軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ディダとターニャ

「……入るわよ、ディダ」

ノックをして、彼の部屋に入った。

彼は何かを考えるように椅子に座っていた。

使用人に与えられる部屋はそれほど広くない。

けれども私やディダ、昔からお嬢様に仕えている面々やセバスさんは個室でそれなりに広い部屋を与えられている。

「……これは、お嬢様からです。仕事に戻るまでに、読むようにと」

「ああ、ありがとう」

ディダは笑って、それを受け取った。

「それから、仕事に戻る前にその顔なんとかなさい」

「それも、お嬢様から?」

「そんな訳ないでしょう。私からの忠告よ」

私の言葉にディダ笑った。

そうと分かるほどの、空笑だ。

「……言っておくけれども、私は貴方のことを許していないわ」

「手厳しい。あの時、タップリ説教はされたさ」

「タップリ……!?全然よ」

そう言いつつ、彼が囚われていた時のことを思い出す。

あの時……痛めつけられた彼は、私が部屋に入ってきた瞬間、笑った。

それは安堵からくるものというよりも、失笑のような、やけくそのような……いつもの明るさが削がれたそれだった。

『怪我は?』

『問題ない。……悪いけど、これを外してくれ』

『何を言っているの!?私がここに来たら理由は、貴方の安否の確認と護衛。そこの坊ちゃんと併せてね。貴方が人質として利用されないために。それなのに、外せですって!?それが外れたら、貴方は一体どうするつもりなの。そんな体で何をするつもりなの!』

『ケジメをつけてくる』

『ケジメ?ハッ……ケジメですって!?これ以上、私を失望させないで』

『お前に失望されようが、俺は俺のすべきことをするだけだ』

『すべきこと?貴方のすべきことは、ここで彼と待つことよ。下手に出て行って、それをこの坊ちゃんに目撃されてボルティックファミリーと繋がりがあると思われたら、どうするの!それに、出て行ってまた捕まったら?今の貴方の身体じゃ、いつものように動けないでしょう』

『自分の体のことだ……どれぐらい動けるかは、分かっている。あいつらには引けを取らない』

『信用できないわ。一度、貴方は捕まっているのだから』

『情に絆されて、このザマだ。……だけど、くだらない感傷は、捨てた』

『捨てたのなら、何故ケジメをつける必要が?』

『それを、確かなものにしたいんだ。いくら捨てても、過去っつう名の亡霊が追いすがってくる。俺の今一番大切なものが、それで危機に晒されているんだ……対峙してケジメをつけるべきだろう』

『ダメよ……どちらにせよ、彼はどうするの』

視線を下に向ければ、ドルッセンが床に伏していた。

この口論の中でも目覚めないなんて、よほど深い眠りについているのか、神経が図太いのだか。

そんなくだらない疑問が、その時頭を過ぎった。

『お前がいる。起きそうになったら、また意識を奪えば良い』

『だけど……』

『頼むっ。このままじゃ、俺は自分で自分が許せない。お嬢様にも、お前にも顔向けができないんだ……』

ディダの真剣な視線が私を射抜く。

『お嬢様は、俺を掬い上げてくれた主だ。あの人を守るためなら、命をなくしてもかまわない。……だっていうのに、俺のせいでお嬢様は危険に晒されているんだ。許されようとは、思わない。だからもし、万が一にでも捕まって、これ以上お嬢様に迷惑をかけることになったら、その時は迷わず死を選ぶ』

『……その言葉、噓偽りはないわね』

『ああ』

私は、彼の手錠を取った。

彼は少しばかり腕の具合を確認して、それから立ち上がった。

『無事にこの件が片付いて……お嬢様に会って、お嬢様が例え貴方を許しても……私は、貴方を許さないわ。ディダ』

『それで正解だ』

そうして、ディダは混戦の中を駆けて行ったのだ。

その一連の出来事を思い出して、閉じていた目を開けた。

「……お嬢様が貴方を許しても、私は貴方を許さない」

「ああ」

「貴方の戦いを見て、確信したわ。貴方なら、あいつらに後れを取ることなんてなかった。捕まったのは、貴方の言葉通り……貴方は過去の思い出に、負けたのよ。今の大切なものから、目を背けて」

それが、許せなかった。

彼が調べに出たことも、捕まってしまったことも、それ自体に怒りはない。

けれども……。

「貴方にとって、お嬢様を守りたいという気持ちは本物なのかしら。私は、ライルと貴方を同志だと思っていたわ。なのに、貴方の思いはその程度のものだったの?」

「……そう言われても、仕方ねえよな」

ディダは、そう言って力なく笑った。

その反応に力が抜けて、私は息を吐く。

「……ケジメは、つけられたの?」

「ああ、ついたよ」

「あの、トーリという男が亡霊の一端?」

「まあ……そうだな」

今度は、ディダが深く息を吐いた。

「あの街で調べていた時、トーリが関係していることはすぐに分かった。だから接触して、すぐに止めさせようと……説得しようとしたんだ」

そしてポツリと呟くように吐露した言葉を、私は聞き落とさないように集中して聞く。

「問答無用でしょっぴかなかったということは、貴方とあの男はとても親しかったということね」

「そうだな。今でいう、ライルみたいな存在だったよ……彼奴は。気づいたら、一緒にいて。食い物を探していた時も、馬鹿やった時も、組織に入った時も」

「あら、良いわね。私がゴミだめにいた時は、独りだったわよ」

「その点、俺は恵まれていたかもしれねえなあ……ま、でも結局こうなっちまったからどうなんだろうな」

そう言って、ケラケラ笑った。

「……ある時さ、上からの命令で俺たちは別の組織のところからとある物……それが何かは聞くなよ?俺だって知らねえんだから。まあ、ヤバイものっつうのは何となく予想できたけどよ……それを盗んで来ることになった。 何の後ろ盾もねえ薄汚いガキだ……成功したらめっけもん、失敗しても組織との繋がりを知らぬ存ぜぬで押し通せると思ったんだろうなあ。流石にヤベエと思って、俺は組織から逃げようと彼奴に言ったんだ。けど、彼奴は『ここから逃げて何処に行く?行く場所も何も俺たちにはないだろう』って言ってな。結局、俺はのった」

「……それで?」

「途中までは上手くいってたけどな。途中で気づかれて、な。俺は囮になることを申し出て、物を彼奴に持たせて先に行かせた。応援を呼んで来いっつって。そのあと一回捕まってボコボコにされたんだけど、隙を見て逃げ出して。んで、逃げている途中でお嬢様に会って……後は知っての通り」

「よく、御当主様もお許しになったわね。貴方を側に置くこと。だって、大まかにでも経歴は調べるでしょう?」

「自分でも、そう思う。お嬢様の強い希望と、あとその頃の俺じゃあ何かしでかそうにも優秀な使用人達を前にどうしようもできないと判断されたからじゃねえかな」

「まあ、確かにそうね」

「そんな風に別れたからさ……自分だけあの環境から逃げ出した負い目っつうのもあって。んで、できることなら説得したかったんだよ。まあ、結果は散々。『もうこの環境から逃げ出したい、相談に乗ってくれ』なんて言葉を信じて、待ち合わせ場所にノコノコ姿を現したら……」

「捕まったと」

「そういうこと。俺、説得に向いてないんだろうなあ」

そう言った彼から笑い声が聞こえてきたけれども、顔を見れば全く笑っていなかった。

「多分、俺自身、信じちゃいなかった。胡散臭いし、真に受けるほど純でもねえ。……けど、信じたかったんだ。それだけのもんを、築き上げてきたと思っていたから。だから、ダメだったんだ。そんな期待、 持つべきじゃなかったっつうのに。俺は……お前の言う通り、過去に負けたんだよ」

そう言った彼は、力を入れすぎて白くなるぐらいに拳を握っていた。

恐らく、爪が食い込んで血が出ているだろう。

「そう……」

私は溜息を吐くと同時に、立ち上がった。

それから、彼の机の側に寄る。

そこには、今しがた私が渡した書類が置かれていた。

をれを手に取ると、彼に再び渡す。

「……それ、さっさと読んじゃいなさい。明日から、仕事に戻るのでしょう」

「あ、ああ……」

私のいきなり過ぎる話の方向転換に、ディダは驚いたように目を丸めていた。

「ケジメは、ついたのでしょう。……せっかくチャンスを与えらえたのだから、貴方はそれに応えるべく職務を全うすれば良い。もう、貴方を邪魔する亡霊は表に出てこないのだから」

「……そうだな」

そう肯定して、ディダは上を仰いだ。

尤も、彼は目を腕で押さえているため、実際に上を見てはいないが。

「サッパリしてんな、お前は」

「……慰めて欲しいとでも?」

「いいや……そんなことされちゃ、情けなくて表に出られねえや」

「そうね」

彼の言葉に私は、少しおかしくなって笑った。

「私と貴方……それからライルを繋ぐのは、お嬢様をお守りするという同じ目的。目的がズレない限り、私たちはずっと同じ方向を向いていられる」

例え、意見がぶつかり合うことがあっても。

すれ違うことがあったとしても。

最終的な目的が同じならば……仲違いをするということは、私たちの間にはない。

私は、そう思う。

「お前はずっとブレないんだろうな」

「当然でしょう。命に代えても、私はお嬢様をお守りする」

私の言葉に、ディダは笑った。

「貴方は今回、一瞬その目的から外れた行動をした。……けれども、最後に貴方は戻ってきたわ。自身でケジメをつけて。だから、安心した。許すことはまだできないけれども……私たちはまだ、共に同じ方向に進めると思ったわ」

「……なら、頑張らねえとな。同じ方向を進むだけじゃなく、また、安心して背中を任せてもらえるように」

「そうね」

「……本当、ここは居心地が良すぎて堪らねえ。堪らねえよ」

ポツリと呟いた彼の言葉は、少し震えていた。

彼の頰には、水滴が伝っていた。

けれども、それを見なかったことにして……私は、その場から去った。