軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

メルキュメーネスの企み

メルキュメーネスは一睡もできなかった。

食事の後は眼鏡をかけた女に付きまとわれ、風呂に入れられてからベッドに入った。そこでもティアリエッタに抱き枕代わりにされていたのだ。

今は極限まで減った魔力を回復しなければならないが、寝てどうにかなるものではない。遺跡の制御装置に魔力を注ぎこみ過ぎて自身の〝核〟が破損しているのだから。

魔力の回復には他者の魔力を根こそぎ奪う必要があるだろう。

脆弱な人ごときでは大きな効果は見込めないが、隙だらけのティアリエッタ一人でも喰らえばここから逃げられるだけの力は得られるかもしれなかった。

が、いまだに実行に移せていない。

なにせあの男――ハルト・ゼンフィスが同じ屋根の下にいたのだ。奴の仲間であるティアリエッタに危害を加えれば即、こちらの身が危ない。

それにいつこちらの正体に気づいて襲いかかってくるか気が気ではなかった。

(しかしようやく、ようやくだ)

あの男は外出した。話しぶりからオリンピウス遺跡へ向かったらしい。

竜族と思しき少女の姿もない。

今は無防備にもこちらに背を向けるティアリエッタと二人きり。

メルキュメーネスはソファーに腰かけほくそ笑む。

絶好の機会が巡ってきた、そう思っていたのに――。

「やあやあ、今日も一日がんばっていこう」

『がんばるのは主に俺らですけどね』

ティアリエッタの眼前に、あの男の姿が映し出されている。

(通信魔法……? さほど大規模な魔法術式であるようには見えぬが……)

しかもハルトが出発してから数分と経っていないのに、彼の後ろには遺跡ダンジョンの壁面が映っていた。もう到着した? 転移魔法までも使えるというのか!?

そういえば出発するのに朝食を終えて自室へ向かっていた。転移の基点がそこにあると考えていいだろう。

であれば、ティアリエッタに何かあれば奴はすぐさま戻ってくる。

これでは彼女を襲うなどやはり無理だ。

(だが通信魔法をいつまでも維持はできまい。中断したところですぐさま……)

しかし待てど暮らせどティアリエッタの前からハルトの姿が消えることはなかった。

世間話や昼の食事は何かな、といったどうでもいい話が続く。

(あの通信魔法、極限まで簡略化されている。それでも魔力は相当必要なはずだ。なぜ、だ。あの男は本当に……神、なのか……?)

それがただの学生を演じている理由がまったく想像できなかった。

(せめて目的が知れれば……)

何かしら対策が打てるかもしれないのに。

彼女は最後の最後まで制御装置に魔力を注ぎ続けた。自身を守るため、最深部に強大な力を持つ魔物を多く配したのだ。

けっきょくハルトがいなくなったので自力での脱出を試みたが途中で力尽き、今に至る。

だが今なお魔物たちは最深部をうろついている。

そこへうまく誘導できれば、ハルトは魔物たちと戦わざるを得ないはずだ。

戦闘に集中すればティアリエッタから意識が逸れる。その隙を逃さなければ――。

(このまま奴らが下へ向かえば、必然最深部へは至るであろうな)

であれば静観が第一か。

「く、ふふふ……」

思わず顔がほころんだ。

「ん?」

ティアリエッタがこちらを向いたので慌てて表情を引き締める。彼女は小首をかしげてハルトが映る画面に向き直った。

ほっと胸を撫でおろすも、

(いや待て。そういえば、奴らは何かを探しにあの遺跡に潜っているのだったか)

具体的に何かはわからない。ただ彼らを観察していて得た結論だ。

探し物が最深部になければ、魔物との戦闘は実現しない。

「ぐ、ぬぬぬ……」

思わず奥歯を噛んだ。

「ん? メル君、どうかしたのかい?」

またもティアリエッタに気づかれる。さっとうつむき、黙り込む。

不審がられたようだがそれ以上は声をかけてこない。

肩の力を抜きつつも、メルキュメーネスは打開策を考えるべく彼らの様子を注意深く窺った。すると――。

「にしても平和だねえ。魔物がまったく現れないじゃないか」

『いませんよ』

「へ?」

『昨夜もちょろっと調べてたんですけどね。だいたい五十階下まで行っても魔物は影も形も見当たらなかったんですよ。そこから下もいないっぽいっすね』

「そうなの? だったら早いとこ下に行けばいいじゃないか」

『ティア教授、目的を履き違えちゃあいけませんぜ』

「なにその小芝居。ああ、そうだったね。聖武具を回収すればいいんだった。でもね、それこそ最深部にあるんじゃないかい?」

聖武具とはおそらく世界に散らばる〝至高の七聖武具〟のことだろう。

うち二つは古文書に存在が仄めかされている程度で形状すら特定されておらず、オリンピウス遺跡に未知のひとつがあるとされていた。

(これはチャンスだ!)

彼らが目指すモノが最深部にあると言えば、そこへ向かうに違いない。

「聖、武具……もしかして……」

か細い声で儚げに漏らす。

長らくメイドのふりをし続けてきたのだ。幼く気弱な少女の演技くらいやってみせる!

「あっはっは! なにそれウケるぅ」

聞けよ!

いつの間にかくだらない世間話で暇つぶしが始まっていた。

「あ、あの……聖武具って、もしかして……」

今度はすこし声に力をこめてみたが、

「ハルト君ってそういうとこ抜けてるよね」

『兄上さまは些事に囚われない大らかな性格をしていらっしゃるのです』

まったくもって気づきやしない!

思わず怒鳴ろうとしたものの、妙に元気があると後の展開が不自然になろう。

タイミングを計るべきだ。

彼らはまだ三十階層にすら到達していなかった。

まだ慌てる時間ではない、と考えて静かに深呼吸したものの。

(だが奴は先ほど、『五十階下にも魔物はいなかった』と言っていたな。なぜ、そんな先まで見通せるのだ……?)

ざわりと怖気が背を走った直後。

『ん? なんかやたら魔物がいっぱいいるぞ?』

「どこだい?」

『六十階層くらいですね。隅々まで見て回ったけど、こっから下に続く階段がないな』

遠見魔法まで使えるのか……。

『面倒臭そうっすね。まあでも、妙な部屋はあるけどそこに目的のブツもないし、わざわざ行かなくていいかな』

メルキュメーネスはソファーの上にぱたりと倒れた――。