軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新婚旅行編 Ⅰ ― 信用と旅立ち ―

第48話 新婚旅行編 Ⅰ ― 信用と旅立ち ―

社長には、前々から行ってみたい国があった。

イナーク帝国。

そのホムロイという街に、新進気鋭の発明家がいるという。

「会ってみたいな。」

その一言が、すべての始まりだった。

すぐにヘンリー商会の青年に調査を依頼し、紹介状を書き、発明家へ手紙を送る。

返事はまだ来ない。

だが、待っている時間もまた楽しい。

「新婚旅行に、隣の国へ行かないか?」

軽い気持ちで言ったはずだった。

だが二人の妻は、ほぼ同時に身を乗り出した。

「行きます!」

即答だった。

結婚式が終わるや否や、パスポートを取得する。

異世界人である自分でも発行できたことに、社長は少し驚いた。

(信用、か……。)

マルペン商会の社長。 屋敷。 妻。 取引実績。 協会とのつながり。

肩書きがあると、人は信用される。

ふと、あの男を思い出す。

ジャン・バルジャン。

偽名で市長にまでなった男。

マドレーヌ市長。

彼もまた“信用”をまとった人物だった。

異界の浮浪者なら、誰も金を貸してはくれない。

だが信用があれば、融資は通る。

自分もそうだった。

開発費の融資は、驚くほどあっさり通った。

(信用は、金より重いな。)

そう思いながら、旅の準備を進めた。

だが披露宴後、社長は体調を崩す。

三日間、寝込んだ。

祝い酒のせいか。 それとも張り詰めていたものが切れたのか。

そしてようやく、出発。

馬車が港へ向かう。

景色が流れていく。

「ああ……いいな。」

久しぶりの旅だ。

このあたりだったかもしれない。

自分が最初に、この世界に落ちた場所。

空は青い。

夜はまだ寒いが、道端には花が咲いている。

自然は、美しい。

ふと、充電しておいたスマホを取り出す。

カメラを起動し、シャッターを切る。

美しく写る。

(……写真機、作れるな。)

ピンホールカメラなら、すぐだ。

メモ帳を取り出す。

さらさらと走り書き。

「あなた。」

経理課長の声が冷たい。

「また仕事ですか?」

「あー……いや、その、発明が浮かんで。」

「休み中は仕事をしない約束でしょう?」

「……ごめん。」

秘書は隣で眠っている。

穏やかな寝顔。

その表情が、たまらなく愛おしい。

「仕事熱心もいいですけど。」

経理課長がじっと見る。

「私たちも、熱心に愛してくださいね。」

……強い。

この人は本当に強い。

やがて田舎村に差し掛かったとき、社長は馬車を止めさせた。

道端に老人が倒れている。

放っておけなかった。

話を聞けば、病気だという。 医者にかかる金がない。

金貨を握らせる。

「これで医者にかかりなさい。」

それだけ言って立ち去る。

それを何度か繰り返した。

当然、港に着いたときには船は出港していた。

「……ほら。」

経理課長が腕を組む。

「時間はお金ですよ?」

「あー……ときは金なり、だな。」

宿に泊まり、次の便を待つ。

「ま、急ぐこともないさ。」

「私は。」

経理課長が少しだけ柔らかく言う。

「怠けているあなたのほうが好きです。」

「いつも仕事ばかりなんだから。」

ぐ。

痛いところを突く。

確かに、頭の中では商会のことばかりだ。

あいつら、ちゃんとやってるか?

資金は足りているか?

新商品は?

「また仕事のこと考えてますね?。」

するどい。

何も言えない。

のんびりと船を待ち、ようやく帝国行きの船に乗り込む。

甲板に立つ。

海風が吹く。

社長は深く息を吸った。

(少しは、休むか。)

そう思いながらも、胸の奥ではわずかな不安が芽生えていた。

自分がいない間。

マルペン商会は――

大丈夫か?

船は静かに港を離れた。