作品タイトル不明
〝青〟の窮地に
イリスフィリアは驚きを横に置き、すぐさま状況把握に努める。
〝黒〟の魔法少女がその身を大鎌もろとも黒い霧と化し、完全に消え去ったのだ。彼女からの音という音、匂いや気配に至るまで、感覚をどれだけ研ぎ澄ませても感じ取れない。
(ダメだ。どこにいるのか、何をしているのかまったくわからない)
こんな状態で攻撃されたら防ぎようがない。
ぞわり。それでも身の危険をかすかに察知して、頭上に両腕をクロスさせる。
ガキィィン!
おそらくは大鎌の一撃を、台座部分でどうにか防ぐ。すぐさま大きく後退した。
(幸運が味方した……のもあるけど)
どうやら〝黒〟の魔法少女はふだんと変わらず、素直でまっすぐな性格らしい。
雰囲気からも察せられたが、事前にハルトからその正体がメルだと知らされていなければ確信できなかっただろう。
メルの性格なら攻撃は正面から、との予測は当たっていた。
もっとも幸運が味方しただけではなかった。
(ほんの一瞬、かすかに風を感じた。姿も音も匂いや気配まで消せても、移動や攻撃時の動作による空気の乱れは消しきれなかったみたいだ)
だからそのかすかな気配が怖気を呼び、上方向から振り下ろされたものだと即座に判断して対処できたのだ。
だがそれもメルの特殊能力の影響なのか、ごくごくわずかなものだ。
精神を極限まで研ぎ澄ませてようやく感じられる程度。
(どうする? 次は出所がわからない。動きを察知できたところで事前にどこから何を狙うかを把握できていなければ反応が追いつかない)
打開策が見つからない中、ハルトが脳内で語りかけてきた。
『これヤバいぞ。サポーターの俺も居場所が特定できない。煙幕でも張って離脱するか?』
こういった状況を想定し、ハルトからは煙幕を張るための『道具』を受け取っていた。自身の特殊能力で効果を増大させれば、相手魔法少女の認識範囲外まで逃れるのは容易い。
生き残るのであれば、それが最善に近い策なのは理解できた。
だがこちらの特殊能力が『相手の動きを封じる』ものとは違うと察知される危険がある。
加えての問題は、煙幕用の『道具』そのものだった。
国軍で採用されている魔法具とは機能が同じでも形状がまるで異なる。シャルロッテが知っていたのを鑑みると、どうやら〝アニメ〟から着想を得たもののようだ。
突飛な方法で難を逃れたら自身のサポーターがハルトだと感づかれるかもしれない。特に洞察力が極めて高いティアリエッタなら高い確度で看破するはず。
今この場で脱落するよりマシではあるものの、
「ダメだ。すくなくとも〝黒〟の陣営はここで倒しておくべきだ」
なにせ特殊能力が厄介すぎる。
他陣営のサポーターにも察知されない隠密能力なんて、奇襲し放題なのだから。
この場にいても居場所が特定できない以上、大きな賭けに出る必要があった。
(やるしかない。この程度で脱落するなら、どのみちボクはそう長く勝ち残れないのだから)
イリスフィリアは覚悟を決めた。
狙いがわからないなら、一点をあえて狙わせればいいのだ。
トン、と地面を蹴って大きく跳躍する。魔法少女の衣装に組みこまれた飛翔魔法で態勢を整えると、大きく息を吐き出して。
念じると、イリスフィリアの腕と背中から光が灯る。
柔らかな光は一瞬弾けると、無骨な武器ともども虚空へ消え去った。
「さあ、どこからでも来い!」
叫ぶや、静かに目を閉じる。両のこぶしを握り締め、ファイティングポーズを取った。周囲二メートルほど、大釜が届く範囲に絞って意識を研ぎ澄ませる。
息が詰まりそうだ。
何分もの体感時間は、実際には二秒にも満たなかっただろう。
ふわ、と。
ごくごく微かな空気の揺らぎ。方向はわかった。姿を隠していても相変わらずまっすぐな性格を示すように、メル自身は正面から、そして大鎌の軌道は横薙ぎに――。
(ボクの青い宝石を狙ってのもの!)
あえて聖武具もどきを取り外し、ブレスレットの宝石を露わにしたのはこのためだ。
おそらくサポーターであるティアリエッタはこちらの意図に気づいている。だが儀式の勝利条件として『他の魔法少女の宝石を砕く』とメルに説明したなら、『今回は宝石を狙うな』とは言えないはず。メルは幼い子どもで、真逆の指示には混乱してしまうとティアリエッタ自身が知っているからだ。
そして同時に、ティアリエッタは勝機ありと判断もするはず。なにせ薄氷を渡るような危険な賭けであるのは、イリスフィリア自身も覚悟しているのだから。
狙われた腕を振り上げ、すぐさま肘を打ち下ろす。同時に片膝を蹴り上げた。
ガギィィィン!
肘と膝をピンポイントで硬化させての変則真剣白刃取り。
メルは依然として姿も気配も消したままだが、大鎌の刃から動揺が伝わってきた。
大鎌の刃と柄の長さ、メルの体格と持ち手位置。それらと振り出された方向を正確に読み、
「そこだ!」
メルが今、どこにどんな態勢でいるかを把握して反撃に転じようと――。
「さすがだぜ。けど大事なことを忘れてんぞ」
攻撃態勢へ移行するその最中、すぐ横からの声に目だけを向ける。
「まだインターバルタイムは過ぎちゃいねえが、素の状態でも今のお前になら――」
魔法少女グリーンが肉薄していた。避けるのは間に合わない。避けられたところでメルとグリーンの二人を相手にしては長く持たない。
八方塞がりで絶体絶命の窮地。
もとより二対一の完全に不利な状況ならば、
「――やっぱり 彼女は黙って(・・・・・・) いられない(・・・・・) よね」
どっかーん!「ぶへっ!?」
横殴りの魔法弾でグリーンが吹っ飛んだ。
「とっても白熱して戦っているところお邪魔してごめんなさいです!」
晴天に桃色の光が帯を成し、びゅびゅんと高速で翔けてきたのは、〝ピンク〟の魔法少女。
「わたくし、敵同士で憎しみすら抱いているのに主人公がピンチになれば颯爽と『お前を倒すのは俺だ』と現れて一時的に共闘する展開が大好き魔法少女。どこのどなたかはわかりませんけどブルーさん、義によって助太刀いたします!」
イリスフィリアはシャルロッテが予想通り現れたと思いながらも、『誰だかわからない相手にその展開は当てはまらないよね』と訝るのだった――。