軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

報告

王宮での舞踏会に出席して以来、様々な家からお呼ばれされているので、できるだけ参加していた。

できることならば、早く領地に戻りたいのだけれども。

いかんせん、お父様やお母様が動けない以上、私が王都にいるしかない。

まあ、何より……領地の経営は安定していて、懸念といえばエルリア妃一派やユーリが何かを仕掛けてくることなのだ……それならば、すぐに対抗できるよう王都にいた方が良いというのが、一番の理由。

王都には今、不穏な空気が漂っている。

あちらこちらのパーティーに出席して、ますますその思いは強くなっていた。

どのパーティーでも、誰もが互いの顔を見合わせ様子を伺っている。

煌びやかな貴族の世界を狐と狸の化かし合いの場だと昔表現したが、それ以上だ。

とはいえ、王都にばかり構ってはいられない。

領地から上がってくる報告書や決済を、纏めて見ては指示を書き込む。

遠くにいる分、あらゆる事態を想定して指示を書かなければならない。

ふと、羽ペンを止めた。

これらの仕事も、私が結婚をしてしまえば携わることがなくなるのか……と。

急に、そんなことを思った。

アカシア王国は、徹底的な男社会。

とてもじゃないが、仕事などできはしないだろう。

……それ以前に、私は領地を離れなければならないのか。

結婚をせず、ずっと領地にいることを想定していたのだけど……まさか、結婚をして他国に行くかもしれないなんて。

そう考えたら、心の中にポッカリと穴が空いたような気がした。

ターニャたち皆に囲まれて……それから、ディーンが側にいて。

責任が重くて大変な……けれどもそれ故に、達成感のある仕事を、皆に支えてもらいながら行って。

いつまでも、そんな日々が続くと思っていた。

いつかはベルンに引き継ぐと口では言いつつ、それでも。

……まさかこんな形で、その終わりが目に見えるようになるとは思いもしなかった。

『この身に流れる青い血は、綿々と受け継ぎこれからも守るべきもの。……だからこそ、お母様もお祖母様もその前の顔も見たこともない祖先たちはずっと政略結婚を繰り返してきた。それが、貴族というものでしょう?』

ミモザの言葉が、頭に浮かぶ。

……彼女の言葉は、酷く正しい。

私の身は血の一滴肉の一片まで、国のため……ひいては家のためにある。

それが、貴族としての義務であり、矜持。

そう、なのだけれども……。

「……ディーン……」

口からつい、漏れた名前。

無性に、彼に会いたかった。

けれども同時に、会いたくないとも。

会って話せば、束の間とはいえこの苦しみを忘れることができる。

けれども会ってしまえば、きっと私はより苦しくなる。

……諦められなくて。

彼との未来は、元より可能性などない。

……だというのに、望んでしまう。願ってしまう。

そんな私は、確かにミモザの言う通り貴族らしくない。

そもそも彼の気持ちが分かっていないのに、あれやこれやと考えてしまっていること自体、既に随分とこの恋にのぼせ上がってしまっている。

自覚をすれば、あっという間……どんどん堕ちて深みに嵌っていく。

エド様で懲りたというのに、喉元を過ぎればなんとかとは、まさにこのことだ。

羽ペンを、一旦机の上に置いた。

ぐるぐると纏わりつく暗い思考を吹き飛ばすように、重く深く息を吐く。

今は、そんなことを考える時間ではないと自分に言い聞かせ心を落ち着かせた。

そして次に目を開けた時、再び私は目の前の書類に没頭した。

……集中すると時間が経つのは本当にあっという間で、何とか今日中に処理をしなければならない書類を片付けることができた。

一息つきつつ、モネダからの手紙を手に取る。

内容は、以前確認をしておいて欲しいとお願いした事柄。

王都の物価上昇について、関わっていそうな商会を調べておけというもの。

ターニャですら時間がかかると言っていたが、流石はモネダ。

商会への影響力は、未だ健在のようだ。

手紙を眺めていると、扉からノック音が聞こえてきた。

それから入って来たのは、ターニャだった。

「……お嬢様。ご報告させていただいて、よろしいでしょうか?」

「ええ、お願い」

ターニャから、ミモザの婚約までの流れを報告して貰った。

予想だにしなかったそれに、私は言葉を失う。

「……お嬢様?」

呆然とする私を、ターニャは気遣っているようだった。

「大丈夫……大丈夫よ、ターニャ。続けてちょうだい」

私の回答に、ターニャは心配そうにしながらも続けてくれる。

「……最後に、お嬢様。ミモザ様からのご伝言です」

「貴女、ミモザに会ったの?」

「はい。事の次第を知った時の為に、と」

「そう。それで、内容は?」

「……何も、するなと。助けて欲しくはないと、仰っていました」

ターニャの言葉を噛みしめるように、頭の中で繰り返し反芻する。

「あの子らしいわね」

私の苦笑いに、ターニャもまた同じような笑みを浮かべていた。

「大方、あの子にこう言われたのでしょう? 事の次第を知った時に、私を止めて……と」

私の問いかけに、ターニャは同意するように一礼をした。

「本当に、あの子は馬鹿ね……」

ミモザのその優しい願いに、私はそうとしか言えなかった。

涙が出そうになる目に力を込めて、重く濁った思いを吐き出すように息を吐く。

あの子になら、利用されたって私は構わないのに。

けれどもそう思う反面、確かに簡単には動けない。

アルメリア公爵家の名は力があるが、それ故に様々な柵がある。

今の状況下で動いてしまえば、王宮内の派閥争いは、より激化する危険性を孕んでいた。

……けれども、それが友達を見捨てる理由になるのかと問われれば……そうではない。

私にとって彼女は、決して軽い存在ではないのだから。

学園で徐々に立場を失くしていく私に、それでも最後まで共にいてくれた……大切な人。

実際彼女のフォローがなかったら、もっと学園での私の噂は酷いものになっていただろうし。

彼女が私のことを想ってくれているように、私も彼女のことがとても大切。

私は目を瞑り、考えをまとめる。

「……ねえ、ターニャ。お使いを、頼まれてくれるかしら?」

「お嬢様が命じることであれば、何なりと」

「ありがとう。それならば、ラフシモンズ司祭に言伝を頼みたいの。勿論、極秘でね」

「承らせていただきます」

「内容は、貴女の報告が全て終わったら話すわ。……続きを、お願い」

私の言葉に、ターニャは目を瞬く。

「貴女のことだから、私がお願いしたことは全て調べたのでしょう?でなければ、最初に一言何か言っていた筈だもの。本当に、ありがとう」

ターニャはその言葉に、花がほころぶような笑みを浮かべた。

「勿体無いお言葉です。……ユーリ男爵令嬢の件について、調べたことをご報告させていただきます」

私は気持ちを切り替えて、彼女の言葉に耳を傾けた。