軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王妃の忠告

唐突に現れた王妃ギーゼロッテは、もはや彼女そのものではなくなっていた。

テレジアは混乱する自身を律し、冷静に状況を把握しようと努める。

(まさか、人を依り代にして復活するだなんて……)

あり得なくはない。実現可能性で言えば、むしろ条件が緩くなるから最有力候補と言えるだろう。

だがそれは、人の身体を捨てて虫に 精神(なかみ) を入れるようなもの。

力が極めて制限されるため、選択肢からは除外されるべきもののはずだった。

だから誰もやろうとはせず、やった者もほぼ皆無であるがゆえに影響が計り知れない。

「ギーゼロッテ王妃は、どうなったのですか?」

不作法にも執務机に腰かけ、半身でテレジアを見下ろす彼女に問うた。

「あら、最初の質問が依り代を気にするものとはね。貴女、心まで人のそれに近づいてしまったのかしら」

「話がしたいのでしょう? ならば、はぐらかさず質問に答えなさい」

「ふふ、怖いわねえ。そう殺意剥き出しで睨むものではないわ」

余裕の笑みに心乱されまいと、テレジアは気を引き締める。

「依り代の 精神(こころ) は無事よ。今は夢見心地、といったところかしら。完全に精神を壊してしまえば、わたくしの〝素〟が出てしまうもの」

「そうですか。安心しました。では貴女を 肉体(そこ) から追い出せば、王妃は元に戻るというわけですね」

「できるのなら、やってご覧なさいな。でも、わたくしと依り代の精神は半分溶け合っているの。無理に引き剥がして、依り代がまともでいられるとお思い?」

言葉通りに受け取るのは危険だ。しかし彼女の言動が演技でなければ、王妃の影響を大きく受けているのは明らかだった。

「そう、手を出せないのね。ふふ、問答無用で襲いかかってくると覚悟して煽ってみたけれど、本当に甘くなったものね、貴女」

「……認めましょう。しかし今の貴女を、さほど脅威に感じていないのも大きな理由です。いかに閃光姫といえど、〝神〟と呼ばれた者を収めるに足る器ではありませんから」

「否定はしないわ。しかもこの体、とんでもない問題があるのよねえ」

ギーゼロッテはなぜか愉快そうに笑みを浮かべ、ぴょんと机から飛び降りた。

「ほら、見て見て」

粗末な首輪に手をかけた次の瞬間。

「なっ!?」

首が、切れた。

首輪を外すと同時に上方へ飛び上がった頭を片手でキャッチ。

「ななななんですかそれはぁ!?」

テレジアは椅子を弾くほどの勢いで立ち上がった。

手の上に乗せた顔が、少女のように屈託なく笑う。

「面白いでしょう?」

「面白がっている場合ですか! って、ちょっと待ってください。しゃべれるのですか? それに血が、出ていない……」

切断面は真っ黒で、骨も肉も見えていなかった。

手のひらの上に乗った顔はいまだくすくすと楽しげだ。完全に首が切り離されているのに、つながっているのと変わらなかった。

「首を切断したと同時に、切断面に魔法で細工を施したようね。切り離されていても、あたかもつながっているように」

「そんな、ことが……」

果たして可能なのだろうか? しかし実際に、彼女の首は魔法的な効果によって今の状態になっているのだ。

「基本的には結界よ、これ。もっとも、現代魔法の理論に照らし合わせれば、だけれどね」

手のひらの上の頭が首の切断面を覗きこむ。

「切断面は厚みがほぼゼロの薄い魔法膜で覆われている。二つの膜は、こことは異なる時空で隣接させているのね。理論上は転移魔法の応用といったところかしら」

「バカな……。転移魔法を常時発動している状態だというのですか?」

「機能が違うから転移魔法そのものと比較はできないわね。つなげる側とつながる側、この二つがあらかじめ確かに決められているのなら、維持する魔力はほぼ必要としない。そもそもこの魔法を維持するために魔力を供給しているのは、この肉体だもの」

「そんなことまで……」

「まだあるわよ? 切断面は互いに反発し合うような特殊な効果が付与されている。この首輪にはそれを逆転させる効果もね。つまり、この首輪を付けていなければ、頭と体は離れたままというわけ。本当、意地が悪いわよねえ」

言いつつも楽しげなのは、ギーゼロッテの肉体そのものには興味が薄いからだろう。

(となれば、王妃を依り代にしたのは復活の足掛かりに過ぎないと考えるべきでしょうね)

何を考えているかはわからないし、訊いて答えるとも思えない。

ならば今探るべきは――。

「その魔法を王妃ほどの人物に施したのは、誰ですか?」

ギーゼロッテの記憶には、必ずあるはずだ。

「シヴァ。例の黒い戦士さんよ」

驚きはしなかった。彼ならば、いや今の時代彼以外に現代魔法の理論から外れた魔法を操れる人物はいないのだから。

いまだにその正体はつかめない。

しかし彼が常人を遥かに超える魔力を有しているのは確実だ。

(まさか、彼の肉体と精神をも手に入れようと――ッ!?)

思考に埋没しかけたところで、目の前に王妃の顔が差し出された。

「ふふ、何を考えているのかしら? とても興味があるわぁ」

にぃっと口の端を持ち上げたギーゼロッテはしかし、つまらなさそうな表情に変えた。

「でも残念。時間切れのようね。そろそろあの男が覗き見しにくるみたい。ふぅん、こちらの結界の隙間を通ろうとしているのね。大胆なんだか慎重なんだか……」

首輪を嵌めると頭を元の位置に戻す。

「最後に用件を伝えておくわね。わたくしのこと、彼には黙っていてくれないかしら。わたくしを認識できるのは、 同じ種族(・ ・ ・ ・) である(・ ・ ・) 貴女だけ。だからわざわざここへ足を運んだの」

「何を言って――」

ギーゼロッテは凍るような視線をテレジアに突き刺す。

「わたくしの存在を、あの男に悟られないようにしろと言っているのよ。さもなくば貴女が大事にしているこの学院を、王都ごと消し去ってやるわ」

絶句するテレジアに、一転して朗らかな笑みを浮かべる。

「難しいことじゃないでしょう? 貴女が黙っていればいいのだから」

「彼が、気づかないとでも?」

「いずれ気づくでしょうね。そこまで侮ってはいないわ。ただ少しでも時間が稼ぎたいのよ」

ギーゼロッテが踵を返す。ドアの前まで歩いていくと、

「これはね、貴女のためでもあるの。あの男が、貴女の味方だとは思わないことね」

「どういう、ことですか……?」

ギーゼロッテは顔だけ振り向いて、愉しげに告げる。

「薄々は気づいているのではなくて? 裏切りの女――〝神殺し〟の貴女なら」

嗜虐的な笑みを残し、ギーゼロッテは立ち去った――。