作品タイトル不明
エルフ奴隷と奴隷商人
第55話 エルフ奴隷と奴隷商人
ヤマタニ領地の北の森。そのさらに奥には、エルフの森が広がっている。
エルフ達は古くから森に住み、自然と共に生きていた。聖霊を敬い、北の森に棲む古竜ファフニールを守護神のように崇めている。
森を傷つけず、必要以上に木を伐らず、精霊と共に静かに暮らす――そんな一族だった。
しかし、その豊かな森を狙う者達がいた。
エルフの森と隣接するハイマール伯爵領である。
数百年前、エルフ族は王国と条約を結び、中立自治区として存在を認められていた。
本来であれば、誰も勝手に侵入してはならない土地である。
だが、ハイマール伯爵は違った。
表向きは条約を尊重しているように振る舞いながら、裏では少しずつ実効支配を進めようとしていた。
理由は二つ。
一つは、エルフ族そのものだった。
エルフは美しい。
透き通るような白い肌に、整った顔立ち。長い耳を持つ幻想的な姿は、一部の貴族達から異常なほど高値で取引されている。
奴隷として売れば莫大な金になる。
そしてもう一つは、森の地下に眠ると言われる資源だった。
ミスリル銀。
鉄より硬く、軽く、魔力伝導にも優れる希少金属である。
優秀な剣や鎧、防具の素材として高値で取引されており、もし安定して採掘できれば、一領地を一気に豊かにできるほどの価値があった。
ハイマール伯爵は考えた。
エルフを支配し、森を奪い、ミスリル鉱脈を手に入れる。
そうすれば、ハイマール領は王国内でも有数の大領地へ成り上がれる――と。
そのため伯爵は、金で雇ったならず者達を森へ送り込んでいた。
盗掘。
密猟。
そしてエルフの誘拐。
捕らえられたエルフ達は奴隷商人へ売られ、各地へ流されていく。
そんな中、一人の奴隷商人がサンブレロの街へ現れた。
荷馬車を引きながら、裏路地近くで客を探している。
その前に、ヤマタニが現れた。
「そこのお前、ここで何をしている?」
ヤマタニが声をかけると、男はすぐに振り向いた。
商売人らしい愛想笑いを浮かべている。
「はい。私は奴隷商人をしておりまして、この通りエルフ奴隷を販売しております」
男はヤマタニの服装を見る。
仕立ての良い服に、落ち着いた雰囲気。
さらに足元には仔犬のハチまでいる。
商人はすぐに判断した。
――金を持っている。
貴族か、有力商人。
どちらにせよ上客だと。
「見せてくれないか?」
「はい、只今」
男は嬉しそうに荷台へ飛び乗った。
鍵を開け、ヤマタニを馬車の中へ案内する。
「こちらになります。」
「ほう……。」
馬車の中には、六人のエルフの少女達が押し込められていた。
全員が鉄の首輪と鎖に繋がれている。
薄汚れた布を纏い、怯えた目でこちらを見ていた。
それでも隠しきれないほど美しい。
長い金髪や銀髪。
透き通る肌。
整った顔立ち。
まるで絵画のようだった。
「なかなか美しい少女達ではないか。」
ヤマタニは一人一人を静かに見回した。
エルフ達は警戒して身を縮める。
「お気に召しましたかな?」
奴隷商人はニヤニヤと笑った。
「特にこちらの娘は若く、人気がありまして――。」
「よし、わかった。」
ヤマタニが言葉を遮った。
「この娘達全員、屋敷まで連れて来い。」
その瞬間、奴隷商人の顔がぱっと明るくなる。
「はい! ありがとうございます!」
まさか全員まとめ買いとは思わなかったのだろう。
男は完全に上機嫌だった。
「して、何処に運べばよろしいので?」
「そうだな。馬車に一緒に乗って案内してやるよ。」
「はいはい!」
男は急いで御者台へ移動した。
ヤマタニも隣へ腰を下ろす。
ハチはぴょんと軽く飛び乗り、その横へ座った。
カッポ、カッポ、カッポ、カッポ。
馬車がゆっくり動き出す。
「この大通りをまっすぐ行ってくれ。」
「はいはい。」
男は慣れた様子で馬を操った。
ビシッ。
軽く鞭を鳴らすと、馬車は少し速度を上げる。
「お前、この街は初めてだろう?」
ヤマタニが何気なく尋ねた。
「はい。左様でございます。」
「何処から来た?」
「ハイマール領から参りました。」
「なるほどな。なら俺の顔を知らないのも無理はない。」
ヤマタニは小さく頷いた。
その言葉に、男は少し首を傾げる。
だが深くは気にしなかった。
「その門を右に曲がって、城の方向へ向かってくれ。」
「はい、そのように。」
男は言われた通りに馬車を進めた。
石畳の道を、馬車が進んでいく。
カッポ、カッポ、カッポ、カッポ。
だが、城へ近づくにつれて、男の顔色が徐々に変わっていった。
「あの……。」
「ん? 何だ?」
「このまま進むと、城へ向かうことになりますが……?」
男が恐る恐る尋ねる。
ヤマタニは笑いながら答えた。
「ああ。お前はこれから城へ行くんだ。」
「……え?」
次の瞬間だった。
「止まれぇっ!!」
衛兵達が一斉に現れ、馬車を取り囲んだ。
槍が向けられ、男は真っ青になる。
「な、何だ!?」
衛兵隊長が前へ出た。
「この馬車は何だ?」
「は、はい! 私はただの奴隷商人でして……!」
「何!? 奴隷商人だと!」
隊長の目が鋭くなる。
「馬車を降りろ! お前を逮捕する!」
「ひぃっ!?」
衛兵達が男を引きずり降ろし、地面へ押さえつけた。
奴隷商人は何が起きているのかわからない。
「な、何故です!? 私は合法的に――。」
「この街では奴隷売買は禁止されている!」
隊長は怒鳴った。
「貴様は豚箱行きだ!」
鞘付きサーベルが男の首元へ突きつけられる。
男の顔から血の気が消えた。
「隊長さん。」
そこでヤマタニが口を開く。
「その男は知らなかったみたいだ。そのくらいで許してやってくれ。」
すると、衛兵達の表情が一変した。
「これはヤマタニ領主様!」
全員が一斉に敬礼する。
奴隷商人の目が見開かれた。
「や、ヤマタニ領主……!?」
今さら、自分が誰に話していたのか理解したのだ。
隊長は困ったように尋ねる。
「しかし領主様、どういたしましょう?」
「そうだな。エルフ奴隷は全員没収。その上で今回は見逃してやれ。」
「しかし……。」
「十分反省してる顔してるだろ?」
ヤマタニが苦笑する。
男は半泣きだった。
「ヤ、ヤマタニ領主様ぁ……。」
完全に腰が抜けている。
奴隷は没収。
逮捕寸前。
破産同然。
男にとっては、この世の終わりのような状況だった。
ヤマタニはそんな男を横目に、馬車の後ろへ向かった。
そして鍵を開ける。
ガチャリ。
エルフ達は警戒したまま動かない。
「もう大丈夫だ。」
ヤマタニは静かに言った。
「お前達を奴隷にはしない。」
少女達は互いに顔を見合わせる。
まだ信じられない様子だった。
「ここはヤマタニ領だ。お前達はもう自由だ。少なくとも、無理やり売り飛ばされることはない。」
そう言いながら、ヤマタニは一人ずつ首輪を外していった。
カチャリ。
鎖が落ちる。
自由になったエルフの少女が、小さく震えた。
そして――。
ぽろりと涙を零したのだった。