軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

テレジアの思惑

テレジア・モンペリエは学院長室の自席に背をもたれかけた。

手にした紙に再び目を通し、ふっと笑みを浮かべる。

「まったく困った子ですね、ハルト・ゼンフィス君は」

筆記試験の解答用紙はすべて正答で埋まっていた。

中には現役の宮廷魔法師ですら解けない難問もある。これが試験時間内で解けるのは、国内でも片手の指で事足りる程度。身近なところでは学院きっての天才、ルセイヤンネル教授だけだ。

学生として見れば優秀ではあるが知識に偏りが見られ、どちらかというと類稀なるセンスに裏打ちされた発想力がハルトの持ち味と、テレジアは分析している。

いくらなんでも全問正解は信じがたかった。

(となれば、おそらく不正をしての結果でしょうけれど……)

残念ながら証拠がない。

試験問題は外に漏れないよう厳重に管理していたし、試験中に不正防止用の多重結界はまったく反応しなかった。

しかしそのいずれもを容易く突破できると思しき人物が、彼の近くにはいた。

(黒い戦士、シヴァ……)

彼が何者で、何を目的にしているかは知れない。しかしその実力は、ともすれば閃光姫どころか大賢者グランフェルトをも凌駕する。

現代魔法の常識外である古代魔法を操る彼ならば、誰にも気づかれず、なんの痕跡も残さずにハルトの不正に手を貸せただろう。

もちろん推測の域を出ないうえに、彼がハルトに手を貸す理由がわからない。

ハルトが授業免除されたとして、彼に何かしらの利益があるのだろうか? あるいは何か負い目があるから?

この場では結論が出るはずもなかった。

(注視する以外、ありませんね)

本来なら、不正の疑いがある者は徹底的に調べ上げるのが彼女の信条だ。

特にハルトは、こっそり授業風景を眺めた限り『不真面目』な生徒。そんな生徒を正しき道へ導くことこそ教育者の務めと信じて疑っていない。

けれど――。

(後にも先にも、私の手に余る生徒は〝彼女〟以外いないと思っていましたのに)

きっとハルトは同類だ。ならば近しい考えを持つ者に預けるのがいい。

下手に常識に凝り固まった指導をしては、自由奔放な『天才』をつぶしかねないから。

(ええ、ティアリエッタ。彼女ならば――)

思考に耽る中、ドアが強くノックされた。緊急事態……ではなく、単に訪れた者が粗野だったからだ。応じると、

「やあやあ学院長、来たよ。って、人の顔を見て笑うって何さ?」

先ほどまで考えていた人物の登場に、テレジアはぷっと吹き出してしまった。

「ごめんなさい、悪気があったわけではないのです」

「いいけどね。それより、筆記試験の結果は出たのだろう?」

ティアリエッタ・ルセイヤンネルは入ってすぐの場所に立ったままニヤニヤする。

「はい、全科目満点でした」

「へえ、それはすごいや。本人はかなり難しい問題があったから自信がない、みたいなことを言ってたけどね」

言葉のとおりには受け取れない。さして驚いているようには見えなかった。むしろ当然と言わんばかりに胸を張っている。

「なんだか不満そうな顔だねえ? まさかハルト君が不正を働いたとでも思っているのかい?」

「ええ、思っています」

「証拠はあるのか!」

「いいえ、ありませんね」

「ふふーん。だったら文句はないよねえ?」

「そうですね。今の貴女の態度からして、追及しても無駄でしょう。彼の学力に不安がなくはありませんが、私から問い質すことはしません。貴族院には結果のみをありのまま報告します」

「むぅ、ちょっと予想外の反応だね。貴族院の連中が難癖付けてきたら?」

「むろん、私が黙らせます」

偽りなくテレジアは言い切った。

「……学院長、なんか変わった?」

「変わってはいませんよ。自身の信条に反した判断であると認めますけれど、今回で二度目ですからね」

「ふーん……。ハルト君並みの問題児が過去にいたってことか。誰だろうね?」

貴女ですよ、とは言わないでおいた。

「学院長と久しぶりに 舌戦する(やりあう) つもりで来たから、なんだか当てが外れてしまったな」

「私としては貴女と 論戦し(やりあい) たい気持ちはありますが、それはまた別の機会に」

「ぅ、藪蛇だったかな。ワタシ的にはゴメンなのだけど……」

まあいいか、とティアリエッタはメガネの位置を直して言う。

「ついでに訊くけど、頼んでおいた件は大丈夫そうかな?」

「今のところ上手く運んでいますよ。特例中の特例ではありますが、本人の強い希望と高い実力から、事前の根回し段階では賛成が多数でした。問題はむしろ、ご両親の説得でしょうね」

「本人が言うには、『母上さまは超協力的です。なので父上さまが陥落するのも時間の問題でしょう』ってことらしいよ?」

「ならば『大丈夫』と答えてよさそうですね」

それはよかった、とティアリエッタはにかっと笑い、

「じゃ、ここへ呼ばれた本題といこうか。ほら、いつまで隠れてるのさ。出ておいで」

彼女の背後から、小さな女の子が姿を現した。白い髪に褐色の肌はこの国では珍しい。そして赤い瞳が、射抜くほど強くテレジアを見据えていた。

「その子が遺跡内で保護した、メルさんですね?」

「うん、でも……今までにない反応だね。そんなに怖い顔をしなくても、あのお姉さんは君を食べたりしないよ?」

にっこり微笑むテレジアに対し、女の子は明らかに敵意を剥き出しにしていた。

「ただでさえ記憶を失くして混乱しているところに、いきなり連れ出されてきたのです。警戒はして当然でしょう」

「そりゃまあ、そうだけどさ。でもこの状況で、ちゃんと治療できるのかい?」

メルを連れてきてもらったのは、彼女の精神治療を行うため、と説明している。

「私に心得があるのは知っているでしょう? 似たような症例は経験がありますから、安心してください」

「だ、そうだよ。ワタシにも今まで懐かなかったのに、ここぞとばかりに引っ付かないでくれよ。さ、そこへ座って」

半ば無理やりソファーに座らせ、ティアリエッタは「それじゃーねー」と部屋を出て行った。

重苦しい沈黙の中、テレジアは立ち上がってゆっくり女の子へ近寄っていく。

「やはり貴女でしたか、 メルキュメーネス(・・・・・・・・) 」

落とした言葉に、メル――メルキュメーネスはギリと奥歯を噛んだ。

「魔神ルシファイラの純正使徒が、ずいぶんと可愛らしい姿になったものですね。どこかで魔力を使い果たしてしまったのですか?」

「……汝は、何者だ? その魔力の質…… 人ではない(・・・・・) な。何ゆえ我を知っている?」

「ええ、知っていますとも。ただ私が何を語ろうと意味はありません」

テレジアは白い髪を撫で、そっと頬に手を添えた。

「ずいぶんと、怖い思いをしたのですね。貴女に訊きたいことはたくさんあるのですけれど、無理に訊き出せば、貴女は 完全に壊れて(・・・・・・) しまいますね」

彼女の瞳が、赤く変貌する。

「そうなると〝彼〟――シヴァなる謎の人物に、私への疑念を抱かせてしまいます。ですから――」

「ひ、――ッ!?」

恐怖に逃れようとするメルキュメーネスの肩をつかみ、顔を鷲掴みにした。

「忘れなさい。これより先はただの人の少女として、穏やかに暮らせますように」

メルキュメーネスの視界が暗転する。

暗闇にかすかに浮かんだのは、創造主の姿だった――。