嬢の隈の浮いた顔にまるで“玩具”を見つけたような歪んだ笑みが浮かぶ。

「これは何の騒ぎだっ」

その時、入学式の会場のほうから数人の生徒を伴った男子生徒が現れ、仲裁するように声を掛けて割り込んできた。

騎士のような礼服に臙脂色のローブを羽織った少年は、少女と執事に対峙するその令嬢を見て驚いて少しだけ目を見開いた。

「カルラ? こんな所で何をしているんだい?」

「ご機嫌よう、エル様。婚約者様が迎えにも来てくださらないので、一人で到着したところですわ」

「それは……すまなかった。私は在校生代表として、挨拶をする準備があったものだから……」

まるで言い訳をするように視線を逸らすエルヴァンに、カルラは殊更愉しそうに笑みを深める。

「構いませんわ。後で埋め合わせはしていただきますけれど……、あなたたち、いつまでエル様とわたくしの視界にいるおつもり?」

「失礼いたしましたっ、お嬢様、こちらに…」

「え、はい。あっ」

セオが少女を促すとエルヴァンの顔をジッと見ていた少女は、突然、足をもつらせながら倒れ込む。

「危ないっ」

それにいち早く気づいたエルヴァンが少女をとっさに受け止めた。

「お怪我はありませんか?」

「は、はいっ」

返事をして離れるどころか、さらにエルヴァンの腕に身を預ける少女を見て、まるで白けたように興味をなくしたカルラがその脇を通り抜けると、それを見たエルヴァンが思わず呼び止めた。

「カルラ、君も私の婚約者なのだから、あまり一般生徒を脅すような言葉を使ってはいけないよ」

その言葉に足を止めたカルラは、肩越しに振り返り視線だけを彼に向ける。

「あら、何故かしら、エル様」

「次期王太子妃の一人として常識的な行動を……」

そんなエルヴァンの一言に、カルラが扇子で口元を隠すようにクスリと笑う。

「その婚約者の目の前で、他の女を腕に抱いているお方よりも、随分常識的だと思いますけれど?」

「…………」

「では、ご機嫌よう、エル様。後ほどお目にかかりましょう。ふふ」

何故か上機嫌で会場に向かうカルラを少しだけ辛そうな顔で見送り、エルヴァンは少女に手を貸して立ち上がる。

「彼女を悪く思わないでくれないか? 少々機嫌が悪いのかも……」

「はい、大丈夫ですっ、慣れてますからっ」

奇妙なことを言う少女を引き剥がすように執事に預けたエルヴァンは、そこでようやく正面から彼女の顔を見る。

「色々と失礼をした。君は新入生かな?」

「はいっ! 今年から学園に入学しますっ!」

少女は彼からわずかに距離を取り、短い膝丈のスカートをさらにカーテシーのように指で摘まんで見せつけながら、花のような笑顔を浮かべた。

「アーリシア・メルシスですっ! 色々と教えてくださいね、よろしくお願いします、先輩っ!」

***

何か問題があったみたいだけど、王太子が出てきてその場を収めたようだ。あの少女がセオの護衛対象か……。確かに色々と変わった令嬢のようだ。

そんな彼らのところから先に離れたカルラは、途中で目の合った私たちに気づいて、エレーナに目礼し、私には軽い感じで手を振った。

「カルラはブレないな」

「……そうね。それが彼女の欠点であり、美点でもあるわ。問題の多い方ですが、今回限りは彼女に共感したいところですわね」

少女に話しかけられている兄に、呆れたような冷たい視線を向けるエレーナにようやく気づいたのか、エルヴァンは少女との会話を強引に打ち切り、二人の供を連れて私たちのほうへ近づいてくる。

王太子の二人の伴はどちらも上級貴族のようだが、片方は見覚えがあった。それは向こうも同じなのか、エレーナの後ろに立つ私を見てわずかに目を見開いていた。

「エレーナっ」

「お兄様、ご機嫌よう。お忙しいのに、準備はよろしいのですか?」

「いや、……迎えに行けなくてすまなかったね」

先ほどのカルラの嫌味が利いているのか、バツが悪そうにエレーナに頭を下げると、彼女の目付きが一瞬険しくなった。

「お兄様。王太子ともあろう方が、妹とはいえ簡単に頭を下げてはなりません。わたくしは気にしておりませんので」

「……そうかい?」

政治的な“設定”では、エレーナは兄を慕い、他の女性に嫉妬をするほど懐いていたが、今はそうする理由も薄れてきたので、あまり王太子の所へ出向いていない。

けれど、その設定を信じているエルヴァンは、様子の変わってきた妹に少しだけ不思議そうな表情を浮かべた。

「数年前までいつも一緒だったから、少し寂しい気分だよ。何かあったのかい?」

「いいえ、お兄様。わたくしが少しだけ大人になっただけですわ」

「そうか……。ところで、“彼女”はエレーナの従者となったのかい?」

横目でわずかに私を見る彼の視線に、私は無言で一礼する。

「そのようなものですわ。取らないでくださいましね。お兄様にはクララとカルラがいらっしゃるでしょ?」

「そう…だね」

エレーナのその言葉にエルヴァンは複雑そうな顔で小さく頷いた。

不確定だった最後の“加護持ち”は、ダンドール辺境伯令嬢で王太子の筆頭婚約者となったクララだ。彼女が“筆頭婚約者”となったのは、その功績が大きく影響したのだとエレーナから聞いている。

同じく【 加護(ギフト) 】を得て第二王太子妃に内定したカルラは、あの性格上仕方ないが、エルヴァンがクララに対しても同じような顔をするのは、彼女が得たその【加護】に原因があるのだろうか?

「それでは、わたくしも入学式で新入生代表の挨拶がございますので、失礼させていただきますわ。それではお兄様も上手くいかれるとよろしいですわね。いきますよ」

「かしこまりました、エレーナ様」

「あ、ああ。エレーナも頑張って」

私もわずかに戸惑う王太子ご一行に一礼してエレーナの後に続くと、彼らや周囲から多くの視線が寄せられた。

もう“演技”の必要はない。今のエレーナなら、彼女を“王位”に推そうとする貴族派の支援を上手く利用して、エレーナ自身の地盤を作ることもできるだろう。

それでも性急すぎれば、敵を増やす結果にもなりかねない。そのあたりが私の仕事ということか。

そんなことを考えていると、それを読まれたのか、エレーナが小さな声で囁くように呟いた。

「任せるわ、アリア。ある程度までなら目を瞑るから」

「了解」

定刻が来て問題なく入学式が始まった。

この学園では、生徒は20名程度のクラスに分けられる。貴族家によって教育に掛けられた予算に差はあるけれど、建前上は学生同士に地位の優劣はなく、クラス分けにも影響はしない。

ただ学園の本音としては、家同士の諍いを持ち込んでもらいたくないので、問題のある生徒同士は離される。

それでも入学式は別だ。寄付金の多い上級貴族家の子女は見通しの良い前列になり、数だけは多い下級貴族は後列に集められる。

本来なら私も下級貴族の席で入学式を受けるのだが、王女の側仕えで、“王家の命”で護衛の任に就いている私は、入学式でも彼女の側にいることを許されていた。

舞台袖から会場を見回してみると、やはり目立つのはカルラだろうか。王家を含めても上級貴族家は三十数家ほどしかなく、ただでさえ数が少ないのに、カルラの周りは空白地帯のように誰も近寄らないのでどこに居るのかすぐ分かる。

その他にもう一人目立つ者がいるとしたら、セオが護衛に就いたあの少女だろう。

確か“アーリシア”と言ったか……私の本名と同じ名を持つその少女は、その無邪気すぎる明るさで周囲の男子生徒に満面の笑顔を振りまいていた。

……どこかで見たような気もする。特に男性にばかり庇護を求めるようなその姿に少しだけ既視感を覚えるのは、彼女に“違和感”を覚えたせいかもしれない。

式は進み、王太子エルヴァンの新入生を歓迎する挨拶の後に、エレーナが新入生代表として挨拶を終える。

エレーナの周囲に怪しい影はない。警備の者たちも、こんな目立つ場所で何かしでかす者がいるとは思わないだろうが、エレーナと私が警戒するのは貴族派だけでなく、彼女を襲うと宣言したグレイブも、この国の何処かに潜んでいるのだ。

グレイブでも、警備の厳重な城に居るエレーナを襲うほど愚かではない。ならば高確率でこの学園に滞在中に仕掛けてくると私は思っている。

エレーナが舞台から降りるタイミングで、私も彼女の側に戻ろうとしたその時、不意に何者かが私を止めるように腕を掴もうとした。

「待って、君は――」

その瞬間、一呼吸で身体強化をした手首を回してその手を弾いた私は、その 襲撃者(・・・) の腕を蹴り上げながらガラ空きの顎に掌底を打ち込み、薙ぎ倒してから倒れた男の眉間に【 影収納(ストレージ) 】から出した暗器を突きつける。

その男の顔に見覚えを感じて私が目を細めると、今朝、王太子の後ろに見かけたその男は、痛みに耐えながらも絞り出すように声を漏らした。

「君は……何者なんだ?」