作品タイトル不明
幕間:後に『パン屋事変』と呼ばれるのであった。
その日、 エフォ(EFO) の一部のプレイヤー達に激震が走った。
「えっ!? 嘘でしょ!?」
「マナちゃんが!?」
マナ……それはピリオノートに拠点を置いて活動しているプレイヤーにとっては馴染みのある名前。
街の東の坂道にあるパン屋の娘NPCの名前であった。
「な、なんだってー!?」
「パン屋のあの子が!?」
パン屋の娘はプレイヤーに人気があった。
美味しいパンの店で働く、気立ての良い可愛い娘。
母であるパン屋の女将がその恋模様を好き放題拡散するので、すぐに照れて慌てる乙女の姿を堪能できる恋バナ要素。
女性プレイヤーには気軽な友人枠となりやすく、男女問わず可愛い妹枠にもなりやすい。なんなら極々一部のプレイヤーにはこっそりNPCとの恋愛要素を期待されていたくらいだ、結婚した時には何人かが密かに涙を零していたりもした。
「はぁ!? そこ狙ってくる!?」
「ヤダヤダ! マナちゃーん!!」
さらに、このNPCが好感度を鷲掴みにしているのは若いプレイヤーだけではなかった。
「なんじゃと!?」
「パン屋のマナが!?」
プレイヤー全体の平均年齢を上げている者達のほとんどにとって、美味いパンの噂を聞いて訪れた店で出会ったパン屋の娘NPCは、それはそれは可愛いご近所の知り合い娘さん枠であり、ちょっと応援したくなる若者枠であり、そして皆の孫枠でさえあったのだ。
「おのれぇええ! 許すまじならず者共がぁあ!!」
「わしらの孫に何をしおったあああ!!」
そんな人気のNPCが、敵対組織の毒牙にかかった可能性有との一報を受け、プレイヤー達は怒り狂った。
しかも得られた情報は『確保・処理済』ときた。
『確保』……どう控えめに解釈しても拉致監禁と思われる。
『処理済』……最悪死んでいる。
パン屋の娘はつい先日結婚式を挙げたばかりの幸せ新婚夫婦である。
それを!
確保ぉ!?
処理済ぃい!?
「ふざけんじゃないわよ!!! 戦隊集合! レッドはどこ!?」
怒り狂ったプレイヤー達は、燃え滾る心のエンジンが暴走するままにピリオノートへと駆けつけた。
戦闘勢だろうが、検証勢だろうが、職人も農奴も商人も、ガチ勢だろうとエンジョイ勢だろうと区別なく。
パン屋の娘を愛するありとあらゆるプレイヤーが立ち上がり、ピリオノートへと押し寄せたのである。
「許せませんわ……っ! 麗嬢騎士団、参りますわよ!」
「はい! お嬢様!」
「許せませんわ!」
「許せませんわー!」
「マナちゃぁーん!!」
「行きますよボス! いつまで食ってんだ!!」
「あ、俺も?」
「マナのピンチだよあんたら!」
「うおおお! マナちゃーん!!」
「いま行きますニャー!!」
「足の早い従魔揃えなぁ!」
「もっふる動物園! 出陣だぁ!!」
「ママァー! パン屋のマナちゃんがヤバいってぇええ!!」
「総員! モードチェンジ!」
「「「「「「「イエス、マム!」」」」」」」
「まずはピリオの家宅捜索からだ!」
「地図を用意しろ! 人手を集めて担当区域を割り当て!」
「城への報告も忘れるな!」
「貴族街だけがネックだが、まずはそれ以外を虱潰しだ!」
荒ぶるプレイヤーの群れがピリオノートを駆け抜ける、それはさながら暴徒ごとし。
「どこだぁー!!」
「マナちゃあああん!!」
事情がわからぬ初心者は慌てて壁に張り付き道を空けた。
寝ていた猫は飛び起きて、犬は狼狽えネズミは逃げて、小鳥はチュンチュンバサバサと飛んで行く。
街の衛兵NPCは暴徒を止めるべきか悩んだものの、事情を聞くと敬礼してその群れを見送り。
平民の住民NPCはあまりの剣幕と事情を受けて素直に家探しを受け入れ、幼い子供のNPCはヌーの大移動のようなプレイヤー達を面白がって囃し立てたる始末
「探せ探せーい!!」
「マナちゃーん! どこなのー!?」
冒険者ギルドでは度重なる報告と問い合わせを受けると速やかに『情報提供を求む』と張り紙が出された。
地下室で珍味の裏メニューを提供していた大衆食堂は『違います違います怪しいのは雰囲気だけなんです!』と弁明を繰り返した。
とある荒くれ共が集まる開拓地の主は怒涛の問い合わせを受け、掲示板にて『当開拓地はピリオノート東のパン屋の娘さんの行方不明には一切関与しておりません』と声明を出した。
通報を受けた城の手配により四方の門には検問が張られ、全ての荷物が調べを受け、あくどい商売をしていた数名のNPCが巻き添えでお縄についた程にその勢いは凄まじかった。
「情報を集めろぉおお!」
「どんな些細なことでも見逃すなぁ!!」
こうして、プレイヤー『行商人パピルス』が、サウストランクからピリオノートへ様子を見に駆け付けた時には……ちょっと狂った規模の人海戦術により重要人物がちょうど確保された所だったのである。
「マナちゃんの旦那さん見つけましたー!!」
「ホルンス君、様子おかしいよ?」
「ホルンスがさっき三角帽子被った女性をどこかに引っ張って行ったって目撃情報出ました!」
「納屋に転移オーブの偽物みたいなの発見! 触っても反応しないけど!」
パピルスは顔の筋肉が引きつりそうになるのを抑え込み、アルカイックスマイルを浮かべたまま……先程からメッセージのやりとりをしていた相手へ、ひとつの提案をする事にしたのである。
大勢の人前に出ることになるし、正体がバレるかもしれないというリスクはあるが……この規模の騒動を無視して個人で動いて万が一にも救出に失敗した場合、この数の暴走プレイヤー全てからヘイトを向けられる可能性を天秤にかければ、間違いなく前者の方を選ぶべきだと思ったので。