軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

赤ちゃん、危機を脱する

なぜ俺は、異種族に人の性教育を行っているのか?

「だからね、排卵しなければ子宮内で受精できないし、じゃなきゃ子どもはできないんだよ。仮に受精して着床しても、母乳が出るようになるのはずっと先で、それまで俺は生きてないわけ。わかる?」

全裸で正座したままぷるぷる震える赤髪の美少女、フレイ。

「も、申し訳ございません。私の軽率な発言で、変に期待をさせてしまって……」

フレイは目に涙を潤ませる。

このままだと切腹しかねないと俺は考えた。ので、先手を取る。

「まあそう落ちこまず。ダメならダメで手はあるよ。とりま――」

俺はいそいそと白い布を体に巻きつけ、寝床(最初に入れらていた赤子用のかご)にすぽんと収まった。

「侵入者への対処が先だ」

探知用結界の警報が強く鳴った。小動物や鳥ではなく、魔力を持った〝人間〟だ。

「私も感知しました。こちらへものすごいスピードで迫って……いったん立ち止まったようです」

うん。ぐちゃぐちゃの死体(俺を捨てた兵士たち)のところで止まり、またすぐにこっちへ走ってきた。

あまり時間はない。

ライダースーツを着るのに手間取っているフレイが隠れる間もなかった。

「俺が立ったり飛んだりしゃべったりは秘密ね。まずは話をつなごう」

告げた直後、ずさーっと茂みを突っ切って、鎧姿の大男が現れた。

強面のおじ様。たしか名前はゴルド・ゼンフィスだったか。辺境伯の。最後まで俺の命乞いをしてくれた人だ。

だからといって、油断はできない。

「殺せばよいのでは?」

「いや、ひとまず会話だ。その人は――」

糸電話みたいな結界を作り、フレイにだけ聞こえるようにゴルドさんの概要を説明する。

「あの人は俺を助けようとしたけど、王家は俺を殺したがってる。油断しないでね」

「やはり殺すべきでは?」

こういうとこ、魔族だなって思う。

「……とりあえず目的を聞いてほしい」

天然思いこみ娘に託すのはとても不安だが仕方がない。

もしこのおじさんが独断で秘密裏に俺を救いにきたなら、離乳食を食べられるようになるまで保護してもらうのも手だ。

仮に王の命令で俺の死を確認しにきたのなら、彼を欺いて俺の死を偽装することに一役買ってもらおう。

いずれにせよ、慎重に見極めなくちゃならない。

「承知しました」

フレイは小声で返したあと、凛とした声を響かせた。

「ここに何用で参られたか? 『地鳴りの戦鎚』よ」

地鳴……何?

おじさんは手にした荷物を地面に下ろし、バカでかいハンマーみたいなのを構えた。

「魔族か……。儂を知っているようだが、逆に問おう。そこの赤子になんの用がある?」

「ここを通りがかったのは偶然だ。しかしそれこそ、私にとって最高の幸運だった。我が生涯をかけるに値する、主君を得たのだからな!」

だーかーらー、

「そういうのいいから!」

俺は小声で叫ぶトリッキーな技を披露する。

あれ? ダメでした? みたいな顔でこっちを見ないで。

「主君だと? 魔族が人の子を主と仰ぐか」

「そこはまあ、あれだ。種族がなんであろうと私には関係ない、とかそういう感じだ。たとえ宿敵たる閃光姫の子であろうとな」

「ほう? その子が王子だと、どうして貴様が知っている?」

「え? あー、ええっと…………そう! 〝王紋〟だ。ハルト様の左胸に、たしかに現れていた」

ちゃんとできました! みたくキラキラした目でこっちを見ないで。

尻尾をパタパタしてドヤってるとこ悪いけど、君、今マズいこと言ったよ?

「ハルト、とは貴様が付けた名か?」

しまった、という顔をするフレイ。

ここは上司として、適切な指示を与えるべきだ。俺、働いたことすらないけども。

ごにょごにょ伝える。

こくりとうなずくフレイ。

「そのかごの中にメモが入っていた。『大切に育ててください。名前はハルトです』とな。ちなみにメモはうっかり燃やしてしまった」

ボッと片手から火を出す。

俺が命じておいてなんだが、めちゃくちゃ嘘っぽいな。

「どうにも胡散臭いな。罪の意識に耐えかねた兵士が独断で行ったにしては、知らぬはずの本名をもじっているのが不可解だ。だが待てよ? もしや、 あの方が(・・・・) ……?」

おや? おひげのおじさんが揺らぎ始めた。ここは主導権を奪い返すチャンス!

「そちらばかり質問せず、いい加減に先の質問に答えろ。音に聞こえし『地鳴りの戦鎚』が、こんな森の奥深くに何用か!」

「……その赤子を、迎えに来た」

「断る!」

君はちょっと黙っていようね、とやんわり諭す。

「魔族の貴様がなにゆえその子を欲するかは知らぬ。が、儂とて殺めるつもりは毛頭ない。ただ、人の業に翻弄されて死にゆくしかない命を、救ってやりたいだけだ」

フレイは命令どおり黙っていたのだが、ここは理由を訊くところなので、そう指示する。

「王命に背いてでもか? なにゆえだ」

「……以前、儂の妻が身ごもった。だが子どもは産声を上げることがなかったのだ。たとえ素質がなかろうと、生まれたのなら生を謳歌してほしい。儂の、我がままだな」

俺は、人を信じない。信じられない。

でもなんだろう? このおじさんは、信用していい気がする。

でも前世の俺は、そうやって期待するたび、縋るたびに裏切られてきた。

この世界でも、繰り返されてしまうのだろうか?

急速に、感情が 凍っていく(・・・・・) 。

前世の俺はただ怯え、ふさぎこみ、暗闇に逃避するだけだったのに。

ああ、ダメだな。今は嫌なことを思い出すと、

―― すべてを消して(・・・・・・・) しまいたくなる。

考えるのはよそう。俺はすーはーと深呼吸して心を落ち着かせた。

ところで。

「ぅ、ぅぅぅ……そ、そんな哀しいことが……ずびっ!」

フレイちゃんが涙をはらはら流している。感受性強すぎませんか? ホントに魔族なの?

おじさんもそう感じたのか、どこか雰囲気が柔らかくなった。

「妙な魔族だな、貴様は。魔族は人の命など毛ほどにも感じないと思っていたが。道中で見つけた死体は貴様がやったのだろう?」

「人の兵士ならば、これすなわち敵。敵は見つけ次第殺す。しかしそれはそれ。愛する我が子を抱きしめることすらできなかった母親は、どれだけ哀しかったろうか。母の腕に抱かれることなく命ついえたその子は、いかに悔しかっただろうか。人だ魔族だなど関係あるか!」

ぶわっと涙や唾と一緒に鼻水まで飛び散らすフレイちゃん。可愛いのに残念だ。

「なるほどな。主君だのなんだのと、いまいち怪しいところもあるが……そら」

ひげのおじさんは巨大ハンマーを下ろすと、大きな袋の中から皮袋っぽいのを取り出してフレイへ投げた。

「密かに王子の乳母役に無理言ってもらってきた。生まれて何も口にしていないはずだからな。腹を満たしてやってくれ」

どうやら水筒らしい。中には俺が待ち焦がれた母乳が入っているのだろう。

フレイは警戒していたが、俺が指示すると水筒の蓋を開け、俺の口にあてがった。

ぐびぐび飲む。

俺を殺すつもりなら、こんなまどろっこしいことはしない。しないよね?

ぶっちゃけ味はまったくわからなかった。でも空腹は治まった。

「で、魔族よ。貴様はその子をどうしたいのだ? 連れ去ったところで育てられるとはとても思えぬ」

うん、その意見には全面的に同意です。

「主君と仰ぐのは自由だが、本人が望むかは別問題だ。せめて成人するまでは、その成長を見守るのが臣下の務めではないか?」

このおじさん、正論でぐいぐいくるな。

フレイはぐうの音も出せない。

「反論はないようだな。では取引だ。儂はその子を預かる。成人まできちんと育てると誓おう。心配なら、貴様をその子の側仕えとして雇ってもいい」

ちょっと驚いた。よく知らないけど、この世界では人と魔族は敵対していると思っていたんだけど……その辺りつっついてみるか。

「魔族を雇用するのか。周りが許すとは思えんな」

「その姿なら人との混血と疑われまい。というか、違うのか?」

「私は純血のフレイム・フェンリルだ」

あえて正直に告白させてみる。さあ、どうする?

「なんと……これはまた大物だな。どうりでヘルハウンドどもが近寄ってこないわけだ。話がそれたな。貴様が純血種の魔族であることは、儂が黙っていれば済むことだ。貴様もそう振舞えばいい。そちらの返答は?」

「私を信用する理由がわからない。ゆえに貴様を信用できない」

「儂とて貴様を信用などしていない。もし妙な動きをしたなら、この戦鎚で頭をかち割る」

「はっ! 吠えたな人間。貴様こそ、我が主に害ありと判断したら、容赦なくその首を食いちぎってやる」

「どうして貴様がその子を主と仰ぐのか……今は訊くまい。取引は成立、と考えてよいか?」

そこすごく重要だと思うんだけど、それ以上に俺の命が大切ってことなのかな?

わからない。けど――。

「よかろう。ハルト様は貴様に預け、私はそばで監視させてもらう」

ひげのおじさんは小さくうなずいて巨大ハンマーを背に収めると、荷物の中から白い布を取り出した。

布をびりびりに破き、ナイフで自身の腕を斬りつけて血を布で拭く。

「王子を入れていたかごは破壊してくれ」

「獣に襲われ、食われたと思わせるわけか」

フレイは俺を抱え、かごを踏み潰した。

これで、俺は死んだと偽装できたはず。ミッション・コンプリート! 乳児時代を生き抜く糧も(たぶん)手に入れたぞ!

ふひー疲れた……。でもフレイを介していたおかげか、対人コミュニケーション能力に著しく乏しい俺でもどうにかなったな。結果オーライと考えよう。

そんでもって――。

――俺はゴルド・ゼンフィス辺境伯の庇護の下、まず十年を生き延びるのだった。